春待ち

 

 それは陽射しが柔らかな午後。
 政務のため外殿から内殿へと移動する陽子を呼びとめる声があった。
 聞きなれた、それでいてこの金波宮では聞くはずのない声。
 陽子は軽く目を見開いて振り返った。
 そこには予想した通り、明るい金色の髪をした少年が立っていた。
「延台輔」
「久しぶりだな、陽子。ちょっと時間取れるか?」
 そう言って、隣国・雁の麒麟は笑った。

 

「お一人か?」
「そう。最近尚隆ばっかり城を抜け出していたからな。お返しに置いてきちまった」
 陽子の問いかけにあっけらかんと六太は笑い、回廊の手摺に飛び乗った。
 二人がいるのは内宮の外れ。
 雲海にせり出すようなつくりの回廊には、潮の香が漂っていた。
 執務の時間をずらすというと、浩瀚は苦笑しただけでそれ以上は言わなかった。
 陽子って信用されているんだなー、と言ったのは六太だった。
 尚隆だったら首根っこを捕まえられて内宮に連行されるところだぞ、とも。
「それで・・・?」
 陽子が先を促すようにすると、六太は首をかしげた。
 飛び乗った手摺は六太にはやや高いらしく、足がぷらぷらと揺れている。
「私に用があったのではないのか?」
 そう言われて、六太は破顔した。
「?」
 その意味が分らずにいる陽子の目の前で、袖口に隠すように持っていた小さな包みを出した。
「それは?」
「まぁ、見てろ」
 いたずらを考えている子供のような笑顔で、包みをほどいてみせる。
 風が吹いたのはその時だった。
 潮の香を含んだ雲海からの穏やかな風が、六太と陽子の間を吹きぬける。

 

 そしてその中に薄紅色の花びらが舞っていた。
 ゆっくりと舞い上げられ。
 そして幾つかが、陽子の手の中へと舞い降りる。

 

 陽子は手の中の花びらを呆然と見つめる。
「さ・・・くら?」
 声に出してみて、自分がひどく驚いていることに気がついた。
「綺麗だろ?」
 足を揺らしながら、目の前の少年が言った。
 彼の本性を垣間見る事ができるような、柔らかい表情。
「まだ五部咲きぐらいだけどな。あちらではもう咲いていたよ。」
 風がまた吹き、花びらがまた揺れる。
「尚隆も陽子も久しぶりだろうと、と思って持ってきた」
 不意に陽子の内側に熱いものがこみ上げてくる。

 

「陽子?」
 何も言わずただ花びらを見つめる陽子を不審に思ったのか、六太は手摺から降り立ち陽子を見上げた。
「どうした?」
「・・・なん、でもありません・・・」
 言葉を発するたびに崩れそうになる「何か」を必死で押さえつけて、陽子が答える。
 ひらりと風に揺られる花びらが、陽子の肩につく。
 六太が背伸びをして陽子の肩にのった花びらを取った。
 そしてその耳元で囁く。
 大丈夫、と。
 はっと顔を上げると視線が合った。
 自分よりも途方もなく長生きをしている少年と。
「懐かしんだっていいんだよ。懐かしむのは罪じゃないさ」
 陽子は唇を噛む。
 非常に不甲斐ない気持ちだったのは、見透かされたからなのか。それとも・・・。
「でも私はこの国で生きていくと決めたんだ。この国はまだ満足に花さえ咲かないのに」
「陽子ってほんとに不器用なんだな」
 六太はそう言って陽子の方から取った花びらを、風の中へと返す。
「懐かしむ事は、今の自分を裏切る事にはならないんだよ。どんな奴にだって過去があって、それと一緒に生きていかなきゃならないんだからな」
 それに、と延麒は言葉を切る。
 手摺に両手を乗せ、雲海越しに見える下界を眺める。
「ここから見えるこの国は、こんなに新緑があふれているじゃないか。大丈夫だよ、お前のこの国にももうじき春がやってくるよ」
 風が、また吹いた。

 

 

 ■ あとがき
 ははははは・・・(乾いた笑い)。
 尻切れトンボという言葉はこのSSのためにあるのでは、と思う今日この頃。
 しかも趣味丸出しですね。六太、大好きですvv

 

戻ります

 

 

04/05/01 written by Youko.K.