オフィスのドアが開く音がして、麻衣は格闘していた書類から顔を上げた。
時間は日曜日の午前中。
オフィスを溜まり場にしている霊能力者たちが集まってくる時間は、まだまだ先である。
麻衣は来客用の営業スマイルを浮かべて、急いで立ち上がる。
そして、口を開く前に表情を崩した。
おやすみ
「なーんだ、ぼーさんかぁ」
麻衣が来訪者にかけた第一声はそれであった。
すぐに心からの笑顔を浮かべて、入ってきた滝川に近づく。
「どーしたの、こんな時間に来るなんて」
麻衣の記憶が正しければ、日曜の午前中などは滝川の活動時間帯から大きく外れているはずだ。
首を傾げて滝川の顔を覗き込む麻衣。
「麻衣ちゃーん。俺、もう死にそー」
対する滝川は、何とも情けない声をあげて接客用のソファーに腰を下ろした。
その顔には疲労が色濃い。
「ちょっと、ぼーさん?」
明らかにいつものおちゃらけた雰囲気と違う滝川に、麻衣が素っ頓狂な声をあげる。
滝川はそれには答えずに、ソファーに身体を深く沈める。
そして、麻衣に笑いかけた。
「麻衣ぃ〜。とっても冷たいアイスコーヒーを入れてくれると、オジサンすんごく嬉しいんだけどな〜」
独特のすっとぼけた声で甘えてくる滝川。
だがそこに、いつもの精彩は無い。
麻衣は少し心配そうに顔をしかめて、滝川の注文に答えるために給湯室へと向かった。
からん。
氷がグラスにぶつかり、いかにも涼しげな音を立てた。
入れすぎたかな〜と、麻衣は一人ごちる。
いつも以上に氷が入ったアイスコーヒーのグラスを持って、麻衣が応接室に戻る。
「ぼーさん?」
麻衣が呼びかけながら近づくが、滝川は微動だにしない。
具合でも悪いのかな、と覗き込むと目を閉じているのが分った。
規則正しい、かすかな呼吸の音。
「寝てるの?」
なんとなく小声で呼びかけてみたが、滝川は目を開かない。
どうしたものかと考えながら、とりあえず滝川の前にグラスを置く。
応接卓とグラスがぶつかる鈍い小さな音。氷が澄んだ音を立てる。
それに反応するように、滝川が勢いよく目を開いた。
「うわっ、ビックリしたー。・・・ごめん、起こしちゃった?」
「いや・・・。俺寝ちまってたのか」
まだ頭がはっきりしていないのか、滝川がぼそぼそと呟いた。
「あ、コーヒー入れてくれたのか。ありがとな」
自分の前に置かれたグラスに気付き、麻衣に笑いかける。
どういたしまして、と答えながら麻衣は滝川の隣に腰掛ける。
「ぼーさん、なんか変だよ。大丈夫?体調悪いなら、帰ったほうがいいよ」
グラスに口をつける滝川に、真っ直ぐな視線を向ける麻衣。
滝川はコーヒーを軽く口に含んで、グラスを元に戻す。
空いた手で麻衣の頭をぽんと軽く叩いた。
「気にすんな。ただ寝不足なだけだから」
「寝不足ぅ?」
呆れたような顔をした麻衣に、滝川は苦笑してみせる。
「仕事だったんだよ。拝み屋の方。朝までにらめっこして除霊してきたんだよ」
おかげで朝日が眩しくって、とあくびを噛み殺しながら言う。
「だったらなおさら、家に帰って寝なよー。疲れてんでしょ?ぼーさんが日曜日の午前中から来ると、何事かと思っちゃうじゃない。入ってきた時、すんごい暗〜い顔してたし」
まったく心配させちゃってー、と頬を膨らます麻衣。
そりゃ悪かったと答えて、滝川はもう一度グラスに口をつける。
「でもなー、俺昼からお仕事入っているんだよな」
「仕事?」
「そ。そっちは本業の方。仕事に遅れるわけにはいかんでしょ。今部屋帰って寝たら、夜まで起きない自信があるしな。そりゃさすがにマズイでしょ」
「それでこんな時間にオフィスに来たわけね」
「ここにいれば一時間ぐらいは起きてられるかな、と思ってな。万が一寝てしまっても、やさしい麻衣ちゃんが起こしてくれるはずだしな」
にんまりと笑ってみせる滝川。
ふー、と麻衣が深い息をついた。
「まったく・・・。一時間後に起こせばいいんだね?ちゃんと起こしてあげるから、少し寝てなよ。ほんとに死にそうな顔してるよ。お客さんもまだいないし、そのソファー使っていいから」
小さく笑って、麻衣はソファーから立ち上がる。
「えー、麻衣ちゃんは一緒にいてくれないのー?」
滝川のとぼけた声に、麻衣は軽く舌を出す。
「あたしは仕事があるのっ」
そう言って自分のデスクに戻ろうとした麻衣の体が揺れた。
突然、強い力に引かれて麻衣の体が揺れる。
「?」
声すらあげる間もなく、麻衣は再びソファーに身を沈めていた。
そして思考が追いつく前に、膝に重みを感じた。
気が付くと、全てが終わっていた。
半瞬後、事態を把握して麻衣が真っ赤になる。
「ちょっと、ぼーさんっっ」
慌てて身体を捩ろうとしたが、力強い手が麻衣の手を捕らえる。
「麻衣ぃ〜。しばらくの間いいだろ?」
捉えた手を離さず、滝川が麻衣の膝の上で笑ってみせる。
膝枕をさせられた格好で、真っ赤なまま麻衣は滝川を睨む。
「ぼーさん、仕事ができないんだけど」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとやそっと遅れたぐらい、優秀な安原少年に手伝ってもらったらすぐに終わるって」
「あのねぇ・・・。そういう問題じゃないんだけど」
「一時間だけだって。な?」
それはいつもの軽い口調だったが、どこか切実な響きだった。
「・・・お客さんが来たら、たたき起こすからね」
「ありがとな」
滝川が小さく笑って、目を閉じた。
すぐに、規則正しく肩が上下しはじめる。
麻衣は誰も来ないことを祈りながら、疲れの色が濃い滝川の顔に手を添えた。
■ あとがき
これ、甘々ですか?ぼーさん、強引ですか??ラストが一番強引なのは・・・すみませんです〜。
果てしなくお題から遠ざかったような気がする(気のせいである事を願ってます)モノに仕上がってしまいました。
こんなものでよければ受け取ってやってください、華月様。
あぁ、修行を積まねば。
07/18/01 written by Youko.K.