忘れえぬ影
ビュッデヒュッケの古城を抱くように広がる湖。
その湖畔の森にかけられたハンモックの中で、彼女はまどろんでいた。
木々からもれる温かな陽射しや、湖をゆらす風をまとったその光景は、とても静かで穏やかで。
その空気を打ち破るのが恐ろしくて、彼は一瞬立ち止まる。
奇妙なほど戸惑っている自分に苦笑して、彼は彼女のほうへと一歩踏み出す。
彼女のすぐ傍らまで近づくと、影が差したのか、彼女は目を覚ます。
まどろみから抜け出していない瞳で彼を認めて、はんなりと笑った。
「ロラン様」
「ネイ殿。起こしてしまいましたか」
「お気になさらず。何か御用ですか?」
ネイが小さく首をかしげると、柔らかな翠の髪が方からこぼれる。
「いや、大した用ではないのですが。―――ネイ殿たちが城を旅立つと聞いたもので」
そこで言葉を切って、ロランはネイを見つめる。
その視線を受けて、ネイはゆっくりと頷いた。
「ええ。明日ここを発とうかと思っています」
予測していた言葉ではあったが、それでもそれは棘となってロランに刺さった。
「ずいぶんと急ですね」
自分でも驚くほど静かなロランの言葉に、そうでもないですよと答えるネイ。
そして、下草を踏む音も軽やかに、ハンモックから降りる。
ロランを見つめる瞳はとても穏やかだった。
「戦いが終わってこの辺一体も平和になりましたから。他の方々もお城を発って少し寂しくなってきましたし、そろそろ旅の生活に戻ろうかと思いまして」
「何も旅芸人に戻らずとも、ネイ殿たちならばザクセンでも十分成功するのではないですか?実際、ビネ・デル・ゼクセで公演しているときは、大変にぎわっていたと聞きますし」
ロランの言葉に、ネイが顔をほころばす。
「ありがとうございます。ロラン様にそういっていただけると、とても自信がつきます。・・・でも、私たちは流れの芸人なんです。トッポもシャボンも私も、国から国へと渡り歩く旅の生活が好きなんですよ」
「だが、それには危険も伴うでしょう。いくら平和になったとはいえ、モンスターたちに襲われる事もある」
「大丈夫ですよ。このお城で戦う事を覚えました。前に比べたらずいぶん強くなったと思います。自分と仲間なら、きっと守ってみせますよ」
この城で戦っていた事を思ってか、それとも仲間の事を思ってか、ネイが誇らしげに微笑む。
それは揺るがせない意思の笑顔。ロランが唇をかむ。
木々のせせらぎの中で、二人はしばし沈黙する。
「正直言って・・・」
最初に唇を開いたのは、ロランだった。
「私は、あなたにザクセンに留まって欲しい。旅に出て、危険な目になどあって欲しくないんです。あなたは私の、数少ない同胞なのだから」
重い吐息とともに吐き出される言葉。
ネイはそれを真摯な瞳で受け止める。
「私にとっても、ロラン様は大切な仲間です。私は人に育てられて、今までほとんど私と同じ種族を見たことがありませんでした。だから、こんなにも同族が愛しいという事を教えてくれたロラン様には感謝しています。ロラン様とお別れするのは、とても寂しいと思っています」
「だったら・・・」
ロランの反応に、ネイは静かに首を振る。
「でも、ロラン様に出会えたのは、旅のおかげです」
それは、静かだが迷いのない声だった。
はっとロランが息を飲む。
「私がロラン様に出会えたように、旅には本当に色々な出会いがあるんですよ。だから私はこの旅の生活が好きなんです。それに、私はトッポやシャボンがロラン様と同じように大事なんです。あの子達の傍にいて、同じ喜びや悲しみに出会っていきたいんです」
晴れやかな顔でネイは言いきった。
「・・・そうですか。ならばもう引き止めません。ただ、一つだけ頼みがあります」
「はい?」
「いつか、また歌を聞かせてください」
どこか縋るようなロランの声。ネイはそんなロランに、包み込むような笑顔で答える。
「ええ、喜んで」
その返事に、ロランは瞠目する。
自分にも手放せないものがあるように、彼女にもかけがえのないものがある。だから―――。
今はこの約束があれば、十分だった。
■ あとがき
ロラン×ネイ?うーん、これってカップリングになるのでしょうか。ドキドキ。
つーかロランさんの話し言葉がよく分からず苦労しました。しかもちょっと根暗さん入っているし。
エルフさんはムズカシイです。
2/23/03 written by Youko.K.