その村に寄ったのは単なる気まぐれ。
見上げるほど大きな風車と金色の大地。
それを近くで見たかっただけ。
約束の実
「すごーーい」
イクセの村の風車の下、見渡すかぎり金の穂が広がる光景を前に、メルが歓声をあげる。
風が吹くたびに向きを変え、歌うように揺れる穂。
重そうに頭を下げるそれは、収穫前の豊かな美しさをたたえている。
メルがその美しい大地に見入っていると、また風が吹いた。
ぎい、と音を立てて、メルの背後の風車が回る。
振り返ると、先ほどまでは静かに回っていた風車の回転が早まっているような気がする。
「風が強くなってきたのかな?」
呟いて、メルは右手にはめた相棒ブランキーが飛ばされないようにと力をこめる。
その時、一際強い風が吹いた。
金色の海から、風車とメルを通り抜け、また金色の海を走っていく突風。
少し乱暴なそれに、メルは咄嗟に目をかばう。
すると、風が無防備だったメルの髪からリボンを掠め取った。
「あーーっっ」
慌てて風の行方を目で追うメル。
風に乗ったリボンは、ふわふわと金の波間の上を舞っていた。
「もうっ。お気に入りのリボンなのに!」
叫んで、メルは金色の海の中へと飛び込んだ。
がさがさと音を立てながら、金の穂に覆われた畦道をメルは走る。
作物の手入れをしていた農夫たちが、明らかに場違いな少女に目をむく。
いつものメルならば、そんな農夫たちにブランキーとのショーを見せたりするのだが、今はそんな余裕はない。
風は一向にやむ気配もなく、リボンはどんどんメルから離れていく。
いくら畦道を走っているとはいえ、そこにまで進出してきた収穫前の作物を掻き分けながらでは、追いつく距離とてたかが知れている。
メルとリボンの間は、一向に縮まらない。
メルが諦め半分にため息をついて、足を止める。
「また新しいリボン、買わなきゃ・・・」
ブランキーと自分に言い聞かせるように言葉にだすと、なんとなく諦めがついたような気がした。
ふう、ともう一度ため息をついて踵を返す。
と、メルの背後で声があがった。
「これ、あんたのリボンか?」
ぶっきらぼうな男の声。
慌てて振り返ると、メルとは少し離れた位置に農夫が一人立っていた。
その手には、先ほどまで空を舞っていたメルのリボン。
「はい、そうです!」
暗い表情から一転。ぱっと笑顔を作ってメルが男のもとへと走り出す。
「あ、ありがとうございました〜」
がさがさと、金の穂をかき分けながらメルは男のもとへたどり着く。
息を切らせながら、たどり着くなり頭を下げる少女を見て、男は目細める。
「ほらよ。今度は飛ばされないように、しっかり結んでおきな」
言って、男はメルにリボンを手渡す。
顔を上げてリボンを受け取るメル。
ほっと安堵で顔をほころばせると、男もつられたように笑った。
男は、年の頃は20代前半。農作業をしていたのだろう、整った顔にうっすらと汗をかいていた。
「本当にありがとうございました」
もう一度礼を言ってから、メルはさっそくリボンを結おうとする。
だが、ブランキーをつけたままなせいか、なかなか上手く結ぶ事ができない。
もちろんブランキーを外せばいいことなのだが、それはメルにとっては論外である。
何度も何度も結っては失敗を繰り返すメルを見て、男が小さくふき出した。
「貸してみな」
「え?」
唐突にそう言われて、メルが首をかしげる。
「人形を手にはめてたんじゃ、リボン結べないだろ。おれが結んでやるよ」
言うが早く、男はメルの手からリボンを抜き取る。
驚いている少女の背後に回ると、その髪を手に取った。
大きく力強い手が、メルの髪を優しく梳く。
どくん、とメルの心臓が高鳴った。
男が器用にメルのリボンを操る。
男の手の中で、メルの鼓動はどんどん早くなっていく。
「よしっ。できたぞ」
きゅっと最後に力をこめて、男がリボンを結い上げる。
触ってみると、綺麗な形で結い上げられているのが分かった。
「ん?気に入らなかったか?」
メルがどこか惚けたような顔をしているのに気がつき、男が不安げに尋ねてくる。
力一杯に首を横に振るメル。
「そんな事ありません。ありがとうございます!あ、あのっ。お礼がしたいんですけど」
「ん?礼なんかいいよ。そんな大した事した訳じゃないしな」
「で、でもっっ」
なおも引き下がるメル。
なんとなく、このまま別れたくはないという思いがあった。
真っ直ぐに見つめてくる少女の瞳に、男はうーんと唸った。
「・・・それじゃあ、おれが育ててるトマトの味見をしてもらおうかな?」
「トマト?味見?」
予想もしていなかった言葉に戸惑うメルに、男はくしゃりと笑う。
「そう、トマト。実はまだ熟してないんだが、もうすぐ―――そうだな、豊穣祭の頃には真っ赤に熟していると思う。少し待ってもらわなきゃならないが、味見してもらえるか?」
自分の瞳を覗き込んでくる男に、メルは明るい笑顔を作る。
「は、はい!待ってます!!」
「おっし、約束だ」
言って、男は太陽のような笑顔で笑う。
その瞬間、メルは自分の顔が紅くなったのがわかった。
「じゃあ、美味いトマト作って待ってるからな。必ず味見しにきてくれよ」
男はメルに背を向け畑に戻っていこうとする。その背中にメルは声をかける。
「あ、あのっ」
「ん?」
「えっと、お名前教えてください」
「ああ、おれの名前はバーツだよ」
そして、男は農作業に戻っていく。
メルは男の後姿を見守りながら、その名前を胸の奥深くに刻むのだった。
■ あとがき
個人的バーツ×メル出会い編。
絶対にメルがイクセの村に居た理由はバーツがいるからだと信じてやまない紀野の妄想の産物です。
ちなみにブランキーが一言も喋らないのは、ブランキ―の喋り方が良く分かってないから。ダメじゃん。
02/21/03 written by Youko.K.