ややというか、かなり不定期の恐れあり。

2001年07月15日 23時31分14秒

 英検の試験監督をやってきた。

 もう最後のお勤めとか言ってたくせにまたやっている。
 いつもは教室監督なのだが、今日に限って受付。「こちらの受付にどうぞー」とか「4階控え室でお待ちください」とか、営業用トーク全開でずーっと喋りっぱなしだったので喉がイガイガする。
 でも、今日はなんか妙に待遇がよかった気がする。午前午後それぞれ仕事中にいつもはなかった飲み物のサービスがあったし(しかもリクエスト可)、おやつなんかも出たりして。
 なんかおかしいと思っていたのだが、噂によると今回を最後に当分試験会場としていつもの場所は使われなくなるらしいのだ。とある男子校なのだが、この校舎がかなりぼろい。そこでこの夏から新しく建て直すのだそうだ。
 なので、店じまいセール感覚でサービスしてくれたのではないだろうか。そうでなければ、ペットボトル入りのお茶が2本も支給されるわけがない。真冬の寒ーい日だってお茶なんか出なかった。先生、ありがとう。今日は暑かったから嬉しかったです。

 ちなみに今回もお弁当はうなぎ入り。

2001年07月14日 22時30分29秒

 いよいよ来るべきものが来た。

 何が来たのかというと、蚊である。夏の風物詩、蚊。ついに昨夜、寝ている間にやられた。しかも手足のみならず顔までも。もちろんあの「プー・・・・ン」という独特の不快な羽音も聞いている。
 そこで、キンカンを用意した。私はムヒでもウナクールでもなくキンカンを愛用している。昨夏購入したのがまだ残っていたので、それをやられたところに塗りたくった。
 アンモニアは蒸発しやすいし、1年経ったら品質が変化してしまうかもしれない。そう思っていたのだが、効き目には全く翳りが見られない。引っ掻いて食い口がキズとして拡大している時に塗るあの衝撃的な痛みも健在だ。しかもなぜか一塗りで出てくる量が半端ではない。ちょっと肌に触れさせるだけで滴り落ちるほど出てくるのである。

 心強いぜ、キンカン。今年もよろしく。

2001年07月13日 23時35分17秒

 髪を切った。

 私は贅沢にも原宿なんぞで髪を切っている。今流行りのお店の多い地域なので、値段もそれなりに張る。
 別に髪型にこだわりがあってそういうところに通っているわけではない。ただ単に駅に近いので迷子になりようがなく、そして適当に頼んでもそれなりにきちんとした髪型にしてくれるのでここ2年近く通っているのである。
 「地味で渋くなおかつ明るい茶色で」とか「リクルートカットで」とか、そんなわけの分からないオーダーが通るところはそうそうない。だいたいのところは髪型の見本みたいなのから選ばなければならない。はっきりいって髪型なんて似合ってればどんなのでもいいと思っているので、ひとつに決められるわけがないのだ。
 ほんの漠然としたイメージからきちんと形をつくってくれる今の美容師さんからわざわざ他の人に乗り換えるのもめんどくさいので、2時間かけて高い金を払って同じ所に通っている。

 激戦区の真っ只中で現役美容師としてやっていけているだけあって、私の担当の人も確かに上手い。今日自分の襟足を見てあらためてそのことを実感した。
 私はものすごい猪首だ。しかも、襟足の毛の伸びがやたらと速い。従って、私の襟足のカットはかなり高度な技術とセンスを要する。私に似合い、かつそのスタイルが維持可能な髪型をつくるのは非常に困難なのだ。
 今回の私の髪型は、全体的にずいぶんと切って短くなったのだが襟足がやや長めだ。前から鏡で見たときに「こんなに長くて大丈夫かよ」と思ったのだが、合わせ鏡で後ろを見たら見事にバランスの取れた長さになっている。
 ところが以前、私は微妙に襟足の長いショートカットをやられたことがあるのだ。全体的な長さは今の私と同じくらいだ。何が違うのかはよくわからないのだが、とにかく何かが違う。その妙な髪形は、例えるなら春一番の髪型が近い。あるいは、ヤンママの息子にこういう襟足はありがちだ。または、韓国のサッカー選手にもこういう人がいたような気がする。もっと言うなら、売れない女子プロレスラーにああいう人がいた。
 その美容師さんは良かれと思ってそうしたらしく、次に行った時に「この前みたいなやつはやめてくださいね」と言ったらかなりショックを受けてため息ばかりついていた。そんなこと言ったって、私だって嫌だあんな蝶野正洋みたいな髪型。
 
 そんなことを思い出し、あらためて相性のいい美容師は必要だと思った。

2001年07月12日 22時53分57秒

 ココナッツカプチーノという飲み物を飲んだ。

 私は基本的にココナッツミルクが好きだ。匂いも味も、あの南国風な甘ったるさが気に入ってよくデザートなどでも買って食べたりしている。
 しかし、香辛料と混じったココナッツミルクはダメだ。タイ料理とかのエスニック系でよくある。甘さとスパイスが絶妙にマッチして胸焼けを誘う。
 あるとき人と昼食をとることになった。特に仲がよいわけでもなく、従ってたいしてお互いのことを知っているわけでもない。そういう関係だった。たまたま目についたエスニック料理の店に入ったのだが、そこは見事にココナッツミルク・スパイシー料理を得意とする店だったのだ。たった一皿のスープが、飲み干せない。どうにも手が出ないのだが、かといって残すのも感じが悪い。結果的にちびちびと引きつった顔で口に含むという最も感じの悪い状態になってしまった。当然話の弾むムードではなく、それ以降その人からの連絡は絶えてしまった。
 学校の近所にタイ風カレーのお店があるのだが、そこもなかなか厳しい。本格的な味で評判もよく、事実お昼時などかなり混雑する。ただ、本場の味に近いがために猛烈に辛いのだ。そして例によってココナッツミルクが入っているのである。入ってないやつもあるのだが、辛くて手が出ない。辛さが星で評価されているのだが、最も辛くない2つ星のグリーンカレーはモロにココナッツミルク系なのだ。辛さとココナッツミルク、どっちをとるか悩んだ末に辛くないほうをとってしまう。
 そんなことならそもそもそんな店に行かなければいいのだろうが、私にも付き合いというものがある。以前に付き合いで行ったときには、連れは何とジンマシンを出していた。恐るべしココナッツミルクカレーである。

 卒業までにぜひ一度、辛さにめげずにココナッツミルクなしのカレーにチャレンジしようと思う。

2001年07月11日 23時17分06秒

 卒論計画書は一向に進んでいない。

 私を何よりビビらせているのは、1人あたり25分という持ち時間である。そんなに長い時間話すべき内容は今晩徹夜したとしても用意できそうにない。
 しかし、よくよく計算してみたらどうもおかしい。1人当たりを約30分として、何人が参加するかと考えたらおよそ15人。すると、必要になる時間は0.5×15=7.5、つまり7時間半必要になる。一方で、発表は10時開始。途中休憩なしで続けたとしても終了は5時半だ。
 だが、我々全員が参加しなければならない必修授業が2時半からあるのである。したがって、発表に当てることのできる時間は4時間半であり、1人当たりの持ち時間はおよそ18分。昼食休憩等をはさむとしたらもっと短くなるはずだ。やった!これならなんとかなるかもしれない!

 ところが代表者からのメールを読み返したら「授業終了後再開する可能性があるので5限の時間をあけておくこと」とのこと。ぬか喜びだったようだ。

 さっさと計画書を書くのが賢明なようだ。

2001年07月11日 08時14分24秒

 昨日の朝刊、私の中でのトップ記事。

 「私は一生ジャンパー」金総書記、熱く語る。

 「私はジャンパーが好きです。ジャンパーは動きやすいし、働くにも便利です。ジャンパーは私の気性に合います」と述べ、「私は一生ジャンパーを着ます」と熱く語った、らしい。
 この記事は「民主朝鮮」の「地味なジャンパー」という随筆が元らしいが、随筆の筆者は金総書記のこの発言に対して「何と崇高な意思が込められている言葉であろうか」と感動を露わにしている。

 つっこむポイントが多すぎて何をコメントすべきか分からなくなってくる記事だ。そもそもこの記事をわざわざ載せようと考えたこの新聞の意図がわからない。この記事が誰の役に立つのか。誰が必要としているのか。もっと他に世界には取り上げるべき事件があるような気がする。私のようにこういう記事に喜びを見出す人もいるだろうが、全国紙の国際面に、しかも写真つきで載せるほどのものだろうか。
 まあそれはともかく。確かに金総書記はいつも同じような服装であるということは私も気付いていた。しかし、あれがジャンパーだとは予想外だった。上手に表現できないが、私にとってジャンパーとはああいうものではない。彼が着ているのは私の中のカテゴリーでは「作業服」もしくは「ジャージ」に属するものだと思っていた。しかも、彼の趣味で着ていただけとは。
 さらに、「崇高な意志」というコメントもすごい。いくら自分たちの指導者の言葉とはいえ、「地味なジャンパー」だ。金総書記の言うことは私にも分かる。確かにその通りだ。彼がジャンパーを着続けることに私も全く反対するつもりはない。だが、そこに崇高な意志を感じ取れるかどうかはまた別の問題だ。
 もしも動きやすく働くのに便利で自分の気性にあうものを愛用することが崇高な意思とつながるのなら、私の愛用の短パンにも崇高な意志を感じ取ることができるはずだ。
 赤い短パン、略して「赤パン」。私は小学生の頃からもう10年以上にわたってこの短パンをはき続けている。短パンであるからもちろん動きやすく働きやすい。気性に合っていなければ10年もはき続けることはできないはずだ。
 しかしながら、長年の酷使によってさすがに色褪せ、ほつれ、ボロボロになってきた。母親はこれが気に入らないらしく新しい短パンにはき替えることをしきりに勧めてくる。ついに母親自身が既成事実を作ろうと新しい短パンを買ってくるに至って、私も観念しかけていた。
 だが、この記事を読んで考えを変えた。私は赤パンをはき続ける。なぜなら赤パンは動きやすく働くのに便利で自分の気性にあうからだ。そしてそこには崇高な意志が存在するのだから。

 いくら母親が嫌がってもしょうがないじゃん。崇高な意志があるんだからさ。

2001年07月09日 23時09分41秒

 暑い。

 パソコンの前にいると熱い空気が漂い出てくるのを感じる。これが放熱ってやつか。

 放熱だったら一種の自然現象でありそれはそれで構わないのだが、そうでない恐れもある。
 もしかしたらコンセントがチリチリしているのかもしれない。老朽化の進んでいる我が家はもうすでに3箇所のコンセントが火花を発している。次に来るのが私の部屋でないという保証はどこにもない。あいにく机の配置上コンセントが見えないので放ってあるが、ちょっとまずい事態になっているのかもしれない。
 
 さらに高確率でありうる事態は、パソコンがいかれているということだ。私のパソコンはセットアップして5分でCD−ROMが出てこなくなったのを手始めに、数々の故障を経験してきた。そのおかげで故障に対して「またかよ・・・」以上の感情を抱かなくなってしまった。もしも中で何かが黒焦げになってたりしても、「ああ、やっぱりね」と納得してしまうようなパソコンなのだ。
 ひょっとしたらおおごとなのかもしれない。この放熱だって、私は他のパソコンがどれだけ放熱するのかも知らないし、他の人がこのパソコンを触ったこともないんだから正常な発熱具合なのかどうかも分からない。
 さらに、もし異常だったとしても直し方なんか分からない。今までのあらゆる故障を解決してきたのは私ではなく時間だ。故障の多さにもかかわらず私のスキルは全く伸びていない。大丈夫なのか、来年からコンピューター関連会社に勤めるのに。それ以前に秋には情報処理の試験が待っているのに。このパソコンに対する投げやりな姿勢。
 
 複雑な問題はとりあえず待ってみる、と考えるのは私の長所なのか短所なのかと思っていたが、どうやら短所なようだ。

2001年07月08日 23時34分43秒

 勉強しなければならない。

 メールで卒論計画書の概要が送られてきた。木曜日に発表だそうだ。それまでに、卒論の内容についてびっちり固めていかなければならない。
 それを同じゼミの人の中で発表しなければならないのだが、持ち時間が発表15分質疑応答10分となっているのである。

 そんなに話すことなんかあるわけないだろう。

 だいたい年明けの、公式行事としての最終的な卒論発表会だって持ち時間は質疑応答含めて30分ぐらいだったはずだ。それとほぼ同等のことをこの夏休み明けにやれと。
 
 しかし、発表をやるだけならまだいい。問題は、私がおそらくトップバッターであるということだ。最初に発表する人間は不利だ。みんな最初の人間の発表を聞いて時間や内容の見当をつけたり心の準備をする。最初の人間はそれができない。
 私の苗字はあ行である。学籍番号も同じゼミの中では先頭だ。たぶん、安直にも学籍番号順に発表していくだろうということは今までの流れから十分予測できる。
 だいたい、出席番号が最初で得することなんかちっともない。小学生の頃から貧乏くじだ。歌のテストも笛のテストも一番最初だった。スポーツテストだって、身体測定だって、注射だって、日直だって。みんなみんなトップバッターはあ行の人間だ。
 最も許せないのが、授業中の指名だ。4月の最初の授業、かなりの高確率で番号順の頭の人間が指名されるのだ。特に私は高校が大学の附属校で、年間百数十人の教育実習生が来た。そいつらのほとんどが名簿順で指名しやがるのだ。
 「酒井」とか「田中」とか「中村」とかにはこの苦しみはわかるまい。だから平気で名簿順に指名なんて言う非人道的なことができる。
 私は今年教育実習に行った同級生たちに、名簿順に指名するのだけはやめてくれと頼んで回った。少しでもあ行の高校生たちの役に立てたのなら幸である。

 私はここに宣言する。あ行の人間とは決して結婚しない。社会人になろうという今、もはや名簿順に指名されることなんてないだろうけど。

 名簿順の恨みはそれほどまでに深い。

2001年07月07日 23時37分00秒

 アルバイトをすることになった。

 マンガ喫茶だ。マンガ喫茶そのものは好きだし、そこで働くことも異存はない。そもそも自分で選んだ職場だ。喜んで働こうではないか。
 しかし、面接を終えて結果待ちの間に、ちょっとこれはどうだろうかと思えるポイントがい出てきた。

 まず、遠い。自宅から、徒歩の部分を含めると片道1時間20分ほど。果たしてこんな遠くで働く必要があったのか。
 しかしまあ、これはあらかじめ分かっていたことだ。実際現地に行ってみてその遠さを実感したというだけのことである。第一、私は片道2時間半かけて学校に通っているのだから、この程度はまだまだ近い方だといえなくもない。
 問題はもうひとつ、職場の周辺の環境だ。なんというかこう、都内でいうなら歌舞伎町のような場所なのだ。小さなビルに外国人バーがいっぱい入ってたり、何とかマッサージみたいなお店があったり。
 私はそういうところに生まれてこのかた行ったことがない。その一方で、大沢有昌とか北方謙三とかその手の小説は少なからず読んでいて、妙な偏見がある可能性も否めない。
 しかし、やっぱり本音を言えば怖い。特に夜勤になったらどうしよう(24時間営業)。夜になればその地域の外国人の割合はぐんと増加するに違いない。すると必然的にマンガ喫茶の客にも外国人が増えることになる。英語でベラベラッと話し掛けられたりしたら。
 ああ、こんな事になるなら高校の時英語の外人教師に授業中に理解不能なほどの早口英語でド叱られたくらいで挫折せずに英会話を練習しておけばよかった。
 就職の際にTOEICを受けているので、書類上は人並みに英語力があることになっている。しかし、英語力≠英会話力である。私の英会話力なんてゼロに等しい。TOEICにスピーキングなんてないんだから。
 想像するだに恐ろしい。ほんとに私はやっていけるのだろうか。もし私が途中でやめるとしたら、英語が話せないことが原因だ。

 どうやら私が怖いのは周囲の環境ではなく英語のようだ。

2001年07月06日 23時52分48秒

 歩いた。

 何気ないごく普通の家の塀に、なんだかわからないが箱らしきものがくくりつけてあった。近寄って見てみたら、小泉首相のポスターだ。1枚50円。話題の品がこんな身近で手に入るとは。
 けっこう売れてたらしいが、ああいうのって、どういう人が買うんだろう。そもそも私は部屋にポスターを貼る習慣がない。本棚や服で埋め尽くされてスペースがないからだ。
 つい最近、生まれて初めて部屋にポスター(ザ・メキシカンのブラッド・ピットとジュリア・ロバーツ。エドウィンのGパンのおまけ)を貼ったが、それとてもせっかくもらったのがもったいないという理由であり、積極的に貼りたいとは今でも思っていない。
 あのポスターを買う人も、家の塀に貼ってあるのを見たことなんてないから部屋の中で貼っているんだろう。
 小泉首相なんて、歌手でもアイドルでもなく、政治家よ。もうすぐ参議院議員選挙だが、特定の熱狂的なまでの支持者支持政党があるならともかく、選挙の時のポスターを自宅のしかも自室に貼る人なんて普通いないだろう。小泉ポスターを貼るってことはそれと同じことだと思うんだけど。

 50円という値段も微妙。
 

2001年07月05日 21時29分42秒

 筋肉痛情報続報。

 いまだ筋肉痛は続いている。階段を下る時はへっぴり腰。地下鉄の駅にエスカレーターがないので、贅沢にもバスを使ってしまった。
 そんな状態でもそこそこ走れる。走っている最中はなぜだか知らないがそんなに辛くない。ただ、こんな筋肉がピシピシいっている時に果たして走ってもいいものだったかは不明。筋肉以外のところが痛くなりそう。
 
 さて、今日は走る際にルーズソックスを履いてみた。ソニプラなんかで売ってる、1800円のやつだ。今は2000円とかのもあるらしいが、私が現役高校生の時は1800が最高だった。何しろ1足1800円、もったいなくて捨てれずにとっておいたのだ。
 これには1.洗濯物が乾かなくて靴下がなかった 2.分厚い靴下を履くと靴擦れが防げるのではないか 3.厚いのでふくらはぎの更なる発汗が期待できるのではないか 4.高校生当時のフレッシュな気分が蘇るのではないか という4つの理由があった。
 結果としては、少しは効果があったかと思う。しかしそれ以上にあの靴下の重さが文字通り足を引っ張った。重いって。鉄下駄を履くのと同じ感覚で、トレーニングだと思えば納得できなくもなくもないかもしれない。
 何よりショックだったのは、ソックタッチを使わずにふくらはぎで留まってしまったこと。しかも走っても一向に落ちてこない。昔はソックタッチで留めておかないと足首にかたまってしまったはずだ。そんなにふくらはぎが成長していたとは。ショック。

 このショックが明日からの動機付けになりそうもないのがなおさら辛い。  

2001年07月04日 21時19分59秒

 筋肉痛が凄まじい。

 なにしろ、トイレに入って一度座り込んだら立てないのだ。出すものを出し切って、すっきりさあ立ち上がろうと思ってもなかなかそうはいかない。「よっこらどっこいしょ」などという掛け声と共に気合を入れて立ち上がる。
 また、階段も辛い。上りはともかく、下れないのだ。ひざに力が入らないものだから、どうしても不出来なロボットのようにカクカクと下りることになる。
 痛いのは足だけではない。背中や腰など、日頃動かすことの少ない部分に覿面にクる。なかでも尻外側筋がとても辛い。もしかしたら筋肉痛ではないかもしれない、筋違え系の鋭い痛みだ。

 翌日にきちんと筋肉痛が来たということで、とりあえず筋肉的にはかろうじて中年レベルまでは老化していないということが証明できた。
 問題は回復力だ。昔から私は回復力が著しく劣っていた。なんでも毛細血管が発達してないらしく、疲労物質乳酸が抜けないんだそうだ。
 明日私が走ることができるかどうかは、ひとえに外へ出るために階段を下りれるかどうかにかかっている。

 そもそも朝起きれるかどうかということは考えないことにする。

2001年07月03日 20時56分30秒

 思うところあって、近所を早起きして走ってきた。

 朝4時起きで、昔私が体育会系だった頃愛用していたソックスまで持ち出してくる気合の入りよう。
 歩いて数分のところに高校がある。そこの周りを走ることにした。かつてトレーニングの一環で学校の外周をひたすら走った、その情熱が蘇ってくるのではと思ったからだ。

 しばらく走ってわかったことは、ものすごく体がなまっているということだ。かつてのようなキレはなくなっているであろうことは予想していたが、これほどまでとは。ちょっとショック。
 息がほんのちょっと走っただけであがる。足なんか全然動かない。走った距離より歩いた距離の方が全然多かった。
 これでも若い頃はそれなりに走れたのだ。持久走だって、そりゃあ速くはなかったけど平均的なスピードは維持していた。なにより、元体育会系としては持久力がなければ部活なんてやってられなかったんだから。
 かれこれ5年ぐらいろくに運動しない日々が続いたんだから、走れなくて当たり前といえば当たり前だ。昔と変わらず走れる方がおかしい。
 かつての体のキレを取り戻す。それがこの夏の目標だ。これは大マジ。ただ、もうすでに筋肉痛が来てるので明日サボる可能性大。

 精神的な持久力がまず必要か。

2001年07月03日 00時05分30秒

 街で見たもの。

 とあるデパートで、「大ヒロ・ヤマガタ展」がやっていた。
 ずっと前から同じデパートで、同じ画廊が主催してやり続けてたような気もする。
 ただし、以前は「ヒロ・ヤマガタ展」であって、「大」なんてついてなかった。
 時間が経過して実際に規模が大きくなったわけではない。むしろ小さくなっている。
 もともとさして広いスペースではなかったが、さらに狭くなって知らなければ見過ごしてしまうような、ごくごくこぢんまりとしたスペースに押しこまっている。
 大学のサークルの展覧会だってこんな狭い場所ではやらない。 
 ヒロ・ヤマガタがこれを見たら怒るだろうか悲しむだろうか。

 私だったら、まず脱力する。それくらいのグレードダウン。

2001年07月01日 23時12分52秒

 地元のスーパーに出かけた。

 そこでおつかいのついでに「菓子工房 ミニクッキー 140g100円」を買ってきた。なぜそんなものを突然買ってきたかというと、その形に見覚えがあったからだ。
 花とか楕円形とか、シンプルな形の直径2cmほどのクッキー。これは、私が幼稚園の時おやつで出てきたものなのだ。
 しかしなぜそんなものを今まできちんと記憶しているか。それは普段の授業(?)ではおやつはなかったからだ。
 何らかの事情で親が帰宅時間に外出中の場合に限り、「お残り保育」があった。早く家に帰りたい、お腹を空かせた幼児をなだめすかすために例外的におやつが与えられたわけだ。それがこのクッキーだったのである。
 我が家は別に共稼ぎだったわけでもなく、兄弟がとりたてて病弱だったわけでもない。お残り保育になることなんて滅多になかった。生来の意地汚さに加えてその状況の特別さ、ある意味ハレの場であるということがクッキーについての記憶を私の脳裏に焼き付けたのだと思われる。
 久しぶりに食べたそのクッキーは、140g100円のクッキー以上でも以下でもなかった。ごくありふれたお菓子だ。記憶の焼きつき具合に似合わず、平凡な味。

 そういえば、私が地元の駅まで行く道沿いに私が通ったのではないもうひとつの幼稚園がある。去年までは授業の関係上朝早くそこを通っていたのでわからなかったが、最近は重役出勤だ。それで気付いたのだが、幼稚園の時間が終わるとみんなお母さんたちが子どもを迎えに来ているのだ。
 私が幼稚園に通っていた頃はそんなことはなかったと思う。子どもたちだけでぞろぞろと家に帰ってきていた気がする。
 親に聞いてみたら、確かにそうだったらしい。「このへんはそういう習慣になってるのよ」とのこと。
 悪いことは言わない、今でもその習慣が続いてるなら即刻改めた方がいい。なんだかわけのわからない人がわけのわからない事件を起こす世の中だ。

 ま、この辺から幼児がいなくなる方が早いか。過疎・高齢化の進む田舎町。
 

2001年07月01日 00時27分32秒

 雨が降った。

 こんな日は外出する気にもならない。そこで、部屋の大掃除をしようと考えた。
 私の部屋は狭い。部屋の大きさ自体は4畳半で、まあ集合住宅に住む家族の末っ子としては
不当な狭さではない。問題は部屋の中に置かれているものたちだ。
 本棚が2つ、テレビ、CDラジカセ、机(パソコンが置いてある)、ベッド、洋服掛け(クローゼットなどという洒落た代物はない)。これらのものを、かなりしっかりと計算して部屋に押し込んでいるのである。
 ただ置ければいいというわけではなくて、例えば押入れの扉が開けられるだけのスペース、椅子を引くだけのスペース、コンセントの周りのスペース、窓や出入り口を塞がないためのスペース、などなど物を置く以外のスペースだって必要なのだ。それらをきちんと計算した、我ながら見事だと感心する配置が今の私の部屋なのである。
 
 ただ、掃除のしにくさも抜群だ。込み入った家具の配置であるがために、隅の方まで行き届かないのである。しかも、床面積が極めて狭いために掃除機のかけがいがないような気がして仕方がない。いや、それは単なる気のせいで、思い切りかけるべきなんだろうけど。
 やだなーやだなーとうだうだしているうちに、1日は過ぎてしまった。嘘のようだが、今日できたことは枕元の本を片付けたことだけだ。いくらなんでもこれはどうかと思う遅さだ。
 まあいい、どうせ明日も明後日も暇なんだ。そんなに急いだらやることがなくなってしまう。ゆっくりじっくり着実に。就職活動の面接の時だって「粘り強さが持ち味です」ってアピールしたじゃないか。

 言い訳であることは自分が一番よく知っている。

2001年06月30日 01時41分56秒

背中ににきび発見。

 しかもかなり根のしっかりした、ハードなやつだ。触ってみると、確かな感触。触ることはできるが潰すことはできない。この微妙な距離感が背中にきびの厄介な点だ。
 しかしこんなに育ちきるまで気付かないとは、ずいぶん成長の早いやつだ。昨日はこんなのなかったと思う。
 私の肉体はすでに老化傾向にあると思っていたが、意外と若さが残っているのかもしれない。青春のシンボル、にきび。それを瞬く間に育む私の細胞たち。
 
 問題は、今は深夜であり、これから寝なければならないということだ。真冬ならともかくこの蒸し暑い夜に、ひとつの体勢を保って寝ることができるわけがない。いや、真冬でも無理かもしれない。
 押しつぶされるにきび。飛び散る血、膿。ヒー!
 
 想像するだに痛々しいが、たぶんそんな程度のことでは起きないであろう熟睡型の自分に乾杯。

2001年06月29日 00時28分49秒

 映画の試写会の招待券を手に入れた。

 どうせ当たりっこないという軽い気持ちで応募したものが、意外にも当たってしまった。普段アンラッキー気味で抽選なんかに当たったためしのない私にはかなり稀なケースだ。
 ちょっとドキドキしながら封筒を開けて、中から出てきたのは「ドクタードリトル2」。

 かなりの嬉しくなさ。

 いや、確かに申し込んだ記憶はある。間違ってうちに送られてきたわけではなく、私が正当な当選者だ。
 だが、私は別にドリトルが好きなわけでもエディーマーフィーが好きなわけでもない。好きな人には申し訳ないが、平日の夜に見に行く気にはとてもじゃないがなれない。
 いや、暇なことは暇なんだけど。暇なんだけど、これを見に行くぐらいならうちでゴロゴロしていたい。
 でも、きっと私はこれを見に行く。しかも誰も巻き添えになってくれないために、たった1人で。何しろ貧乏性なもので。

 目下の懸念はこれで運を使い果たしたのではないかということ。

2001年06月28日 00時02分29秒

 揚げパンを食べた。

 最近コンビニで「懐かしの給食」みたいなコンセプトで揚げパンが売っている。私も小学生の頃食べた覚えがあるし、当時かなりの好物だった。
 懐かしさにつられて買ってみた。食べてみた。

 ・・・・・違う。

 私の食べた揚げパンはこんなパサパサしたやつじゃない!かつて食べた揚げパンはもっとジューシーだった。しかもそれはパンがしっとりしてるための水分という意味ではなく、揚げ油のジューシーさだ。油で揚げているというよりもむしろ油につけてあると言ってもおかしくない、子どもの健康なんてこれっぽっちも考えてると思えないあのジュワッと染み出る油こそが揚げパンの揚げパンたるゆえんではなかったか。
 だいたい、砂糖味とココア味っていうのはどういうことだ。ココア味なんていうハイカラな味は揚げパンにふさわしくない。揚げパンにはきなこだろう、きなこ!

 それともうちの地元以外ではドライな揚げパンが、ココア味の揚げパンが主流なのだろうか。そんなはずはないと思いつつも、いまいち自信がない。
 私の地元は何といってもチーズパンの出る地域だ。チーズパン、ミスタードーナツのチーズマフィンのような、角切りチーズが入ったりしてるようなかわいらしいものを想像してはならない。給食にありがちな味気ないコッペパンに、パスタなんかにかけるあのパルメザンチーズの賞味期限ギリギリのうまみも何もあったもんじゃないやつの味をつけたようなやつだ。はっきりいってものすごくまずい。
 あれから10数年たったが、いまだにあの味ははっきりと覚えている。お世辞にも給食がおいしいとはいえない土地柄だったが、文句なしにあのチーズパンがダントツでワーストワンだった。

 チーズパンのことを思い出しているうちに、コンビニの揚げパンのまずさなんてどうでもいいことに思えてきた。

2001年06月27日 02時46分59秒

 飲みに行ってきた。

 女ばかりでうじゃうじゃと。
 女ばかりだったのには理由がある。その飲み屋のレディースデーとやらで、女性の団体はワインとカクテル、サワーが1杯100円だったのだ。
 いかにアルコール分が少ない安酒とはいえ、缶ジュースが1本120円の時代にこの値段はお得のはずだ。そういうわけで、飲むことに関してはやりたい放題のいい環境だった。

 今回私がデビューを果たしたものがある。カルーアミルクだ。
 もうそろそろ学生生活も終わりが見えてくる頃だが、今まで私はこれを頼んだことがなかった。いや、頼むことができなかった。
 本当は、甘ーいお酒が好きなのだ。だって、飲みやすいもん。甘いものも好きだもん。他の女の子と同じように。さしてお酒が得意なわけでも味覚が大人なわけでもない私にとってカルーアミルクはまさにうってつけだ。
 でも、頼めなかったのだ。「カルーアミルク1つ」と、こんな簡単なセリフがどうしても言えなかった。「カ」と喉にでかかって、でも結局「生中1つ!」と叫んでしまっていたのだ。
 しょっちゅう「侠気に溢れてるよねー」と言われるからそうなってしまったのか、それとも「生中1つ!」と叫ぶような振る舞いが周囲に侠気をイメージさせてしまったのか。卵と鶏の関係に似た、こんなことは追求しても意味ないことだ。
 とにかく、1杯100円のメニューにビールが入っていなかったことと周りが女ばかりで皆がバンバンカルーアミルクを注文していたことの力を借りて私もカルーアミルクデヴューを果たした。

 7年程前に挫折した「乙女チック計画」、復活か。

2001年06月25日 00時51分28秒

 散歩をした。

 自分の家の近所でも、意外と足を踏み入れてない場所があるものだ。整然と家が並んだ住宅地とかなら別だが、うちのように自然が豊富な地域には「行く必要がない場所」がかなりある。
 例えば駅であるとか商店街であるとかはほぼ毎日のように足を運ぶが、そういった地域とは逆側の田んぼなどにはそう滅多に行くものではない。
 そこで今日は、雨も降りそうにないことだし、約12年ぶりに普段と逆側に足を伸ばしてみることにした。
 
 全く行ったことのない場所は怖いから、かつて使ったことのあるコースを辿ることにした。我が家の最寄り駅から2駅先の駅が終着点である。
 この駅まで昔は自転車で出かけたものだ。長い上り坂があって、子どもにはかなりきつかった覚えがある。しかし、泣きが入るほど遠くはなかったから散歩には適したコースのはずだ。

 案の定、迷子になった。
 自分でもある程度覚悟はしていたが、こうもあっさりと予想通りに方向がつかめなくなると情けなさはひとしおだ。
 敗因は、太陽である。太陽さえ出ていれば仮にも地元、方角がつかめてなんとかなったはずだ。
 それからもうひとつ、道。さすが区画整備などこれっぽっちもされてない田舎道、まっすぐな道なんてほとんどない。交差点ですら直交していない。おまけに歩道も少ない。
 ここが晴れた日の京都だったら、間違いなくスムーズに目的地にたどり着けたはずだ。私は高校の修学旅行で京都に行ったのだが、神社仏閣はほとんど見ずにひたすら散歩三昧だった。全く見知らぬ土地で地図もなしに無事スタート地点に戻れたのは、ボーイスカウトチックな方角判断能力と整備された区画のおかげだ。
 だがあいにくここは誰もが「おまえすごい場所に住んでるなあ」とコメントするほどの魔境だ。そして、梅雨の真っ最中の超曇天。
 結局2時間ほど歩いただろうか。バス通りを発見して目的地にはたどり着いた。しかし、通ってきたコースには長い上り坂なんてなかったし、昔通った道にバスなんか走ってなかった。
 
 目的地の駅前のドトールでコーヒー飲んで、電車で帰ってきた。後に残ったのは足のむくみと「裏道なんて通らなくても電車で3分だ」という認識。

2001年06月23日 22時19分54秒

 世の中面倒くさいことが多い。

 今一番面倒くさいと思うのは、クレジットカードだ。
 我が家もいよいよADSLを導入しようと計画中で、それに伴ってプロバイダーも乗り換えるつもりでいる。
 なぜクレジットカードを持っていないと入れないところがこんなに多いのだ。お金なんて確実に払えれば文句ないわけでしょ。それなら振込みでも振替えでもいいじゃないか。
 世の中の人間はみんなクレジットカードを持ってるもんなのか?というか、みんなクレジットカードの使い方をマスターしてるのか?
 
 実は私もカードを持ってはいるのだ。バイト先の身分証明書として、何がなんだかわからないうちに作らされていたのだ。カード会社からDMのようなものが先日来たところをみると、今でもまだきちんと使えるんだと思う。
 ただ、使い方がわからん。なんだかよくわからん細かーい字で書かれた説明書を何枚ももらって、それを一応読んだのだが、さっぱりわからない。お経の方がまだ読みやすいし理解可能なんじゃないだろうか。
 だから私はそのカードを一度も使ったことがない。カードにサインすらしていない。
 世の中の人間はみんなあの経典を読んで理解してるのか。そう思うとなんだか周囲の人間がやたらとすごい存在のように思えてくる。
 中学の時の同級生Hさんは、私よりも数年先に就職して社会人になった。3年ぐらい前に久々に再会した彼女はごく普通に何気なくカードで買い物をしていたが、それを見たとき彼女と私のと間にある大きな壁を感じた。ああ、彼女は大人になったんだ。
 
 とりあえず社会人になるに当たって、クレジットカードの説明書をもう一度読み直すことにする。

2001年06月22日 21時53分15秒

 新聞を読んだ。

 うちは朝日新聞を取っているのだが、今日の夕刊に目をひかれる記事が。「どっとデジタル」というIT技術の欄に、「ゲーム感覚で注文 ハイテク外食」という見出しで載っていたやつだ。
 リモコンで注文、パソコンで注文、さらにタッチパネルで注文など、いろんなシステムができて簡単に注文ができるようになってきてますよという話だ。
 これは私が以前から提唱してきていた「バーコードファミレス」と合通じるものがあるではないか。
 バーコードファミレスとは、メニューにバーコードを、テーブルに読み取り機とディスプレイを設置し、データを直接厨房に送れるようにしたファミレスのことだ。
 これによって、「すいませーん」とウェイトレスに呼びかける勇気と手間も、押しても反応がなく呼び出しボタンが壊れてるんじゃないかというイライラも解消できる。
 周りの誰もが「ふーん」とか「へえ」とかいう気のない反応でも、私は熱弁を振るった。自分ではかなり有効なアイディアだと今でも思っている。すぐにでも実用化に向けて動き出したいぐらいだが、あいにく私とファミレスとの接点は全くないので計画段階にとどまっている。
 
 ただし、このアイディアは私の完全オリジナルではない。15年近く前に入ったお店のシステムが元になっている。そのお店は、「バーコード寿司」だった。メニューを読み取ると板前さんが握ってくれるのである。まさにバーコードファミレスのシステムそのままだ。
 15年前なんて、ITのあの字もなかった時代じゃないだろうか。そう考えると、あのお店は時代のものすごく先を行っていたことになる。
 おそらく先に行き過ぎたのだろう、今ではそのお店はもうない。私も行ったのは1回だけだ。いつ閉店したのかもわからない。友人に聞いてもみなそんなシステムの店は聞いたことがないと言うから、チェーンで展開するほど栄えもしなかったのだろう。
 
 現れたのが今だったら、ITブームに乗ってものすごく繁盛したかもしれないのに。惜しいなあ。

2001年06月21日 23時50分34秒

 学校に行った。

 山手線に乗っている最中、何とはなしに車内の吊り広告を見ていた。
 某女性週刊誌の広告が、小泉首相に関する記事をやたらと大きなフォントで紹介しているのが目に飛び込んできた。初恋時代だなんだという過去掘り起し系の記事らしく、甘い記事内容をイメージしてか背景は目に痛いほどのピンクだ。
 その記事が仮にも一国の首相たる彼のことを「純ちゃん」呼ばわりすることは別に構わない。親しみやすさを前面に打ち出す彼にとっても望むところかもしれない。
 だた、ごくごく小さくではあるが「59」と年齢が書き加えてあるのはどうだろう。吊り広告の見出しには必ず人名の脇に四角く囲って年齢が書いてある、あれだ。
 「純ちゃん(59)」。年齢さえ書かなければ若かりし日の首相を色白美形少年純ちゃんとして想像できたかもしれない。だが、「59」と書いてしまえば想像するのは「純ちゃん」と呼ばれる60近いおっさんの甘い恋物語だ。
 いや、いくつになったってちゃん付けで呼ばれたっていいんだけど。いくつになったって甘い恋物語があっていいんだけど。妙に客観的に年齢が書き加わることで、せっかくの甘いイメージは台無しじゃないだろうか。
 初恋時代だなんだということよりも、「59」の持つ破壊力の方がよっぽどか私にとって驚きだ。

 それとも一般的には「純ちゃん」と「59」の間にそんなにも断層を感じてしまう私の方がちょっとどうだろうという感じなのか。

2001年06月20日 22時23分26秒

 ダンサー・イン・ザ・ダークを(いまさらながら)見た。

 いい映画だった。感動した。見終わったときには心拍数が上がっていた。
 だが、長かった。140分。(と書いてはあったが、そんなになかったような。)
 私の集中力が持続する限界は60分だ。学校の授業は1コマ90分だが、途中で必ず「あっ、集中力が切れた」と感じる瞬間がある。そのときに時計を見ると、不思議と授業開始から60分たったあたりなのである。
 どんなに興味のある授業でも、この集中力が途切れる瞬間は必ずやってくる。したがって、私の集中力の限界はこの辺にあると思っていいだろう。
 
 これも一種の体内時計であろうか。60分1サイクルだから、ちょうどキリがいい。何かに利用できそうな気がする。
 例えば無人島に漂着した時。時計も何もない。救助が来るまでここで暮らさねば。どれだけここにいるのかわからないから、時間を計ることは重要だ。よし、めいっぱい集中して基準となる1時間を測定しよう!
 が、集中力の途切れたあとには疲れきって腑抜けた私が残るだけ。1時間を計るほかには何の特技もない。
 それに、星や日時計を使った方がよっぽどか性格で細かいデータが取れる。集中力時計の使えなさが浮き彫りに。

 無人島で行き倒れている自分の姿が目に浮かぶ。

2001年06月20日 00時11分13秒

 DVDを見た。

 近所のTSUTAYAで今旧作が半額で借りれるので、前々から見たいと思っていたやつを借りてきた。なんだかよくわからないが何かの会員になっているので、imodeの画面メモでクーポンを見せると期間限定で安くなるのである。
 何を借りてきたのかといえば、「TOYSTORY」「TOY STORY2」。いまさらではあるが、ずっと気になってはいたのだ。2つあわせて800円近くも出して借りたいようなものではないが、半額ならば喜んで借りる。
半額セールになるたびにTSUTAYAにいっていたのだが、いつも先客がいた。
 そこで今回はクーポン利用開始日の昼間に、暇を持て余している学生の特権を活かして借りに行ったのだ。

 なかなかいい映画だった。ホロリ泣かせるところもドキドキするアクションも、きちんと盛り込まれている。私好みだ。
 人形の世界を描いたのがポイントだったのか。人間が主人公のアクションはもう大体かなりとんでもないことまで実行済みである。人形の視点で見るがゆえに、客観的に見たらごくありふれたところで行われているはずのアクションに新しさを感じることができるのだと思う。
 1と2に共通して言えるのが、落ち込んだり傷ついたりした時の寂しい表情だ。これが一番感情豊かに表現されていたと思う。この表情は、普通の人形にはない。それが丹精に表現されていたからこそ、人形に感情を持たせるという想像上の出来事にリアリティーがより多くうまれたのではなかろうか。

 こういうのを見ると、古い人形が捨てられなくなる。 

2001年06月18日 22時16分53秒

 夢を見た。

 モーニング娘。に新メンバーが加入するのだ。今回は1人だ。
 その子は、はっきりいって顔かたちは美形ではない。二目と見られないほどひどくはないが、とてもじゃないがオーディションを勝ち抜いてきたようには思えない。「こいつが芸能人?しかもモーニング娘。?」とコメントせざるを得ない女の子だ。
 しかし、その顔を補ってなお余りあるのが彼女の体だった。見事なプロポーション。ただし、例えば藤原紀香であるとか優香であるとか、そういったナイスバディ系ではない。出過ぎず引っ込み過ぎずの、ややフェロモンが希薄な体つきだ。
 私は「巨乳はバランスを壊しせっかくのプロポーションを台無しにする」という考えの持ち主だ。夢に出てきた彼女はまさに私好みの体つきといえよう。
 私の夢の中の世界だから、オーディションで通る人も当然私好みの基準で通っていると考えるべきだろう。私は顔つきよりも体つきを重視する。彼女はその体の美しさを評価されてモーニング娘。入りを果たしたのだ。
 その彼女の歌番組初登場は、こともあろうに生放送のミュージックステーションだった。初舞台に、彼女は緊張しきっていた。もともと余り気や自己主張が強そうでない、何でモーニング娘。に入ったのかわからない感じの子だ。不安でタモリとのトークにも身が入らない。見ているこっちも手に汗を握る。
 歌が始まる。みんなで歌う、踊る。さあ、彼女のソロパートだ。さあ、がんばれ、笑え、歌え!
 しかし、彼女は歌詞を間違えた。それだけならまだしも、頭の中が真っ白になったのか歌うのを止めてしまった。それに加えて、スタジオから駆け出し、そのまま行方不明になってしまったのだ。
 
 そこで目が覚めた。
 
 

2001年06月17日 21時07分43秒

さっそく更新滞りがち。

 今日は英検の試験監督をやってきた。試験の時期になると学校の学生課にアルバイトの募集の掲示が出る。かなり人気があるので、すぐに売切れてしまう。タイミングが合えば申し込むことができる。
 運がいいのか、私は1年生の時から何度もこのアルバイトにありついている。しかも同じ会場でやっているので、かなり勝手もわかってきた。しかしそろそろ卒論だなんだで忙しくなってくるので、これが最後のおつとめかもしれない。
 たいした思い入れがあるわけでもないが、ごく微量の感傷を胸にしつつ日曜の朝早く、オール明けの若者と釣りに行くオヤジ、部活の試合を控えた中高生と共に電車に揺られ会場へ向かう。
 
 120分間立ちっぱなしであるとか会場に受験者が6人しかいなかったとか男子高校生は集団になるとサル山のサル同然だとか、思うところは多々あれど、最も心に残ったのはお弁当だ。
 このアルバイトのいいところは、昼食が支給されることだ。ちゃんとしたお弁当屋さんの、けっこういいお弁当だ。私はこれが楽しみでしかたない。
 が、今日のお弁当はちょっとどうかという感じだった。ご飯の上にうなぎが乗っていた。私はうなぎが好きだし、このこと自体は大歓迎だ。
 問題は、おかずだ。うな丼の横には特大の白身魚フライがあった。一言で言うなら、「そんなには食えん」。
 うなぎだけなら、またフライだけならおいしくいただけただろう。フライだって大好物だ。
大好物であるだけに、どちらもエンジョイできない悔しさはひとしお。
 「とんかつじゃなかっただけましだ」と考えて、心を慰めろというのか。激しい胸やけにこれもまた好物のマグロ山掛け(夕食)が満足に食べられなかったことはどうなる!
 
 別にどうなるもこうなるもないんだけど。

2001年06月16日 00時46分59秒

 学校の友人と飲みに行った。学生の特権をフルに活かし、開店早々のまだすいている時間に席をキープ。
 案の定しばらくしてから混み始め、店を出るときには店外で待っている人がかなり。みんな金曜の夜は飲みに行くもんなんだという事を実感。
 割と地元に近いところで飲んでいたのだが、やはり飲むなら近いところの方がいい。学校の近くなんかで飲むと、家からかなり遠いので帰ってくるのに一苦労も二苦労もしなければならない。
 終電の時間を計算して宴酣のところを抜け出さなければならないのもあるが、何より嫌なのは電車の乗り換えだ。大学から帰ってくるまでに、3回乗り換えなければならない。そのうち一回でも乗り過ごそうものなら即野宿決定だ。(タクシーで帰ってくるほどの金はない。)
 なので、私は少なくとも飲み屋で飲む場合記憶が飛ぶほどは飲まないように心がけている。記憶が飛んでいても本能で帰ってこれるものらしいが、そんなギャンブルはできればしたくない。小心者だから。
 
 本当は記憶がなくなるほど飲みたい。
 吐くほど飲みたい。
 絡みすぎて周りに誰もいなくなるまで飲みたい。
 
 飲み屋で飲むときにこれらのことが叶えられないのがよっぽどストレスになってるのか、泊りがけで飲んで家に帰らなくていいときにはこれらすべてのことを全力で成し遂げる。自分が何をしでかしたか、翌朝周りの人に聞いてもみな口をつぐむぐらいの酔いっぷりを披露する。
 大人として、もうすこしバランスのいい飲み方をしたい。

2001年06月15日 00時18分06秒

 行きがけによその家の壁をふと見たら、おびただしい数のカタツムリがくっついていた。10匹や20匹ではきかない。
 思えばずいぶんと久々にカタツムリを見た気がする。
 私が駅まで行く経路は、小学校へ通っていた時の通学路とそっくり重なる。小学生の時もやっぱりこの時期に同じ場所でカタツムリを見つけ、子どもらしい残酷さを発揮していたぶったりしていた。目を突付き、殻から引きずり出し、乾燥させ。
 今そんなことをしていたら、ちょっとした危険人物だ。 

 さて、今日は教授から推薦状を受け取った。私から何ら希望を出すことができなかったためにほとんど教授が考えてくれたのだが、それはそれは見事なものだった。
 
 簡潔に、
 しかし熱意を感じさせるように、
 性格面の美点と研究内容及びその取り組みを過不足なく表現し、
 絶妙な構成で、

好青年としての私を書き表してくれた。
 私はこの先先生に頭が上がりません。大真面目に卒論に取り組むことを誓います。

 ただ、よく読んでみると困ったことが。助詞が抜けてたりして若干おかしな文章に。
 提出用の書類はあらかじめ先生から封をされた状態で渡されている。できれば直して欲しいけど、さすがにそんなことはもう言えない。さあどうする。

2001年06月13日 22時53分59秒

 はるばる大学まで行って、教授に推薦状を書いていただけるようお願いしてきた。就職活動で必要となったからだが、理系で学校推薦の人ならともかく、完璧に文系な私にもそんなものが関わってくるとは夢にも思わなかった。
 しかしそれでもけっこうよくあることなのかと思っていたら、決して若いわけではない私のお世話になっている教授も就職での推薦状を書くのは初めてらしい。やっぱり文系の就職ではかなり異例なようだ。

 推薦状というのは「○○株式会社に××さんを推薦します」って書いてあればいいものなのかと思っていたが、そうでもないらしい。性格的な長所とかをからめて書かねばならないとのこと。
 「どんなふうに書く?」と聞かれたのだが、答えようがない。教授の思ったままに書いてもらえればそれでいいかと思うのだ。
 就職活動用に作り上げたアピールすべき長所はないでもないが、それを自分で主張するというのがどうも嫌だ。
 面接官はしょせん初めて会う人だからいくらでもハッタリがかませるが、教授はそうもいかない。かれこれ2年以上お世話になっているし、向こうだって多少は私のことを知っている。だからといって、あまりにも恥ずかしいアピールを面と向かってできるほど打ち解けているわけでもない。
 従兄が就職した時に、「自分と正反対の人物像を作れば楽勝だ」と言っていたが、そのとき私は「そんなバカな、いつかはボロが出て破綻する」と思っていた。
 ところが実際に就職活動をやってみて、最終的に作り上げられた人物像は「真面目で根気強く、一度引き受けたら必ずやりぬく根性と責任感を持つ負けず嫌い」の人間だった。

大嘘。
まさに実際の正反対。
従兄の方式をなぞったかのように。

 授業以外でほとんど接することのない教授にさえ、これが私の人物像ではありえないということがバレバレの嘘っぷり。こんなことを面と向かって、いやFAXを通してさえ言えるわけがないだろう。
 というか、たとえ本当にこんな人間だったとしても他人に言えるわけがない。就職活動の自己PRの場だけだ、こんな人間の存在が許されるのは。ああいう場は一種のホラ吹き大会だから、これくらいやってもまあいい。だが、日常生活でこんなことを言う奴はちょっと尋常じゃない。しかもマイナスの方に。

 結局、内容は教授にお任せしてしまった。どんなものになるかは見てのお楽しみ。まあ、推薦状なんだから楽しい内容になんかなりっこないけど。ごく普通のでいいです。

2001年06月12日 23時29分58秒

本当にこの私が日記を書き続けることができるのか。
毎年元旦から日記をつけ始めようと決心はするもののたいがい年明けのバーゲンでお年玉を浪費した記録しか残ってない。
お年玉を使い果たす、もしくはバーゲン期間が終わるまでしか続かない。
せいぜい1ヶ月といったところである。
とりあえず、記録更新を目標に頑張ってみることにする。

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