郵便受けを開けると手紙が一通届いていた。
自分の住所を記している文字は、懐かしい筆跡。
麻衣の表情がほころんだ。
家族の肖像
バイトが始まる前。
麻衣はバイト先である渋谷サイキックリサーチの下に位置する喫茶店に座っていた。
オーダーしたジュースが入っている氷よりも少なくなった頃。
見知った顔が喫茶店に入ってきた。
麻衣が勢いよく立ち上がるのと、その人物が麻衣に気がつくのが同時だった。
「遅くなってすまない」
走ってきたのだろうか、軽く息を弾ませた男が麻衣の席に近づいてくる。
「ううん。こちらが急に呼び出してしまったんだし」
麻衣が笑って、自分と向かい合わせの席を促す。
「でも来てくれてありがとう、広田さん」
広田が座るのを確認してから、麻衣もその前に座る。
麻衣が広田と会ったのは昨夜、まったくの偶然だった。
バイト先の事務所に向かう電車の中だった。
麻衣のバイトが始まる時間と、広田が仕事を終える時間が重なったのだ。
今までにも2、3度そうやって、顔を合わせたことがある。
その度に麻衣が電車を下りるまで簡単な会話をしたりしていたのだが。
昨夜、麻衣が電車を下りる前に思い出したように広田に訊ねたのだった。
明日空いてますか、と。
特に用がないと言うと、麻衣がはにかんだように笑って、頼みがあるので明日会って欲しいと言ってきたのだった。
少女らしい一途な視線に広田は頷いて、そうして今日ここに来たのだった。
「それで・・・」
広田がそう切り出したのは、オーダーしたコーヒーが運ばれてきてしばらくたってからだった。
麻衣は呼び出したことをしきりに謝って、そして近況を闊達に話してはいたが、呼び出した理由については触れていなかった。
「谷山さんが俺に頼みたい事とは、一体なんだ?」
広田が彼らしい生真面目な表情を作る。
麻衣がぴくんと姿勢を正した。
「別に、たいした事じゃないんだけどね」
小さく笑って、麻衣は自分のバッグの中から手紙を1通出した。
丁寧に「谷山 麻衣様」と書かれた文字が、麻衣宛の手紙である事を表している。
「?」
麻衣の意図がつかめずに広田は首をかしげる。
麻衣は大切そうにその手紙をテーブルの上に置いた。
「広田さんは、あたしがみなしごだって知っているでしょ?」
「ああ」
それは先の調査で麻衣自身の口から聞いた言葉。
それを聞いてひどく狼狽した覚えがある。
「お父さんはあたしがうんと小さい頃に死んじゃって、よく覚えてないんだ。お母さんはあたしが中学校の頃に事故でね。あ、やだ。そんな顔しないでよ〜」
よほど広田は悲痛な表情をしていたのだろうか。
麻衣がことさらおどけたように微笑う。
「す、すまない」
「あぁ、また広田さん謝っているしー」
麻衣がころころと笑いながら、残りのジュースをストローで吸いあげる。
「お母さんが中学校の頃に死んじゃって、それであたしすっごく大変だったんだ。そんな時、あたしが通っていた中学校の先生が、おうちにあたしを下宿させてくれたの」
とてもいい先生だったんだよ、と麻衣が誇らしげに言う。
そして、テーブルに置いた手紙を丁寧になぞる。
「昨日ね、その先生から久しぶりに手紙が届いたの。そしたらね、手紙に近々郷里に帰る予定ですって書いてあってね。先生、あたしの事とっても心配してくれているの。こちらに残るあなたの事がとても心配ですって。
・・・だから、あたし先生に大丈夫ですって返事しようと思って。家族みたいに大切な人たちを、大切な場所を見つけたのであたしは大丈夫ですって」
そう言った麻衣はどこか切なげで、そして幸せそうだった。
「ほんとどーしようもないほど歪んでる連中だけど、やっぱりあたしあの人達が大好きなんだよね〜」
えへへ、と笑う麻衣につられて広田も笑う。
麻衣が家族と言い切った人々のことを考えると・・・麻衣の言葉に頷けるものがあったからだ。
広田がコーヒーカップを口元に運ぶ。
麻衣は広田が一口飲むのを待ってから、口を開く。
「それでね、広田さんへのお願いなんだけど・・・」
麻衣がちょっとだけ言いにくそうに、上目づかいで広田を見上げる。
「俺に出来る事なら、なんでも協力するぞ?」
「うん、ありがとう。広田さんにね、あたしたちの写真を取って欲しいなって思ったの」
「写真・・・?」
「手紙と一緒に送ろうと思って。これがあたしの大切な人たちですって」
言ってから、照れたように俯く麻衣。
ふっと広田の口元がほころぶ。
「あ、広田さん今笑ったでしょ」
「す、すまない。・・・だが写真ぐらい、誰だって撮ってくれるんじゃないのか?」
広田がそう質問すると、麻衣が口を尖らせた。
「それじゃダメなんだよ、広田さん。みんな一緒じゃなきゃ。だって家族写真なんだから、誰かが欠けてたらおかしいでしょ?」
そう、それが麻衣にとっての一番の問題だったのだ。
誰が欠けてもダメな写真。
タイマー機能があればよかったのだが、あいにく麻衣のカメラにはその機能はついてなかった。
「大事な家族だもん。みんな一緒じゃなきゃ意味がないんだよ」
麻衣が高らかに言い放つ。
その真っ直ぐな心のありようがほほえましく、広田は小さく笑った。
「広田さん・・・?」
やや不安げに広田を見詰める麻衣に頷きかえす。
「それじゃ、『家族写真』を撮りに行くか。全員そろっているのか?」
「ありがとう!」
麻衣が満面の笑顔で立ち上がる。
広田も一緒に立ち上がった。
■ あとがき
授業ノートの真ん中にでかでかと書いてあったネタです。
授業中に何やっているんでしょうか(笑)。
それにしても久しぶりに書いたSS(しかも勢いで書いた)はへたれ具合が尋常ではありませんデス。
06/25/01 written by Youko.K.