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はじめまして、とその女性は笑った。 彼女は優しげで儚げ。 それがどういうモノなのかを、真砂子はよく知っている。 親友に良く似た面差しのその人に、真砂子もあいさつを返す。 自分の胸のうちの感情が、よくわからなかった。
「麻衣ってこんな所に住んでいたのですね」 感心しているのか呆れているのか分らない物言いの真砂子に、麻衣はしかめっ面を作ってみせる。 「こんな所で悪かったね」 「悪いなんて言ってませんでしょ?」 予想通りの反応に、真砂子はいつものようにかわす。 にっこり笑った真砂子は、珍しく洋服に身を包んでいた。 二人が立っているのは、お洒落な外見とは言い難い小さなアパートの前だった。 「どーせボロアパートだよっ。でも自分で稼いだお金で家賃払ってる、大事な家なんだからね」 すねた口調だったが、その表情は笑っていた。 いいながら麻衣はバッグのポケットから鍵を出してドアを開ける。 「さ、どうぞ」 「おじゃまいたします」 礼儀正しく真砂子が家に入ってくるのを、麻衣は笑顔で迎え入れる。 「いらっしゃーい・・・って、一緒に来たのになんか照れるね」 麻衣のはにかんだ表情を見て、真砂子の口元がほころぶ。 「だったら、なさらなければよろしいのに」 そう返すのが、真砂子が真砂子たる所以だろう。 放り出すように、麻衣は台所の小さなテーブルの上に自分の荷物を置く。 「すぐお茶入れるから、適当に座ってて」 「緑茶にしてくださいませね」 「貧乏学生の自宅に緑茶があると思うの。出されたものをおとなしく飲むのっ」 見ていて気持ちのよい動作の麻衣を見やって、真砂子はくすくすと笑う。 同じ様に麻衣も笑っているのが気配でわかった。 では、待たせてもらいますわねと言って、テーブルの椅子を引こうとして真砂子はそれに気付いた。 小さな鍵。 麻衣が置いたバッグのポケットから少しだけ飛び出るように見える、キーホルダーについた鍵。 それは確かに見覚えがあった。 あの恐怖の館で真砂子がとらわれてしまった時。励ましてくれた麻衣が、手渡してくれた鍵。「お守り」だと、麻衣は言っていた。 なんとなく手を伸ばしかけて、真砂子は息をのんだ。 乳白色の光が真砂子を取り囲む。 一瞬でそれはおさまり、困ったように瞬きをする真砂子の前には一人の女性が立っていた。 はじめまして、とその女性は笑った。 彼女は優しげで儚げ。 それがどういうモノなのかを、真砂子はよく知っている。 それは、優しい幻。 霊とは違う、と直感できた。 多分これは以前ナルが指摘したような、「霊媒師」というものが見る幻視。 以前麻衣が手渡してくれた時には、余裕がなくて気付かなかったけど。 隣に麻衣がいる優しいこの場所に、彼女は真砂子の前に現れた。 親友に良く似た面差しのその人に、真砂子もあいさつを返す。 自分の胸のうちの感情が、よくわからなかった。 その人は真砂子に軽く頭を下げて、麻衣の方を向く。 真砂子に背を向けて、お茶の準備をしている麻衣。 それを愛しそうに目を細めて見て、彼女は真砂子の方に向き直る。 「麻衣のお友達、ですよね」 口を開こうとしたけど言葉にはならず、真砂子はただ頷いた。 「貴方のような友達を麻衣がもっていて、良かった・・・」 ふいに真砂子は泣きたくなった。 自分には泣く理由も権利も無いと分っていても。 彼女の声が、胸のうちに染み込んでくる。 「あたくしも、麻衣と知り合えてよかったと思っています」 震える声でそういうと、彼女は破顔した。 ありがとう、とその姿を揺らめかせながら言った。 そうして乳白色の闇に溶け込んでいく。 次の瞬間、真砂子の前には怪訝な顔をした麻衣が立っていた。 「真砂子、どうしたの?」 心配そうに覗き込んでくる鳶色の瞳。 麻衣には今の幻視は見えてなかった。 それは多分、彼女の望んだ事なのだろう。 真砂子は首を振って笑ってみせた。 「何でもありませんわ」 「そう?それならいいんだけど」 無理しないでね、といいながら真砂子の前にティーカップを置く。 琥珀色の液体からは、湯気がたちのぼっている。 「お砂糖はここに置いとくね」 自分の椅子を引いて、真砂子の正面に座った麻衣が砂糖入れを真砂子に方に寄せる。 「ありがとう、麻衣。きっと慣れない洋服を着ているせいで、ちょっとぼうっとしてしまったようですわね」 なるべく自然に話をそらすようにすると、麻衣がティーカップをもったまま屈託なく笑った。 「そうだよね。一体どうしたの、真砂子。真砂子が洋服を着ているから、ビックリしちゃったよ」 「あたくしだって、たまには洋服を着ますわよ。それに麻衣のお宅にお邪魔するのに着物は向いていないような気がしましたし」 「んー、それどういうイミ?」 「あら、言葉のままですわ。汚すと大変でしょ?」 あのねぇ、と麻衣は溜め息をつく。 軽やかに笑う真砂子を軽くねめつける。 真砂子はティーカップを持ち上げて、中身を一口飲む。 「ねぇ、麻衣」 「なーに?」 「あたくし、今日とても良いことがありましたの」 「?何があったの?」 「それは秘密ですわ」 「エー、気になるな。でもよかったね、良いことがあって」 にっこりと笑う麻衣。 麻衣が心のそこからそう言ってくれているのが分る。それが何より嬉しかった。 真砂子はもう一度ティーカップを持ち上げて、密やかに呟いた。 誰んも聞こえる事のない独白。 「麻衣のおかげですわ」 和やかなひと時。 少女達の休息が始まった。
■ あとがき 書きたかったことは只一つ、真砂子を麻衣の部屋に入れるという事でした(笑)。 麻衣ってものすごく近しい人じゃないと、部屋に入れないような気がして。多分真砂子と綾子ぐらいしか入った事ないのでは・・・と妄想したらこうなりました。 真砂子&麻衣は大好きです。女の子同士はやっぱり可愛いです(危ないなぁ)。 最後に言い分けさせてください。「彼女」は霊ではなくて残留思念みたいなものです。 |
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