小旅行(タイ版)
一日目 
成田発1800の便に乗るため家を一時半に出発する。
家が千葉県の銚子という過疎化した部落なため近そうで遠い千場圏内・・・
成田に3時半頃着く。
その後Gの35番カウンターに行ってチケットをもらう・・・ところだが、すぐにはもらえなかった。
理由は手続きの悪さである。
混むとわかっていてなぜ接客人数を増やさないのだ!!!
15人くらい並んでいるのに一人で応答。
しかも急ぐそぶりは全く無いお姉さん。
他のカウンターを見ると暇そうにしている・・・・。
今回使った航空会社はUA(ユナイテッド・エアライン)といってアメリカの航空会社である。
外資だから仕方が無いのかな?と諦める。
日本は信じられないくらいのサービス国家らしいから。

ともあれ、チケットを手にした後は普通に空港内をぷらぷらする。
なにせ2年ぶりの成田である。
来たこと自体は仕事の関係上(親は中国からうなぎを仕入れたりする卸売業だから)何度かあるのだ。
そんなことはおいといて、出国手続きをすませて飛行機へ。
そこでちょっとしたハプニング。
間違って椅子に座り、その後その席の当人が来て移動。
久しぶりに英語で“SORRY”と言った。
たったそれだけで自分が“ドキドキしている”とわかった。
心臓の鼓動が高まっていたのだ。
日本のように周りがみんな日本人だったらいくらでも助けは借りられると思うけど、周りはアメリカの航空会社だからほぼアメリカ人、それは無理である。
こういう感じで英語を話すことが始めてである。
緊張と喜びが一度に高まった。
“ここはすでに日本ではない”と。

飛行機はその後動く。
俺は飛行機の“ふわっ”という感じが大好きである。
ジェットコースターでも同じなのだが、なんなのかよくわからない感覚でつつまれるこの異様な感じ、これがたまらなく好きなのである。
多分、飛行機好きの中には俺と共感を覚えてくれる人もいるのでは?
6時間の飛行後無事着陸。
ゆっくりバス乗り場へと移動している中、俺は隣のドイツ人に英語で話しかけた。
むろん3分間くらい話し続けるのは始めてである。
いろいろな言葉を単語並べてやっと理解してもらった。
例えばサッカーだったら、“Do you know next W-CUP?"
そしたら"Yes,JAPAN!"と簡単な言葉で示してくれた。
しかしまた早くて長い英語になり、俺の頭は再パニック。
"I see, I see!"とかわけのわからないながらもわかった“ふり”をして話を和ませる。
これって典型的な日本人なのだろうか?(苦笑)

バス到着。
IMMIGRATIONを通るため入国審査証を急いで書く。
書くのが遅く最後になってGATEを出る。
荷物を取り、一万円をEXCHANGEする。
この件なのだが、円をバーツに替える場合はほとんど全てをここで替えたほうが得策である。
レートが地方とかで変えるよりも良いのだ。
具体例をあげると一万=3500バーツなのである。
ホテルなどで変えると3300バーツしかもらえない。
もし替え過ぎた場合でもホテルで円に戻せば200バーツ得ではないか。
これぞ為替の良いところ。
そしてタクシーに乗る。
料金なのだが、俺は当初の値段が350バーツ(聞き間違いで、友達は300バーツと言っていた)だと思っていたため、タクの運ちゃんに交渉でその分を渡してしまった。
大した金額ではないのだが、なぜか少し悔しかった。
その後バンコクセンターホテルに到着。
check inして就寝。

初日の感想
全てがもの珍しく、刺激がある国だと思えた。日本語が全くと言って良いほど通じない。これならば英語が、もしくはタイ語が上達するはずである。けど文法はうまくならない。文法をへたに使うと通じない。最後の日のことになるのだが、“I shall return!"と言っても通じないのだ。"return bangkok on March"と言ったら通じた。不思議な国だ。そうそう、改めて思ったのだが、英語圏に住む人たちが言う言葉は意味がわからない言葉も多々あったが、全くわからないというわけではなかった。発音って大事だな〜と改めて感じた。俺の友達もよく携帯で英語を使って友達と話すそうだが、多分聞き取り易いのだろうなぁと思う。アメリカやイギリスといった真性の英語国家だからである。よく連絡を取り合う女友達の中でも特に話すIさんの、普通にその場面を見て・聞いたのだが単語がいくつかわからないまでも一つ一つの単語はわかった。それにしても世界の国語は英語だと改めて痛感したタイ旅行初日でした。