月替りの「お題」からメンバーが
自由な連想でエッセーをつづります。

ものの見方・感じ方に、
それぞれの経験や個性があらわれます。

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今月のお題:「今年の一押し」
隅 恵子 不況時代のサバイバル
坂下 泰子 このごろ・・・
床井 順子 ニセ山海経・・・・
藤木 俊明 「今年のイチオシはこれだ!これか?」
須藤 智香 HAPPY SHOPPING 2003」
中保 裕子 大きなのっぽの古・・・」
小梨 由美 オンラインクラス会」
高林 昭浩NEW 炉辺焼き屋と玉名市と、片平なぎさと。」



不況時代のサバイバル-----隅 恵子

NHK大河ドラマ「武蔵」が始まった。数年前に友達に誘われて行った舞台で、このたび武蔵を演じている新之助のファンとなった私は、彼のりりしい眼差しに新年早々腰砕けになった。第1回の放送では、夜盗と戦う直前の武蔵を、西田敏行ふんする内山半兵衛が諭すセリフが気に入った。「どんなに追いつめられても生きようと思え」。

数年前までは、こんなセリフを聞くと、「とにかく前向きに闘うこと」という解釈しかできなかった。そして、何かうまくいかないことがあると、できなかった私、前向きに闘えない私はもうだめだと、自分を卑下するクセがあった。友人で精神科医の最上悠氏が昨年10月、廣済堂出版から出した『こうすればうつから抜け出せる』によれば、自分を卑下するクセは、自分への期待を低くすることで不安な気持ちを一時的に楽にしてくれる甘い蜜のようなものらしい。だからクセになったのかな?

自分を卑下するクセに気がついた今なら、このセリフが、時には休み、時には隠れ、時には逃げても、とにかく生き残れという意味だと解釈できる。真のサバイバルとは、生き「続ける」こと。前向きに闘うこととは、まったく逆を意味することだってありうるのだった。続けることを優先するために、「時には人生なんでも有りでよいのだな」と思えるようになってから、ずいぶん気楽に物事に臨めるようになったような気がする。

2003年、日本社会を席巻するのは「サバイバル」だと私は思う。こんなに不況で閉塞感が強い中では、自分はもうだめだと斜に構えたり、自己卑下で問題を先送りにする余裕はもうない。知恵をひねり、なりふり構わず家族や友人の助けを求め、時には一歩も二歩も後退して、何とかしてサバイバルするのだ。正念場という意味では、日本社会も個人もおんなじかもしれない。

このごろ・・・-----坂下 泰子

このごろ、気になっているのは、最近電車の中でマンガを読む人が減っている気がします。アメリカでは日本のコミック誌が売れているらしいですが。
単に通勤時間帯が異常なためでしょうか。それとも不景気のせいでしょうか。本のおもしろさにはまった人が増えたのでしょうか。そういえばお正月テレ朝で、おすぎとピーコが司会の番組で、好きな本を紹介する番組がありました。
ちなみに私が最近、超感動したのは「壬生義士伝」。絶対映画なんか見ないで本を読んでください。泣けます、心が洗われます、勇気が湧きます、美しい盛岡に行ってみたくなります、素晴らしい人がたくさんいるんだとあらためて思いました。
幕末物はずいぶん読みましたが、司馬遼太郎を超える人はいないと思ってましたが、浅田次郎はそれに近い感動でした。

そう言えば、ドラマがつまらなくなってフジにひところの元気がなく、日テレがバラエティでケチをつけ、テレ朝が少し元気になってきた気がします。第三の開局と言われる、今年の春の局社移転で、少し持ち直すのでしょうか。

新年2日間は年賀状書きに明け暮れ、連日深夜3時、4時にポストに走る毎日でした。何とか3日早朝に250枚を書き終え、そのまま仕事に突入しています。
毎年感じるのですが、お正月深夜の東京は空気がきれいで、信号の色が冴え冴えとし、故郷東京もまんざらではない、と思っています。それに今年は1日(正式には2日午前3時過ぎ)雪が降っていて、得した気分でした。

まんざらではないで思い出しましたが、これも毎年、書き終えた年賀状を手に、マラソンランナーのようにしっかり腿をあげ、腕を振り、ストライド大きく走っているのですが、結構私走れそうな気がします。
今日も、池上線に乗り遅れそうだったので、一駅先の乗り換え駅、旗の台までダッシュ、何と6分で走りきり、大井町線に間に合ったのです。うーん、ダンスをやめても市民ランナーになれると思いました。
ニセ山海経・・・・」-----床井 順子

中国の古典に「山海経」という本がある。その現代語訳を手に入れた。と書くとなんかとても高尚な趣味を持っているように聞こえるが、なんのことはない、これは元祖怪獣図鑑のようなものだ。

つまり、奇想天外な怪獣の絵が山盛りで、ほとんどがその解説で成っている。
その書きようは、洛陽周辺から出発して四隅に生息する生き物を調べて報告するという体裁をとっているのだが、さすが中華思想のお国柄が遺憾なく発揮されていて傑作だ。

里程や現地の地形、草木などを列記し、まるで古代の学者探検隊が実際に隈無く踏破して、逐一調べ挙げたかのような書きぶりだが、これがとんでもないシロモノなのだ。

曰く「馬の身に鳥の翼を持ち、人面で蛇尾」、また曰く「貫匈国の人は胸に竅(あな)がある」・・・と際限なく続き、その数は何千頭になるとも知れない。
おっと、人らしきものや頭のない獣、鳥や魚らしきものもいるから、何頭と数えるのも正しくはないことになる。

いくら数千年前といえども、こんなのが本当に存在したとはとても思えない。しかし、まるで見てきたように熱っぽく、詳細に書いているあたりが可笑しい。

この書物はなんのために書かれたのだろう? 皇帝のお暇つぶしのためか、はたまた官僚のお仕事したふりのためか?
しかも、その構成を見ると一時に出来上がったのではなく、長い年月に亘って書き継がれている。いやー、やはり中国という国は奥が深い。

始めは楽しく読んでいたが、えんえんと続く内容に途中で飽きてしまい、違う遊び方を考えてしまった。
そうです、私がこの続きを書き継いでみるという暴挙である。

獣がいる、目にはユニークなサングラスあり、人のいうことを聞く耳なく、要求する口は八つあり、手にはノドン、テポドンを持ち、鳴く時は我が名を呼ぶ、キムキムキム・・という具合である。

今年のイチ押しは、この遊び。これで周辺のいけ好かない人物を「山海経」化してみてはいかがでしょう? 四千年くらい遊べる気がしませんか?

「今年のイチオシはこれだ!これか?」-----藤木 俊明

今年ほど去年の「祭りのあと」で何にもない年も珍しいよね。CDも売れないし、ドラマは視聴率稼げないし、モーニング娘。は末期で藤本美貴(ミキティ)逆輸入しているし、ボブサップぐらいだものね、売れてるの。もうなんもかも「煮詰まり状態」で、ソレが実はデフレの原因なのではと思えます。でもあえてあげましょう、この三つ!あ、おまけもあり。

『上戸彩』このコは大きくなるでしょう。存在感ピカイチだし雰囲気あるもの。タイプは違うけど葉月里緒奈が高校生でデビューしたときを思わせます。

『クリスタルケイ』このコは今年売れるでしょう!うまいもん。あと音楽では『昭和歌謡』もおすすめ。もうとっくに静かなブームですがね。平浩二とかクールファイブなどが穴ではないかと思います。

『ペットビジネス』なんかマイブームばっかり書いているようで気が引けるけど、まあいいよね。こんな席だし。アイフルのCMがど真ん中を突いてしまいましたが、そう、週末のペットショップはあんな親父やおねえさんで満杯!すごいっすよ。かくいう私も猫を抱かせてもらって大間抜けな顔をしております。そうすると、見知らぬお姉さんとも「可愛いですね」「そうですね」なんて話に花が咲き、ごく合法的にナンパができるのです。

おまけで『満員太郎』。聞いたことない?そりゃそうでしょ。それは僕のことなのです!僕が入るたべもの屋さんは、なぜかどこも満員になるのです。ガラガラの店内も、僕が入って食べだすとすぐに満員。ホントですって。「お前は人より先にメシを食ってるだけだ」と言われたので、神保町の寂しいカレー屋に夜9時に入りました。むろん、客はぼくひとり。その後30分たって出るときには8人に増えました。満員にはなりませんでしたが、これで僕の実力がわかるでしょ?こんな特技をほって置くのはもったいないということで、『満員太郎』として自分を売り出すことにしました。ぜひ、新規オープンの店があれば呼んでください。縁起物ですよ。

「HAPPY SHOPPING 2003」-----須藤 智香

いつまでたっても回復しない日本経済に、「もうずっとこのままの状態なんだろうなぁ、それでもいいか」と思ってしまう今日この頃。「それならそれで、この状況を楽しもう!」というわけで気になっているのが、さまざまなポイントやクーポンである。

個人的によく利用するのは百貨店のポイントカード。購入金額に応じてポイントをつけ、一定のポイントが貯まるとその店で使える商品券と交換、というシステムだ。

ごひいきの店を決めて年間購入総額を高め、通常のポイント率を上げる方法もあるが、私は何店かの百貨店のカードを持ち、ポイント率の高い期間を狙って、前からほしかった高額商品や、あまりセールにならない定番品を購入するのが好き。

ポイント積み立て期限が近づくと、端数のムダが出ないように考えて買い物をし、ときには百貨店のハシゴまでして商品券をゲット。「さあ、これで何を買う?」が楽しい。もちろん、量販店でも同様のカードを利用している。

長年愛用している通販化粧品のポイント制も大活用。「今ならポイント3倍!」というときにまとめ買いをすると、数回に1回は貯まったポイントだけで愛用品が買える。
「ほしいものがタダ」はうれしい。化粧ポーチなどの「いらないおまけ」をもらうより、ずっと合理的だと思う。

最近はクーポンマガジンも登場しているが、私はまだ使っていない。でも、新聞の折り込みチラシについているクーポンは、しっかりチェック。ファミレス、ファーストフード、宅配ピザ、スーパー、ドラッグストアなど多種多様なクーポンがあって、「あら、ずいぶん安くなるのね」と、使うアテもないのに一応チラシをとっておいたりする。

ときどき「のせられてるかも」「囲い込まれている?」と思ったりするけれど、やっぱり「ちょっとトクした気分」「賢い消費者気分」を味わいたいの。で、2003年も楽しくショッピング。ただし、ムダづかいには気をつけて、ね。

「大きなのっぽの古・・・」-----中保 裕子
下手の横好きでわりと長いことバス・クラリネットを吹いている。
三日坊主が何百人もずらっと並んで「もう飽きた!」「もう忘れた!」「結局できない!」と騒いでいる私の人生のなかで、どうにか続いている趣味といえば、これだけである。

バスクラは一見、大きくて大変そうな顔をしているが、いわゆるラッパ系=金管楽器ではないので、見た目の大きさに比べそれほど肺活量がいるわけでもなく、女性にも扱いやすい。
が、昨年はどうにも音がつまって難儀した。息をたくさん吹き込んでいるのに、ポーンと抜けた音が出てこない。

私の愛器は5年使用の中古で買い、それから15年使っている20年選手。これはいよいよ買い替え時か・・・とひそかに戦慄した。だって、新品を買うとなると100万円かかるのだ。えらいこっちゃと安くてよい楽器を探そうと人づてに聞きまくっていたのだが、子宮筋腫の手術を受けたら、この問題は一気に解決してしまった。どうやら楽器がつまっていたのではなく、私の腹のなかにデキモノがつまっていたのが原因らしい。腹式呼吸をしようにも、腹にジャマなものがあれば息は吸えないのだな、と初めて知った。数値的には貧血が相当ひどかったらしいので、酸欠のために強い息が吹き込めなかったのかもしれない。

ともかくよかった、これで楽器の寿命も伸びたと喜んでいたら、そのうちまた音が出なくなった。
自分のツマリは取り除いたのに、こんどは何だろうと思って調べてみると、先端のベルと呼ばれるアサガオ型の部分にホコリがたまっていた。バスクラの先端は「さあ何でもいらっしゃい」といわんばかりに上を向いて開いている。それを猫のいるリビングに立てておいたのだから、ホコリもたまって当然である。

よく考えるとわが愛器には、20年にわたり苦労のかけっぱなしだ。
ケースが大きくて重くて不便だからといって、無理やり別の楽器の小型ケースに押し込んで、肩身の狭い思いをさせている。年に一度くらいはキーが曲がって修理店にかけこむことになる。
キーやベルは銀メッキで出来ているらしいのだが、ヤマハで昔買った「メタルポリッシュ」という液で磨いていたら、だんだん複雑な色になってきた。よく見たら「メタルポリッシュ」は「真鍮専用。銀メッキには使わないで下さい」と書いてあった。今ごろ言われても、私の楽器はとっくに真鍮になってしまった。

楽器にしてみれば、この横暴なオーナーとの出会いはそもそもが不幸であった。元の持ち主の男性が「25万円で譲りたい」というのに、「女の子の友達を一人紹介するから」と無理やり20万円に値切って買った。約束を果たせないうちに彼は自力でお見合いをし、結婚したので、不履行のまま踏み倒してしまった。

アコースティック系楽器は全て、決して全く同じ物が大量生産されるわけではない。管楽器は特に何年もかけて息を吹き込んでいるうちに、やっとその楽器本来の音が出るようになる。20年も一緒にやってきた楽器はくされ縁のようなもので、気持ちの上でもそう簡単に買いかえられなくなっている。
実際のところは、有限会社をこしらえようと思い立ったらそれで結構出費してしまい、懐具合が回らなくなったので、20年選手にももう少しがんばってもらわなければならなくなった。
腹のイチモツが消失した今年こそ、このロートル楽器をもっと鳴らしてやろうと企んでいる。
「オンラインクラス会」-----小梨 由美
ゆうべ、高校時代の同級生が6名集まって、オンラインチャットでミニクラス会を開いた。システム上5名しか参加できないのだったが、夫婦が1組混ざっていたので、2人には1台のPCを共有してもらった。
あらかじめ決めておいた時間に、各自好きな飲み物、食べ物を用意してPCの前に集合。最初は乾杯。2時間経ったところで中締めを入れて2次会へなだれ込み(笑)、合計5時間、40過ぎのおじさん、おばさんが、PCに向かってニタニタ、ゲラゲラ笑って過ごした。

ミニクラス会と言ったが、正確には、あるプロジェクトの打ち上げだった。プロジェクトとは「お宝デジタル化」。
昨年、急逝された恩師の追悼クラス会を開くにあたり、幹事団(私もその1人)は、当時の写真や懐かしの品をかき集めてパワーポイントでスライドを作り、それを見ながら思い出話に興じるという企画を立てた。

クラス会は大盛況。それに気を良くした幹事団は、会の終了後、別のメンツも加えて「お宝デジタル化委員会」を発足させた。クラス会までにデジタル化しきれなかった「お宝」、たとえば3年生の時の文化祭で上演した芝居の台本や効果音、BGMの音源テープ、合唱祭のライブテープなどを再び各自の家に埋没させる気になれなかったのだ。

そして昨年末「浩司の不思議な旅2002」が完成した。イメージ写真でデザインされたジャケットのCDケースに、CD−ROMと音楽CDの2枚が収められている。関連業界で働く者が複数関わったこともあって外見、中身ともに驚くほど本格的で、CD−ROMの1メニュー「復刻台本」では、台本の途中のアンダーラインをクリックすると、そのときの効果音やBGMが聞こえてくる。音楽CDのライナーも、関係者でなくとも読んで楽しめる内容の濃いものである。

冒頭のチャットは、このディスク制作の打ち上げだった。「デジタル化委員会」だからというわけではないが、忙しい仲間たちが気楽に集まれる方法としてデジタルを介した集まりとなったのだった。
しかしやっぱり最後は「次のクラス会も楽しみだねえ」。アナログで育った世代にとって、オンラインはオフラインのツマでしかないようだ。

*ちなみに「浩司の不思議な旅」は文化祭で上演した芝居の題です。主役の浩司(実名)は今も不思議な旅を続けています(内輪ウケ失礼)。
「炉辺焼き屋と玉名市と、片平なぎさと。」-----高林 昭浩
ときどきくだらないアイディア、というか駄洒落を思いつく。例えばネスカフェの
テーマソング“killing me softly”(邦題「やさしく歌って」)を聞いていたとし
よう。これはかつてロバータ・フラックが歌った曲である。そこでロバータ・フラッ
ク⇒ろばた・ふらく、うーん「炉辺・富楽」なる炉辺焼き屋はこの世にあるのだろう
か? という疑問を抱いたりするのである。

あまりにくだらないので今まではそのままゴミ箱行きだったが、インターネットとい
う、居ながらにしてあらゆることを調べることができる便利なものができてくれたお
かげで、このような馬鹿げたことも検索できるようになった。これは本当にありがた
いことである。

調べてみると、そのような炉辺焼き屋はないことがわかった。しかしわかったところ
でどうにもなるものでもない。ただ納得するだけである。

他にも、熊本県玉名市に住む男性は、他の地域の人間と喧嘩になったときに「この玉
無し野郎」と罵倒されることはないだろうか、とか、青山学院大学の学生は「青ガ
キ」と呼ばれることはないだろうかというような疑問がときどき脳みそから湧き出す
のである。

「玉無し」の件については、かつて熊本出身の人間に聞いたところ、子どもの頃にそ
んな駄洒落を言ったような気がする、とのことだった。子ども並なわけだ、私のアタ
マは。

最近我ながら気に入ったものは、片平なぎさに関する駄洒落である。かたひら・なぎ
さ⇒キャタピラ・サナギ。キャタピラというのは無限軌道とも訳されるが、本来は芋
虫のことだ。だから「サナギ」ときれいにつながる。なんて密かに自画自賛している
のだが、しかしこんなアイディア、まったく使い道がない。せいぜい「たけし軍団」
や「大川興業」などのお笑い芸人の芸名に使うくらいだろう。

いっそ、自分のペンネームにしようか。はじめまして、キャタピラ・サナギです。今
年一押しの中年男性でーす。まだ芋虫からサナギに変体したばかりですが、そのうち
可憐な蝶になる予定でーす。よろぴくー。なんて。



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