『B-B-A』
佐藤さんは少し間を置いてから、
「ごめんなさい。」と続けた。
何が、ごめんなものか。
佐藤さんが謝らなければいけないことなんて、
何一つありはしない。
卑怯な僕には山ほどあるが。
自分の都合で
メッセージを送り付け、
自分の都合で
それを反故にした。
佐藤さんはきっと読んでくれていないだの、
読んでくれたとしても
電話を待っていてくれる筈はないだの、
自分に都合のいい思い込みで
佐藤さんをねじ曲げ、
自分に都合のいい行動をとった。
こうしている間にも
まさに自分の都合で高橋を裏切っている。
器用な事は出来ないなどと
キレイ事を吐きながら、
やっている事は、
卑劣極まりない行為そのものである。
僕は人間失格だ。
神様というのは
きっと存在するんだろう。
佐藤さんの続く言葉で、
僕はどんどん暗闇に落ちていく。
「私、三年間ずっと
田中君のこと、
好きでした。
でも言い出せなくて・・・。
サイン帳見た時、凄く嬉しかった。
ただ大事な話とだけしか
書いてないのに
私一人舞い上がっちゃって
電話待ってた。
電話を待ってる間は、
今度は不安になったり、
でも勇気出して掛けてみようって。
そうじゃないと、
私の3年間にケジメがつかないし。
田中君はまっすぐな人だから
きっと解かってもらえるって…。
自分勝手な言い分で
ごめんなさい・・・。
三年間、好きでいさせてくれて、
ありがとう。」
いや
佐藤さん僕も…!
言いかけた言葉を、
必死に止めた。
人間失格には
人間失格なりの、
最低限のルールは必要だ。
「佐藤さん、
でも僕は
後輩の高橋と付き合う事にしたんだ。
大事な話なんて
思わせぶりな書き方して、
本当に悪かったね。
何を話そうかって思ってたか、
舞い上がる君の声を聞いて
すっかり忘れてしまったよ。
それじゃ。」
僕は思いっきりダメ人間な口調で
そう告げた。
それに引き換え佐藤さんは、
最後まで
僕の三年間を裏切らない人で、
「…ごめんなさい。」
と言って、
泣き出す寸前の声で
電話を切った。
自分でも、
何と言っていいか
わからないような気持ちで
電話を切り替えると、
高橋は待っていてくれた。
「全然待ってませんよ。
今の電話、だ・・・。」
言いかけてやめる。
どこまでも健気な高橋に、
僕はかける言葉を決めていた。
「ハッキリ言うよ。
あんな手紙よこされても困るんだ。
僕、付きあってる人いるしね。」
高橋の真っ白な気持ちを
無理矢理土足で踏みにじり、
僕がどれだけ汚い人間かを
知らせたかった。
しかし高橋も
どこまでも汚れなく、美しく、
歯を食いしばり、
「・・・ごめんなさい。」
と言って
電話を切った。
僕ひとり、人間失格らしく、
無表情で、
部屋にぽつんと座っていた・・・。
『こおろぎ』
薄暗いねぐらに 春の香り
見上げれば ドブ板よりもずっとずっと上に
桜が咲いていた
嬉しくて ころころ鳴いた
花びらが降りてきて ドブ板に止まった
飛び跳ねたら ドブに落ちた
花びらは 流れて行った
もう 跳ねまい
もう 鳴くまい
もう…
完
TOP