月替りの「お題」からメンバーが
自由な連想でエッセーをつづります。

ものの見方・感じ方に、
それぞれの経験や個性があらわれます。

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今月のお題:「こんなモノ要らない」
藤木 俊明 3つの『要らない』と黒い影
床井 順子 資産、いらな〜い!
隅 恵子 “いらない”って言えない事情
中保 裕子 もぎたてのシンプルライフ
大岩 由利 いらないモノを意識する生活
坂下 泰子 “余裕”は“余分”
小梨 由美 リサイクル屋の女房
須藤 智香 独裁者の夢、あるいは紫煙への私怨



3つの「要らない」と黒い影-----藤木 俊明

私にとって「要らない」と糾弾したいものが3つ。それは『(1)首都高上り用賀料金所』と『(2)ETC』そして『(3)保通協』。
朝、車で東名川崎インターに入ろうとする。そこには地獄の赤文字「東名川崎から用賀まで渋滞7km」。わずか7kmを40分かけてのろのろ進まなくてはいけないのだ。その大きなハードルが『(1)首都高上り用賀料金所』。ここに至るまでドライバーはゲンナリ疲労。精神衛生的にも、健康にもよろしくない上燃料の大無駄使い。用賀を過ぎるとスカスカ。もしわたしがポスト小泉を任されるなら、用賀料金所の廃止を第一の公約としたい。

そして『(2) ETC』。だいたい料金を支払うために、さらに利用者に負担を強いるなんて理屈が世の中にあるのだろうか?だいたい高速道路は無料にする予定ではなかったのか?自動改札にしたから、3万円する特製定期入れを買えといってるようなものだ。おまけに愛称が「イーテック」なんて知ってた?これは「E電」?

(1)(2)が交通がらみだったので次の『(3)保通協』も交通がらみだと思いました?これは警察庁絡みのパチンコ認可団体なのです。そう、藤木の趣味をご存知の方は分かるでしょ。ああ、もう文字が尽きてきた。つまりは、パチンコの利権を食い物にし、その結果パチンカーがつらい目に合っているという事だけ理解してください。

こうやって3つ(2つと1つ?)並べてみる。やっぱり要らないものは『官』だ!『官』なんて呼び名も廃すべし!で、実はあと2つほど。
この頃テレビでサラ金のCMが節操なくやたら流れてませんか?○菱や○FJなど大銀行関連とおぼしき消費者金融のイメージ広告が多いこと。
そしてこの『書きタイ』で誰かが書くであろう『メディア規制法案』。こんなことWebで発言できなくなるかも知れないのですよ。この国は明らかにおかしな方向に向かってます。とにかく選挙行こうよ。みんな行けばかなり変わると思うよ。それでも変わらぬときは…

資産、いらな〜い!-----床井 順子

つい最近、歯が1本、ポロリと抜け落ちた。あわてて歯医者に駆け込んだ。
先生「あ〜、この歯は天寿を全うしましたね」。それで、治療法です。ここで、先生とディスカッションとなった。
つまり、出し入れ自由の普通預金式にするか、前後3本と一体化して固定の長期定期預金式にするか、という問題だ。これは大問題だ。

私 「ぜひ、定期預金式に」
先生「出し入れ自由式のほうが長もちします」
私 「長期固定のほうが運用面では面倒がないんですが・・・」
先生「不可能ではありませんが、前後が力負けして短期になりそうです」
私 「では、出し入れ自由式でも力負けしませんか?」
先生「そこです! 新企画で力負けしないスプリング式という手があります」
私 「はあ〜 でも、意識不明で、どこかで放り出すこともあるかも・・・」
先生「そういうことは、まず、ないでしょう!」
私 「あったんです!」
先生「? ? ?」

じつは、既に1本だけの普通預金式ブツを運用していたのだ。
ところが、だ。ある、したたかに呑んだ翌朝、目覚めると、ブツがない。洗面所を始め、家中どこを探しても、ない! 恥を忍んで、前夜ともに痛飲した友人に電話した。

どうやら、お洒落なバーのカウンターで取り出した・・・などという失態はなさそうだ。
では、どこで?つらつら思い出してみるに、どうも朦朧としながら「こんなモノ、いらな〜い!」と叫んだような気がする。そうだ、タクシーだ。
で、レシートをたよりに電話した。
電話の向こうの人が吹き出しそうな気配充満の中「ハ〜イ、届いてますよ〜」。
という、恥の多い我が人生の中でも最大の恥かき話となったのである。

そういう訳で固定式にこだわったのだった。しかし、先生の強いお薦めで結局、スプリング普通預金式となった。そういえば信託銀行に金利が相場に合わせて動く「スプリング」という商品があったっけ・・・
カラダは資本。私の場合、カラダの部品は資産なのである。
“いらない”って言えない事情-----隅 恵子

戦後すぐに結核で夫に先立たれた私の祖母は、働きながら3人の子供を育てた。そんな祖母が倒れたのは昨年の6月。以来ずっと、地元の病院に入院している。意識はあるけれど、見舞う家族がわからない。言葉も出ず、右半身には強い麻痺が残った。おむつをつけ、ほぼ全面介護となった祖母の入院生活に付き添った母や叔母たちから聞かされたのは、病院スタッフに対する不満だった。

「お尻がかぶれているのに、丸1日おむつを変えてくれない。何度、声をかけてもだめなので家族で変えようとしたら、ヘルパーさんに“私たちがやりますから”と止められた。でもその後、何時間もほったらかし」
「看護師さんに病室を尋ねたら、同姓同名の患者がいるらしく、 “ぼけたほう?”と言われた。涙が出た」

それでも母や叔母たちは、ばあちゃんによくしてもらいたい一心で、けっして直接文句をいわない。私は東京での医療ライターの仕事の中で、患者の意思表示が医療を変えると原稿に書くが、身内に対しては、苦情を直接言うのも手だよと、強く言えなかった。

「“こんな病院、いらない!”って、他の病院を選べるのは都会だけ。地方は病院が選べない」と、医療ジャーナリストの友人は言う。
病院への苦情を我慢する母たちのような患者家族がいる一方で、病院側が閉口するくらい苦情を寄せるクレーマーのような人たちも存在する。そこで提案だ。
地域でその病院の利用者が中心となって「○○病院患者会」を設立するのだ。小さな地域なら、いくつかの医療機関の利用者が集まって「××郡患者家族会」でもよい。安心して患者家族が苦情を寄せることができ、その声を病院サービスの改善に役立ててもらえるような形で病院に伝えられる。ボランティアベースのそんな窓口があったら、両者の不満解消に役立つのではないか。

患者サービス向上に高い関心をお持ちの病院経営者のみなさん、まず病院主導でチャレンジしてみませんか?

もぎたてのシンプルライフ-----中保 裕子

だいたい、ひとの管理すらできないから、ひとりで仕事をしている。家のなかのモノなんて管理できるわけがないとは思ってはいたものの、最近はどんどん記憶力がにぶって、新しいモノだけが着実に増殖している。
前に買った同じ本を2度買うのはご愛嬌。似たような形のTシャツはもう20枚くらいになってしまい、通販会社(安物)から「お客様は東日本のお買い上げ100番以内です」などと言われる始末。ちっともうれしくないぞ。
それなのに世の中はさらに選ぶ楽しみを追求しつづける。某通販化粧品のリップの新シリーズなんて、なんと48色!しかしそんな微妙な色の違いをカタログに表すには、印刷の表現力にも限界があり、「ハズレ」の率も高くなる。そのたびにまたモノはどんどん増えていく。

ところが先日、ちょっとした「事件」が起きた。
わたしの春物のパジャマに「替えがない」ということに気づいたのだ。そうだ、替えは去年処分したんだっけ。それ以来買い足していなかった。しかたなく、朝早く洗濯して、必死に乾かして夜はまたそれを着る。「替えぐらい買え」という夫のダジャレとも何とも判別つかない発言をかわしながら、ついにこの春は1枚で通してしまった。

物干し竿から直接服を着ることを、友人は「みかん狩り」と呼んでいた。わたしは「梨もぎ」と呼んでいる。どっちにしろ太陽の光が妙にありがたい。「たたんでタンスにいれる」という、この上なく生産性のない手順が不要になるのもとても魅力的だ。たたむ暇なく、着てしまえばいいのだ。
いっそ、他のモノにも応用しよう。靴は2足くらいにして玄関にいつも出しておき、毎日交互に履いていく。なまじっか靴箱なんぞに入れないほうが、靴の湿気はよくとれる。
食器も最低限にし、食卓と食器洗い機の間を往復すればよい。夜間は洗い機が食器棚となる。本も図書館利用に徹すればよいが、これは職業柄無理だろう。

モノというのはあるだけでエネルギーをとられるものだ、と、今日もまたデパートの袋を開けてタンスに無理やりおしこみながら、フウッとため息。こんな愚かな繰り返しをもう●十年。

いらないモノを意識する生活-----大岩 由利

今回の題をみたときに何年か前に見た写真集のことが頭に浮かんだ。確か国連が協力して作られた写真集だったと思う。いろいろな国の標準的な家族が、家の前に持ち物を全て並べ写している写真だった。
パオの前に少ないが使い込まれたカラフルな彼らの財産を並べたモンゴルの家族。土の家の前に家族の数だけ並べられた器と磨きぬかれた水入れを並べたアフリカの家族。何代も前から受け継がれた家具を中心に集まったヨーロッパの家族などなど。

その中でもっとも衝撃だったのは、家の大きさからは考えられないような量の品が並んだ日本の家族の写真だった。
何でこんなにいっぱいモノを持っているかと目を見張った。しかし、なんとそのどれもが私の持っているごくごく普通の品々。その写真は、「あなたの持ち物もこんなだよ」と話しかけていた。
何でこんなにモノを持って生きているんだろう。シンプルに生きたいと常に思っていながら、モノは増えつづけ捨てることができずに生活をしている。こんな私でもできる範囲で少しずつ「いらないモノを意識する生活」をしたいと思っている。

私が参加している環境NGOナマケモノ倶楽部(このNGOについてはいずれ)の一つのムーブメントにZOONY(ズーニ−)運動がある。「〜せずに」ということ。一つ持てば毎日使い捨てずにすむことを考えていくライフスタイル。

「〜せず」だけの否定ではなくその先に見えることを考えていくこと。その象徴的なムーブメントが「ペットボトルを買わずに、水筒を持つ」こと。好きな飲み物を持ち歩けば、無駄なお金を使わないし、ペットボトルを使わないし、自動販売機も使わない。
小さな一つの実践が、その先にある無視してはいけないこととのつながりを感じさせてくれる。ゴミを減らし、電気の無駄遣いを減らし、無駄なダム建設を減らすことへつながっていく。
持ち物をシンプルにすると本当に必要なモノが見えてくるかもしれない。
使い捨てずに生活すると本当に大切な生き方が見えてくるかもしれない。
 

“余裕”は“余分”!?----- 坂下 泰子
やっと一段落しました。読みたい本を抱え、のんびり、なんにもしない旅に出かけたい、と思うけど、絶対に無理。
湯船に浸かっている数分間を持て余す私は、何もしない旅も、15分と演じられずに、地図を開いて歩き出してしまう。

余裕、余剰、余暇、余白、余韻・・どれも魅力的だけど、どれも持て余してます。ついでに余興も苦手で、余生も欲しくない。余勢をかってもうひとふんばりならまかせてください。
「余裕」を使いこなせる落ち着きを身につけたいとは思いますが、今の私には「余裕」は「余分」でしかないようです。
せめて、「余裕」があるふりをして、水面下で足をバタバタ動かしていたいと思っています。
そして「800字」も、こんなに持て余してしまいました。
リサイクル屋の女房----- 小梨 由美
夫の友人が五本木でメンズブランド品専門のリサイクルショップをやっている。名は「TORIZ」。
夫はブランド品などほとんど持っていないが、店のオープン当初、少しでもにぎやかしになればと家中を探してそれらしきものを数点持ち込んだ。
どれももう何年も使っておらず、いつか捨てるつもりのものだったので、新しいお店への協力と称して“処分”できるのはありがたかった。

しばらくたって、2人で「TORIZ」に行ってみた。
実はこの店のオーナーはこれまでもリサイクルショップをやっていた。
「遊びをリサイクルする」と銘打ち、レジャー、スポーツ用品を専門に扱う店だった。
どこの家にもはりきって始めたが長続きしなかった遊びの道具、毎年ニューモデルを追いかけたいシーズンスポーツ用品のひとつやふたつはありそうだからコンセプトは悪くなかったと思うが、立地の問題もあってか店の調子は今ひとつ。
苦し紛れにレジャーに関係ない品も増えて、ごく普通のリサイクル店になってしまった。
そこで心機一転、この場所に店を移し、コンセプトも新しく考え直したのだ。
それと前後してオーナーが結婚を決め、店は2人がかりでのスタートとなった。

新しい店は、一見して「掘り出し物がありそう」と期待が持てる雰囲気に仕上がっていた。
扱い品を厳しく限定したのが功を奏していたが、そればかりでもない。
インテリアの一部にうまく溶け込んだ感じのよい大物ディスプレイ、ひとつひとつナイロンの袋に入れられ整然と並べられた小物類、商品に添えられた「希少価値」「話題の○○」などの手書きのPOP。そのどれもが商品を「ちょっと欲しいな」と思わせるのに役立っていた。

考えてみればリサイクル店にあるのはどれも、誰かがいらなくなったものばかり。それをただ並べただけではいらないものの山でしかなく、買いたいと思わせるためにはそれなりの工夫が必要ということなのだろう。
確かに前の店にそういう工夫は少なかったかも知れず、今度の店づくりにチャーミングな奥さんの力が発揮されたのは間違いなかった。

「チカちゃんは商売のセンスがあるよね」と夫に話しかけようと振り返った途端、夫が大きな声で私に言った。
「ねえ、このマフラー買っていいかなぁ」。
夫が手にしていたのはちょっと前に自分が出したものだった。
リサイクル屋の女房の技に、夫はまんまとはまっていた。
独裁者の夢、あるいは紫煙への私怨----- 須藤 智香
ある朝目覚めると、私は独裁者になっていた。
そこでひとこと「この国、いや地球上から煙草を抹殺してしまえ!!」。
すると賢明な側近いわく「おそれながら、それでは閣下が抹殺されます」。

それもそうだと気を取り直して、ホワイトハウスへのホットラインに手を伸ばす。「我が国の喫煙者をすべて貴国に移住させたい」。

ご存じの通り、喫煙をめぐる訴訟で多額の賠償金や和解金を背負っているアメリカの煙草会社は、日本での売上金を賠償金の支払いにあてている。
それならアメリカに日本の喫煙者を送り込んだほうが早い。
しかも、喫煙者はガンになったら煙草会社から賠償金をもらえるのだから、日本にいるより幸福に違いない。

だが賢明な側近いわく「おそれながら、関係各方面からの報復措置が懸念されます」。

うーむ、ここは独裁者として君臨することをあせるよりも、「政策」で民主的な為政者を気取るのが得策か。
というわけで、私はまず煙草製造・輸入・販売業者に命令する。
「煙草のパッケージに喫煙の危険性を明記せよ。『喫煙者は非喫煙者に比べ、咽頭ガン32.5倍、肺ガン4.5倍、虚血性心疾患(心筋梗塞など)1.7倍の死亡率(男性の場合)』というように」。(1)

次にあらゆる交通機関や公的な場所(行政機関、公道、公園、病院、ホテル、劇場、飲食店など)での全面禁煙。
もちろん、子供や高齢者にとってきわめて危険な歩き煙草は厳重に取り締まる。逮捕し、罰金ではなく禁固刑に。(2)

もちろん煙草の税率は2000%くらいに引き上げる。自動販売機は屋内外を問わず全面撤去し、煙草の購入にはIDカードの提示を義務づける。
これにより個人別の購入数量を正確に把握できるので、社会保険制度を見直し、喫煙者の健康保険料の大幅引き上げを断行する。ただし、禁煙が確認されれば段階的に保険料の引き下げを認める。(3)

さらに、喫煙者であることを理由に免許・資格を剥奪する。
優先順位は医療関係者、教育関係者、福祉関係者だ。理由は言うまでもあるまい。他にも、喫煙のリスクを学校教育で徹底的に教える、煙草生産農家が無農薬の野菜生産農家に転じた場合には大幅な補助金を出すなど、実現させたいことは多々ある。

幸い生まれて一度も煙草を口にしたことがない私は、抵抗勢力に屈しないだけの強靱な体力と精神力を備えている。
あとは受動喫煙で破壊された脳細胞が、抵抗勢力の煙に巻かれないよう気をつけるだけである。

いや、こんなことを夢想すること自体、すでに受動喫煙で脳細胞が破壊されている証拠かもしれない。
他人の吸う煙草の煙で頭痛、吐き気、喉の痛みをしばしば経験しているのだから、体のあちこちに悪影響が出ているに違いない。

というわけで、煙草は絶対にいらない。


(1)JTが北米で販売しているマイルドセブンには「喫煙はガンの原因になる」と書いてあるそう。私は海外でも煙草のパッケージすら手にとったことがないので、知らないけど。

(2)数年前に船橋で「少女が歩き煙草であわや失明?!」という事故があった。衣服を焦がされたという人もいる。
国会議員の間でも超党派の「禁煙推進議員連盟」があり、軽犯罪法改正案を提出して「歩き煙草に1万円以下の罰金を科す」とか言っていたが、甘すぎると思うよ。

(3)喫煙により喫煙者本人にかかる余分な医療費は99年度で年間1兆円を越えるという試算が発表されている。これを非喫煙者が負担するのは、どう考えても納得できない。
だって、禁煙すれば避けられるリスクでしょ。



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