ココロノハカリ
「触らないで下さいっ」
それは咄嗟に出た言葉。
咄嗟に拒絶した手。
目の前の少女はひどく悲しげな瞳をした。
「あ・・・ごめんね、リンさん・・・」
行き場を求めて空を彷徨った右手を、自分の左手でつかんで。
麻衣はリンの瞳を見つめ返した。
何故だか泣きたい気分だったが、同じぐらいに目を反らしたくもなかった。
「でも・・・少し休んだ方がいいと思うよ?リンさん、ずっとベースに詰めているし」
何とか意志の力で涙をこぼさずに言葉を続ける事ができた。
語尾は相当に小さくなってしまったが。
対するリンは、半ば呆然と麻衣の言葉を聞いていた。
まるで自分がした行動が信じられない、と言った風に。
「・・・じゃあ、それだけだから。あたしは機材のメンテに行ってくるね。何かあったらすぐ来るから、呼んでね」
ひどく頼りない声でそう言って、去っていこうとする少女。
気がついたらリンは、彼女の手を引いていた。
驚いたような視線を受けたが、一番驚いたのはリン自身だった。
どうして他人との接触を嫌う自分が、彼女の手を取っているのか・・・。
「何、リンさん・・・?」
戸惑う少女の手をそっと放した。
「・・・なんでもありません。それよりも、さっきは・・・」
「あ、ううん。気にしないで。リンさんが日本人苦手なのに、触ろうとしたあたしも悪かったんだから。それに疲れちゃうとイライラするもんだし」
だから、少しは休んでね。
それはいつもと変わらない少女の口調。ただ、潤んだ瞳だけがいつもと違っていた。
罪悪感に似た感情が胸のうちを焦がす。
「いいえ、あれは私のほうに非がありました。本当にすみませんでした」
その言葉に、麻衣が弾かれたように顔を上げた。
潤んだ瞳が強い光を持つ。
「謝るぐらいなら、優しくしないでっ」
そして少女はそう叫んだ。
「謝るぐらいなら、優しくしないでっ」
そう叫んだところで。
麻衣の意思の力を超えて涙が溢れてきた。
「谷山さん?」
珍しく感情を滲ませたリンの声が、麻衣にはひどく遠かった。
優しさを見せてほしくなかった。
優しくされればされるほど、拒まれる事が怖くなる。
このまま終われば、次はきっとこれほど辛くない筈なのだから・・・。
涙を見せまいと俯いて、小さく肩を震わす麻衣。
その震える肩におずおずと手がかかった。
びくり、と大きく肩を震わせて麻衣が顔をあげた。
涙に濡れた視界の中に、リンがいる。
肩にのった手に、わずかに力がこもる。
強く抱きしめれば壊れてしまいそうな華奢な肩を、すっぽりとその手で覆う。
腕の中の麻衣が身を硬くしたが、それでもリンは解放しない。
そして、その耳元に囁いた。
「泣かないで下さい。あなたに泣かれると、私はどうしたらいいかわからなくなる・・・」
それはひどく真摯で切実な言葉。
麻衣は子供のように小さく頭を振りながらどうして、と繰り返す。
「・・・私にも自分の心がわかりません。でも、あなたには笑っていてほしいのです。あなたの涙を見るのは辛い。だから・・・泣かないで下さい」
不器用にそう囁きながらリンは微苦笑する。
自分が少女を拒絶しようとした理由がわかったから。
そして、その愚かしさも。
リンは決してその腕のぬくもりを放そうとはせずに、少女が泣き止むのを待っていた。
彼女が涙を止めて、そこから始まるのだから・・・。
■ あとがき
ハイ、紀野お得意の中途半端でございます。
なぜか急にリンさんが書きたくなって、突っ走ってしまった一本です。
なんか紀野の書く麻衣ちゃん、いつも泣いてばかりのような気が・・・。ほんとは笑っているほうが好きなんですけどねぇ。
泣いてもらわなきゃ、話が作れないんです〜(←下手だから)。ごめんね、麻衣ちゃん。
05/07/01 written by Youko.K.