桜の蕾がほころびかけていた。 少しだけ寒さの抜けきらない風からは、かすかな梅の香りがした。 陽射しが柔らかく降りそそぐ午後、あたしは一人でそこに立っていた。 崩れさって、もう痕跡も残ってない旧校舎跡に。 校舎からの声が、風に乗って届いてくるだけの静かな空間。 何故ここに立っているのか、自分でも分からなかった。 気がついたら、あたしはここに立っていた。 旧校舎が崩れたのは、あたしがこの学校に入ってからすぐ。 色々と怪談とかが飛び回ってたけど、崩れたのは地盤沈下が原因だった。 知っている人はほんのわずかだけど。 そのあと建て直しをした体育館のせいで、もう何も残ってない。 ついさっきまで式典を受けていた体育館の壁にもたれるようにして、あたしはしばらく雲が通り過ぎていくのを眺めていた。 なんとなく、この場所を離れがたかった。 一体どれくらいここにいたんだろう。 身体が冷たくなったな、と思うころに声をかけられた。 振り返ってみると、見慣れた人たち。 優しい表情がこちらを見ていた。 「来てたの?」 あたしは少しだけ驚いて、そしてなんとなく彼らがいることに違和感を覚えてない自分に気がついた。 ぼーさんがいて、綾子がいて、ジョンが、真砂子が、安原さんがいた。 そりゃあなぁ、とぼーさんと綾子が視線を合わせる。 「愛娘の卒業式に出席しない親がどこにいる」 至極当然のように言われて、あたしは笑った。 泣き出しそうな顔で笑ってしまった。 「若いおとーさんとおかーさんで娘は嬉しいよっ」 軽く言って、あたしはみんなの所に駆けていった。 どことなく正装っぽい格好だったので、もしかしたらぼーさんは本当に卒業式にも顔を出していたのかもしれない。 「もー、こんなに冷たくなちゃって。一体いつからここにいたのよっ」 呆れたようにいって、背中を叩いたのは綾子。 「いつまでも出て来ないから心配しましたわよ」 あたしより一日早く学校を卒業した真砂子がそう言う。 「主役がいない事には、何も始められませんからね」 安原さんがのほほんと笑う。 その光景を、ジョンがはんなりと笑いながら見守ってくれた。 「そりゃ分るさ」 ぼーさんのその言葉に、みんなが頷く。 みんなの視線が一斉に、かつて旧校舎が立っていた場所に向かう。 「この場所なんですね、皆さんが最初に会ったのは」 その時を知らない安原さんも、旧校舎の影を見つけるようにそこを見ていた。 ぼーさんがにんまりと笑った。 「そうそう、俺たちの出会いの場所さ」 「言っていて恥かしくなりませんか?」 「恥かしいから、突っ込むなよ」 ぼーさんのバツの悪そうな顔に、みんなが笑った。 「じゃ、行きましょうか」 ジョンがみんなを促す。 「どこへ?」 あたしが意味をつかめずにいると、綾子が溜め息をついた。 「あんたねぇ、もう忘れたの?」 「?」 ぼーさんがまたあたしの頭を叩いた。 「お前ねぇ・・・。お前と真砂子の新しい門出を祝うって言ってあったと思うぞ、俺は」 あ、そうだった。 「相変わらずですわね」 あたしが乾いた笑いで誤魔化そうとすると、もう一人の主役が呆れたように言った。 「ま、とにかく行きましょうよ。早くしないと所長の気が変わってしまうかもしれませんからね」 「ナルも来るの?」 あたしはよっぽど驚いた顔をしていたのだろうか。 安原さんが軽く笑った。 「苦労しましたよ〜。でも僕はナンパの達人なんです」 得意そうに胸を張って、安原さんは歩き出した。 みんなもそれに続く。 あたしもみんなの背中を追いかけだす。 どうしてあたしがこの場所に立っていたのか、が。 どうしてあたしがこの場所から離れたくなかったのか、が。 あたしがこの学校の外に行ってしまうからなんだ。 みんなと出会ったこの場所の、外の人間になってしまうからなんだ。 きっとそれが、あたしにはとても心細かったんだという事が、今になって分かった。 みんながいて、みんなと笑っていて、心細さが無くなった今になって。 この出会いの場所以外にも、みんなと繋がっていられる絆があるのだから。 あたしはちょっとだけ振り返って、この場所を目に焼き付けた。 この思い出と、みんながいるならこれからも歩いていける。
■ あとがき 108番をゲットしたゆーの様に捧げます。 お題は「これぞ春」でジャンルはどれでもよいという事だったので、一番書き易いGHを書いちゃいました。 春といわれて一番最初に考えついたのが「春眠」だったんですけどね。気がついたら「卒業」になっていました。卒業も、春ですよね??ちなみに壁紙が一番春らしかったりしてます。こんなんですみません、ゆーの様。 |