「まぁ、主上。こんな所にいらしたんですの?」
可憐な声が王の耳をくすぐる。
振り返るとそこには、金の髪をきらめかせる愛らしい少女が立っていた。
「嬌娘かえ」
王の視線を受けて、少女がにっこりと笑った。
至福〜範国〜
十二国が一つ範西国、その王宮。
大抵の王宮が在位中の王の気質を反映した造りであるように、範国の王宮も現王・呉藍滌の趣味によるところが大きかった。
凌雲山上に広がるその壮麗な王宮は、他国にまで鳴り響く。
そのときも、氾王は自ら造らせた園林の瀟洒な四阿に腰を落ち着けていた。
「主上のお姿がないので、官たちが探していましてよ」
欠片も咎める響きのない華やかな声をかけ、氾麟は王に寄り添うように近づく。
おそらく氾麟自らも、官たちに何も告げずにこの四阿まで来たのであろう。
今ごろは内殿の方で、王と麒麟両方を探して官たちが騒いでいるのが目に浮かぶ。
くすり、と氾王が笑った。
「たまには王や麒麟にも息抜きが必要であろうよ」
「そうですわね。―――ところで主上は、何をなさっていらっしゃるの?この季節にこんな所にいらしては、お風邪を召されますわよ」
ふ、と金の髪を揺らして氾麟が首をかしげる。
雲海の上では、地上のような季節の激しさはない。
それでも、確かな季節の移ろいがある。
地上には雪が降り積もる今の季節、雲海の上では寒風が肌に突き刺さる。
だが、それをさして気にしたそぶりを見せずに、氾王は目を和らげる。
「花を愛でていたのだよ」
「はな?」
氾麟がその瞳を瞬かせる。
季節はまだ寒い盛り、早咲きの花ですらまだ蕾を見せていないはずだ。
「ほら、見てごらん。見事な花が咲いているよ」
困惑する氾麟を促すように、氾王がそのしなやかな指で園林の一部を指し示す。
指し示されたのは、小さな梨の木の枝。
「まあ」
氾麟の唇から感嘆の声が漏れる。
転々と雪を散らしたその枝は、まるで春の姿のよう。
白く可憐な花を咲かせた一枝が、そこにあった。
「明け方に軽く雪が降っていたからね、もしやと思って来てみたのだよ」
もう殆どの雪が溶けてしまったがね、と氾王は続ける。
「冬でも咲く花があるんですのね」
もともとが主と同じように風流を解し、美しいものを愛する氾麟。
冬の花をいとおしそうに見つめるその姿に氾王が微笑む。そのとき、ふと言葉が浮かんできた。
「冬にさきたる梨の花か・・・」
「主上?」
何かを思いついたように、唇に手を当てる氾王。
その主の表情を覗き込む氾麟。
すぐに氾王は、にこやかな笑顔つくってみせる。
「嬌娘に新しい字を思いついたのだよ」
氾麟の主は、いつもこうだ。
いつも唐突に新しい字を氾麟に下賜す。
「まぁ、主上ったら」
氾麟も、主の行動には慣れたもので微笑み返す。
「梨雪、というのはどうだえ?」
「りせつ」
言葉を、口の中で転がすように半濁してみる。
梨雪、と氾王が宙に文字を書く。
「あの美しい枝のように、気高き範国の麒麟にふさわしい字であろう?」
半身の紫の瞳を見つめながらの言葉。
にっこりと笑って、梨雪は優雅に礼をとる。
「ありがとう存じます」
●おまけ●
「気に入ったかえ?」
礼をとった氾麟を見つめながら、氾王が尋ねる。
「もちろんです。大変嬉しゅうございます」
氾麟が晴れやかな笑顔で応える。
そして、一瞬何かを考えるような仕草をした。
「嬌娘?」
「いえ。・・・こんな素敵な字をいただいたんですもの。ちょっと六太に自慢しにいこうかと思ったんですの」
六太の字とは大違いですもの、と鈴を転がすように楽しげに笑う少女。
くつくつと、氾王も笑った。
「おお、それは良い考えだ。私も久しぶりにあの猿山の猿主従をからかいに行くとするかね」
範国王宮の片隅で、この国の主たちが偲び笑う。
ちょうど同時刻、遠い雁国で背筋を震わせる者達がいた。
■ あとがき
相変わらずMy設定&主観バリバリで突き進んでいます。
管理人設定では、範国主従は雁国主従が(主にからかい目的で)大好きなんですよ。
それにしても、本気で字シリーズをするつもりか、自分。
6/14/02 written by Youko.K.