アーサー・コナン・ドイル

       アイルランド人の役人の子として1859年、スコットランドのエディンバラで生まれる。
       エディンバラ大学の医学部を卒業し、1882年にはイギリスのサウスシー(Southsea)で
       開業(眼科)するが、かねてよりあったエドガー・ポーやガボリオへの憧れからや、
       家計を助けるために執筆活動を始めます。そして1886年に殺人と復讐を描いた長編作
       
【緋色の研究】(A Study in Scarlet)を書くが、あちこちの出版社から送り返される。

       ようやく1887年12月にBeeton's Christmas Annualで掲載される。本人自信作であったが、
       世間からまったく反響が無く失望する。もうホームズ物語は書くまいと思っていたが、
       2年後にアメリカのリピンコット誌の編集者がこれに目をつけ、前金まで添えて新作を
       依頼してきた。それが
【四つの署名】(The Sign of Four)である。そして1891年1月号から
       創刊されたストランド誌の編集者ジョージ・ニウンズがこれに目をつけ、読切り短編を依頼。
       これが
【シャーロック・ホームズの冒険】(The Adventures of Sherlock Holmes)である。

       なお、ホームズの鋭い観察力や驚異的な推理力、独特のユーモアは、ドイルが
       エディンバラ大学在学中の恩師
ジョセフ・ベル教授をモデルにしたと言われています。
       (これには他にもいろいろな説はあります。)

       1891年には医者をやめて作家として生きることを決意しホームズ物語を次々に出すが、
       ドイルはホームズにだんだん飽きてきて、1894年の
【シャーロック・ホームズの思い出】
       
(The Memoirs of Sherlock Holmes)の中で、名探偵ホームズの死を連想させるような
       描写をします。しかし、何百万人という読者からの抗議があったために、ドイルは
       「ホームズは非常に差し迫った危険の中で、実際には難を逃れていた」と説明し、
       1902年には、
【バスカヴィル家の犬】(The Hound of the Baskervilles)の中で、その実力も
       衰えることなくホームズを“再登場”させ、多くの人々を喜ばせた。(バスカヴィル事件は
       ホームズが亡くなる前の事件として出ていて、実際にホームズが“帰還”したのは
       
【シャーロック・ホームズの帰還】(The Return of Sherlock Holmes)の中にある、
       
【空き家の冒険】(The Empty House)であることを間違わないでほしい。)

       その後、1915年には、
【恐怖の谷】(The Valley of Fear)を発行し、
       1917年には
【シャーロック・ホームズ最後の挨拶】(His Last Bow)を発行、
       1927年に
【シャーロック・ホームズの事件簿】(The Case-Book of Sherlock Holmes)を出し、
       残念なことに1930年にドイルは没している。しかし、ホームズの人気は今も変わらず有り、
       現在でも最も有名で愛されている名探偵シャーロック・ホームズとして健在である。


       “ホームズ”シリーズの中で、作者ドイルの思い違いかどうかはわからないが、
       ミスをいくつかしている。例えば、【緋色の研究】ではワトスンはアフガン戦争で
       “左肩”に怪我を負うが、それ以降の物語では“左足”になっているし、
       【四つの署名】でワトスンはモースタン嬢と結婚していて、他の物語では、
       「これは私が結婚した直後の事件だが…」と年代がモースタン嬢結婚時とずれていて、
       ワトスンが数回結婚したことになっている。本当に数回結婚しているのか、
       ドイルの思い違いでそうなったのかはわからないが、ワトスン結婚問題は有名である。
       ホームズ歴が浅い僕でもいくつか「あれっ!?」と思うことがあるのだから、
       
シャーロッキアン(ホームズの熱狂的ファン)は、もっとたくさん知っているにちがいない。
       僕もどうやらシャーロッキアンへの道を少しずつ歩き出したようだ。


       さて、ドイル生前のホームズ人気は凄まじく(今も)、ホームズが住んでいたとされている
       ベーカー街221番Bを捜しに来る人もいたり、ホームズは実在の人物だと思い込み、
       実際ドイルに犯罪事件を依頼しに来る人もいたと言う。まったくすごい人気だ。



       こんな話も…。
       ある日、ドイルが行きつけの撞球室へ行くと、ボーイが、「これをドイルさんへ…」と言い
       小さな紙包みを置いていった人があると、ドイルに紙包みを渡した。

       開いてみると、1個のチョークが入っていて、ドイルはどこの誰だか知らないが、
       そのチョークを喜んで使うことにした。その後、球を撞くたびにチョークを使っていたが、
       それから数ヶ月たって、そのチョーク使っていると、ポロリとつぶれてしまった。
       おやっ!?と思い、見てみると中は空洞になっていて小さな紙が入っていた。見てみると、
       「
アルセーヌ・ルパンよりシャーロック・ホームズへ」
       念の入った“いたずら”をする人もいるものである…。

       ※アルセーヌ・ルパンはフランスで人気の神出鬼没の怪盗紳士である。
       著者はモーリス・ルブラン。作品には【遅かりしシャーロック・ホームズ】や
       【ルパン対ホームズ】と言ったホームズの出ている作品もある。
       まさに
モリアティ教授に並ぶホームズの天敵と言えよう。


Home