陽だまりの中で、シーナはあくびを噛み殺す。
 背中を預けた大木の感触が妙に遠い。
 膝に身を寄せる暖かな重みに気を使いながら、小さく伸びをする。
 彼の膝の上で眠る少女が、軽い寝返りを打つ。
 さらりと、茶色の長い巻き毛がゆれた。
 うっすらと開いた桜色の唇からもれるのは、健やかな寝息。
 シーナはそれに小さく笑って、少女の柔らかな髪に指を絡める。
「ま、これもいっか・・・」
 あきらめにも似た穏やかな声は、少女に届くことなく空中にかき消えた。

 

 安らぎの場所

 

 時間は少し遡る。
「あーあ、誰も相手してくんないなぁ」
 今日も今日とてナンパも失敗に終わり、シーナは多少哀愁を漂わせながら同盟軍の居城を歩いていた。
 まだ同盟軍に在籍して日が浅く、自分がどこを歩いているかおぼろげにしか分らない。
 なんとなく気の向くままに歩いて、見慣れぬ場所に出た。
「おー、絶景絶景っ」
 無邪気に感嘆の声をあげるシーナ。
 彼が立っているのは、高台に位置する洗濯場。
 トラン湖から拭きあげてくる風が、彼の短い髪と綺麗に洗い上げられた洗濯物を揺らす。
 シーナは軽い口笛を吹きながら、崖のふちまで進む。
 高台から見るトラン湖は、湖面がきらきらと輝き、細波立つ様が美しい。
 女の子ナンパしたらここに連れて来ないとな、などと考えていると。
 背後で声が聞こえた。
「やっぱりお昼寝は気持ちいいところでしないとねー」
 誰かに話し掛ける調子の声は、若い娘のもの。
 若い娘の声に反射的に振り向くシーナ。
 あわよくば今日のお相手が出来るかも、とわずかに期待を抱いて振り返った先には。
 不可思議な物体を抱いた少女が立っていた。

 

「あ」
 先に反応したのは少女だった。
「シーナ君だ〜」
 嬉しそうに名前を呼ばれて、シーナもつられたように微笑う。
 そこに立っていたのは、ミリーという名の少女。
 シーナが同盟軍に在籍する原因となった、トラン共和国と同盟を結ぶための旅に同行していた少女だ。
 同盟軍軍主と昔の顔なじみが主だったメンバー中、シーナが知らなかった唯一の少女。しかも不可思議な生き物を愛好しているという特徴と相まって、彼女はシーナの記憶に強烈に焼きついていた。
「やぁ、ミリーちゃん」
 シーナが笑顔を返すと、ミリーが小走りに近づいてくる。
「シーナ君もお昼寝?」
「昼寝?」
「うん。お日様はぽかぽかして気持ちいいし、今日はとってもお昼寝日和だよ」
 ねー、とミリーが同意を求めたのは、腕に抱いた奇妙な生き物。
 ミリーがボナパルトと呼ぶペットである。
「ミリーちゃんはこれからお昼寝するのかい?」
 シーナの問いに、幸せそうに頷くミリー。
「ミリーもボナパルトもこの場所が大好きなの。お散歩のお誘いが無い時は大抵ここでお昼寝してるの〜」
 ミリーの言うお散歩とは、軍主に同行する事である。
 軍事行動を散歩と言い切ってしまう少女に、シーナは苦笑する。
「確かにここで寝ると気持ちよさそうだな」
「そうだよ〜」
 ねー、とミリーはボナパルトに同意を求める。
 きゅーとボナパルトが哀れな声をあげたのは、抱き潰されたためか、目をつつかれたためか。
「ねぇねぇ、シーナ君も一緒にお昼寝しない?」
 ボナパルトの目をつついていたミリーが、シーナの目を覗き込む。
 一緒に寝るということをまったく理解して無さそうな無邪気な瞳に、シーナは笑いをもらす。
「ま、今日はお呼びかかってないし、する事もないしなー。せっかく誘ってもらったんだし、ミリーちゃんと一緒に昼寝でもするかな」
 その返事に、ぱっとミリーが笑顔の花を咲かせる。
「ほんと?じゃぁ、一緒にお昼寝しようねっ」

 

「シーナ君がはじめてなんだよ、一緒にお昼寝してくれるの。誘っても誰も一緒にお昼寝してくれないの」
 ミリーがさも不思議そうに首をかしげる。
「メグちゃんやチャコ君は、誘っても絶対嫌がるし。フッチ君はお昼寝の時、いつもいなくなるし。ボナパルト、こんなにいい子なのに〜」
 軽く頬を膨らませるミリー。
 幼いその動作にシーナは微笑う。
 そして寝やすい場所を探すか、と辺りを軽く見渡したその時。
 紋章発動の特徴的な音が響き、まばゆい光が発生する。
 とっさに身を硬くしたシーナのすぐ隣で、ミリーが左手を掲げていた。
 すぐに、ミリーが紋章を発動したのだと理解した。
 なぜなら、ボナパルトがみるみる巨大化していくからだ。
「ミ、ミリーちゃん・・・?」
 脈絡の無いその行動に、シーナの声が上ずる。
 ミリーはそんな彼には目もくれず、完全に巨大化したボナパルトの口をこじ開ける。
 無理矢理口をこじ開けられたボナパルトが、再び哀れな声をあげたが。
 ミリーはまったく気にせず、その口の中に入っていった。
「・・・」
 呆然と立ち尽くすシーナ。
 そんなシーナに、ミリーはにっこりと笑いかけた。
「さ、シーナ君もどうぞ」
 ミリーが勧めたその場所は、紛れも無くボナパルトの口の中。
 一瞬にしてシーナは、ミリーの友人達が一緒に昼寝をするのを嫌がる理由を悟った。
 なんとも言いがたい沈黙が流れる。

 

「ミリーちゃん・・・」
 幼くとも女の子の前からか、シーナが声を絞り出す。
 何、と首をかしげるミリーは、すでに眠そうだ。
「い、いつもボナパルトの口の中で寝ているの?」
 否定を期待しての質問に、ミリーはあっさりと頷く。
「そうだよ。ふかふかのベッドみたいで気持ちいいんだよ〜。さ、シーナ君も早く」
 無邪気に勧めるミリー。
 だがシーナの足は動かない。
 シーナはトランとの同盟の際に、何度も目撃したのだ。
 ボナパルトがモンスター達を丸呑みにしている場面を。・・・第一、見てなくても入りたくない。
「で、でもミリーちゃん。ボナパルトの口の中に入ったら、勿体無いよ」
「?」
「ミリーちゃん、さっき言っていただろ。太陽が気持ちいいって。ボナパルトの口の中に入ってしまうと、太陽が当たらないだろ」
「でも、お布団かぶらないのと一緒で、ボナパルトのお口に入ってないと、寒くて風邪ひいちゃうよ?」
「大丈夫だって、一緒に寝るんだから暖かいって」
「そうなの?じゃぁ、ボナパルトは?」
「ミリーちゃんが抱いていればいいだろ?口の中に入ってなくても、抱いていれば暖かくなるよ」
 いつも女の子にするように、軽いウインクをしてみせる。この案にのってくれ、と切実に願いながら。
 一方ミリーは抱いて寝る、というのが気に入ったのだろう。
 それなら暖かいねと、ボナパルトの口の中から出てくる。
 風船がしぼむように小さくなるボナパルト。
 その隣でシーナが小さく一息つくのと、ミリーが抱きついてくるのが同時だった。
 シーナは反射的に受身を取るが勢いは殺せず、ミリーを抱きとめた形で座り込んでしまう。
「ミ、ミリーちゃんっ?」
「ほんとだー、こうしてると暖かいし気持ちいい〜」
 あまりにも無邪気なミリーの言葉に、シーナは天を仰いだ。
 そしてこの少女の脈絡のない行動に振り回される自分に、軽く笑いを漏らす。
 ・・・決して嫌な気分ではなかった。
 すでに眠たげなミリーを支えるようにして、シーナは傍にあった大木に背中を預ける。
 柔らかな陽射しが、二人を包む。
 ミリーの頭が自然とシーナの膝に重なる。
 そうして。
「えへへ。こうやってるとすごく安心できるね。シーナ君、大好き〜」
 とろんとした瞳で嬉しそうに囁いて、少女は夢へと落ちていった。
 ふっと、シーナの目元が和らぐ。
 3年後には期待できるかな、と呟いて彼も目を閉じた。

 

 

 ■ あとがき
 これがうちのシナミリ馴れ初め編です。当初は裏ギリギリだった事も、今ではいい思い出です(笑)。
 いつのまに(管理人の頭とは正反対に)こんなに健全なお話になったのでしょう。
 ミリーちゃんで裏というのが無理なのかもしれませんが。

 

戻ります

 

 

07/14/01 written by Youko.K.