それは、小さな絆
「谷山さん」
それは外がめっきり暗くなった時間帯。
あたしはバイトが終わる時間が近づいていたので、事務所内を片付けているところだった。
呼ばれて顔を上げてみると、リンさんが奥の部屋から出てくるところだった。
「あれ、もう帰るの?」
出てきたリンさんは、帰り支度をした格好だったのであたしはびっくりした。
事務所を閉める時間は近いけど、まだ終わってはないのだ。
几帳面なリンさんがそんな時間に帰る、という事が意外だった。
ましてやリンさんは、あたしが帰ってからも事務所に残っているような人なのに。
あたしのびっくりした表情に気がついたのか、リンさんは軽く笑った。
「ちょっと私用で・・・今日は先に帰らせていただきます」
そう言って、あたしの傍で立ち止まる。
そういえば、まどかさんがこの前来ていたな、とあたしは思い出した。
「うん、じゃぁ気をつけて帰ってね。でもナルは一緒じゃないの?」
ナルのお目付け役であるリンさんが帰るというのに、ナルは所長室からでてくる気配もない。
「えぇ。ナルには別の用があるということだったので」
「そうなんだ」
「それからナルが谷山さんを呼んでいましたよ。こちらの片づけが終わったら行ってみてください」
「?なんだろう」
「それでは私はもう行きますので」
リンさんはそれ以上は何もいわず、早足で事務所から出て行った。
所長室のドアを叩くと、いつもどおり無愛想な返事が返ってきた。
もう少し、愛想良くしてくれてもいいじゃないと思うのは、あたしの贅沢なのだろうか。
「ナル、何の用?」
中に入ると、ナルは分厚い専門書を読んでいた。
もう終業時間が近いのに、帰り支度すらしていない。
多分、今何時か気づいてないだけなんだろうな。
ナルが本から、顔を上げた。
「何の事だ?」
真っ直ぐに、黒い深みのある瞳がこちらを向く。
心臓がドキリ、と高鳴った。
上司と部下という関係から、もっと親密な関係になった今でも、ナルの真っ直ぐな瞳を向けられると胸が高鳴る。
もしかしたら、そんな関係になったからこそなのかな?
でも表情すら変えないナルのそれを気付かれるのは、なんだか悔しい。
だからあたしは早鐘を打つ心臓に気がつかないフリをして、ナルに話しかけた。
「ナルが呼んでいるって、リンさんから聞いたんだけど・・・」
言いながら、自分の語尾が小さくなるのを感じた。
ナルの目の色が、かすかに変わったから。
「・・・どうしたの?」
それに居心地が悪い物を感じて、あたしは尋ねた。
軽く首を振るナル。
「いや、なんでもない・・・。それよりもリンは?」
「今日は用があるって、ちょっと前に帰ったよ。聞いてなかったの?」
あたしの言葉に、ナルは小さく溜め息をついた。
なんともいえない表情をしている。
「本気、だったのか・・・」
どこか呆然と、ナルがつぶやいた。
それきり、部屋には沈黙がおりた。
先に動いたのはナルだった。
仕方ないな、ともう一度溜め息をついからて、ナルは机の引出しを開けた。
てのひらで包み込めるほどの何かを出して、あたしの方へと差し出した。
「やる」
ナルがそっけなく言って手渡してくれたのは、ラッピングされた小さな箱。
「?何これ?」
ナルの行動の真意がわからず訊ねてみるけど、ナルは何も答えてくれない。
仕方なくラッピングをはがして、箱を開けてみて・・・。
あたしは目を見開いた。
それは・・・。
「指、輪?」
小さな指輪が、その箱の中で輝いていた。
「他の物に見えるか?」
ナルが心底不思議そうに言って、あたしの手の中の箱から指輪だけを取り出した。
あたしはただぽかんと、その行動を見ていた。
ぜんぜん頭が働かなかったというのが正しいと思う。
ナルの白い手があたしの左手を取る。
そしてあたしの薬指に、それを、はめた。
金属特有の、少しだけひんやりとした感触。
薬指に輝く、銀色のひかり。
「どうして・・・」
自分がつぶやいた言葉が、とても遠くに感じた。
「・・・まどかがどうしても贈れ、と。恋人に対する礼儀、だそうだ」
恋人、という言葉にあたしは涙をこらえきれなくなった。
幸せすぎて、苦しいほど嬉しかった。
涙を拭おうとしてうつむくと、ナルはあたしを抱き寄せてくれた。
人に触れる事を嫌うナルの、精一杯の優しさ。
「大事に、するね・・・」
震える声で言うと、ナルはその手であたしの頬を伝う涙を拭ってくれた。
頬を包んでくれるその手に、あたしは自分の手を重ねる。
少し低いナルの体温と、あたしの体温が混ざり合う。
耳を澄ませば、お互いの鼓動すら聞こえそうだった。
すぐ近くにある、ナルの整った顔。見つめる瞳が、いつもよりも優しい。
「ありがとう」
その瞳を見ながら言うと、ナルは笑ってくれた。
あたしだけに見せてくれる、優しい笑顔。
また、涙が止まらなくなった。
重なり合う手。
交じり合う二人の吐息。
あたしの左手には、二人の小さな絆が輝いていた。
■ あとがき
と書いて言い訳と読みます・・・。
紀野の書くナルはいつもどこか壊れているような気がしますけど、今回は今まで以上に壊れてますね。もう別人(トホホ)。
小道具でも使えば甘々になってくれるかな〜、と思ったんですけどね。紀野の考えが甘かったようです。
ほりまゆみ様、こんなモノにものすごーく時間をかけてスミマセンでした。
甘々、甘々・・・。
04/03/01 written by Youko.K.