| 月替りの「お題」からメンバーが 自由な連想でエッセーをつづります。 ものの見方・感じ方に、 それぞれの経験や個性があらわれます。 ひとつのテーマがどう花ひらくか? クリックしてみてください。 |
| 今月のお題:「おいしい」 |
| 床井 順子 | 「攻防戦」 | |
| 須藤 智香 | 「五感でおいしい!プラスα」 | |
| 藤木 俊明 | 「おいしい仕事とプレミアリーチ」 | |
| 坂下 泰子 | 「おいしい?」 | |
| 中保 裕子 | 「コレステロールへの謝罪」 | |
| 大岩 由利 | 「『おいしい』で幸せに」 | |
| 隅 恵子 | 「マリちゃんの謎」 | |
| 高林 昭浩 | 「客に言えないうまさの秘密」 | |
| 小梨 由美 | 「初めての味」★NEW! |
| 攻防戦-----床井 順子 |
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ネコの額の庭に桃の木がある。 |
| 「三度の飯より飯が好き」というほどではないけれど、私は食べるのが好きである。 決して大食漢でも酒豪でもないが、胃はいたって丈夫。好き嫌いもない。だから、おいしいものを食べるのは基本的に大歓迎! しかし、趣味のエアロビクスや格闘技系エクササイズをカッコよく踊るためには、デブはいただけない。 というわけで、一念発起!ダイエットである。 ダイエットの王道を行く者として、とくに注意しているのが夕食だ。 できるだけ食べる量を減らしてカロリーを抑えたい。でも、わびしい感じはイヤだ。 そこで、私は素敵な器に少しずつ料理を盛りつけることにした。 もともと和食器好きなので、器も一応は揃っている。 それを料理に合わせて真剣に選ぶのだ。 60グラムほどのパスタはやや大きめの楕円の器に盛るか、それともビードロ釉の丸皿にこんもりと盛るか、海藻サラダには薄手の白磁か、いや目先を変えて漆塗りの小鉢かなど、これが結構楽しい。 良い器を使うと料理はおいしそうに見えるというけれど、まったくその通り。本当においしい。 別に私は料理上手ではない。 ちょっと良い器にのせれば、スーパーのそうざいでもお持ち帰りの寿司でもワンランクアップするのが何よりの証拠だ。 それに、皿や鉢がたくさん並んだ食卓は贅沢な感じがして、満ち足りた気分になれるのもいいと思う。 「おいしい!」のためには、新鮮かつ安全な素材も大切、愛情込めてひと手間かけるのも大切、でも、つまるところ料理は味覚だけでなく、五感のすべてを働かせていただくのが一番だと納得している。 あ、そうそう、みなさんがきっと知りたいであろうダイエットの成果について。 おかげさまで3か月で3キロ少々やせました。一番の「おいしい!」は、やっぱりこれかな? |
| おいしい仕事とプレミアリーチ-----藤木 俊明 |
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今回のお題「おいしい」をいただいて、「おいしい仕事」というワードを連想してしまう私はやはり平凡な経営者。 |
| 『おいしい?』-----坂下 泰子 |
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「おいしいもの食べに行こう!」というお誘いは、とてもうれしいけど、これがなかなか難しい。 |
| コレステロールへの謝罪-----中保 裕子 |
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世の中の「おいしいもの」にはコレステロールが多い。 |
| 「おいしい」で幸せに----- 大岩 由利 |
| 「おいしい顔ってどんな顔」というだいぶ前のコマーシャルソングを覚えていますか。 「おいしい顔」は本当にどんな顔だろう。 「おいしい顔」は幸せな顔に違いない。 おいしいものを食べたとき、おいしいと思ったときはみんな幸せな気分になって、笑顔が自然に浮かぶはず。 もちろん「おいしい」のレベルは人によっても状況によっても全く違うが、私の勝手な言い分では、「おいしいと感じ、おいしいことを表現できること」が、笑顔を生み出し、幸せになれる最も素朴な方法だと思っている。 男2人の母親である友人は、「夫も子供たちもどんな食事を作ってもおいしいといってくれない」となげく。 まったく作る張り合いがないことだろう。 当然食事のときに笑顔は少ない。 テレビを見ながら食事をしている彼らには、いろいろ工夫して栄養を考え、味に気を使って食事の仕度をした人がいることは全く眼中にない。 それにひきかえ我が家は、料理がほとんどできなかった新婚時代にも夫は恥ずかしくなるほど「おいしい」を連発した。 子供が生まれれば、子供たちにおいしいのかどうか感想を言うことをルールにした。 夫の身についた「おいしい」は母親の躾の結果だった。 彼女は食事に1つだけ決まりを作ったそうだ。 それは「おいしいかまずいかの感想を言う事」。 特においしかったときには「おいしい」を気持をこめて言う事。 義母は、食事を楽しく食べる方法、気持を素直に表現する方法、作った人への感謝の気持を表す方法などを身に付けるすばらしい躾をしたようだ。 それを引き継いだ夫のおかげで、子供たちや夫から「おいしい」をいっぱいもらった。 もっとも「まずい」もたくさんもらったことは言うまでもないが。 「おいしい」に助けられた私からの提言は、「おいしい」をいっぱい言ってみんな幸せになりましょう。 |
| マリちゃんの謎-----隅 恵子 |
| 「おいしいと思っても、それが好きな食べ物なのかどうか判断できない子供だった」 と話すのは、友達のマリちゃんだ。 割と何でもおいしそうに食べる子供だったけれど、好きな食べ物は何?と質問されると、答えられない。 食べ物に限らず、高校時代に好きなアイドルを尋ねられて、答えられないことも多かったらしい。 実は、俳優の石立鉄男の大ファンという渋い好みの小学生で、彼が杉田かおるや大原麗子と出演していたホームドラマ「雑居時代」がいちばんのお気に入りだったことに、30代になって気がついたのだと、マリちゃんは主張する。 そして、小学生時代に“好きなもの”を自覚できなかったのは、自分の好みよりもお母さんは何が好きかを考える子供だったからではないか、と分析する。 「私にとって好き嫌いというのは、母親から精神的に自立しなければ自覚できないものだったんじゃないかな」 という。 マリちゃんの分析が当たっているかどうかは別にして、お母さんは相当恐い存在だったらしい。 20代の頃のマリちゃんには確かに、好きなものの自覚がまったくなくて、オムレツとジャニーズの今井翼君が好きだよねと聞いたら、きょとんとしていた。 物忘れがひどいマリちゃんらしいと、私は気にもとめなかったのだが。 精神的な自立と好き嫌いの自覚は関係があるのだろうか。 自分の好みを肯定し、それを客観的に振り返ることができなければ、確かに好き嫌いは自覚できないような気もするが。 分析好きのマリちゃんの話は、「自立」とか「自律」といったテーマが大好きな私には本当におもしろい。 ついつい長電話になってしまうのでありました。 |
| 客に言えないうまさの秘密----- 高林 昭浩 |
| もう15年近く前、大阪での出来事。 当時、私がしばしば昼食を食べに行っていた定食屋T亭は、ご飯がおいしいと評判の店で、ビフカツなど、ちょっと珍しくも懐かしい洋食も密かに評判だった。 ある日、私がそこで食べていると、30代と思しきサラリーマンの2人連れが入ってきた。片方はときどきその店に来るようで、もう片方にメニューの説明をしている。 「ここのカレーライスがうまいねん」 「へえ、どんなカレーやの?」 「ボンカレーやねん」 「ボンカレーみたいな味なんか?」 「ちゃうねん、ボンカレーそのものや。もちろん、店は秘密にしてるけどな」 そんなことがあるか!と即座に私は思ったが、確かにその店のカレーは何か懐かしい味がする。ひょっとしたら、ボンカレーそのものかもしれない。 もしそうなら、客に知られたら大事だ。 2人の会話が店の人間に聞こえはしないかと、人ごとながら私はヒヤヒヤした。 「なら、そのカレー注文するわ」 おいおい、ボンカレーなら家で食えるだろう。 私はそのサラリーマンの常識を疑った。しかし、2人はカレーを満足そうに食べて帰っていった。 かく言う私も時々ジャンクフードがむしょうに食べたくなるから偉そうなことは言えない。 私の場合、それはカップ焼きそばだ。 別にうまいと思うわけではない。麺だってボソボソだし、舌触りは最悪だ。 しかも私の場合、カップ焼きそばを食べると必ずといっていいほど腹をこわす。しかし月に1度くらい、食べたくなる。 なぜかわからない。 これは、私の中では世界7不思議のひとつとなっている。 ※文中の大阪弁は正確ではないかもしれません。悪しからず。 |
| 初めての味----- 小梨 由美 |
| 夫の仕事仲間の、高知出身のデザイナーの話だ。 子供の頃、おかあさんがギョウザを買ってきた。ところがおかあさんを含めて家族全員、それまでギョウザを見たことがない。どうやって食べればいいかという議論になり、「お肉屋で買った→洋食→ソース」との連想からソースをかけて食べたらしい。 しかも生のままで・・・。 初めての食べ物を食べる体験はずいぶん減ってしまったが、私にも記憶に残る初体験がいくつもある。マカロニグラタン、グレープフルーツ、麻婆豆腐等々。なかでも思い出深いのがピザだ。 小学校3、4年の頃だったろうか、母がパートから帰るのを待ちながら奥様番組を見ていると「ピッツァ」なる食べ物が紹介された。試食した三木鶏郎氏の「いやあ、うまいもんですなぁ」との感嘆ぶりに引き込まれた私は「ピッツァ、ピッツァ」と唱え、その名を頭に刷り込んだ。 それから何年も経った、春のお彼岸だった。 春のお彼岸は私の誕生日と重なるためお墓参りのあとごちそうを食べるのが我が家の恒例で、だいたいは六本木の香妃園の鶏そばか、上野の新羅の焼肉と相場は決まっていた。 しかしその日「さて香妃園」と言いかけた父の言葉を私はさえぎった。 「焼肉も中華もイヤ! たまにはカッコイイ洋食に連れてってよ!」 「洋食って、何食いたいんだ?」 「・・・、ピッツァ!」 洋食はステーキくらいしか思いつかない父親は、娘の要求に一瞬とまどいを見せたが、「ならば池袋へ行こう」と言った。 父は「そういう珍しいものはデパート→デパートでセンスがいいのは堤清二の西武→それなら池袋」と考えたらしいのだ。 考えの筋道はよくわからなかったが、とにかく親子3人、菩提寺のある中目黒から池袋までわざわざ「ピッツァ」を食べに行った。 果たして池袋西武のレストラン街に「ピッツァ」はあった。しかしそこは喫茶店に毛の生えたような店で、とりあえず1枚頼んだ「ミックスピッツァ」も、今の冷凍ピザくらいにつつましい代物。その薄さは家族で囲むにはあまりにはかなくて、私の気持ちはいっぺんにしょげた。 それに気づいてか気づかないでか「ほほう、うまいもんだな」と三木鶏郎よろしく大げさにコメントする父。 「もう、パパったら全然わかってない!」いわれのない腹立たしさがこみあげ、せっかくのピザの味はどこかへいってしまった。 あの日、本当にピザが食べたかったのか。思春期の娘の漠然とした反発にすぎなかったと気づいたのは、宅配ピザにも飽きたつい最近である。 |