「麻衣、ちょっとよろしくて?」
 真砂子がそう言ってあたしを呼び止めたのは、昼下がり。
 あたしがバイト先の事務所に向かう道中だった。

 

 ハピネス

 

「んん、真砂子じゃない。どーしたの、こんなところで」
 あたしが素っ頓狂な声をあげたのも無理はないと思う。
 真砂子と会うのはいつも事務所か仕事先。
 こんな路上で会ったのは、一度だけ。真砂子が事務所に来る途中にばったり会ったとき以来。
「あら、麻衣を待っていたんですよの」
 にっこりと花が開くように笑う真砂子。
 実際真砂子はかなりの美少女なので、笑うとほんとに可愛い。
 ・・・が。
 その笑顔の裏の何かを本能的に感じるあたし。
 足が勝手に後ろ向きに進みそうになったあたしを見透かしたように、真砂子があたしの手を取った。
 じゃれてくる事をあまりしない真砂子がとったその行動に、あたしはとっさに反応できなかった。
 柔らかい絹の着物ごしに真砂子の細い腕が絡んできた。
 そしてペースをなくしたあたしを真砂子が促した。
「さ、行きましょうか」

 

 着いた先はオフィスの真下にある喫茶店。
「あたし、仕事があるんだけど・・・」
 やんわりと、そのくせ強引にあたしを引っ張る真砂子に抵抗するように言ってみせると。
「大丈夫ですわ。そんなに時間は取らせませんもの」
 真砂子のけちのつけようが無い笑顔が返ってきた。
 あたしは小さく溜め息をついて、真砂子と一緒に喫茶店の扉をくぐる。
 入ってすぐのところで、声をかけられた。
「こっちよ」
 その聞き覚えのある声は・・・。やっぱり綾子だった。
 真砂子とあたしに向かって手を振っている。
 そこには綾子と一緒にジョンと安原さんもいた。
 知らない人から見たら、イタイケナ少年たちを侍らすオネーサマに見えるんだろうなぁ。
 状況が飲み込めずに、あたしの腕をひく真砂子を見ると。
「ちゃんと連行してきましたわよ」
 などと言って、そちらに向かっていく。
 連行って・・・。なんだよー。

 

 真砂子に促されるまま、あたしは綾子達が座っている席につく。
 あたしが席につくのを確認して、最後に真砂子が着席する。
 そこは6人掛けの丸いテーブル席。
 綾子の両隣にジョンと安原さん。
 安原さんはいつものようににこにこ笑っているけど、ジョンはどちらかというと困ったように微笑っている。
 そのジョンの表情にいや〜なモノを感じたとき。
「まったくっ」
 唐突に綾子が口を開いた。
「?」
 いまだに状況がつかめてないあたしは首をかしげる。
 そのあたしの横で真砂子が大仰に溜め息をついてみせた。
「本当ですわ」
 ・・・あの、まったく分んないんだけど。
「谷山さんが秘密主義だ、という話ですよ」
 安原さんが意味不明なことを言う。
 助けを求めるようにジョンに視線を送ると、ジョンがはんなり笑って答えてくれた。
「今日は麻衣さんの誕生日でっしゃろ」
 ・・・え?

 

 きょとんとしてしまったあたしを見て、綾子と真砂子はそろって溜め息をついた。
「自分の誕生日も覚えてないんですの?」
「呆れた子ねぇ」
 いや、そりゃ自分のことだから、一応覚えてはいるんだけど・・・。
「何で知っているの?」
 あたし、誰にも言ったことないんだけど。
 そう思ったのが顔に出たのだろうか。綾子がびしっとあたしを指差した。
「ほんとよ、一体何年の付き合いだと思っているわけ?誕生日ぐらいちゃんと教えときなさいっっ」
「松崎さん、お行儀悪いですわよ。それにしても麻衣、普通誕生日ぐらい仲間に伝えるものでしょう?」
 咎めるような二人の視線に、あたしは身体を小さくする。
「そうですよ、麻衣さん。大事な人の誕生日なんですから、みんなで祝った方がええのんに決まっとります」
 ジョンの優しい笑顔に、安原さんが頷く。
 大事な人、というその言葉が凄く嬉しかった。

 

「で、でも・・・」
「でもじゃないですよ、谷山さん。昨日高橋さんから教えてもらって、僕たち慌てたんですから」
「タカから?」
「そうです、彼女が谷山さんの誕生日プレゼント昨日持ってきたんですよ。今日はテストがあるとかで来れないからって。でも昨日は谷山さんが休みの日でしたから」
 そう言って安原さんはかばんの中から小さな包みを取り出した。
「これ、高橋さんから預かったものです」
 そう言って渡されたそれは、いい匂いがした。―――ポプリだ。
「あ、ありがとう」
「御礼は高橋さんに言ってくださいね。それで―――」
 安原さんは一端そこで言葉を切る。
 綾子と真砂子とジョンが、互いに目配せする。
 ふ、とみんなが優しい笑顔になる。
「これが、僕たちからです。もうちょっと早く知っていたら、パーティーとかもできたんですけどね。それは次回、ということで」
 安原さんがそう言って、小さな箱を出した。
 思わずあたしは目を見開いた。誕生日を知ってもらうだけでも嬉しかったのに・・・。
「ありがとう」
 思わず上ずった声で言うと、綾子と真砂子がそろって微笑う。
「さ、開けてみてくださいませ」

 

 促されてあたしがプレゼントのラッピングをほどくと。
 銀の鎖が見えた。
 シンプルで、でもすごく可愛い銀のネックレス。
 こんなにカワイイの、もらっていいの・・・?
 あたしが迷ったようにみんなを見渡す。
「麻衣も一応女の子なんだから、少しは飾り気出しなさい、というみんなからの意見よ」
 一応はよけいだい、綾子。
「麻衣ってアクセサリーしませんでしょ。でも持っていていたむものじゃありませんしね」
 真砂子がちょっとだけ不安そうにあたしを覗いてくる。
「ありがとう。すっごく嬉しい」
「どういたしまして。ほんとは指輪とかでもいいかな〜って思ったんだけどね」
 そう言って、綾子はにやりと笑った。
「でも指輪とかって、好きな人に贈るもんだし贈られたい物でしょ」
 安原さんがどこか嬉しそうに笑っている。
 ・・・なんか・・・。
「当然ですわよね、麻衣?」
 真砂子がにっこり笑って同意を求めてくる。
 その笑顔に抗い難いものを感じて頷くと、何故か安原さんの口の端がきゅぅ、と急角度にあがった。

 

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。
「やっぱり谷山さんもそう思いますよねぇ。僕もそう思ってます。それでですね、僕昨日所長とリンさんと滝川さんにもその事話したんですよね。そしたら皆さんも、同意してましたよ。やっぱりこの考えは万国共通なんでしょうねぇ」
 うんうん、と一人頷く安原さん。
「誕生日に好きな人から指輪をもらう、これってやっぱり女の子の夢なんじゃないかな。僕も好きな女の子が出来たらそれを叶えてやりたいなって言ったんですよ。皆さん妙に納得してまして。あ、今日が谷山さんの誕生日である事はちゃんと全員に伝えてますから」
「や、安原さん・・・」
 あたしはどうにか言葉をはさもうとする。
 けれども喋りだした安原さんは、そう簡単には止まらないのだ。
「そうそう、それで今日みんなで谷山さんの誕生日プレゼントを買いに行く事も伝えて、一緒に行きましょうって誘ったんですけどね。結局集まったのは僕たち四人なんですよね。冷たいと思いません。僕たち苦楽をともにした仲間なのにっっ」
 拳を振りあげんばかりに力説する安原さん。
「ほんとよねぇ、一体他の男どもはどうした事やら」
「あら、きっと他の方には知られたくない事でもしていらっしゃるのでしょ」
 真砂子の言葉に、安原さんはぽんと手を叩いた。
「あぁ、ナルホド」
 そして、越後屋といわれるその笑顔をあたしに向けた。
「という事なんですよ、谷山さん。ちゃんと昨日の時点で谷山さんは指輪が欲しいんだって伝えておきましたから。きっと用意して待っていますよ」
 朗らかにそう言い切る安原さん。
 事の成り行きを見守っていたジョンが、苦笑としか言いようのない表情をした。
「行ってらっしゃいませ」
「絶対、もらってくるのよっっ」
 綾子と真砂子が楽しそうに言って。
 あたしの背中を力一杯押しだした。

 

 

 ■ あとがき
 問題です。一体誰が麻衣ちゃんに指輪を送るんでしょう。
 1、ナル 2、ぼーさん 3、リンさん
 答えはあなたの心の中、ということで(笑)。・・・でもこの三つ巴、かなり怖いです。麻衣ちゃんが到着する前に、事務所で修羅場があってそう。

 

戻ります

 

 

07/03/01 written by Youko.K.