月替りの「お題」からメンバーが
自由な連想でエッセーをつづります。

ものの見方・感じ方に、
それぞれの経験や個性があらわれます。

ひとつのテーマがどう花ひらくか?
クリックしてみてください。


今月のお題:「運」
藤木 俊明 運を練る
床井 順子 果報は寝て待て
高林 昭浩 私はすごく運がいい(はずだ)」
中保 裕子 「背中合わせ!」
隅 恵子 「私の右腕が元に戻った理由」
坂下 泰子 「『私は運がいい』と思っている。」 NEW!
大岩 由利 「運」  NEW!



運を練る-----藤木 俊明

運というものはある。
霊魂やヒトダマはあるかどうか分からない。
どうして運が存在するかって?それはわたしがギャンブラーだからだ。
じゃ、ギャンブルの結果はみんな運のせいなのかって?
そうではないが、運を味方につけねば、もっと言い方を変えると、自分の「運気」の状況を知らずして、長期的に勝つことは難しいと思う。
@考えうる限りの人事を尽くして、確率を1%でも高めなければいけない。
A常日頃、見えない「運気を練る」ことにより、勝負時の運を味方につけなくてはいけない。
B冷静に自分の運気をはかり、下向きのときは勝負を避ける。
以上が、わたしの勝負哲学だ。Bはかなり難しいが、@Aは心がけておきたい。

ギャンブルに限らず、ビジネスシーンでもかなり「運気」が重要ではないか?だいたい私らがここでこうやって生まれ生きていることじたい、かなり運に左右された結果ではないか?
とても、私などが答えられる類のテーマではないが、少なくとも「運気を練る」ことだけはたしなんでおきたい。
では、具体的にどんなことをするかというと、勝負勘を磨き、勝負時に平常心でいられるようにすること。平常心というのは、勝負に出る自分の運気を、客観的に見ることができることができるようにするためだと考えている。つまり、勝てない戦はなるべくしない。勝てる戦を確実にものにする。
さらに、勝てるかどうか分からないけど参加しなくてはいけない戦いというものもある。そんな戦いには運気を練った上で臨むしかなし。
なんだかんだいって、最後は丁半博打である。そんな時に勝つために運気を練るのだ。
1)ドライブしているとき、対向車のナンバーが奇数か偶数か当てる
2)エレベーターが開いて最初出てくる人が男性女性どちらか当てる
3)スーパーのお釣りがぴったりになるよう常に調整する
4)スーパーのレジでどこが一番早く精算できるか一瞬にして判断する
5)電車の中で、誰が席をたつか判断してその前に立つ

平常心だなんだと言っている割に、セコい事例が並びまくった。でもいいのだ。常にわたしはこうして運気を練っているのだ。1)2)は丁半博打だ。でもこれで55%勝てるようになると凄いよ!3)は瞬時の暗算能力がギャンブルには必要だ。4)5)はとっさの判断で人の微妙な動きを見る観察眼を養う。
これ、でもみんなやってるんじゃないかなあ…。

果報は寝て待て-----床井 順子

「ご当選、おめでとうございます!」
いきなり電話の向こうから祝福されて、なんのこっちゃ? という経験をした人は多いだろう。もちろん、幸運などではなく、この先には必要もない品物を買わされる不運が待っているだけだ。

しかしこの商法はきっと効果があるのだ。でなければこんなに流行るはずがない。よく知られているところでは着物や鍋。近ごろでは住宅の外装のモデル住宅に選ばれたなどというのもある。先日はこれに旅行が加わった。

友人がさる展覧会でアンケートに答えると「歴史ツアーにご招待」というのに応募した。するとダイレクトメールが届き「あなたにスペシャルツアーの予約権利が当選」と書かれていたというのだ。なーんだ、ただの販売促進じゃないか。

こういうので「うれしい! すぐ予約しましょう」という人がいるのだろうか。いるんでしょうね。いるから企画が成り立つわけで、この不況下、当たらない企画をする販売促進会社や担当者は仕事を失っているはずだ。

私たちはつねづね、幸運に恵まれたいと思っている。では幸運とは何だろう。まず日頃から、あれが欲しい、これが欲しい、ああなりたい、こうなりたい、あそこへ行きたい、ここへ行きたい、と欲望があることが条件だ。

しかも、その欲望達成のために自ら努力をしてはならない。自力で達成するのは実力であって「運」とは無関係だからだ。もちろん、いついつまでに実現しようなどと予定を立てるのもだめだ。それはたんなる計画だ。不意に、予期せぬ時にやってくるからこそ「運」なのだから。

だとしたら、幸運に恵まれることは意外にたやすいことになりませんか?
なるべく贅沢な欲望をたくさん持ち、なるべく努力はしない。せいぜい「運」が飛び込んで来たときに素早くキャッチする瞬発力を磨いておくくらいだろう。

まあ、とってもいい気分になってきました。だれあろう、この私は幸運な人の条件を十分過ぎるほど備えているではありませんか。
私はすごく運がいい(はずだ)」-----高林 昭浩

映画『ジュラシック・パーク』で登場する恐竜の中にヴェロキラトプルというのがいる。あの、人間たちをしつこく追いかけ回す、俊敏にして狡猾、そして凶悪な肉食恐竜だ。このヴェロキラトプルや、超有名なティラノサウルス(T-レックス)が実はジュラ紀の恐竜ではないことを(ということは“ジュラシック”というネーミングはかなりおかしい)皆さんごぞんじでしたか。

どちらもジュラ紀の後の白亜紀後半(今から約7000万年前)に栄えた恐竜である。些細なこと、どうでもいいじゃないかと言われそうだが、ジュラ紀と白亜紀後半では1億年も違うのだ。鎌倉時代と室町時代の違いとはワケが違う。

この白亜紀の終わりに恐竜は絶滅する。そして我が哺乳類の時代へと移行するわけだが、恐らく恐竜が絶滅しなければ、哺乳類はネズミみたいに小型で原始的な姿のままで、あまり進化しなかったのではないかという人もいるようだ。

恐竜の絶滅は巨大隕石の落下による気候の大変動が原因だとも言われる。そんな隕石、そう頻繁に落ちてくるわけではないのだから、恐竜もかわいそうなものだ。

地球上では過去5回の大絶滅があったようだが、中でもすごいのは約2.5億年前のベルム期のそれで、全生物の9割が絶滅したらしい。今この世にいる生物は、当たり前だが、全てそれらの絶滅をかいくぐって生き残ったものの子孫なのである。

人類に進化してから後も、他の肉食獣に襲われるわ、訳のわからない病気にかかるわ、挙句の果てには仲間同士で殺しあうわと、ありとあらゆる災難が降りかかってきたのだ。その過酷な環境を我々の先祖は生き抜いてきたのだから、今こうして私が存在するだけでもほとんど奇跡に近い。そう考えて、宝くじに当たることのないわが身の運のなさを慰めるのであった。

「背中合わせ!」-----中保 裕子

朝のワイド番組をみると、どこも「今日の運勢」を流している。見なければ見ないで運など気にしないのに、見てしまうと気になったりする。
せっかく「今日の運勢はベスト1」と言われていたのに、裏番組を見ると「今日はいまいち」だったりする。
各局の差別化をこんなところで発揮しないでほしい。
朝の気分は、一日の運を左右するくらいのチカラがあるのかもしれないのだから。

新車でオカマをほった知人は「そういえば俺きょう、バッデストだったんだ」と言って、「それを言うならワーストでしょ」と部下に突っ込まれていた。
もっともこの新車はちょっとでも傷がついたら奥様が運転することになっていたそうで、その点奥様には運が向いてきたともいえる。運はだいたい、誰かと裏返しなのだ。家族内で完結するなら大いに結構、と思えなくもない。

これが店名となるとコトは大きくなる。
私鉄沿線のある駅の近くに、「○島ユキコ美容室」という店がある。
オープン当初からパッとしないし、お客も少なそうだなあと思っていたが、ある日店の前を通って驚いた。
オーナーはついに、店名の字を変えることで一気に運を取り戻すという手にうって出たのだ。
新たな店名は「○島運戸美容室」。どう見ても「ウ○コ美容室」だ。
これでは当然お客が増えるはずもなく(推測)、以前と同じ閑散とした状況が続いている。
改名するより満員太郎を呼んだほうがよさそうだ。(註:「満員太郎」=藤木氏の別名(?))

さて、冒頭に書いた新車の話だが、実は彼が車をぶつけた相手はわたしの乗っていた車である。
そしてツッコミをいれた部下というのは、ぶつけられた車の持ち主なのである。
車の追突事故というのは初めて経験したが、スピードは出ていなかったにもかかわらず、それでも結構な衝撃があった。
幸いにしてムチウチ症にはならずに済んでいるが、それもその日たまたまシートベルトをしていたおかげで、やっぱり運がよかった。わたしはきっとこれから必ずシートベルトをするだろうなあ。
それを学ぶことができたのは、運がよかったともいえる。

私の右腕が元に戻った理由-----隅 恵子

小学校6年生の時、体育の時間に鉄棒から落ちて右腕を骨折した。折れ方が悪く、腕を2週間吊っておく必要があり、保健の先生が連れて行ってくれた整形外科の個人病院に入院した。運悪く修学旅行の1週間前。当時、私の小学校(山口県岩国市)の旅行先は大分県別府市。修学旅行は無理といわれた時、固定されたベッドの上でちょっぴり涙が出たのを覚えている。隣のベッドには、足の筋を切ってもう3カ月入院しているというおばさんがいて慰めてくれた。

入院中に一度、固定している右腕の小指がぎりぎり痛くなったことがあった。血行不良を起こしたのだと思う。なぜか我慢しなければならないと思い込んで、泣き声を抑えていたら、おばさんが看護婦さんにすごい剣幕で掛け合ってくれた。院長先生が飛んできて、腕を固定し直してくれ、嘘みたいに痛みがなくなった。固定された腕が解放されたのは退院の前日。院内を探検して回った。待合室で泣いている女の人を見たのはその時だった。

私と同じように腕を折って入院した同い年の女の子のお母さんだった。隣のベッドのおばさんによると、その子は私と同じベッドだった。腕を吊る前の固定に失敗して、腕の骨がずれたままくっついてしまい、しかも若干の麻痺を起こしていた。両親は手術を希望していたが、院長は「もう入院はとらない予定だから」と拒否していた。私は子供ながらに、「院長先生が失敗したんだ。私も麻痺を起こしたかもしれない」と思った。
 
おばさんはギブスの固定で自分の足に麻痺が出ていることを気に病んでいた。隣のベッドの女の子に麻痺が出たこともあり、何かあったら我慢しないで看護婦さんに言うべきだという思いがあったからこそ、泣き声を抑えている私のことを掛け合ってくれたのだろう。おばさんは患者としての経験を無駄にせず、生かしてくれたのだ。私の右腕が当たり前のように元に戻ったのは、たまたまそのおばさんと同じ部屋に入院していたという、運がよかっただけなのかもしれないと、今にして思う。

「私は運がいい」と思っている。-----坂下 泰子
長女の私は、大学受験にあたって、大学の様子がちっともわからなかった。知る努力もしてなかったけど。どこを受験するか、何を専攻するか、方向が決まらないまま秋になり、そうも言ってられずめくった分厚い大学案内から、いきなり目に飛び込んできたのが「社会学」。何だかよくわからないけど、気になり、それに何と言っても、誰もが大学で初めて学ぶ学問だから、横一線。なまけてきた高校時代をひきずらずにすむ。大学はどこでもいいから、「社会学」と決めて受験。
「統計学」や「社会調査法」が結構おもしろく、就職もマーケティングリサーチの専門会社に。かなりの倍率だったのに、運良く入社。たまたま配属されたセクションでの経験が「今」につながっている。同期入社の女性でその後の仕事に結びついた人はない。何の不満もなく、というより嬉々として仕事をしていたのに、何かに惹きつけられ、たった2年半で他の会社へ。

その後も自らの野望など全くないのに、チャンス(会社の解散も私にはチャンスに思えた)に引きずられて会社を移動。そのたびにいろいろな人にめぐり合い、助けられ、新しいことを学び、財産(お金以外の)が増えた。その上、たった2年半で退職し、恩を仇で返した形の最初の会社に、ひょんなことから、今お世話になり、快適に過ごしている。今度こそしっかり恩返ししようと思っているが。

とりあえず「今」のポジションがあって、アテにしてくれる人があって、「私は運がいい」と思っている。

でも、他人からみると、結婚せずに、いまだに仕事をしているのは「運が悪い」、のかもしれない。
「運」-----大岩 由利
戦争が始まってしまいました。アメリカの13歳の女の子が行った反戦アピールがメールで届きました。そこでその子は、世界中の人に「想像してほしい」と訴えていました。

イラクの国民の半数は子供なのだということを想像してほしい。
もし「運が良ければ」助かるかもしれない。
もし「運が良ければ」怪我だけですむかもしれない。
もし「運が良ければ」苦しまなくて死ねるかもしれない。などなど

そして私は、日本に生まれた「運の良さ」にホットするのでしょうか。今何事も見えない平和に「運の良さ」を感じるのでしょうか。それならそれで「運」の強さで何かできないでしょうか。お金持ちの国に生まれた「運」を使って、アメリカにだって「お金出さないよ」っていえないのでしょうか。そんな簡単なことではないことわかっているんだけど、空爆の爆音の下で、自分の「運の良さ」だけを頼りに祈っている子供達のことを考えると気持ちはざわざわして落ち着きません。



ホーム