黄金時間


「おじゃましまーす」
 ぼーさんはいつも律儀にそう言ってから入ってくる。
 もう何度もあたしの部屋に入ってきているのに、絶対にその言葉を忘れない。
「はい、いらっしゃい」
 だからあたしも、こう言って出迎える。
 なんとなくくすぐったい、二人の儀式みたいなもの。

 

「お、なんかいい匂いがする」
 あたしの狭い部屋に窮屈そうに座るぼーさんが、くんくんと鼻を鳴らす。
 オフィスと同じように作り置きしてあるぼーさん用のアイスコーヒーを入れながら、あたしが答える。
「分かる?綾子にこの前教えてもらった煮物を作ってみたの。最近綾子に色々習っているんだよ」
 氷もたくさん入ったグラスをぼーさんに手渡すと、ぼーさんが笑った。
「んじゃ俺は、毒見役か実験体ってところか?」
 おお、よく分かってるじゃないか。
「そうそう。何食べても死にそうにないからね、ぼーさんは」
「お前な。・・・ちゃんと食べれるもの作ってね」
 どことなく不安げな声に笑ってしまった。

 

 お鍋のふたを開けると、一層強い匂いが漂った。
「ん、もうそろそろかな?」
 呟いて、あたしは付け合せの野菜を切る手を少し早める。
 あたしの後ろでは、勝手知ったる何とやらでぼーさんが食器を並べたりしている。
 たんたんと包丁がまな板を叩く音と、食器が鳴る音が重なる。
 一人じゃ絶対に出来ない和音が、ちょっと嬉しい。
 これが日常になってきているのが、もっと嬉しい。

 

 そんな事を思っていたからか、あと少しでサラダが完成、というところでちょっと手が滑ってしまった。
「うきゃっ」
 思わず包丁で指先を切ってしまい、間抜けな声をあげてしまう。
「どうした?」
 ぼーさんが驚いた声をあげる。
「何でもなーい。ちょっと指先切っちゃっただけ」
「麻衣ちゃんのドジー」
 どーせドジだよーだ。
 ちょっとだけふくれっ面になってバンドエイドを貼ろうとするあたし。その手をぼーさんが取った。
「?」
 何、と言葉にするよりも早く、ぼーさんがあたしの指先に口づける。
 熱い舌先が、浅い傷口をなぞる。
 一気にあたしの心臓が跳ね上がった。
「ぼっ、ぼーさんっっ」
「消毒、消毒」
 しれっと、ぼーさんが言ってのけた。

 

 ご飯が炊けたのを合図に、煮物のお鍋も火から下ろす。
 ご飯と煮物のいい匂いが、あたしの狭い部屋に広がる。
「お腹空いたー」
 言いながらあたしは、おかずを盛り付ける。
 あたしの代わりに野菜を切っていたぼーさんが笑う。
「食欲旺盛だな」
「育ち盛りだもん」
「縦より横に育つなよ」
「失礼なっ。勤労少女だから大丈夫だもーん」
 そんな軽口を叩いている間に、お互い食事の準備が終わる。
 二人だけの食卓が整った。
 お互い、顔を見合わせて笑う。
 そして。
「いただきまーす」
 声が重なった。

 

 こうやって時々一緒にご飯を食べる。
 外で食べる事もあれば、どちらかの家でどちらかが作ったご飯を食べたり。
 手をつないだり、一晩中しゃべりつづけたり、一緒に朝を迎えたり。
 一人のときは気付かなかった暖かい時間。
 気付いてしまったら、もう手放せない愛しい時間。
 できるのなら、この大切な日常が永遠に続きますように。
 話しながら、笑いながら、キスをしながら。
 あたしはずっと、それを願いつづける。

 

 

■ あとがき
イメージは、神田川あたり?(古っ)。
今回は管理人にしては珍しい、場面ぶつ切り構成に。こういう書き方はすごく難しかったです。写真のコラージュみたいなもんと思ってもらえれば嬉しいです。

 

戻ります

 

 

7/1/02 written by Youko.K.