乾いた銃声が一発。
 その時から私はすべてに絶望した。


 絶望論


 それは、冷たい朝だった。
 覚えているのは、身体の底まで凍てつくような厳かで静謐な朝の空気。儀式の静けさ。
 シーツから露出した肌を朝の大気に撫でられて、私は浅い眠りから目覚めた。
 どうしようもないほど、静かな目覚めだった。
 我ながら、何も感慨を覚えない自分に呆れてしまう。
 私は今日、死んでしまうというのに―――。
 粗末な寝台から滑り降り、身繕いをはじめる。
 僅かに逡巡してから、私は儀式のための正装ではなく、いつもの服を選んだ。
 多分、これが今の私にはふさわしいから。
 手早く身支度を整え、白い外套をはおる。
 そのとき、背後から声がかかった。
「・・・行くのか?」
 背後の寝台が、軋んだ音をたてる。
 振り返ると、さっきまで温もりが分け合っていたクライブが身体を起こしていた。
「お目覚めかい、ぼうや」
 努めていつもと変わらないような声を出してみる。
 だが、くすんだ金髪の下の双眸は、まっすぐに私を見据えたまま揺るがない。
「本当に行くつもりなのか、エルザ?」

 

 クライブのその問いかけに、私はくっと口の端をつり上げる。自嘲をこめて。
「今更何を言っているんだい?あんただって分かっているくせに。もう後には引けないって」
「そんなはずは無い。今ならまだ」
「もう無理だよ。決定した事なんだから」
「だからって、何であんたとケリィが殺しあわなけりゃならないっ?」
「ギルドの決定だからさ」
 私の一言に、黙り込むクライブ。
 私なんかとは違う、幼い頃から骨の髄まで叩き込まれたギルドへの忠誠が彼を縛り上げる。
 唇を噛みしめ、きつく拳を握り締めるクライブ。
 彼が次に何を言うのかが、私には分かった。
 だから私は彼が唇を開く前に、ぎらつく双眸を覗き込むようにして、彼の頬に両手を添えた。
「その先の言葉は聞かないよ、クライブ。私にだってガンナーとしての誇りがある。―――いや、私はガンナーの誇りに殉じたいんだから」
「・・・それでいいのか、エルザ?」
 すがるような声だと思った。
 私は答える代わりに、クライブの唇に自分のそれを押し付ける。
 深く、深く、長い一瞬。
 そして、私はクライブに背を向けて歩き出す。
 たぶん、これで良いんだ。
 何度も何度も、心の中で反駁しながら。

 

 北国特有の朝をかき分けるようにして着いた先には先客がいた。
 死神のようないでたちの・・・いや、私にとって死神となる男、ケリィが。
 昏い瞳で私を出迎えるケリィ。
 いつからか、瞳が曇っていった古馴染み。それに気付けなかった自分に歯噛みしたくなるほどに。
 立会人が、私たちにガンを差し出した。
 シュテルンとモーント。
 ケリィが目で私を促し、私は少しだけ考えてシュテルンを手にとる。
 残されたモーントをケリィが携え、私たちは向き合った。
 立会人が合図をし、私たちはお互いに背を向ける。
 この日初めて使う、決闘のための言葉を詠み上げながら、一歩一歩と距離を取っていく。
 この期に及んでも、私の心は揺れなかった。なぜなら、私は絶望しきっていたから。
 声高く呪われた言葉を詠み上げ、二人同時に振り返る。
 銃を掲げる、手が震えた。
 初めてだった。人に銃口を向けて手が震えたのは。
 これは感傷なのか、それとも―――。
 そんな自分を嘲るように、鮮やかに笑ってみせる。多分、今まで生きた中で一番美しい表情。
 そして、引き金を引いた。

 

 ぱぁぁぁん。

 

 響いたのはたったの一発の銃声。
 人の命をかき消すには、あまりに脆弱な音。
 どう、と倒れたのは死神になるはずだった男。
 一瞬彼は、昔のままの笑顔を浮かべた。
 あぁ。
 どうしてあんたはこれ以上の絶望を私に突きつけるんだい?

 

 すべてが世界の外側の出来事のようだった。
 違う。
 世界からはじき出されたのは、私の方。
 ゆっくりと、ゆっくりと倒れていくケリィ。
 零れ落ちる鮮血は、彼の命。
 私は駆け寄る事も出来ずに、ただ立ち尽くす。
 呆然とした私の視線の先、同じように光を失った視線がケリィにそそがれていた。
 クライブ。
 ケリィを映していたお互いの視線が、絡み合う。
 絶望と憎しみがお互いの心を蝕んでいく。「何故」とその瞳は叫んでいた。
 気が付くと、私は駆け出していた。
 銃を握り締めたまま。ケリィの銃も奪い取って。
 これ以上ない絶望の中、私は悟った。
 もう死にしか救いがないのだと。
 それでも生きろとケリィが言うのなら、私は死に向かって逃げ続けよう。
 心に残った小さな『未練』をよすがに、ギルドもガンナーの誇りも、自分の心すら捨てて。
 この絶望の鎖が断ち切れるまで。
 だからクライブ、私を追いつめておくれ・・・。

 

 

■あとがき
あははははは・・・・。
相変わらずネクラなもん書いてます。しかも、エルザ姐さんってこんなに乙女な人でしたっけ?
いつかカッコよいエルザ姐さんが書けるようになりたいです〜〜。

 

戻ります

 

 

7/24/02 written by Youko.K.