いてあたり前の神
神様はね、いるよね。
あったりまえじゃん、そんなの。神様がいなかったら、
世の中はもっともっとひどいことになっている、かどうかは知らないけど、
俺はその存在を信じることができなかったらもっともっとダメ人間だった
ような気がするんだ。
神っつっても、キリストとかアラーとか、そういう偶像然としたものじゃないよ。
宗教じゃないの。宗教はあまり好きじゃない。
どっちかっていうと、俺にとっては無くても影響ナシ。
もっとね、友達みたいな感じ。で、俺と一緒に俺の中にいつも一緒にいるんだよ。
何も喋らないし、何も考えないし、何も食わない。ただ、そこにいるだけ。
でもね、確かにいるんだよ! 寝たり、息したりして、生きてるよ。たぶんだけど。
でも何もしない。ただ見てるだけ。俺のことを。他の誰かじゃなくて、ただ
俺のことばっかり見てる。で、いつもいつも、何だか知らないけど、俺に
前を向かせて、
進めって、言わないけど言うんだ。だから俺もいつも何だか
前向きになって、少しずつ進んでたりして、ラッキー。ありがとう、神様。
たまに俺が行く方向間違えたりすると、取り返しのつかない事になる前に、
必ず戻ってこさせる。偉大だよ。そんな事できないもんね、普通の人間じゃ。
だから、例えば火傷しても、いつも時間が経てばキチンと治る程度のもの
しかしないで済む。知らん間に肌は元通り。
これってすごいよね!そういうのを知った時に、神様っているんだ、やっぱり!!
って、思う。別に、本当はいなくてもいいけど、誰が何と言おうと俺は神を
信じるぜ!っていう、きれいな気持ちにさせてくれる。要するに、
納得いくんだよね、それで。自分の選んだ選択肢や、とった行動や、
出た結果に対して。で、何だかんだ言ってここまで進んで来れた、やったぜ、
ありがとう、と。誰にって、他人じゃなくて俺の中にいる俺の友達にね。
選んだのも自分、行動したのも自分、結果をつかんだのも自分なんだから、
別に、神様のおかげで…とは思わないよ。そういう、神「ありき」の
アリガトウじゃないの。何言ってんの。
全て俺が自分で決めて自分でここまでやってきたんだもん、俺様の実力の
おかげだよ。ただね、そうやって自分の納得いくところまで来れたことに
対して、俺は感謝したい。家族とか、友達とか、支えてくれた人や背中を
押してくれた人に感謝したい。そして、それは実際にできるでしょ?お礼を
言ったり、プレゼントをしたりして形にできるでしょ?
でも、それだけだと何かもの足んないんだよね。気持ちが。もうちょっと、
気持ちに余力がある。で、何に対してその気持ちを向けるかっていうと、
そりゃあ、忘れちゃいけないでしょ、
俺にはもう一人大切な友達がいる。
ありがとう、神様。
いつも見ててくれてありがとう。あんたが目を離さずに
いてくれるから、俺も頑張れる。これからもよろしくね。ってね。
分かる?この感覚。
だからね、神を頼っちゃいけないし、放ったらかしにしてもダメ。頼っても
何もしてくれないし、放っとくどっか行っちゃってなんとなく不安になる。
神に何かを求めたり、逆に自分が神を見放すのは、良くない。それはダサい。
いるだけでありがとうっていう気持ちにさせてくれるんだから、贅沢言っちゃ
ダメでしょう。それにね、そうやって、その程度に自分で思ってた方が、自分
が強くなれる。色々できるようになる。勇気出てくるよ。自分でやらなきゃ誰
も自分のためになんか動いちゃくれないんだから。人は自分で動き始めて
やっと他の人に応援してもらえるんだから。自分が成長していけるのは、
自分の中にいる神を素直に認めて、その神が自分に責任を与えてくれるから。
偉大でしょ?何か。
いるよ、きっとみんなの中のどこかにも。