| 月替りの「お題」からメンバーが 自由な連想でエッセーをつづります。 ものの見方・感じ方に、 それぞれの経験や個性があらわれます。 ひとつのテーマがどう花ひらくか? クリックしてみてください。 |
| 今月のお題:「運」 |
| 藤木 俊明 | 「運を練る」 | |
| 床井 順子 | 「果報は寝て待て」 | |
| 高林 昭浩 | 「私はすごく運がいい(はずだ)」 | |
| 中保 裕子 | 「背中合わせ!」 | |
| 隅 恵子 | 「私の右腕が元に戻った理由」 | |
| 坂下 泰子 | 「『私は運がいい』と思っている。」 NEW! | |
| 大岩 由利 | 「運」 NEW! |
| 運を練る-----藤木 俊明 |
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運というものはある。 |
| 「ご当選、おめでとうございます!」 いきなり電話の向こうから祝福されて、なんのこっちゃ? という経験をした人は多いだろう。もちろん、幸運などではなく、この先には必要もない品物を買わされる不運が待っているだけだ。 しかしこの商法はきっと効果があるのだ。でなければこんなに流行るはずがない。よく知られているところでは着物や鍋。近ごろでは住宅の外装のモデル住宅に選ばれたなどというのもある。先日はこれに旅行が加わった。 友人がさる展覧会でアンケートに答えると「歴史ツアーにご招待」というのに応募した。するとダイレクトメールが届き「あなたにスペシャルツアーの予約権利が当選」と書かれていたというのだ。なーんだ、ただの販売促進じゃないか。 こういうので「うれしい! すぐ予約しましょう」という人がいるのだろうか。いるんでしょうね。いるから企画が成り立つわけで、この不況下、当たらない企画をする販売促進会社や担当者は仕事を失っているはずだ。 私たちはつねづね、幸運に恵まれたいと思っている。では幸運とは何だろう。まず日頃から、あれが欲しい、これが欲しい、ああなりたい、こうなりたい、あそこへ行きたい、ここへ行きたい、と欲望があることが条件だ。 しかも、その欲望達成のために自ら努力をしてはならない。自力で達成するのは実力であって「運」とは無関係だからだ。もちろん、いついつまでに実現しようなどと予定を立てるのもだめだ。それはたんなる計画だ。不意に、予期せぬ時にやってくるからこそ「運」なのだから。 だとしたら、幸運に恵まれることは意外にたやすいことになりませんか? なるべく贅沢な欲望をたくさん持ち、なるべく努力はしない。せいぜい「運」が飛び込んで来たときに素早くキャッチする瞬発力を磨いておくくらいだろう。 まあ、とってもいい気分になってきました。だれあろう、この私は幸運な人の条件を十分過ぎるほど備えているではありませんか。 |
| 「私はすごく運がいい(はずだ)」-----高林 昭浩 |
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映画『ジュラシック・パーク』で登場する恐竜の中にヴェロキラトプルというのがいる。あの、人間たちをしつこく追いかけ回す、俊敏にして狡猾、そして凶悪な肉食恐竜だ。このヴェロキラトプルや、超有名なティラノサウルス(T-レックス)が実はジュラ紀の恐竜ではないことを(ということは“ジュラシック”というネーミングはかなりおかしい)皆さんごぞんじでしたか。 |
| 「背中合わせ!」-----中保 裕子 |
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朝のワイド番組をみると、どこも「今日の運勢」を流している。見なければ見ないで運など気にしないのに、見てしまうと気になったりする。 |
| 私の右腕が元に戻った理由-----隅 恵子 |
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小学校6年生の時、体育の時間に鉄棒から落ちて右腕を骨折した。折れ方が悪く、腕を2週間吊っておく必要があり、保健の先生が連れて行ってくれた整形外科の個人病院に入院した。運悪く修学旅行の1週間前。当時、私の小学校(山口県岩国市)の旅行先は大分県別府市。修学旅行は無理といわれた時、固定されたベッドの上でちょっぴり涙が出たのを覚えている。隣のベッドには、足の筋を切ってもう3カ月入院しているというおばさんがいて慰めてくれた。 |
| 「私は運がいい」と思っている。-----坂下 泰子 |
| 長女の私は、大学受験にあたって、大学の様子がちっともわからなかった。知る努力もしてなかったけど。どこを受験するか、何を専攻するか、方向が決まらないまま秋になり、そうも言ってられずめくった分厚い大学案内から、いきなり目に飛び込んできたのが「社会学」。何だかよくわからないけど、気になり、それに何と言っても、誰もが大学で初めて学ぶ学問だから、横一線。なまけてきた高校時代をひきずらずにすむ。大学はどこでもいいから、「社会学」と決めて受験。 「統計学」や「社会調査法」が結構おもしろく、就職もマーケティングリサーチの専門会社に。かなりの倍率だったのに、運良く入社。たまたま配属されたセクションでの経験が「今」につながっている。同期入社の女性でその後の仕事に結びついた人はない。何の不満もなく、というより嬉々として仕事をしていたのに、何かに惹きつけられ、たった2年半で他の会社へ。 その後も自らの野望など全くないのに、チャンス(会社の解散も私にはチャンスに思えた)に引きずられて会社を移動。そのたびにいろいろな人にめぐり合い、助けられ、新しいことを学び、財産(お金以外の)が増えた。その上、たった2年半で退職し、恩を仇で返した形の最初の会社に、ひょんなことから、今お世話になり、快適に過ごしている。今度こそしっかり恩返ししようと思っているが。 とりあえず「今」のポジションがあって、アテにしてくれる人があって、「私は運がいい」と思っている。 でも、他人からみると、結婚せずに、いまだに仕事をしているのは「運が悪い」、のかもしれない。 |
| 「運」-----大岩 由利 |
| 戦争が始まってしまいました。アメリカの13歳の女の子が行った反戦アピールがメールで届きました。そこでその子は、世界中の人に「想像してほしい」と訴えていました。 イラクの国民の半数は子供なのだということを想像してほしい。 もし「運が良ければ」助かるかもしれない。 もし「運が良ければ」怪我だけですむかもしれない。 もし「運が良ければ」苦しまなくて死ねるかもしれない。などなど そして私は、日本に生まれた「運の良さ」にホットするのでしょうか。今何事も見えない平和に「運の良さ」を感じるのでしょうか。それならそれで「運」の強さで何かできないでしょうか。お金持ちの国に生まれた「運」を使って、アメリカにだって「お金出さないよ」っていえないのでしょうか。そんな簡単なことではないことわかっているんだけど、空爆の爆音の下で、自分の「運の良さ」だけを頼りに祈っている子供達のことを考えると気持ちはざわざわして落ち着きません。 |