それはある晴れた日の朝。
恭国王宮・霜楓宮にて女王陛下がのたまわれた。
至福〜恭国〜
「あなたに字をつけてあげるわ」
まったく前触れもなく発せられたその言葉は、自分の半身であり自国の宰輔を勤める供麒に向けたもの。
一方言葉を向けられた供麒は、ぽかんとした顔で自分の主を見つめる。
ちょうど皿へと伸ばした、箸を持つ手が空中で止まる。
恭国の王と麒麟は、一緒に朝餉を召していたのである。
「主上?」
供麒がその体格に似つかわしくない、困惑した声を出す。
「だから、あなたに字をつけてあげると言っているのよ。何がいい?」
自分の茶杯に口をつけながら、もう一度同じ言葉を繰り返す供王珠晶。
だが、供麒はまだ困惑した様子である。
「何がいいと申されても・・・。あの、主上?」
いっかな状況を掴めていない供麒を見て、珠晶の眉が僅かに上がる。
「んもう、相変わらず鈍いんだから。供麒って言う号だけじゃ味気ないから、字をつけてあげると言っているのよ。それとも、いらないの!?」
少女特有の高い声で、ぴしりと言い放つ珠晶。
供麒が慌てて首を振る。
「いいえ、そんな事ありませんっ。主上から字をいただけるなら存外の至福です。ですが・・・」
どうして急に、と供麒が続ける。
目の前の幼い主が、ふいと視線をそらした。
事の始まりは数日前。
ふらりと珠晶のもとを訪れた、奏南国の太子利広の言葉に端を発する。
曰く、
「珠晶は供麒に字をつけないのかい?」
との事。
久しぶりに訪れた利広と一緒に、二人で霜楓宮の庭を散策している時であった。
「字?」
鸚鵡返しに呟いた珠晶に笑顔を見せる利広。
「そう、字。前から思っていたんだけどね。珠晶は供台輔の事を供麒としか呼ばないだろう?」
「・・・だって、供麒は供麒ですもの」
言って、珠晶は思い返す。
時々利広が口の端に乗せる、奏南国の麒麟の事を。
うちの昭彰が、と言った時の親しげな響きを。
その近しさは、字から来るのであろうか?
「第一、今更字を下賜すっていうのも何か変じゃない?出会ってすぐなら分かるけど」
どこか、もどかしそうに答える珠晶。
利広から見れば微々たるものかもしれないが、九十年という長い時を供麒と共に歩んできたのである。殊の外、「今更」という気がするのだ。
そんな珠晶の戸惑いに、利広が目を細める。
「そんな事はないと思うよ。こういうので大事なのは『時期』じゃなくて『情』だからね。それに麒麟には号しかないから、喜ぶと思うよ」
「・・・考えておくわ」
珠晶がそう答えると、風来坊の太子はいつもの掴みどころのない笑顔を浮かべた。
それから考えに考えた珠晶が、口火を切ったのが今朝の事である。
どうしてですか、と純朴そうに尋ねてくる自分の半身。
なんとなく素直に答えるのが癪に思えて、珠晶は供麒から目をそらす。
こほん、と咳払いを一つして気勢を立て直す。
「と、に、か、く。あたしが字をつけてあげる事に、あなたも異存はないんでしょう?だったらそれで良いじゃないの。細かい事を気にしないの」
「は、はい」
供王の強気の言に、供麒が条件反射的に頷く。
「で、どんな字が良いの?」
「どんな、と申されても・・・。主上が下さるのなら、私は何でも良いですし」
「まったく、はっきりしないわね」
「ですが、主上が下さるのなら、私は何でも嬉しいのです」
「じゃあ、あたしが延王が延麒につけたような字を下しても、それでも良いって言うの?」
延王が延麒に下した字、その風聞は恭国にまで届いている。
その、よく言えば個性的、悪く言えば恥ずかしい字を思い返して、供麒は表情を曇らせる。
「いえ・・・、それはちょっと・・・」
「だったらちゃんと考えなさい。あたしはあなたの意見を求めているんだから」
そう言って、珠晶はすっかり冷めてしまった茶をすする。
供麒はそんな主を見ながら、困ったように口を開く。
「ですが、私にとって字とは主上が下してくださるから意味のあるものですし」
供麒のその言葉に、珠晶が椅子を蹴るように立ち上がった。
ぱんっ。
卓に突いた小さな手が、小気味のよい音を立てる。
「本当にじれったいんだからっ。あたしはあなたに聞いているの。あなたが一番好きな言葉や字が知りたいのっ。大事な字なんだから、二人で考えて、一番良いものを決めたいんじゃないのっっ。あなたに気に入ってもらえる字を贈りたいんじゃないの!」
そこまで言って、はっと珠晶は我に帰る。
自分が今口にした事を思い返して、瞬時に顔を赤くする。
ぱちくりと目を見開いく供麒。
沈黙が、二人の間を漂った。
「主上・・・。ありがとう存じます・・・」
先に口を開いたのは供麒だった。
顔を赤くしたまま供麒から視線をそらしていた珠晶は、彼が笑うのを気配で感じた。
気配で相手の様子がわかるぐらい、長く連れ添っているのだ。
「・・・なによ」
「いえ、ただ嬉しくて。―――そうですね。では、午後の政務が終わった後で一緒に考えくださいませんか、主上?」
この主を戴ける幸せを、かみしめながらの微笑み。
まだ顔を赤くしたまま、それでも珠晶は小さく笑った。
「いいわ、それで。でも、その時はちゃんとした意見を出しなさいよね」
「承知いたしました」
それはある晴れた朝の出来事。
■ あとがき
あはははははは・・・・・・。初書き恭国主従です。
妄想の中では、もっとラブラブパワー全開な主従のはずなんですけど・・・。
あと個人的には、この二人は絶対毎食ご飯を一緒に食べている気がします。
6/24/02 written by Youko.K.