月替りの「お題」からメンバーが
自由な連想でエッセーをつづります。

ものの見方・感じ方に、
それぞれの経験や個性があらわれます。

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今月のお題:「語る」
隅 恵子 自己確認ゲーム
藤木 俊明 語るねえ
床井 順子 日本語教師は何を物語る?
増田 ひろみ 家計簿は語る…



自己確認ゲーム-----隅 恵子

「語る」という行為には、「カタルシス」につながるものがありますよね。自分がよく知っていることを「語る」ことで、大きな満足感を得るという経験は誰にでもあるのではないでしょうか?

 前の職場に、語るのが大好きな後輩がいました。事件や事故について独自のユニークな視点を展開してくれて、彼女の語りはおもしろかったです。ただ彼女には、自分と意見が食い違う相手を徹底的に攻撃するところがありました。「私は常に正しい」というのが彼女の口癖で、たかが職場のおしゃべりなのにと、不思議に思っていました。

 彼女は「自己確認ゲーム」をしていたのではないかと思うのです。彼女の目的は、意見交換をすることではなく、自分のユニークさを認めてもらうこと。語ることによって、おもしろいね、さすがだねといわれることこそ目的だったのではないかと。意見が食い違う相手を言い負かすことも、自分は常に正しいと自己確認するゲームの一つだったのだと思います。

 実は私は、そんな彼女のお気に入りでした。彼女の話をふんふんふんと聞き、すごいねを連発していました。私は「聞き上手な私」を演じて自己確認するのが大好きだったからです。私たちは目的の異なる自己確認ゲームを繰り返し、大の仲良しを演じていたのでした。彼女は、真剣に話を聞いて意見する別の同僚を避けていました。彼女を利用して自己確認している私と話すほうが、対等に話そうとする別の同僚よりも心地よかったからだと思います。

 現在、彼女とは音信不通です。幸い、私には自己確認ゲームのクセを厳しく指摘してくれる友人がおり、自己確認のために人を利用していた自分に気づいたところがあります。私の自己確認ゲームには、「人の話を聞く」というファクターがあったのが幸いだったのかもしれません。人の話を素直に聞くタイプではなかった彼女のことを思い出すたびに、彼女もまた、よい友人に恵まれてほしいなと思うのでした。

語るねえ-----藤木 俊明

久しぶりに原稿書こうとすると、シンプルだが深く、むずかしい「お題」だ。どうしよう。ただ、「語る」という言葉が、なんとなく「言う」「話す」「しゃべる」などと違ったニュアンスを持っていることは常々感じていた。「述べる」には多少近いかな。「申す」ってのもあるか。

ところで唐突だが、わたしの数少ない趣味のひとつに「プロレス」「格闘技」観戦がある。こうした場合、好きな人同士自然とコミュニケーションができる。同じにおいを感じ取るのだろうか。そうした人たちが集まると、だいたい試合を見た感想や、レスラーの生きざまについて、とうとうと自分の意見を述べる。そうすると、必ずこんな相槌が打たれる。
「語るねえ」。
同じ口から出した言葉なのに、「言う」「話す」「しゃべる」などとは、同列に扱われない。場合によっては、自分の人格をかけてまで主張するプロレスファンの姿がそこにある。

プロレスファン同士という関係性は特殊な例かもしれないが、「語る」という言葉には、「キャンプファイアー」とか「囲炉裏端」、「修学旅行の消灯のあと」などのニュアンスを感じる。「語る」とは、「口」からではなく「胸」から言葉を出すような行為じゃないでしょうか。
ほんとは「語る」ってどういうことなのかなあ。困ると辞書を引くにかぎる。字数もかせげるし。

【語る】※Yahoo!辞書大辞泉より
1 話す。特に、まとまった内容を順序だてて話して聞かせる。
2 語り物を節をつけて朗読する。
3 ある事実がある意味・真実・事情などをおのずから示す。物語る。
4 親しくまじわる。

ほらほら。「親しくまじわる」なんて「語る」には意味があったわけだ。知らなかったでしょ?やっぱりコミュニケーションをあらわす言葉なわけだ。ただまあ、行き過ぎて、「あの人は語りたがる人」なんて言われないようにしないとね。

追記
暇な人は「言う」「話す」「しゃべる」「述べる」「申す」なんかも辞書で調べて見て下さい。いまはインターネットがありますからね。「話す」なんて、すごい用例がありましたよ。
日本語教師は何を物語る?-----床井 順子

ここ10日位の間に偶然だが、外国で日本語を教える3人の話を聞く機会があった。
特に選んだわけではなく、また、それぞれ別々の機会だったのだが、どの人も女性で、日本での仕事を辞めて海外へ日本語教師として赴任した人たちだ。

1人は昨年サマルカンドへ訪ねた友人で、2年の任期を終了してこの春帰国した。
この人は日本で外資系企業に長年勤め、定年前に退職して資格を取り、サマルカンド外国語大学へと行った。

国内では再就職もないし、独身なので何かにチャレンジしたいということだったが、
ウズベキスタンという国のあまりの不便さ、習慣の違いに2年で帰国となったのだ。

で、語る語る。いわく、学生は試験でカンニングはあたりまえ、成績を良くしようと、教師に賄賂まがいのことを平気でする。親が有力者だと子弟の成績は格段によくなる。
大学側も教師に圧力をかけてくるらしい。

郵便局で小包を受け取るにも1時間はかかる、出そうとすれば週に1日、しかも午前中しか受け付けず、半日かかる。当然、あらゆる場面で時間の約束はないのも同然。

せかせかと忙しく、時間はきっちり、びしばしスピーディにという日本のビジネスシーンで生きて来た彼女には予想はして行っても、かなり堪え難いことのようだった。

2人目は、その友人で昨年、ロシアのイルクーツクにある大学へ赴任した女性だ。彼女は某新聞社を辞めてサマルカンドで2年、そしてイルクーツクへと赴任した31歳。

夏休み(現地では学年末)で一時帰国したのだが、赴任理由は僻地好みでサマルカンドでも、もの足りない・・・ということのようだった。

イルクーツクは日本人のルーツのひとつであるといわれるブリヤート人の本拠地。本当に顔などそっくりで、彼女は住まいでは安全のために大家さんの知り合いのブリヤート人の娘ということにしているという。

冬はマイナス40℃にもなる激寒の地、しかし凍ったバイカル湖の美しさ、神秘性は圧巻とのことで、ぜひにと誘われた。

新潟からハバロフスクヘ行き、そこからロシアの国内線に乗り換えるというルートが
安全で便利(笑)。シベリア鉄道は危険がありそうで勧められない・・・そうだ。

3人目はタイのカセサート大学に3年間赴任して帰国した40代の女性。現在は日本の大学で講師をしている。この人は別の友人の友人で、話はタイでのロングステイをコーディネイトしている企業のセミナーに誘われて聞いた。

当日は定年退職前後のシニアと思われる人々でいっぱいだった。つまり物価が安く、人々がアジア的やさしさで接してくれて老後の生活がしやすい、ということでタイでの暮らしを考えている人たちのためのセミナーだった。

現地の気候やタイ人気質、年間行事、生活のためのインフラについてなど活発な質問も飛んでいた。講師を替えて何回もセミナーが開催されているようだった。

ここで考えたことは、日本の企業で仕事をしている女性は仕事がしたくても、どうもある一定の年齢を越えると会社に居にくくなるらしい、ということだ。

3人はそれぞれ30代、40代、50代と年齢は違っていても退職し海外を目指した。
いずれも高学歴で私の目で見ると、かなり優秀で仕事もきっとできただろう。

そして、タイでのロングステイを考える人々は海外生活の経験のある人、旅行程度しかしたことのない人など、さまざまだったがシニアたちだ。
やっぱり日本という国は女性や老人には「優しくない国」だということになるだろう。

計簿は語る… -----増田 ひろみ

誰にでも、他人の生活はどうなのか知りたいという"覗き趣味"があるのかもしれない。仕事で「家計診断」なる記事を書くときは、私もその"覗き見"の片棒をかつぐ。

「貯めた体験談」や「赤字克服家庭」などの参考例のほか、「赤字体質で貯蓄ができない」とか、「頭金ゼロで住宅ローンを組んだ家庭」などの救出モノまで、テーマはさまざま。編集部によれば、後者の記事の方が、反響が大きいらしい。参考になるためなのか、興味本位なのか、真意のほどは定かではないけれど…。

 赤字の原因を指摘するために、家計管理の方法や収入、お金の使い方などをインタビューしていくわけだが、欠かせないのが家計簿。まず、これをつけているか、つけていないかというのがひとつのポイント。「お金がナイ!」と言っている人ほど、いくら収入があるのか、どれくらい使っているのか、わかっていないものなのである。

そして、家計簿をつけていればイイってもんじゃない。だいたい堅実な人の家計簿は、他人が見ても一目瞭然である。暗号のような家計簿をつけている人は、自分ではわかってると思っていても、いろいろ聞いてみると「あれ? あれ?」ってことが多いのである。

実は、家計簿はそうじの仕方に似ている。細かいところをセッセとそうじしている人は、マメな節約はするけど家計全体が黒字なのかどうかわかっていない。収納達人は、家計簿はキレイだけど、貯蓄がない。実は大そうじしか真剣にしないけど、修繕までやっちゃう人が、家計全体を見て管理できる人…というのが私見。

家計簿性格判断、新しい分野を開拓しようかしらん?!



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