祈り

 

 オフィスのドアをくぐると花の匂いがして麻衣は首をかしげた。
 この機能重視のオフィスでは、花の匂いなどめったにしない。
 麻衣がたまに花をもってきて飾るぐらいしかしないのだ。
 でも、最近持ってきた覚えは無い。
 お客さんの香水かな?
 深くは考えずに麻衣はドアを閉めた。

 

 麻衣や安原がオフィスに詰めるまでは、大抵ナルが応接室に座っている。
 けれども、今日はその姿が見えない。
 ただ気が向かないときは所長室にこもるので、気にするほどでもない。
 とりあえず自分のデスクに荷物を置いて、お茶の用意をした。
 それをもって所長室のドアをたたく。
 いつもより幾分低い返事を受けて、麻衣はドアを開いた。
 今日は機嫌が悪いのかな、と少しだけ覚悟を決めて入る。
 そこにはいつものように無表情のナルがいた。
 彼は顔も上げずに分厚い本を読んでいた。そして彼のデスクには控えめな花がいけてあった。
 所長室には優しい匂いがあふれていた。
 その不思議な光景に麻衣が動けないでいると、ナルが顔を上げた。
「どうした?」
 感情のこもらない声でそう聞いてくる。
 その言葉に我に返った麻衣は、お茶を渡すために近づいた。
「あ、お茶持ってきたんだけど・・・。どうしたのこの花?」
 ナルのデスクにお茶を置きながら尋ねる。彼はそっけなく答えた。
「今日はあいつの命日だからな」
 その言葉が麻衣の心に突き刺さる。
「あ、ごめん・・・」
「何を謝ってるんだ?」
「だって・・・、なんかすごく無神経なことを聞いちゃったし」
「かまわない。あれも麻衣に知られるのを嫌がるとも思えない」
 そっけない口調。けれどもその言葉の意味に泣きそうになる。
 三年前のこの日、彼の半身は失われた。
 家族を失うつらさは、麻衣にはよくわかる。
 ナルはその無表情で何も言わない。
 もしかしたら自分の内に宿ったその感情の存在に、気付いてさえいないのかもしれない。
 引き裂かれ、それでもなお一緒にいる二人が麻衣のは悲しく映った。
「今日だったんだ」
「あぁ」
「つらかったね」
「ジーンが?僕が?」
「二人とも」
「あいつは自業自得だろう。僕は・・・そうでもなかったな」
 聞いたことがあるような言葉に、麻衣は泣き笑いの表情になった。
「この花は?」
「ジーンが好きだった花だ。命日ぐらいあいつのわがままを聞いてやっても良いだろうと思って」
「何度も言うようだけど、少しは素直になったら」
 麻衣が零れ落ちそうになる涙をこらえながら言う。
 ナルは何も答えずに、いつもより少しだけ優しい視線を花に向けている。
 麻衣もそれに倣う。デスクの上に置かれたナルの手に、自分のそれを重ねる。

 夢の中で会えるのは、ひどい事とわかっていても嬉しい。
 でも祈らずにはいられない。
 彼が一日も早く闇を抜けることを。
 麻衣は彼が好きだったという花の花弁をそっと指でたどって、目を閉じる。
 彼に光があるように、と。
 閉じた目から涙が一筋こぼれた。

 

 

    あとがき
 ナルX麻衣を目指したつもりなんだけど・・・
 ジーンX麻衣になったような気がしてならないです。
 ナルは難しいですね。

 

戻ります

 

 

01/01/01 written by Youko.K.