これは他サイトで書いている小説の外伝です。

マリア
§前編

「あれっ? 関谷さんじゃない。」
札幌の雑踏の中、会社から家に向かう途中の道で、同年代の髪の色を抜いた男に呼び止められ、マリアはギョッとしたように立ち止まった。
「会社帰り?」 そう、ある種、魅力的な笑顔で問い掛けてくる。
「え。ええ…」 マリアの警戒したような反応にか、男はにやり、と唇の片方を上げ、 「覚えてないかな〜? 高校ん時の同級の三ツ矢だけど」 と言った。
すぐには認識できなかったが、高校時の同級生、三ツ矢徹であった。
ただ、同級生とはいっても、高2の時に停学をくらい、そのまま高校に戻ってこなかった男である。 当時からすでに不良視されていた三ツ矢はマリアとは同じ高校ではあっても別の世界の住人と言ってさえよかった。 当然、マリアとそれほど親しい関係であったことはない。 
久しぶりに会ったんだから、お茶でも、との言葉にうまい断りの理由を見つけられなかったのはマリアの性格であろうか。 美貌ではあるものの、おとなしい地味な性格、はっきり言えば、うちにこもりがちな性格のためか、やぼったい眼鏡のためか、マリアは高校でも会社でもさほど目立つ存在ではなく、こうした誘いのうまい断り方も知らなかった。

喫茶店に入り、三ツ矢が話しかけてくるのに、最初はおどおどしたような反応を返していたマリアであるが、三ツ矢の人懐っこい笑顔のためか、軽快で巧妙な話し方のためか、マリアはそのうち別人のように笑顔で反応を返すようになっていった。 
再会を約しその日は別れたが、マリアはすでに恋に落ちていた。


二度目は会社帰りに待ち合わせをして、近くの食事のできるバーに行った。 
聞けば、三ツ矢は今貿易の仕事をやっていると言う。
相当に儲かっているのか、三ツ矢はマリアが名前しか聞いたことがないようなシャンペンを注文した。 あまり飲めないと遠慮はしたのだが、三ツ矢の勧めるままにマリアはグラスを傾けた。 
会話が弾んだためか、シャンペンがおいしかったためか、店を出る頃にはマリアはかなり上機嫌に酔っていた。
少し休もうか、という言葉を聞いた気はする。 気がつけばマリアはホテルの一室で三ツ矢に口付けをされていた。 三ツ矢の舌は巧みに動き、マリアに快感を与えていた。口付けだけでこのような快感があるのを知らなかったマリアは次第に自分から三ツ矢の舌に働きかけ、快感をむさぼった。
すでにコートは脱がされており、服の背中のジッパーを外す際にはマリアは協力的になっていた。 下着だけになったマリアから口を離すと三ツ矢はにやりと笑いマリアの首筋に唇を当てた。 ぬめっとした感触が首筋に当たり、マリアはこんなところからも快感を引き出される自分の身体を恐れた。
舌は首筋を通って下に行き、そこから肩甲骨ぞいに横に動いた。
三ツ矢の右腕はマリアの身体を支え、左手は背中をさぐり、やがてそこで下着を支えている小さな金具を外した。 外気が触れた胸の先端は寒さのためか、快感のためか、硬くとがっていた。
三ツ矢はマリアをベッドに横たえ、自分の服を脱ぐと、右手で体を支えるようにし、本格的にマリアに愛撫を加え始めた。 胸のふくらみの裾野からゆっくりとじらすように舌を這わせ、先端に届く前にとなりの山に移動する。 一方、左手は膝の裏側から内腿をゆっくりとさするように上っていく。
マリアは両手でシーツを掴み、ひたすら快感に耐えていた。 快感は押し上げられ、もう少しで届きそうになるところで留められるため、もはや拷問と言ってさえよかった。
ストッキングを脱がされる際には自分から腰を浮かした。 もはや局部は恥ずかしいほど潤んでおり、三ツ矢に触れられるのを待っていた。
三ツ矢はストッキングを脱がすとマリアの脚を抱え上げ、内腿を強く吸った。
「あっ」 繊細な愛撫が続いた後の強い刺激に、マリアは小さく声を漏らした。
三ツ矢の唇はそのままゆっくりとナメクジが跡を残すようにして降り、脹脛では軽く噛むようなそぶりさえ加えた。
「濡れているよ、マリア」 三ツ矢は脚から唇を外すと、からかうように言った。
わかってはいたものの、改めて指摘された事実に、マリアは頬を染めた。 
布地はすでにしみを浮き立たせるほどになっている。 しかし、マリアにはまだ自分からその布を外すような勇気はなかった。
三ツ矢は見透かしたように、布地に手を掛けるとするっとお尻から滑るように布地を脱がせた。 太腿の付け根のあたりを両手で掴み、軽く鼻で触れる。
「やだ、やめて、三ツ矢君」 たっぷりと潤ったそこは女性独自の匂いを出しているに違いない。マリアは恥ずかしさで死にそうだった。 
だが、三ツ矢の舌が伸び、ふくらみの上部を探ってボタンに触れるとマリアは我を忘れた。
「あ・あ・あ…」 続けざまにうめくと、マリアは腰を押し出すように伸ばした。 それは結果的に三ツ矢にそこを押し付ける形になり、三ツ矢はその反応に気を良くしてか、さらに刺激を送りつづけた。さすがに耐え兼ねたか、マリアが腰を引くと、今度は周辺を綺麗にするようになめあげる。 緩急自在の愛撫にマリアはおかしくなりそうだった。
「俺のもしてくれないか」 マリアのそこから口を離すと、身体の位置を上げた三ツ矢は言った。いつのまに下着まで脱いだのか、三ツ矢は全裸であった。 マリアの顔からそう遠くない位置に、三ツ矢の分身が屹立している。 口でしたことなどないマリアであったが、この時は自然にその分身を口に含んでいた。 わずかな味と牡の匂いがする。 
三ツ矢のものはマリアが過去に見たものより雄大であった。 それ以上どうすればいいかわからず、舌を幹に絡ませ、三ツ矢の反応をうかがう。 
三ツ矢はマリアの髪を弄ぶようにしながら、指示を出す。 マリアはその指示に従い、熱心に三ツ矢の分身に舌を這わせた。 先端からかりの部分、幹から袋の部分にまで唇を移動させていく。 
やがて三ツ矢は、「もういいよ」と優しく言うと、マリアを仰向けに倒した。 マリアの脚を割り、その間で膝立ちになると、自分の分身にゴムをかぶせる。
  やがてマリアは自分の中に押し入ってくるものを感じた。 口に含んだ時は巨大だと思っていたものが、わずかな抵抗だけで入ってきた時、マリアは妙に気恥ずかしいものを感じた。 
三ツ矢がゆっくりと動きだす。 激しくはない、が、慣れたものを感じる。 単純に抜き差しするのではなく、動きを変え、角度を変え、深さを変え、マリアを貪欲に味わっているようでさえある。 
一方、マリアはその動きに翻弄されていた。 もともとあまり経験があったわけではない。 マリアは三ツ矢の与える動きのままに体を揺らせるしかなかった。 三ツ矢の温度を感じるところから快感は波になって広がり、また再び高みに達しようとしていた。

「いいものがあるよ」 三ツ矢はそういうと鞄から粉薬の包みのようなものを出した。
すでにマリアは数回高みに達し、荒く息を吐いていた。 まだ奥がじんじんとしている。 三ツ矢はまだ1度しか出していない。 しかもその分身はまた三ツ矢自身の腹に届かんばかりになっていた。
マリアが三ツ矢を見ると、三ツ矢はその粉薬のようなものを少量手の平に出した。そのままマリアの方に体を倒すと、その手で、マリアの秘所をさぐった。
「あ」 マリアの声が漏れる。 三ツ矢の指はマリアの中で動き、快感を蘇らせようとする。
「なにを…」 マリアはわずかの抵抗を見せる。 と、急にマリアのその部分が熱を持ったようになった。 快感が急激に広がってゆく。 三ツ矢の指が急に大きくなったようである。 
「ああああ…」 マリアの声が大きくなる。 マリアのそういう反応を見て三ツ矢は指を抜くとマリアの腰を引き寄せた。

腰を掴んだ三ツ矢の指が、体内に潜り込んでマリアを犯しているようであった。 全身が性器になったような快感にマリアは戸惑った。 と、今まで体験したことのないような巨大な快楽がマリアの体内に潜り込んできた。 内臓が描き回されているようであり、脳髄を掴まれ、揺すぶられているようである。 
マリアは遠くで快楽にむせ叫ぶ声を聞いた。 それは自分の喉から出ているようである。
  さっきの交わりはなんだったのであろう。 この快楽に比べること自体が間違っていた。 例えて言うなら握手で手に伝わるぬくもりの気持ち良さと局所を舌でなぶられる快感ほどの差がある。 もちろん、この時のマリアはそうした比喩に思考が及ぶだけのゆとりは持っていなかった。 今のマリアはただ快楽をむさぼるだけの獣にしか過ぎなかった。 やがて思考は白濁し、途切れた。

マリアが意識を取り戻した時、すでに陽がさしていた。 親に無断で外泊をしてしまったようだ。 自分が信じられなかった。 昨日のことが果たして自分に起ったことなのだろうか? 三ツ矢は横でまだ寝ていた。 自己嫌悪にさいなまれ、とりあえずシャワーを浴びようとマリアはベッドから出ようとした。 そしてそのままベッドから落ちた。 全身から力が抜けていた。立とうにも体を起こせなかった。 
マリアがベッドから落ちる音で目を覚ましたか、三ツ矢が顔を覗かせる。
  「おはよう…」 マリアは赤面して、途切れるような声で言った。
「昨日はすごかったね」 三ツ矢のその言葉はマリアの顔をいよいよ熱くするだけだった。

その日は全身に力が入らず、会社には出られるようになったものの、まったく仕事にならなかった。 家に帰れば帰ったで親には怒られ、散々な一日を過ごすことになったが、昨日のことが脳裏から離れず、マリアは幸せな一日を過ごした。


§中編

二度、三度とデートを重ね、三ツ矢とマリアは急激に親しくなった。 会うたびに二人は交わり、そのうちの半分の機会には例の薬のようなものを使った。 薬を使うたびにマリアは意識をなくすほど燃え上がり、そのたびに翌日には筋肉痛や傷の痛みを抱えることになった。 薬を使っている時にあちこちにぶつかってできた傷のようだが、その最中にはそれすらも快感であったのだ。
マリアから地味な印象が徐々にぬぐわれるようになっていた。 ちょうど繭から蝶が孵る用に急速にマリアは美しくなり、会社でも明るくなったと皆に噂されるようになった。地味な眼鏡はそのままだが、きちんとしたメイクをするようになり、三ツ矢と会う日には退社時にコンタクトにしたりしたため、マリアが恋をしていることは誰にでも明白であった。

そんな風に一月が経った頃、マリアは、三ツ矢に鞄を手渡された。
「これを持って、そこの公園で待っててくれ。携帯はもっとけよ。…おっと、どうせなら、下着も置いてけ」 マリアは恥ずかしがりつつも、あとで行なわれるであろう期待に濡れた。 
その場で人目につかないように、下着を脱ぎ、三ツ矢に手渡す。
三ツ矢はそこから去り、マリアはその場に残された。 携帯の連絡を待ちつつ、しょざいなげに公園で待っていると、頭を丸めた一人の男が公園に入ってくるのが見えた。
携帯が鳴った。
「もしもし」 待ちに待った、三ツ矢からの連絡だった。 
「聞こえるか? そこのハゲに鞄を渡せ。渡したらすぐに駅に行け、また連絡する」 電話は切れた。タイムリーだがあっけない連絡だった。 とりあえず連絡通りにマリアはそこに入ってきた男の方に向かった。 
「あの、鞄を渡すように頼まれたんですが…」 マリアの言葉に男はマリアをじろじろと見た。 ごつい男であった。 
「ふむ」 男は軽くうなずくと鞄を受け取った。 マリアは気味が悪くなってそこから急いで離れて駅に向かった。 男は追ってはこなかった。 
駅の構内に入ったマリアは急にひじを掴まれ、ギョッとした。 三ツ矢だった。 マリアは安心して崩れそうになった。 人目につかない角に連れ込まれる。 三ツ矢はマリアの秘所に手をやった。
  「あ」 思わず声が漏れて、顔を伏せる。 しかし、三ツ矢はそれ以上なにも言わず、動きも、気のはいったものではなかった。 つとマリアが目線を上げると、三ツ矢は周りに気を配っているようであった。
やがて、指が活発に動き始める。 マリアは指の動きに翻弄されつつも、三ツ矢の様子を伺った。 
「興奮したか?」 三ツ矢がにやりと笑って問い掛ける。 今のはなにかの趣向だったのであろうか? マリアがうなずくのに満足げな様子を見せると、三ツ矢はマリアを促し電車に乗り、少し離れた駅で降りると、駅近くのホテルにマリアを連れ込んだ。
  その日はドラッグは使われなかった。

一週間後、同じようなことがもう一度あった。
二度目は、鞄を渡す相手は例のごつい男の他、何人かを従えた中年の貫禄のある男であった。 男はマリアを上から下までじろじろ眺め、にやり、と獲物を目の前にした狩猟犬のような表情をした。 
マリアはその日三ツ矢に言われたように駅に向かったが、三ツ矢は現れず、マリアに電車をいくつか乗り継ぐよう指示したあと、家から離れた駅で降りて別の駅に向かい、そこから家に帰るよう、電話で促した。

マリアは三ツ矢の職業に疑問を抱くようになった。 
その数日後、三ツ矢から連絡があり、マリアは激しく抱かれた。疑問を口に乗せようとしたが、三ツ矢に捨てられそうな気がしたので、それは口から出ることはなかった。 ただ、何度か、三ツ矢が苦しげな顔でマリアを眺めたことだけがマリアの脳裏に残った。

ある日、会社を出ると例の頭を丸めた男がマリアとすれ違った。 その日は三ツ矢と会う日ではなかったため、眼鏡のままだったが、男はおや、というようにわずかにマリアに目を留め、すれ違った。 マリアは恐ろしくてわざと振り向かなかった。
翌日、会社から帰ろうとしたマリアは後ろから声を掛けられた。 振り返ると、あの男であった。マリアが覚えているのはそこまでである。 

マリアが意識を取り戻した時、腹部に痛みがあった。 そこに手をやろうとしたマリアは自分が両手を縛られていることに気がついた。 しかも下着姿である。 
身体を少しでも隠そうと身をよじろうとする。 念の入ったことに両足もつながれていた。 頭は動くので周りを見まわすと、そこは窓がないホテルの一室のようで、マリアはそこに大の字を描くように、両手足を縄で縛り付けられていた。 ベッドは大きく、部屋が温かいのが救いであった。
さらにあたりをうかがえば、部屋の隅のテーブルにビデオカメラらしいものがこちらをむいて置かれているようだ。
ドアが開いて女が入ってきた。 派手な女であった。 水商売上がり、と思われるその女は、色を抜いてウェーブを掛けた髪をしていた。 スタイルは悪くない。 年齢は20代後半から30代前半であろうか、意地悪そうな目をしている。
「お目覚めのようね。」 女の赤い濡れたような口が開く。 
「喉は乾いてない?」 マリアが返答する前に、女は脇のテーブルのところまで動き、水差しを手に持って、コップに水を注いだ。 そのままマリアの脇に腰掛け、コップの水を軽く含むと、マリアに覆い被さって口移しに水を与えた。
マリアはギョッとして、口を半ば閉じたため、水は口の脇を流れて行った。女の舌がマリアの唇を割って入ってきて、唇と歯の間をちろちろと動く。 女の手はマリアのわき腹を撫で摩る。 ひんやりとした滑らかな手であった。 
「きれいな肌…」 女は顔を上げてつぶやく。 一瞬、狂気めいた表情が浮かぶ。
女がフロントホックの部分をつまむように外すと、マリアのふくよかな胸が現れた。
あまり日に焼けていない白い肌である。 女がマリアのふくらみの頂を軽く噛む。
三ツ矢に慣らされた身体はすぐに反応した。 女は指や掌で巧みにマリアを導き始めた。
三ツ矢も巧みであったが、女はもっと巧みであった。 同性であるためか、マリアの感じる部分をことごとく熟知しているように、また、今までマリア自身が知らなかった部分でまで、快感を紡ぎ始める。
腕の内側や膝の裏、足指の間にこんな快感が潜んでいたのをマリアは知らなかった。 すぐにマリアは絶頂に達した。
「あらあら、早いのね」 女は軽く笑い声を上げるとベッドから離れた。 女はまだ服を着たままだというのに、自分は腰の布をぐっしょり濡らしている。 マリアは自分の身体の敏感さを呪った。 惨めであった。 女がベッドの脇に戻ってきた。 注射針を手にしている。 
「色が白いから静脈がわかりやすいわ」 女はつぶやくとまりあの膝近くを、ひやりとするもので拭いた。
  「動くと痛いわよ」 残酷そうな声にマリアは怯えて動けなかった。 すぐにちくりと痛みを感じた。 マリアは直感的に、それが三ツ矢の使うものと同じ薬であることを感じていた。 やがて、身体中に火がついたようになってきた。 いつもよりすごいかもしれない。 ただ、三ツ矢の時とは違って、今はまだ快感を加えられていない。 
女が太腿をつねる。 痛みではなかった。 太腿に性器が移動したかのようであった。 男のものを挿入されているようである。 マリアは股間の濡れるのを感じた。 
女はまたマリアから離れた。 電話を掛けているようである。
  「…ええ、社長…はい、もういつでもいらしていただけますわ…はい、ご存分に…」 女の声が漏れ聞こえる。 しかし、マリアはそれどころではなかった。 太腿を犯され続けているのである。 正確に言えば、女のつねったとことからのジンジンとした痛みが、性交の快感を伴ってマリアを襲い続けていたのだ。
女はそのままマリアには近寄ってこなかった。 マリアは快感に襲われ続け、しかし、いけないまま、ほおっておかれた。 マリアの主観で永遠が過ぎた頃、ドアが開き、でっぷりとした男が入ってきた。
「いらっしゃい、社長」 女の媚びたような声が遠くで聞こえた。 それは、マリアが一度鞄を渡したことのある貫禄のある男であったが、いまのマリアはそれに気付くだけのゆとりはなかったし、また、男の鼻の下は伸び切っていたため、貫禄などはかけらもなかった。
女は男のコートを受け取り、服を脱ぐのを手伝った。
「もう、ああいう状態ですから、社長が触っただけでいくんじゃないかしら」 
「綺麗な子じゃなあ、三ツ矢の若造にはもったいない、と思っとったんじゃ」 女の言葉を無視するように男は言った。
マリアの肌はピンクに染まり、快感にもだえる様は男の嗜虐感をそそった。 服を脱ぐのもそこそこに、男はベッドにあがった。 女も、全裸になって、それに続く。
マリアの前に男のものがさらけ出された。 朦朧とした意識の中で、それは、愛しい三ツ矢のものに置き換わった。 マリアは舌を伸ばし、男のものを含もうとする。 手足が自由になった。 女が縄を切ったのだが、マリアにそれを気付くゆとりはない。
愛しいものに手を添え、口に含む。 口の中が性器そのものと化す。 マリアは男のものを口に含んで、昇り詰めた。 身体を丸めて男のものを含むマリアの後ろで、女が膝立ちになる。指を洪水状態になったそこに触れた時、マリアが背をそらす。 また、いったようだ。 意識が白濁する中で、マリアは、通常は排泄するだけの器官に異物が入ってくるのを感じた。 もちろん快感を伴って、だ。 ただの快感ではない。 薬をやって三ツ矢とまぐわう時ほどの快感を、それは伴っていた。 実際は女の指でしかないのだが、それは、マリアにとって、灼熱の巨大な男根も同じであった。 
マリアはいき続けた。 が、三ツ矢の時と違って、意識を失うことをその二人は許してくれなかった。 気が狂うのではないか、マリアの混濁した意識の中で、その言葉は浮かんで、消えた。
  男は、マリアの口で一度、中で一度、射精した。 マリアの後ろをも犯し、最後には、なんの反応もなくなったマリアの横で女とまぐわった。 中年過ぎの男にしてはたいした精力の持ち主である。 もちろんマリアはそんなことを知る由はなかった。

次に意識を取り戻したマリアが見たのはビデオカメラであった。 マリアは赤ん坊がおしっこをするようなポーズで足を広げられており、後ろ手に縛られている。 股間にひんやりとした感触があった。 陰毛が剃られている。 動くほどの体力はなく、ぼんやりと自分はここでなにをしているんだろう、という意識があった。 ビデオの横に女の姿が見えた。 あの女である。 マリアに記憶が戻ってきた。 
「おや、目を覚ましたようだよ」 女が口を開く。 
相変わらず妖艶である。 前よりも一層そう見えたのは、衣装のせいであった。 赤いハイレグの水着のようなものを着て、脚は黒い網タイツで覆われている。 唇が異様に赤かった。
「あなたは…」 マリアはうめくように言った。自分の声ではないようである。
背中に体温を感じる。 膝裏を支えているのが人間の手であることに気がついた。 股間で動くものは男性のものであろうか。
「お嬢ちゃんにあたしの旦那様を奪われるわけにはいかないのでね、調教する、という名目であんたをしばらく預からせてもらってるわけさ。 さて、そろそろビデオを廻そうか、お嬢ちゃんのビデオデビューだ」 ライトが一段と明るくなる。 周りには半裸の男性が数人控えていた。ビデオカメラがマリアの股間に近づく。 剃られた股間は赤ん坊のようで、隠すものなくマリアの性器がさらけ出されている。
「いやああ…」 自分の声が弱弱しかった。 後ろの男のものが周辺をなぶる。 なにかが塗られているのか、わずかの抵抗だけですんなり男のものが入ってきた。
「あああ」 マリアは顔をそらせた。後ろの男の口がマリアの唇を覆った。
陵辱の始まりであった。

マリアを男どもに任せて、女は自分のマンションに帰った。 部屋の前に男が立っていた。 「いやあ、参った参った。探しちゃいましたよ〜〜」 20代後半の男であった。 女、奈美に気安そうに声を掛ける。 
「高校生にね。 薬の出所を聞いてたら、あなたの名前が浮かんできたもんでねえ。 しかし、僕はフェミニストだし、後ろに大物がいるみたいで僕なんかじゃ手がでないからなあ。あはは、僕は、知り合いの高校生とかにあなたが薬を売るのを控えてくれればいいだけだからあ、警告にきただけなんですよお」 間延びした、高校生のような口調でそう言う。 奈美は強張った顔でその男を見た。 
「さあ、用件はすんだし、か〜えろっと」 男はそう言って、奈美の横を通りすぎる。
  「あなた、警官?」 行き違う時に奈美は相手にそう、切りつけた。 男はにやっと口をゆがませて、返事もせずに通りすぎた。 
「火遊びはほどほどに…」 角で消える前に男が残した台詞であった。 奈美は下唇を噛み、般若の相を見せた。

一方、三ツ矢は、突如消息を絶ったマリアのことを心配していた。 
薬の売り先である葛西の仕業であることはわかっていた。 財界の大物であり、やくざとのつながりも見え隠れする男であるが、女関係にだらしがない。 薬の受け渡しに利用したマリアのことを気に入り、 本人みずから受け渡し場所に現れたほどである。 
そんな三ツ矢のところに電話が入ってきた。 
「徹か…。今度日本に戻ることになった。ああ、そうだ。あの男だ、あの男に相見えるためにな…」 
三ツ矢の遠縁に当たり、三ツ矢が扱う麻薬を卸している杉浦であった。 若くして海外に出た杉浦は、その切れる頭脳と語学力を武器に東南アジアで暗躍し、30代なかばで、タイの麻薬密売組織のNo3の席を占めていた。 
彼のもとで働く、元WHO所属の化学者が開発した特殊麻薬、コードGの独占販売で、組織からの独立さえ目論んでいた彼ではあったが、フランスのとある特殊工作員のために工場はつぶされ、その化学者は命を奪われていた。 
杉浦自身もその工作員と戦った。 相手は杉浦が死んだと思っているであろうが、杉浦は大火傷をおいながらも地獄のふちから這い上がった。 その兵士に対する憎悪と供に。
幸いなことにコードGの生成法は残されていたため、細々と生産を開始することはできたが、すでに複数の軍部やテロリストグループに売る間際であった大量のコードGは灰と化し、杉浦の信用も失われていた。 コードGenocide(虐殺)、兵士の痛みをなくし、無敵の兵士を作り出す麻薬であった。
杉浦は、その特殊工作員への復讐の指揮をとるため、日本に帰国すると言う。 そのフランス外国人部隊の特殊工作員、伊神公輔に。


§ 後編

五人の男たちはマリアの中で次々と欲望を吐き出した。 
三ツ矢に開発されたマリアの身体は、複数の男からの屈辱的な責めにたいしても、燃え上がりを見せた。 麻薬の影響もまだあったのかもしれない。 
しかし、弱った身体は次第に反応を示さなくなり、やがて、男たちは部屋から出て行った。

マリアは夢を見ていた。 次々と自分を襲う悪魔たち、そしてそこに現れ、自分を救い出してくれる天使…。 たくましい体格をしたその天使は、しかし、顔ははっきりしないものの、愛しい三ツ矢ではなかった。

「…へえ、面白い話だねえ。 そうかい、その男にそんな執着をねえ。 …くっくっくっ。あんたはあんたでよっぽどあの女にご執心のようだねえ。 大事な取引先の情報を流すなんてさ。…ああ、ああ、わかったわかった。 あたしも旦那様にあの女を気に入られるわけにはいかないからね。 いいよ。 返してやってもさ。 あははは…」
女の声が聞こえた。 マリアは目をうっすらとあけた。 そこはマリアに対する陵辱が行なわれた部屋で、マリアはまだ裸のままだった。 行為後のにおいが充満している。 マリアは吐きそうになった。 
女が電話を切った。 
「おやおや、お目覚めかい? ビデオを見させていただいたけど、まだまだだねえ。 まあ、あんまり疲れてても可哀想だから、少しくらいは休ませてやるよ。 少しは体力をつけないとねえ。くっくっくっ」 
先ほど返すと言っていたのは自分の話ではないのだろうか? それともこの女は、はなから約束など守る気を持っていないのだろうか? マリアはこの女が恐ろしかった。
「あたしは今のネタを確認してくるから、あんたたち、このお嬢ちゃんにきちんと食べさせておやりよ。 自分たちのものなんて食べさせるんじゃないよ」 女が笑いを含んだ声で言うと、横に控えていた男たちから下卑な笑い声が起こった。

女が去ると、マリアはともかく身体を起こされ、食べ物を与えられた。 コンビニで買ってきたような食べ物ではあったが、マリアはそれを食べた。 
身体が弱っているせいか、最初はあまり喉を通らなかったが、しだいに食べ物はスムースに胃の中に落ちて行くようだった。 気がつくとマリアは普段の倍近くを食べており、満腹になったところで、また襲ってきた睡魔に身を任せた。

三ツ矢は後悔していた。 マリアを取引に利用したことを。 マリアを愛したことを。 だんだん泥沼に入りこんで行くようである。

  杉浦のもとで働いていた頃の三ツ矢は、ある意味充実した日々を送っていた。 
杉浦は厳しいボスであり、自分の能力を示さなければ声を掛けてさえくれなかった。 
語学、戦闘術、身を隠すすべ、すべてを短期間で習得させられ、実践でその技術を磨かせられた。 
死線をくぐったことも一度や二度ではない。 隠密行動に長け、敵の首を後ろからナイフで切り裂くのが得意であった。 徹という名前をもじり、トゥールという北欧神話の戦闘神の名をあだ名にもらったほどである。 
残念なことに伊神が工場を爆破した時、三ツ矢はカンボジアでテロリスト集団に売るコードGの価格交渉をしていた。 三ツ矢が戻った時、工場はすでに瓦礫と化し、杉浦も生死の境をさまよっていた。 
それから半年は工場再開の手配に追われた。 徹はそれほど交渉術に長けてはいなかったが、杉浦の持ち駒は少なかった。 なんとか工場を再開の軌道に乗せたあと、当面の資金稼ぎのために三ツ矢は日本に戻ってきた。

とりあえず北海道に拠点を定めたのは、既存の密売組織との揉め事を避けるためと、いざという時の地の利を生かすためであった。 
マーケット開拓のために三ツ矢が目をつけたのは風俗業を中心にして力を伸ばしていた地元やくざであった。 
島村組、と一般に呼ばれるその組織は、大企業を営み政界にも顔の効く葛西と言う男をバックにし、力をつけていたが、その中心は親分である島村泰三ではなく、その一人娘、奈美であった。 
島村奈美と呼ばれるその女は、葛西の愛人としてその二つの組織を結ぶキーパーソンであり、島村組が力をつけたのは奈美のおかげと言っても過言ではなかった。 事実、以前の島村組は弱小と言いきれるほどの規模でしかなかったのだ。
三ツ矢は奈美に“ホッパー”と言う名前の快楽強化の麻薬だとして、コードGのサンプルを送り付けた。 気に入れば定期的に供給するので金を指定口座に振り込め、とメモを付けて。 果たして、金は口座に入り、コードGの広まりとともに、定期的に杉浦のもとに資金を送れるようになった。 

そういうおりに三ツ矢はマリアに出会った。 
最初は通りで見かけて、見覚えのある顔だと思っただけであった。 実家に顔を出し、まだ見ずにいた高校のアルバムを渡され、その中にマリアの顔を見つけた時、ああ、あの娘だったか、と思い出した。 
高校生の頃の三ツ矢がよくサボりに利用した、旧体育倉庫から見える図書室に入り浸っていた娘であった。 あんなまじめな娘もいるもんだなあ、と当時は思っていたにすぎない。
マリアをに声を掛けたのは気まぐれに過ぎなかった。 
やがて、マリアが自分に夢中になるにつれ、マリアを自分のように社会の裏側に引きずり込んでやろう、という意識が芽生えた。 マリアがまっとうなのがまぶしかったのかも知れない。 そして三ツ矢は、マリアを自分の代理にして、直接島村組と接触した。 
誤算は、その接触を重要視し、奈美がその現場をビデオで撮っており、葛西にそれを見せたことであった。 
二回目の会見に直接現れた葛西は、奈美や周りの女とは違う雰囲気を持つマリアを欲した。 電話連絡の折、金額の上乗せを条件に葛西はマリアを要求した。 三ツ矢は断ったが、どこでかぎつけたのか、マリアは数日後失踪した。 
女一人のためにせっかく作り上げた販売網を壊すわけにはいかないとは思った三ツ矢は一挙両得を狙った。
伊神の動きを追っていた杉浦が、伊神の軍からの退役と日本への帰国を突き止めたのは、一週間前のことであった。 
三ツ矢は日本での伊神のスケジュールを追ったのだが、その伊神がよりによって北海道に来ることがわかり、島村組を利用しようと思いついたのである。 三ツ矢は裏切りを装い、杉浦がその男に執着があるため、その男を手に入れれば薬の交渉がもっとスムースになる、と奈美に持ちかけたのである。 
葛西相手では、マリアの引渡しに応じない、と思ってのことではあったが、マリアが奈美の手に落ちていたのはうれしい誤算であった。

島村奈美はあせっていた。 薬の販売がやっと軌道に乗りかけてきたところで警察とおぼしき男に釘を刺されたのである。 自分の邪魔をするその男を許すことはできないが、現実的な対応をも考えておく必要がある。 
“ホッパー”は副作用も少なく、麻薬と認定されてもいないので、まだマーケットの小さいうちは葛西の力でなんとかなるかもしれないが、これ以上は葛西をも巻き込んで破滅することになりかねない。 そこに三ツ矢からの情報である。 
うまくいけば薬がもっと大量に入るため、直接販売ではなく、インターネットなどを使って通信販売を中心にした売り方に変更できるかも知れない。 そう思った奈美は三ツ矢に教えられた飛行機を調べ、目当ての男の名前を調べ出した。 
幸いなことにその男がひとつの旅行社で飛行機とホテルの手配をしていたため、泊まるホテルの場所までわかった。 あとはその男をどう捕らえるか、である。 
女を使おう、という発想がごく自然に浮かんだ。 その女としてマリアを使おうとしたのは奈美の悪趣味であろう。 そのホテルにマリアを送りこみ、男と寝させて油断させたのち、男に睡眠薬を飲ませて拉致する。 単純な筋書きであった。

マリアは揺り起こされた。 周りには自分を陵辱した男たちと例の女。 
「お嬢ちゃん。 三ツ矢の元に返してやるよ。 ただし、あと一つだけ言うことに従ってもらおうじゃないか」 意地悪そうな声である。 なにか悪意のあることを考えているのだろう。 

マリアは奈美に化粧を施され、ホテルのバーに向かった。 奈美、というその女が指示したのは伊神、という男と寝て、隙を見て男の飲み物に睡眠薬を入れ、奈美を呼び出す、ということだった。 娼婦のような真似は嫌だったが、他に方法はなかった。
バーに入ると何人かの男たちがこちらを見た。 そのおかげで目指す伊神はすぐに見つかった。 
伊神と言う男はバーの奥の方で、入り口が見えるように斜に座って飲んでいた。
「ここ、よろしいでしょうか?」 出きるだけ男の気を引くように微笑む。 奈美に借りたドレスは扇情的で趣味ではなかったが、男の気を引く役には立ちそうだった。 伊神がこちらを見る。 がっしりとした男だった。 
「どうぞ」 歯切れのいいバリトン。 どこか三ツ矢に共通した雰囲気を持つ男。 笑顔で話している時でもどこかしら心を許さないところがある。 男と話しているうちにマリアは夢を思い出した。 自分を救い出してくれるたくましい天使、伊神の姿にその像がだぶった。 マリアは、男が冗談めかして言った、部屋への誘いを受けた。

男の指は武骨だった。 しかし、その武骨な指が驚くほど繊細にマリアの身体を刺激する。 
 キスと指とでマリアは高められて行く。 自分の身体が敏感に反応しているのがわかる。 ここ一月の間に作り変えられてしまったようだ。 男の指が秘所をさぐり、外に内に刺激を加える。 そこがすっかり男を受け入れる用意ができた時、男が優しく入ってきた。
優しい、心の温まるような交わりだった。 男はマリアをいたわりながら動いた。 自分がマリアの身体を壊してしまうのではないかと心配するような動きだ。 マリアはこの伊神という男の優しさに触れた気がして、涙が出そうになった。 この男を罠にはめることはできない。 そう思った。 
行為が終わり、男はマリアの頭の下に腕を回してきた。 そのままマリアを厚い胸板の方に引き寄せる。 
男の心臓の鼓動が聞こえる。 規則正しい。 果たして,言われたことをせずに三ツ矢の元に戻れるだろうか? あの恐ろしい女のところから逃げられるだろうか? 元の暮らしに戻ることはできまい。 
「…怖いの…」 マリアはつぶやく。 
男が怪訝そうな顔を見せた。 マリアはこのホテルの前にある湖を思い出していた。 暗く、すべてを飲みこむような闇を水面にたたえている阿寒湖。 子供の頃にどこかで聞いた、旅人を引きずり込む、湖の怪物の話を思い出す。 
「湖には、なにかがいるの… 引き寄せられるなにか……湖の怪物…あの恐ろしい女…」
後半のつぶやきはほとんど言葉になってはいなかった。 マリアは眠りに落ちた。
闇の中でマリアは目を覚ました。 男は眠っている。 男を起こさないように身体を起こそうとする。
「行くのか?」 男が低く声を出した。 眠っていなかったのだろうか? 
「部屋に戻らなきゃ」 マリアはそういうと身支度を始めた。
「また会えるといいな」 こうしたことに慣れているのかもしれない。 多少意外な感じがした。

マリアは部屋を出ると、どこに行こうか考えた。 とりあえず手近な駅である。 
12時前だがバスはあるだろうか? なければタクシーを拾えばいい。 ホテルの前にバスが止まっていた。 マリアはこれ幸い,と乗り込んだ。 運転手がいない。 
まあ,すぐに戻ってくるだろう。 マリアはできるだけ入り口から離れた席に腰を落ち付けた。 窓に息を拭きかけ、先ほどの男の名前を指で描く。 公輔、男はそう名乗った。 あの男になら守ってもらえるかも知れない。 やっとその時そういう思考が戻ってきた。 マリアは引き返そうと腰を上げた。 
その時、男が、ぬっ、とバスに入ってきた。 
「ひっ」 マリアは絶望した。 それはマリアを陵辱した男の一人だった。

  マリアはバスの近くに止まっていたバンに連れ込まれた。 
「見張っといて正解だったな」 もう一人、男がバンの中にいた。 
「姉御に連絡するか?」 
「いや、少し楽しんでからにしようぜ。 こんないい女とヤレるチャンスはめったにないからな。 こないだのじゃあ、まだ足りない」 男は下卑た笑い声を立てた。
マリアの腕の付け根に注射器が刺しこまれた。 例の薬だ。 マリアは服をすべて乱暴に剥ぎ取られた。 もういやだった。 マリアは暴れた。
「この女〜!」 男がマリアを押さえつけようとする。 なぜか痛みはなかった。 薬が効いてきたのだろう。 男の動きがスローモーションのようだった。 マリアは男をもう一人の男の方に突き飛ばすとバンの扉を開けた。 夜風が入ってきたが、寒さは感じなかった。 マリアは車から逃げ出す。 全裸であった。 
マリアは湖の方に向かって走った。 男たちが追ってくる。 灯りがゆれているのは懐中電灯を持って走っているせいだろう。 パン,と乾いた音がした。 
「…馬鹿野郎,当たったらどうする…」 男の声が後ろから聞こえる。
湖まできた。 湖面は凍っていた。 と,急になぜか脚がもつれた。 へたり込む。 
膝に手をかけて起き上がろうとしたが、なぜか、ぬめっと滑った。 そのまま、どおっと倒れる。 力はもう入らなかった。 なぜか伊神,というあの男の顔が浮かんだ。

「へっ,疲れたか、やっと追いついたぜ」 一人の男が息を荒げて言う。
「お、おい」 もう一人のライトを持った男がマリアを照らし出した。
下腹部に銃痕があり,そこから血が下半身中に広がっていた。
マリアは、すでに物体と化していた。

男たちが湖から走って来るのを見て、三ツ矢徹は胸騒ぎを覚えた。 
見覚えのある男たちである。 島村組の人間だろう。 三ツ矢は奈美を信用してはいなかった。 奈美と交渉したあとも奈美の動きをマークし、やがてマリアが阿寒湖方面に連れ去られたのを突き止めていた。 あの男との接触に利用したのかもしれない。 
三ツ矢は、男たちのあとを追うのではなく、男たちが出てきたあとの方に向かった。 カンだ。  
やがて,三ツ矢が目にしたのは、まぶしいばかりの白い肌を持つ物体であった。
マリアは幸せそうな顔をしていた。 眠っているようである。 それを裏切っているのは呼吸の動きを見せない胸,立ちこめる血臭、下半身の赤、であった。
「…お・お・おおおおおおおおお」 三ツ矢は自分を呪った。 目が熱い。 視界が曇る。 涙,と理解するまでには間があった。 ここ何年も泣いたことなどない三ツ矢だった。 感情に支配されるようなトゥールではなかったはずだ。 無慈悲な戦闘機械。 三ツ矢の本性はそれだったはずである。

どれくらいの時間が流れたのであろう。 三ツ矢は携帯を取り出した。 
「杉浦さん」 
「徹か?」 日本に到着したばかりの杉浦はまだ起きていた。
「面白い趣向の挑戦状を用意できそうです」

三ツ矢は電話を切るとマリアを抱いて湖を進んだ。 氷の厚みはかろうじて二人分の体重を支えるだけはあった。 
足元の氷が二人分の体重を支えるのにおぼつかなくなりそうなところまでくると、マリアをそこに横たえ、愛用の大型ナイフを取り出す。 氷の一部を割ったあと、マリアを改めて見つめ、口付けした。 そして、マリアの臍の下あたりを一気に切り裂く。 細いマリアの身体は、わずかに骨の抵抗を残して大型ナイフの一太刀で二つになった。
出血は少なかった。
三ツ矢ははマリアの上半身を湖に沈めると、血まみれの下半身を抱いて自分の車に戻った。
どこか手近なところにでも埋めよう。 すぐにでも会いにいけるような近くに。

三ツ矢は、胡散臭いだろうな、と思いながらも涙で赤くなった目をサングラスで隠し、ナイキのアポロキャップをかぶると、ホテルに一回戻って伊神へのメッセージをフロントに預けた。 杉浦の代筆である。

復讐が始まる。 杉浦の伊神への。 そして三ツ矢の島村組への。 明日,伊神に会ってみよう。 三ツ矢徹はそう思った。 いや、彼はすでにその名前を捨てていた。 マリアを愛した三ツ矢徹はマリアの死とともにいなくなったのだ。 北欧神話の戦闘神、雷神トゥールの復活であった。

物語は始まった。

Fin.
2001年06月14日 10時25分38秒

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