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今日は興味深い中吊り広告を見つけました。
1時間以上も満員電車に乗っていると、どうしても車内の中吊り広告に目がいってしまいます。
1枚いくらの広告料か知りませんが、かなりの宣伝効果はあると思います。
そんな毎日の広告観察の日々ですが、今日見たのは、名前は良く知りませんがある進学塾のものでした。
日能研の四角い頭を丸くする問題ではありませんよ。←これも結構好きです。
恐らく、どこかの幼稚園か小学校の試験問題だと思うのですが、内容はこういったものでした、
四角に囲ってあるスペースに4つの絵が描かれているんですね、それは「すいか」「エンピツ」「かめ」「りす」この4つの絵です。
んで問題は、この中からしりとりのつながらないものを選んでみようってな感じです。
答えは「りす」→「すいか」→「かめ」なので「えんぴつ」ですね。出来ましたか?
ただ4つの絵が描いてあるだけなのにこのような問題ができるのは考えてみるとすごいです。
実物がそこにあれば、その名称はかなり高い確率で一致しますね、(ただしここでは名称の定義は考えないことにします)
しかしここではその物を象徴した記号にすぎません。
これを、皆の共通した認識で識別させていることがとても不思議に感じられます。
一体どうやって教えるのでしょうか?実際に見たことがなくてもこれはリスだよって教えられたらそう思うしかないのでしょうか。
テストはそんな純粋な心を試すのでしょうか?
まさか幼稚園生が"これらの絵は曖昧で名称は分からないので答えられない"なんて言うはずもありません。
言いたいのはこうやって屁理屈をこねろ、と言うわけではありません。
私たちは日々様々な情報にさらされています。地球の裏側まで瞬時に情報として知ることができます。
地球は青かった…これを私たちは信じるほかありません。自分の目で確かめるのにかなりの努力が要りますから。
映像というものも所詮、単なる情報です。すべてが正しいわけでは無いですよ。
自分の見たものしか、信じることができなくなったら大変です、かと言ってすべてを信じるわけにもいきませんね。
これは、個々の個性にもつながる物だと思います。騙されやすい人とかもただの個性です。
騙される人がいてペテン師が存在できるのだからね。
私の考えるメディア・リテラシーです。
そんなことを考えるきっかけをくれた、中刷り広告でした。非常に社会性がある物の1つです。

私はどちらかと言うと疑り深いとは思いますが、
信じたらそれが偽りであっても最後まで信じてしまうタイプではないでしょうか?
2003.1.30

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