転変、それは・・・


 最近慶国王宮・金波宮ではこんな噂が囁かれていた。
 台輔が呪いをかけられている、と。

 

「景麒っ!」
 それは朝議が終わるのと同時だった。
 景女王が涙ぐまんばかりの勢いで、己の半身に詰め寄った。
「なんですか、主上」
 対する景麒はいつものままの完璧なまでの無表情。
 感情のこもらないその声は、ふてぶてしいほどである。
「景麒!やっぱりお前体調が悪いのだろう!?黄医を呼ぶから部屋で休め」
 女王の熱のこもった潤んだ瞳から、ふいと視線をそらす景麒。
「お心遣いは感謝いたしますが、その必要はありません」
「何を言っているんだ!王宮内ではお前が呪われているという噂すら出回っているのだぞ。とにかく大事を取って休めっ」
 女王の言葉に、得意の溜め息を返す景麒。
 さすがに鈍いだけあって、自分の溜め息がどれほど女王の負担になっているかは気がついていない様子である。
「誰がそのような根も葉もない事を。何度も申し上げているように、そのような事はありません」
 視線をそらしたまま応える景麒に対して、女王の握り拳が震えた。
「だったら何故、私の前では必ずその姿を取るんだっっ!!」
 陽子が怒りにまかせて指さすのは、間違いなく景麒。
 ただし、姿形がいつもと違っていた。
 彼は己の本性である獣の姿を取っていたのだ。

 

 事の始まりは一、ニ週間前。
 景麒が突如、陽子の前で獣態を取り出したことに端を発する。
 誰もが一様に驚いたが、人間ならざる麒麟の事。
 さらにもともと、何を考えているか窺い知れない景台輔。
 大して気にとめる者などいなかった。
 だがそれが三日四日と続いていくうちに、次第に困惑の波が広がっていく。
 中でも困惑の度合いが大きかったのが、景王陽子であった。
 何しろ右も左も分らない世界で、唯一頼れる自分の半身が獣の姿になってしまったのである(本性は獣はいえ、通常は人の姿を取っているのだから困惑は大きい)。
 王でなくても取り乱したくなるというものであろう。
 すわ失道か、先王の呪いか、と大混乱なのである。
 何より麒麟のままでいつもの様に溜め息をつくその姿が、半獣愛好家として知られる景女王の大きな負担になっているのである。
「私に不満があるのならはっきり言ってくれ」
 涙目で訴えてくる女王に、何度目かの溜め息を返す景麒。
「そんな事はありません、と何度も申し上げたでしょう。それよりも主上・・・」
「・・・なんだ?」
 視線をそらしていた景麒が、陽子のほうを向く。
 人の姿でも獣の姿でも、この瞳の冷ややかさだけは変わらないと陽子は思っている。
 ふっと、視線が交わってまたそれる。
 景麒がまた紫の双眸をあらぬ方向に向けたのだ。
「?」
「・・・何でもありません。それよりも執務の用意がありますので下がらせていただきます」
 何事も無かったかのように、すたすたと去っていく景麒。
 そしてまた、陽子は景麒に逃げられた事に気付くのであった。

 

「邪魔してるぞー」
 自室に下がった景麒を向かえたのは、無邪気な少年の声。
 金の髪をした少年が、景麒の部屋の窓辺に腰を下ろしていた。
 気配で彼がいることに気付いていたため、景麒は軽く会釈をしてみせる。
「延台輔・・・」
「なんだ、景麒。やっぱりお前転変してたんだー。で?」
「何がです?」
「んー、だからさー。調子は?上手くいってんのか・・・ってその顔じゃ全然上手くいってないみたいだなぁ」
 全てをお見通しとばかりに、にんまり笑う延麒六太。
 景麒は目を見開いた。
「何故あなたがそんな事を知っているのですか」
「雁の情報網を甘く見ちゃいかんよ。それにこの前楽俊とこっちにきた時、お前楽俊の事すごい目で睨んでたじゃないか。殺されるかと思ったって、楽俊がいってたからな」
 慈悲の生き物のくせによ、と六太の声は軽い。
 そんな六太の言葉に、景麒は溜め息をついてみせる。
「お前、その姿でもいつもどおりなのな。だから上手くいかないんだよ。―――せめて獣の姿の時ぐらい可愛げがないと、陽子、抱きついてこねーぞ」
 にやり、と少年の姿をした当歳五百余年の麒麟は笑った。

 

 景女王は、半獣に甘い。
 それはある意味真実でる。
 胎果たる女王の、こちらの世界で最初の友が半獣だったのだから、女王は半獣になじみが深い。
 しかもこちらの世界について不慣れな女王は、獣の姿をとる友に度々抱きつくのである。
 もちろん半獣とはいえ人間の姿もとる事を学び、最近ではそのような事もあまりしなくなったわけだが・・・。
 皆無ではない。
 女王はよく景麒の前で友に抱きつくのである。
 それを目撃した景麒の表情は―――。
 慈悲の生き物ではなければ、大惨事なることは免れないであろう気配を漂わせているのだった。
 獣の姿をした女王の友人を恨めしく思いながら、景麒はある結論にたどり着いたのである。
 半獣に抱きつく → 自分も半獣(麒麟) → 転変すれば抱きついてもらえる
 それは明晰とされる麒麟の頭脳に浮かんだ、見事な三段活用だった。
 そして、現在に至る。

 

 くつくつ、と声を出して笑う延麒に、景麒は憮然とした視線を送る。
「何ですか」
「いやー、相変わらずずれてんなーと思って」
 さもおかしそうに言われて、景麒は首をかしげた。
 その言わんとしている事を分ってない様子に、六太がまた笑う。
 麒麟って馬鹿だよなぁ、と。
 そう思って、六太は顔をしかめた。自身も麒麟であることを思い出したのだ。
「ま、分んないならいいや。いつまで続けるかは知んないが、程々に頑張れよー」
 ひらひらと手を振りながら、景麒の部屋を退出する六太。
 ひたすら憮然とした表情でそれを見送りながら、それでも景麒はいかにして己の主にこの姿をアピールするかを考えるのであった。
 景麒の熱い思いは、いつか主に届くのであろうか・・・。

 

 

 ■ あとがき
 何故・・・。
 気がついたら景麒が変態になっていました。
 どうしてシリアスか変態かしか書けないんだろう、私は(笑)。

 

戻ります

 

 

07/31/01 written by Youko.K.