essay

扱いづらいヒト①〜朋ちゃんの場合〜(2.6.2003)

 

最近テレビでよくみるなぁ、朋ちゃん。特にバラエティー番組でよく見るんよね。

どうしたんやろう。事務所の戦略かな。

 

朋ちゃんといえば、俺が高校生の頃、安室ちゃんと人気を二分してた歌手やったのに、今じゃクレヨンしんちゃんの歌を歌う人になっちゃったね。

別にクレヨンしんちゃんを悪い意味で言ってるんじゃなくて、大好きだしおもしろいと思ってるよ。でも歌、微妙。

小室冥土以降、売れない歌ばっかり歌ってるけど、新曲もほんと微妙。その新曲のジャケット見たんやけど、もう唖然としたね。

思いっきりクレヨンしんちゃんがジャケットのメインになってたんやもん。いくら売れない人でも、さすがにこれはないやろうとマジで思った。

最近は、浜崎とかELTとかもアニメの歌を歌ってるけど、彼女らとは扱われ方が明らかに違うもん。

購買ターゲットが子供ってことじゃない、朋ちゃんの場合。

まぁ、歌手事業のことをとやかくいっても、売れないことに変わりはないからそっとしておこう。

 

でも、バラエティー事業はそういうわけにはいかないでしょ。いつも見ている番組に出られたら、こっちとしても黙っていられないわけよ。

もうそっとしておきたい存在なのに、番組の中でどういう風に扱われるか見てたら、番組が終わるまでずっとハラハラして落ち着かない。

朋ちゃんの場合、天然ボケとしてボケキャラのポジションで扱われているのだろうけど、見ているとどうやらそれは違うらしい。

番組におけるボケのポジションにはボケとしての役目があって、番組の場を盛り上げる存在でなければならない。

 

しかし、朋ちゃんにはその力が全くない。

実際、朋ちゃんが発言中も、他の共演者の発言によってかき消されていた。

わずかにスピーカーから聞こえる朋ちゃんの声。誰も反応しない共演者。

発言そのものがおもしろくなく、共演者からも扱いづらい(ボケに対するツッコミができない)存在だから、番組の場をしらけさせてしまう。

この構図どこかで見たことがある。それは橋田先生が出演していた笑っていいともを含めたバラエティー番組に見出すことができる。

朋ちゃんはナンシー関でいうところの橋田先生だったのである。

そう認識すると、だから朋ちゃんが出演するバラエティー番組には普通のバラエティー番組との違和感が生じるのね。と妙に納得してしまった。

 

そんな朋ちゃんがこの間、番組の中で次のような発言をした。

 

「みんなから朋ちゃんて言われるのがイヤなんです。朋ちゃんていうイメージをなくしたいんです。」

 

自ら、存在理由を否定してしまった朋ちゃん。

朋ちゃんが朋ちゃんでなくなったら、一体誰が面倒をみるんでしょ。まぁ、キワに立っていることに変わりはないんやろね。