朝日を見に行こうよ
ヘルメットを取ると、一気に潮の香りが未央を包んだ。
波寄せる浜辺が、すぐ目の前に広がる。
太陽すら昇っていない早朝、人の気配もなくひっそりとした海辺。ただ柔らかな波の音だけが、鼓膜をくすぐる。
「はー、やっぱ誰もいないね」
妙に感動した声をあげて、後ろを振り返る未央。
ちょうど自分のヘルメットを、バイクのハンドルにかけていた京太と目が合った。
「あたりまえだろ?平日の、しかもこんな朝っぱらから海に来たがる物好き、お前ぐらいだって」
そう言って、未央が手に持っていたヘルメットを受け取り自分のと同じ様にバイクのハンドルにかける。
京太のそっけない物言いに、ふっと小さく笑う未央。
「なーによー。最初に言い出したのは京太の方じゃない。一周年記念にどっか行こうかって」
「まさかこんな朝っぱらに海に行きたいって言うとは思わなかったんだよ。大体普通、もっと色々あるだろ?カラオケとかコンサートとか」
「それじゃ、いつものコースと変わんないじゃない」
「そうか?」
「そうそう。いいじゃない、たまには早起きしたって。・・・それにしても、もう一年も経ったんだねぇ」
波の音に惹かれるように、波打ち際へと歩いていく未央。
その半歩後ろを歩いていた京太はかみしめる様に、そうだな、と呟いた。
未央と京太。
二人が出会ったのは約2年前。二人が高校に入学した時だった。
わりとゆるい校則、自由な校風で有名な学校。だが、勉強の方はなかなか厳しかった。
名門進学校というほどではないが、地元では評判の中堅進学校。
もともと運良く入ったという程度の京太は、早くも一学期の終わりには脱落しかけていた。それを救ったのが新入生総代を務めたクラスメイトの未央だった。
それまでろくに話した事もない二人だったが、夏休みの課外授業をきっかけに一緒に勉強するようになった。
殆ど夏休みを潰すようにして、一緒に勉強をした二人。
そのおかげで京太は何とか学校の勉強について行けるようになり、そしてまた、二人の仲も親密なものになっていった。
二人で勉強をするのが当然になり、週末に会うのが珍しくなっていき・・・。
そうして2年に進級したある5月の日、二人の関係は友人から恋人になった。
それから一年。
キスもした。
喧嘩もした。
泣いたり笑ったり、小さな出来事を積み重ねて、二人は一年目と云う記念日にその海岸に立っていた。
「やっぱりまだ、水は冷たいのかな?」
白い泡を散らす波打ち際に立って、未央が呟く。
ゆるやかな潮風が、肩より少し長い未央の髪を揺らす。風はまだ、少し冷たい。
「そりゃそうだろ。まだシーズンじゃないしな。昼間だったら少しは暖かいかも・・・っておいっ」
京太の言葉を聞いていたのかいないのか。未央が手早く靴と靴下を脱いで京太の方に放り投げる。
「うひゃぁ、冷たーい」
寄せてくる波に素足を晒して、未央が笑いながら身をすくめる。
「お前な、人の話を少しは聞けよ。大体、俺タオルとか持ってきてねーぞ」
「もちろん乾くまで京太が背負ってくれるんでしょ?」
ぱしゃぱしゃと片足を水面に出したり沈めたりして、波の花を咲かせる未央。
「おいおい〜。お前、自分の体重把握してるか?」
心底嫌そうな顔をする京太。その京太の足先5センチに、水が飛んでくる。
「うわっ、やめろって」
「きょ・う・た・君??次はあんためがけて水をかけるよ」
ぱしゃぱしゃと水音を立てながら、未央は笑顔を作る。
「・・・はいはい、分かりましたよ」
やれやれ、と京太は呟いてみせる。いつもこうやって、強引に未央のペースに巻き込まれるのだ。どことなく、ちょっと悔しい。
「それでヨロシイ」
くすくすと笑う未央の腕時計が、小さな音を立てたのはそんな時だった。
「京太、京太」
両足首を海水に浸しながら、未央が京太を手招く。
未央を背負う心の準備を決めて近づく京太。
だが、未央はにっこりと笑って自分の背後を指差した。
未央の背後に広がるのはまだ暗い海、水平線―――。
「あっ・・・」
思わず声が漏れた。
暗い海に差した、細い光。
水平線からにじみ出てくるように昇る陽光。
それは、静かな夜明けだった。
ゆっくりと輝きを増しながら昇っていく太陽。
永いようで短いような、奇妙な時間。
二人は言葉を発する事も忘れて、それを見つめていた。
「これをね・・・」
未央が口を開いたのは、太陽がもうすっかりと姿をあらわしてからだった。
京太が未央に視線を移す。
柔らかな朝日を浴びて、きらめくような色を見せる波。そこに佇む未央。
「これを、京太と一緒に見たかったの。これを見て京太が気に入ってくれて、それで来年も、その先も、ずっと京太と一緒に見に来れたら、って思ったの」
波が、寄せてかえる。
太陽の光をあびただけで、先ほどとはまったく違う世界に見える海。
「そうだな・・・」
心の底から出た言葉だった。
「気に入ってくれた?」
僅かに不安そうな未央の声。
「ああ」
自然に顔がほころぶ京太。ぱっと、未央が顔を輝かせた。
飛び上がるようにして、京太に抱きついてくる。
水飛沫が京太にも飛ぶが、全く気にならなかった。
「忘れたなんて言わせないからね!」
溢れんばかりの笑顔に、京太も笑顔を返す。
「来年もまた、見に来ような」
■ あとがき
35000Hit記念SS。リクエストはオリジナルの男女カップルで浜辺のイメージでした。
オリジナルの短編を書くのは久しぶりなので、ちょっとドキドキ。進みがかなりトロかったですけど、楽しかったですv
でも、これって浜辺のイメージというよりも夜明けのイメージ?ろくなモノ書けなくて、すみませんAzusa様。
05/31/02 written by Youko.K.