| 月替りの「お題」からメンバーが 自由な連想でエッセーをつづります。 ものの見方・感じ方に、 それぞれの経験や個性があらわれます。 ひとつのテーマがどう花ひらくか? クリックしてみてください。 |
| 今月のお題:「ニュース」 |
| 藤木 俊明 | 「この世の終わり」 | |
| 中保 裕子 | 「見る」と「視る」 | |
| 床井 順子 | 「幻覚か? ニュースか?」 | |
| 小梨 由美 | 「前向きな人生」 | |
| 須藤 智香 | 「スポーツニュースの怪」 | |
| 隅 恵子 | 「なぜ、日本人はデモをしないのですか?」 | |
| 高林 昭浩 | 「新しくなければニュースじゃない!って当たりまえか」 |
| この世の終わり-----藤木 俊明 |
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わたしが好きな「ニュースの歌」が2つ。井上陽水の「最後のニュース」とサイモン&ガーファンクルの「きよしこの夜/七時のニュース」である。 |
| 1995年の2月、阪神淡路大震災から1ヶ月もたっていない大阪への出張があった。 「せっかくここまで来たのだから、長田区を自分の目で見ていったら」という人の勧めに「この時期にただ物見遊山では・・・」とすこし躊躇したが、テレビ番組の仕事をしていたこともあり、やっぱり見て帰ることにした。 マスコミ報道の限界を見ておきたかった、といえば少し大げさだけれど、自分にそう言いわけをした。 阪神電車は住吉でとまった。次の駅舎が倒壊しており、長田区方面にいくならひと駅歩くか、振替運転のバスに乗ってほしいということだった。駅を出ると、商店街の古いビルが軒並み斜めに立っていた。遊園地のびっくりハウスにいるような、不思議な気分だった。 長田区の景色はテレビで見たとおりだった。 道端に木片が散らばり、木造家屋とはこんなに弱いものかと見せつけられた。 しかし、テレビでは放映されない景色もあった。 某新興宗教のりっぱな会館はびくともしていなかった。戦禍に残った「風と共に去りぬ」のタラ屋敷のように、まっすぐ立っていた。 ニュースは連日仮設住宅のくらしの辛さや悲しみに沈む人々を映していた。 ワイドショーではBGMに松任谷由美の「春よ、来い」が流れた。 しかし、実際は疲れた人ばかりでも、戦う人ばかりでもなかった。 パチンコ屋は盛況だったし、ドアがこわれたビルのなかで、カラオケBOXも営業を再開していた(ただし「食べものは出せません」という貼紙があった)。タクシーの運転手いわく「何しろ暇でやることがない」のだそうだ。 元・テレビレポーターの東海林のり子さんの話。 災害地の取材に行ってみると、予想していた地獄絵はどこにもなく、ただ皆がぼうっとしていたのだそうだ。 レポーターはその中に入っていけなかった、という。 そして、東海林さんはそれがきっかけでレポーターを辞めた。 半年後、わたしが再び訪れたときには、残り少なくなった仮設住宅に「もういい加減自分らでなんとかせなあかんで」と批判する声も聞いた。 自分の目で「見る」とテレビで「視る」とでは大違いだった。 |
| 幻覚か? ニュースか?-----床井 順子 |
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4月上旬に三鷹のICUキャンパスへ古代史の同好会のメンバーとお花見を兼ねて縄文土器を見に出かけた。 |
| 前向きな人生-----小梨 由美 |
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このところのニュースは政治家のスキャンダル一色である。それにしても渦中の政治家たちのリアクションは、何故こんなにも世論と相反するのだろう。呆れているうち、大学の社会心理学で学んだ「認知的不協和の理論」を思い出した。人には自分に都合の悪い情報との接触を無意識のうちに避ける性質があり、それは生命の危機を避けるための本能的な心理だというものだ。政治家に世論が届かないのもこの心理と思えば合点がいく。なるほど政治家はみな、妖怪のように長生きだ。 |
| スポーツニュースの怪-----須藤 智香 |
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みなさん、スポーツニュースはお好き? |
| なぜ、日本人はデモをしないのですか?----- 隅 恵子 |
| 英会話のレックス先生は、そのニュースに相当ショックを受けたようだった。 そして、 「なぜ、日本人はデモをしないのですか?」 と、私に質問したのである。 ニュースというのは、1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社「JCO東海事業所」で起きた臨界事故。 ウラン加工の工程で、沈殿槽に規定以上の硝酸ウランを入れたことが原因で、国内で過去最悪の「レベル4」という放射能汚染を起こした。 原発産業の従業員に教育研修が不充分なままウラン加工という危険な作業をやらせていて、それも町工場並の手作業だったのにも驚いたが、この時の汚染では放射能が家の壁を透過してしまうため、屋内避難より遠くに逃げるべきだったことがあとで判明し、日本の原発事業の危機管理のあまりの不充分さに、日本って本当に先進国なのかなあ…と思った。 レックス先生は 「なぜ日本人がデモをしないのかわからない。アメリカ人なら絶対、政府の原発事業に対する姿勢に抗議するために、プラカードを持ってデモをするよ」 という。 私は、片言英語で 「日本人はデモをする人を革命家だと思っているのかも。日本人は革命が嫌いです」 と、わけのわからない説明をしたのである。 歌手・マドンナの世界ツアーのドキュメンタリービデオ、『イン・ベッド・ウイズ・マドンナ』には、ツアー同行中の男性ダンサーが、ロサンゼルスでデモ行進に参加する場面が登場する。 「私たちはゲイだ。慣れてくれ!!」という彼らのメッセージと、何万人にも見えるデモの参加者数の多さにびっくりした。 私たちは、住民が、政治や社会に意思表示する機会は「選挙」しかないと決め込んでいるだけなのかも。 私たちの住民の気持ちを、もっと効果的に、もっとスマートに伝える手段は他にたくさんあるのかも。 少なくとも表現することは悪いことではないはずです。 |
| 新しくなければニュースじゃない!って当たりまえか -----高林昭浩 |
| ジョージ・ハリスンの訃報をはじめて知ったのはインターネットのニュースサイトでだった。すぐにあちこちのサイトを検索して、詳細を調べた。 20年以上も前、ジョン・レノンが亡くなったときは、テレビニュースをザッピングしたことを覚えている。そういえば、三島由紀夫の割腹自殺では、子ども心に訳もなくエキサイトしてテレビにくぎ付けになったものだ。さらにさかのぼって終戦のときはラジオの前に正座して玉音放送に耳を傾けた(わけないか)。 この20年、あまり時代は変動していないと思っていたけど、インターネットの登場は確かに大変革なのだと気がついた。考えてみれば、仕事も私生活もネットなしでは始まらないのだ。 仕事に関する資料も、本屋で探す前にとりあえずネットで検索する。例えば「多発性硬化症の発症機序とサイトカインの関係」なんて資料、本屋にあっても1〜2冊。医大の図書館などでは専門雑誌当然海外のもの)でしか新しい資料に当たれないし、あったとしてもそれは英語で書いてあるからチンプンカンプン。とりあえず、ネットで調べることになるわけだ。 しかし、ほんとにネットは情報の宝庫だ。先の「多発性硬化症〜」だって、調べればけっこう出てくる。だが、そう喜んでばかりもいられない。「いったい最後はいつ更新したんだよ」とツッコミたくなるような掃き溜めサイトもあるからだ(それはそれで、発掘気分が味わえておもしろいけど)。 そういえば、最近、サイトの“鮮度”が一目でわかるソフトを、ソニーコンピュータサイエンスという会社が開発したという新聞記事を読んだ。そのソフトを使うと、ずっと更新されていないページはぼやけて読みにくくなるのだそうだ。なんかデジタル技術の最先端がアナログ的だから笑ってしまう。 このサイトもぼやけないように、と書こうとしてふと気づいた。僕のように原稿が遅れる人間がいるからなかなか更新できないわけですね。 |