背中あわせの安心
麻衣はとっさに飛び起きた。
こみ上げてくる悲鳴をかろうじて飲み込んで、深い息をつく。
怖い夢を見たのだ。
それは麻衣にとあっては夢であり―――誰かにとっては紛れもない現実。
そう考えるとひどく苦しくて、切なくて。
どうしてもこれ以上眠れそうになくて、麻衣は立ち上がった。
仮眠のために与えられた部屋から、ゆっくりとすべり出る。
ベースへと自然に足が向かった。
調査中は昼夜を問わず稼動するベース。
リンかナルか、どちらかは必ずベースに控えているはずだ。
今回の調査は小さな民宿だった。
与えられた部屋からベースまでの距離がわずかだが、その距離がもどかしく―――。
ベースから漏れる光を目にしたとき、麻衣は安堵の息をついていた。
「ナル」
ベースとして使っている部屋に入ると、いたのはナルだった。
整然と並ぶモニターや機器が、低い稼動音を立てている。
ナルは床に座り込んで、計測データに目を落としたまま口を開いた。
「どうした?」
その言葉に、麻衣の心臓がはねた。
先ほどの光景がまぶたの裏によみがえる。
「夢を、見たよ・・・」
唇を噛み締めるようにつぶやく麻衣。
その言葉に、ナルはデータから顔を上げた。
深い色の瞳が麻衣を捉える。
「話せるか・・・?」
淡々とした、そしてその裏に気遣いがこめられた声に、麻衣は頷いた。
わだかまった物を吐き出すように、麻衣は詳細に夢の情報をナルに伝える。
夢を見る、という行為自体がつらい時期もあった。
今でも切ないと思うことはある。
けれどもそんな感傷とは関係なく、過去の凄惨な夢を見るのは辛かった。
それが現実とわかっているだけに、ひどく悲しかった。
言葉を紡ぐうちに涙が零れてきて、全部を話し終わったあとしばらく俯いて肩を揺らしていた。
ナルはそんな麻衣の様子を静かに見守る。
やっと麻衣が涙を拭って顔を上げた。
痛々しいほどの涙のあとに、ナルは思わず溜め息をつく。
「麻衣が死者を悼む気持ちはわかる。だがそれはもう過去の事で、僕達にはどうやっても手が出せないことなんだ。
・・・だから麻衣が気に病む必要はない」
不器用な言葉が、心に沁みる。
この人もそうやってここまで来たんだ、と感じた。
「もう少し、休むといい」
そう言って、またデータに目を戻す。
うん、と小さく返事をして。
麻衣は動いた。
ナルがぴくり、と身体を動かす。
背中に柔らかな重み。
振り返ると、茶色の髪の毛がすぐそこにある。
麻衣がナルの背中に自分の背をもたれ掛かってきたのだ。
咄嗟に状況がつかめずに、言葉にするまでに時間がかかった。
「・・・麻衣?」
「しばらくこうしていて良い?こうしていると、安心する」
服越しに伝わってくる体温。
確かな鼓動。
確かなその存在が、とても心地よい。
「寝られるうちに寝ておいた方がいいと思うが?」
そのナルらしい、けれどもどこか困惑した口調に麻衣が笑った。
やっと、笑えた。
「そうだね、ここで少しだけ寝かせてね」
悪戯めいた口調でそう返す。
もう大丈夫、と思った。
■ あとがき
微妙にネタバレ?
ちなみにこれを紀野はナルX麻衣だと強硬に思っているんですけど、どうでしょう(笑)。
それにしても、どうしてうちの麻衣ちゃんは泣いているか落ち込んでいるかのどちらかなのかな。
明るい麻衣ちゃん、書けるようになりたいです。
05/17/01 written by Youko.K.