至福〜才国〜


 それは、即位の式典が終わった日のことだった。
 采麟は即位したばかりの主に呼ばれ、王が待つ居室へと向かっていた。
 才の王宮、長閑宮はまだ祭りの余波に浮き足立っている。
 自室から王の居室へ、それほど長くは無い道のりだが、官達が走り回るように働いているのが見える。
 無理も無いことだろう、と采麟は思う。
 もともと王の即位は国民の最大の関心事。
 王宮で働く官達は、寝る間も惜しんで新しく当極した王を迎える準備をしていた。
 ましてや新王は采麟に天啓が下る前から、民や官に慕われていた人物だ。
 官たちが気負い、一生懸命になるのも肯ける。
 そんな王を迎えたことを嬉しく思いながらも、采麟の心はどこかが曇っていた。
 それをもどかしくも苦しく思いながら、采麟は主が待つ部屋へと歩を進める。

 

「お呼びに従い参上いたしました」
 来室を告げると中から穏やかな声が采麟を迎えた。
 自分の最初の王である砥尚の姑にして、今の主、采王黄姑。
 彼女がおっとりをした笑みを浮かべ、自分を出迎えてくれる。
「身体のほうは、もう良いのですか?」
 礼をとろうとした采麟を目で制し、座るように促しながらの問いかけ。
「はい、主上をお迎えしたのですから」
 静かに笑った采麟だったが、その紫の瞳にわずかな影が落ちる。
 失道あけ、そして少女が先の王を失ったということは、周知の事実。
 同じように大事なものを失った采王には、少女の胸のうちが推して測られる。
「そう、それなら良かったですね」
 いたわりのこもった優しい声に采麟が一度、目を閉じる。
「ありがとうございます」
 心の底を削り取られたような痛みが、やわらかく包まれたような気がした。

 

「貴方を呼んだのはね」
 采王が口を開く。
 座らせた采麟の目の高さにあわせるように、彼女の前に膝をつく。
 主が自分の前で膝をつくその居心地の悪さに采麟は立ち上がろうとしたが、王はやんわりと笑って彼女の手を握りしめる。
「貴方に字を下賜そうと思って」
「あざな、ですか・・・?」
 予想もしなかった主の言葉に、采麟は戸惑う。
「嫌ですか?」
 あくまでも穏やかな声音の王に、采麟は慌てて首を振る。
「そうではありませんが・・・」
 なぜ、と聞きたかった。
 戸惑いを見せる采麟の瞳を覗き込む王。
「采麟、台輔―――。どちらも貴方にとっては号ですよね?号で呼ぶのは礼にかなったことですけど、わたくしは名の中に情があり願いがあると思うのです。それにやはり大事な人を号で呼ぶというのは寂しい気がしますしね」

 

 気がつくと、少女の視界はかすんでいた。
 みるまにあふれ出る涙を堪えるように、うつむく采麟。
「台輔?」
 自分を呼ぶ声がとても暖かい。
「いえ、ただ・・・とても嬉しくて」
 あとは声にならない。
 嗚咽に震える金色の髪を、黄姑は優しく撫でる。
「貴方が気に入ってくれると良いのだけれど。揺籃というのは、どうかしら?」
「ようらん」
「ええ。この国を愛し、慈しみ、導く。貴方がこの国を育てるゆりかごたらん事を願って」
 一言一言に思いが込められた黄姑の言葉。
 采麟が袖で涙をぬぐい、顔を上げる。
 穏やかな主の視線を受けて、采麟は笑顔で答える。
「謹んで、お受けいたします。・・・ありがとうございます、主上」

 

 

■ あとがき
誰もが考えるネタ。字とか名前とかはやっぱりネタがぽんぽん浮かびます。
他の国のもあったりして・・・。シリーズ化するかも??

 

戻ります

 

 

5/20/02 written by Youko.K.