―――お願いします。
出かける前にリンさんが言った言葉を思い返して、深呼吸を一つ。
そしてあたしは、日課になった所長室のドアへのノックをする。
ランチタイム
中からの感情のこもらない返事を受けて、あたしはドアを開ける。
いつものように無表情の所長が、いつものように分厚い本を読んでいる。
人が入ってきたのに顔すらあげない無愛想ぶり。
まぁ、あたしももう慣れっこだから気にしないけどね。
「ナルー、そろそろお昼にしようよ」
あたしが声をかけて、やっとナルが顔を上げた。
「・・・もうそんな時間か。昼休みに入っていいぞ」
そう言って、また本に視線を戻す。
んもう、往生際が悪いんだから。
「ナルも一緒にお昼にするのっ。仕事もいいけどちゃんと休憩を入れないと効率悪いんだから」
「必要ない。無意味に休む方が効率が悪い」
「無意味なんかじゃないっていつも言ってるでしょっっ」
ぱん、とあたしは勢いよくナルの机に手をついてみる。
ナルが座った位置からあたしを見上げる。
漆黒の視線があたしにぶつかって、それる。
そして、形よい唇から溜息がもれた。
「分かった・・・」
おぉ、勝った。
こんなやり取りが始まったのは、今から一週間ぐらい前の事。
リンさんが本国(って云うのかな?)に一時帰国をする事になったのだ。
お目付け役のリンさんがいなくなれば、当然ナルは一人になる。
そうなると、この若き仕事中毒者を止める人がいなくなるわけで。
ナルが寝食を忘れ、己の欲求が求めるままに研究三昧の日々を送る事は誰の目にも明らかだった。
それでリンさんは旅立つ前に、あたしに言ったのだ。
―――ナルの事を頼みます。
と。
事務所に泊り込んで本を読み続けたり、食事を摂らないような事がないように、気にかけてくれとの事だった。
あたしも学校が休みの時期だったので、都合もよかった。
そんな訳で、リンさんが不在予定の2週間ちょっと。
一日中事務所に詰めて、お昼にナルを引っ張り出すのがあたしの日課になったのだ。
もちろん、夜あたしが帰るときも一緒にナルを引っ張り出す。
ナルも文句を言いながらも、とりあえずはあたしと一緒に行動をしてくれるわけで。
なんともくすぐったい毎日をあたしは送っていたりする。
「で、今日はどうするんだ?」
しぶしぶといった様子でナルが立ち上がる。
「あ、えっとね。今日は事務所で食べようよ」
「どういうことだ?」
「だからね、今日はあたしお弁当作ってきたの。貧乏学生には毎食外食ってかなり贅沢だし」
外で食べるときは大抵ナルがあたしの分も払ってくれるんだけど、さすがにそれは申し訳ない。
貧乏人は、奢られるのにも慣れていないのさ。
「僕は携帯食なんか持っていないんだが」
「んもう、ナルの分も作ってきたに決まってるじゃない。ね、一緒に食べよう?」
ナルのとんちんかんな答えに、思わず笑ってしまった。
自分の分しかなくって、食事に誘うわけないのに。
あたしの言葉に、ナルが憮然とうなづく。
「んじゃ、あたしお茶の用意していくから応接室の方に行ってて。それとも所長室で食べる?」
「応接室でいい」
とことん不機嫌そうに呟くナル。
あたしはまた軽く笑って、先に所長室を出て給湯室へ向かう。
紅茶を淹れて応接室に出てみると、ナルがソファに座っていた。
それはいいんだけど・・・また本を読んでいる。
ほんとにワーカーホリックなんだから。
「もうっ。食事の時に本は読まないのって何度も言ってるでしょ?親父臭い事しないの」
カップをサーブしながら、あたしはナルを注意する。
微妙にショックを受けたのか、ナルが少し顔をしかめて本を自分の脇に置いた。
よし、ヨロシイ。
「さ、食べよっか」
そう言って、あたしは持ってきたお弁当をナルへと渡す。
大きなお弁当箱に二人分詰めようか、とも思ったけど、それはなんか照れくさいのでやめた。
でも、小さいお弁当箱だと蓋を開けられる瞬間にどきどきするんだよね。
こっちの心臓にはお構いなしに、ナルは表情も変えずにお弁当を開いたけどね。
まったく乙女心がわかんないんだからー。
そんなこんなで、いつも通りの食事の風景が広がりだす。
事務所で食べている以外は、いつもと同じ。
会話もいつも通りあんまり無いけど、その沈黙はぜんぜん辛いものじゃない。
二人でいるだけで、すごく安心した気持ちになれるから。
ただ、自分が作ったものを食べられる事が、こんなに照れるとは思わなかった。
多分今のあたしは、ナルのお弁当にウケで入れたたこさんウインナーより赤いかも。
でも、ナルはちゃんと残さず食べてくれた。
食後。
また本を読み出したナルに、さりげなく聞いてみる。
「ねー、明日もお弁当作るんだけど、何がいい?」
「―――なんでもいい」
相変わらずぶっきらぼうな物言いだけど、そこには全然否定の響きが無かった。
必要ない、なんていわれなかったのが凄く嬉しくて、あたしの声は弾んでしまう。
「じゃあ、明日もちゃんと食べてねっ」
■ あとがき
「はい、あーんしてv」が書きたかったんじゃないのか、自分?
というかナルとの食事中の会話が思いつきませんでした。惨敗。
6/21/02 written by Youko.K.