優しい傷の癒し方
柔らかな陽射しが、草原を照らしていた。
大地を駆ける風は、穏やかに草花を揺らす。
そんなのどやかなアルム平原の片隅で、剣戟の音が上がった。
一組の男女が、平原に生息するモンスターに遭遇したのだった。
旅装の男が身構える。すぐさま傍らの女が長剣を閃かせて駆け出す。
男が素早く、手首に仕込んだ武器でモンスターに攻撃する。
モンスターが男の先制攻撃にひるんだ隙に、女が剣を深々とモンスターにたたきつける。
確かな手ごたえがあり、モンスターが地に伏す。
女がほっと、小さく息をついた。
その時。
「クリスっっ!」
男が厳しい声で注意を促す。
女が長い銀の髪を揺らして振り返る。
その目と鼻の先には、いつの間にか駆けよってきていたモンスター。
「っっっっ!」
とっさに身構えたが、衝撃は決して軽くなかった。
「大丈夫か、クリス?」
男が駆け寄ってきて、倒れていた女に手を差し出す。
「大丈夫だ。それより、ナッシュ・・・」
クリスが男―――ナッシュ―――の手を受けて立ち上がる。
「おれの方は何とも無いさ」
軽く片目をつぶって答えるナッシュ。
そんなナッシュの飄々とした顔を、クリスは苦い顔でにらみつける。
「そうじゃない。そうじゃなく、もう少し考えてから攻撃できないのか?」
そういって、クリスは自分が倒れていた地面に視線を移す。
クリスが倒れていたすぐその先から広がる惨状。そこには先ほどまでの穏やかな草原の面影は残っていない。
草花のはげた大地からぷすぷすと登る黒煙。放射状に広がる小さな焦土は、ナッシュが投げた札の結果だった。
「もう少しで私も黒焦げになるところだったのだが」
自分よりも上背の高い男を、恨みがましく睨むクリス。
ナッシュがたじろぎながら口を開く。
「い、いやでも。おまえさんが危なかったんでつい咄嗟に」
「はっきり言って、モンスターの攻撃よりお前の札のほうがよっぽど危なかった」
「えっと、だからクリスなら避けられるだろうという計算のもとにだな」
しどろもどろに言葉を続けるナッシュに、クリスがため息を落とす。
「とにかく・・・次からは気をつけてくれ」
「・・・はい」
しゅんとうなだれた大の男を見て、クリスが小さく笑った。
抜き放った剣を鞘に収めて、ナッシュを促す。
「じゃぁ、そろそろ先を急ごうか」
「あぁっと、その前に」
歩き出そうとするクリスの手を、ナッシュがつかむ。
「何だ?」
不思議そうなクリスの視線を受け止めて、ナッシュが笑う。
「急ぐのもいいけど、傷の手当てぐらいはしておかないとな」
「傷?」
「そ、モンスターから一撃受けてただろ?」
言って、ナッシュは荷物からおくすりを引っ張り出す。
「たいした傷ではないんだが」
「油断は禁物だって。破傷風になったり痕になったりしたら大変だからな。とにかく見せて」
そう言われては仕方なく、クリスは手近にあった岩に腰をおろして、傷を見せる。
左手首から肘にかけて、クリスが袖をまくって見せたそこには、深くはないが無残な裂傷が走っていた。
「まったく、これのどこが大した傷じゃないって言うんだか」
呆れたように呟くナッシュに、クリスは小首を傾げる。
「そうか?たいしたダメージも受けなかったし、出血もそれほどではないだろ?」
心底不思議そうに言うクリスに、ナッシュは苦笑する。
手際よく傷口を清めると、白い肌に走る紅い線がいっそう痛々しい。
消毒薬を布に浸して傷口をなぞると、クリスがわずかに表情をゆがめた。
「しみたか?」
消毒する手を止めて、ナッシュがクリスの瞳を覗き込む。
「いや、大丈夫だ」
さすがは騎士といったところか、気丈な声で答えるクリス。
そんな彼女に小さく笑って、ナッシュは消毒用の布を遠ざける。
「?・・・な、ナッシュっっ!」
ナッシュの行動の意味がわからずきょとんとしたクリスが、次の瞬間顔を真っ赤にして抗議の声をあげる。
急いでナッシュが取った自分の腕を引っ込めようとするが、傷口が熱く痺れたように疼き、思うように動かない。
なぜなら、ナッシュがクリスの腕に口付けし、その舌で丹念に傷口をなぞっていたから。
ざらりとした舌の感触に、ひどい違和感と居心地の悪さを感じる。
「ナッシュ!」
力が抜けたような体でそれでも強い声をあげると、ナッシュが顔を挙げる。
「まあまあ。落ち着いて、落ち着いて。これも消毒だから」
悪びれなく言ってのけるナッシュをクリスは赤い顔で睨む。
「これがかっ?」
「そう。消毒薬だとしみるだろ。女の子が痛がる顔っておれ苦手だから、こっちの方法で」
楽しそうに言って、傷口から舐めとった血を先ほど使っていた消毒用の布に吐き出す。
慣れた手つきで包帯を巻くと、赤い顔のクリスの笑いかける。
「ほい、これで手当て終了」
「いつもこんな事やっているのか?」
呆れたような問いに、ナッシュはいつものように片目をつぶってみせる。
「まさか。可愛い女の子だけさ」
その答えにクリスは盛大にため息をつく。
そして、このままこの男と旅を続けていいものかと考えるのだった。
■あとがき
幻水3の初SSがこれですかい、自分。
ナッシュ×クリスは恋愛と友情の微妙なラインってところが好きなはずなのに・・・これじゃナッシュは変態オヤジじゃん。
変態ナッシュ・・・それはそれでいいかもしれない。
02/21/03 written by Youko.K.