ポートレート・メタリックブルー

西原佑

 

 (しょう)がリストバンドを外す。

 ここは、まるでゴミ箱の底だ。

 煙草の吸殻とビールの空き缶が転がる床はまともに歩くことも困難。ベッドの上に積まれた洗濯物があふれ出して散乱。安っぽい粗悪な壁紙は湿気ではがれかけたまま。

 パリのマロニエ並木なんて、月よりももっと遠い世界。

 そんな部屋で、リストバンドを外した昌は魔法を使う。

 ヒーローが仮面を外して颯爽と登場するように、天才芸術家はリストバンドを外して窓際のカンバスの前に降臨する。くだらない日常を送るエキセントリックな女は、リストバンドを外すことで、眼前の光景すべてを支配する天才芸術家に変わる。

 投げ捨てたリストバンドはすぐに丸めた紙パレットに紛れ、絵の具とスケッチブックに挟まれ、筆壷からこぼれた油と混じって、ゴミと見分けがつかなくなる。

 ペインティングナイフを握った昌の右手の手首には、縦に深く深く切った傷跡。縫い目も鮮やかに浮かび上がるその傷を見せ付けるかのように、昌は腕を広げて一呼吸。

 自称世界一の美貌は窓際のカンバスに向けられて、僕の方からは窺い知れない。

 でも、僕には昌の表情が手に取るようにわかった。

 普段はへらへら緩んで下ネタを飛ばしてばかりの口は真一文字に結ばれる。いつも呆けたように視線を宙に泳がせるばかりの二重まぶたの下の大きな瞳は、視界に入ったものを射抜くようにはっきり見開かれる。砂糖菓子みたいに小ぎれいな鼻筋も、つつけば爆発しそうなくらい絶妙なバランスで張り詰める。日本刀のような形をした眉毛に触れたら、間違いなく指がすっぱり切れてしまう。後姿を見ているだけで、そんな昌の表情が目に浮かぶ。

 あたかもカンバスが立ち向かうべき悪の怪物であるかのごとく、

 あたかも自分が世界を救う正義のヒーローであるかのごとく、

 昌は三分間、天才芸術家の本性を現して絵筆を振るう。

 そうして、下町のボロアパートの一室はアトリエに変わる。

 それが、昌の使う魔法だった。

 昌は一日にたった三分間だけ全身全霊を込めてカンバスに向かう。一日のうちほかの二十三時間五十七分は、僕とのくだらない会話に費やされる。カンバスの前に置かれた椅子に腰掛けた姿は、アホの子としか思えない。昌はくだらない話をしながら、パレットで絵の具を練ったり筆壷の油を換えたり、いかにもやる気なさそうに絵の具をカンバスに塗りたくってみたりする。下手すると、缶ビール片手に絵を描いていたりするから、それは天才芸術家以前に美大生としてありなのか、と思う。

 そんなどうしようもない絵描きのスイッチは、唐突に入る。そして計ったように三分間で切れる。

 三分間。

 カップラーメンが出来上がるまでの時間。

 マルボロメンソールライトが五分の三だけ燃え尽きるまでにかかる時間。

 漫然と過ごしていれば一瞬にも満たない時間、長い長い人生の退屈においては一睡に満たないその三分間を、昌はカンバスに炸裂させる。

 三分間を三つの一分に分割し、一分を六十の一秒に解体し、一秒を七十二の刹那に切り刻み、その刹那の一つひとつに、爆発のように壮烈で鋼鉄のように確然とした意思を込めて、絶対無敵の天才芸術家は絵筆を振るう。

 それは静謐で不可侵で神聖な三分間だ。

 声などかけられない。

 邪魔をしたら殺される。

 そう思わせるだけの力場を纏って昌は運河の絵を描く。

 すべてが神妙に絶妙に巧妙に調和しながら張り詰める空気の中で昌は絵を描く。

 露ほどの雑念も振り払い瞬きすらも忘れて昌は絵を描く。

 僕はただ黙って、それを眺めている。

 パレットにぶちまけた毒々しいまでに鮮やかな色の油絵の具を、ペインティングナイフに乗せて渾身の力を込めてカンバスにぶつける。窓から這入ってくる街の雑音を切り裂いて、絵の具がカンバスにぶつかる音がする。その音の粒子の一つひとつが僕の脊髄にぶつかって音を立てる。僕の全身が軽く痙攣する。空気が質量を持った塊のように皮膚にまとわり付き、その場にいる人間の全身を重く支配する。

 叩きつけられた絵の具は筆でのばされ、突き刺され、投げつけられ、混濁しながら昌の支配の下に一つの絵を形成していく。絵筆に操られた指は精密機械と化す。白の上に黄土色を、緑の上に橙色を、黒の上に薄桃色を。

 そしてすべてを塗りつぶすように、赤。

 今日は、赤だ。

 見るものの目を潰すような赤。

 一度見たら二度と忘れられない呪いのかかった赤。

 眼前に行き交う一瞬の光景を小さなカンバスの中に閉じ込める永遠の赤。

 それは、人を殺すことができる魔法がかかった赤の色。

 赤の奔流がカンバスを覆い尽くし、僕の視界を埋め尽くし、窓の外に広がる運河の風景を完全に奪い尽くす。複雑に混色して彩度の下がった絵の具は、カンバスの中で馬鹿みたいなエネルギーをぶつけ合いながら、カシスオレンジのように甘ったるくて濃い夕陽の色に収束し、収斂し、収縮し、赤い運河の絵になって姿を現す。

 熱力学の第二法則を、昌は鼻先でかっ飛ばす。昌の絵には熱がある。それはどこかからもらってくるのではない。爆発のように壮烈で鋼鉄のように確然とした意思の力で、昌はカンバスに熱を創り出す。

 触ったら火傷しそうな油絵が、一枚完成した。

 ふう、と息を吐いて昌が絵筆を筆壷に放り込む。ドブの色をした筆洗いの油は、計算したように運河の水の色だった。

「終わったぁ」

 全力疾走した後の陸上選手のように、昌は力なく椅子にへたり込んだ。

 西陽の中にその姿を埋める東京の水路が、カンバスの中にあった。

 それは完璧な運河の絵だった。

 荒川の旧水路である隅田川と現在の荒川を東西につなぐ竪十間川。生活廃水と家庭ゴミと、タールみたいなヘドロが程よくブレンドされた汚い水。目の端に降り積もっては忘れられていくだけの、くだらない日常のひとコマ。雑多で平凡で薄汚い、東京の運河。

 そんな風景を、昌は完璧な風景画に変える。

 風景は芸術家の手によって風景画に変性する。

 運河という日常は昌の手を持って芸術という非日常に成り変る。

 バブル期の現代的な建築と、高度成長期に造られた首都高と、戦前からの木造の家並みが混在する向島の奇妙なちぐはぐさが、昌の筆に描かれると途端に整然として芸術としての気品を漂わせる。猫の小便の臭いそのままに、日常が芸術に転変する。

 昌はこの雑多で平凡で薄汚い街を、圧倒的な吸引力を持った絵画に仕立て上げる。

 ずっと横で見ていても、昌がその途方もない変成の作業をどんな手順で行っているのか、僕にはまったくわからない。

 休日、昌はちょっと高そうな一眼レフを抱えて、ただでさえ雑然とした下町の、特にごちゃごちゃした街を選んで出かける。一日にフィルムを十本くらい使って朝から晩まで様々な時間帯の街を写真に撮ってくる。

 それからはまた、僕とくだらない会話をしながらのぐだぐだだ。出来上がった写真を眺めては、デッサンをしたり、絵の具をこねてカンバスに塗りつけてみたり、4Bの鉛筆でわけのわからない図形を描いてみたりする。結構な量の本や漫画を読みふける。酒を飲む。煙草をすう。突然スケッチブックに向かって猛然と鉛筆を振るいだしたかと思うとゲラゲラ笑う。何かと思って覗き込むと、アメリカの大統領の顔に、鼻の代わりに男性器をくっつけた似顔絵を描いていた。風景画と何の関係があるんだ、それ。

 そして何の前触れも無く、窓際のカンバスに三分間だけ本気で向き合うのだ。

 理屈の世界ではないのだろう。昌はそうやって絵を描き上げる。それだけだ。

 入り組んだ路地や、町工場の間を貫く運河をモチーフにして、昌は何かを訴えようとしている。その訴えは僕には読み取れない。きっと、昌自身にしかわからない訴えを、昌の絵は内包している。

 今日は、赤。あの絵の赤が見られるだけで、きっと昌が絵を描く意味はあるのだ。昌はそう思わせるだけの絵描きだった。

 あのカンバスに乗せられた夕暮れに沈む運河では、猫の小便混じりの汚水が化学薬品の臭いのする風に揺られて波を立て、ヘドロと空き缶と不法投棄された冷蔵庫の佇む水底を音も立てずにハゼが泳いでいく。酔っ払いがガード下の立ち飲み屋で巻いた管が泡になってコンクリートの岸壁に打ち寄せ、捨て犬の入れられたダンボールが金網で囲まれた空き地のセイタカアワダチソウの間で佇んでいる。路上に放置された自転車を中学生が乗り回し、潰れかけた豆腐屋のシャッターが錆びも落とされないまま古びていく。

 あの赤にはこの街のすべてがそのままに、そして数段美しくなって描かれている。

 そのままに写しとることと、より美しく描き出すこと。それは矛盾しているのだけれど、あの赤はそんな矛盾を抱えながらにして一片の隙もなく、圧倒的にそこに存在している。

 手を伸ばす。

 戯れに。ちょっと試しに、昌の絵に向かって手を伸ばしてみる。座ったまま、窓際に置かれたカンバスまで手が届かないものかと。

 壁にもたれかかった背は心地よくて、もちろん、座ったままで昌の絵に手が届いたりすることなどあるはずもない。

 僕は立ち上がり、洗濯物やコンビニ弁当の容器を踏みしだいて昌に歩み寄った。カンバスを間近に見ると、なお驚く。何日もかけてゆっくり描いた下地があったとはいえ、たった三分間で一番肝心な仕上げの作業をした絵とはとても思えない。

 熟練した精巧な筆致がそこにあった。あのスピードで運ばれた筆の勢いが、なぜこれほど緻密で細密で綿密な絵柄になるのか不思議でならない。

 魔法の領域の仕事だった。

 そう、昌は手首につけたリストバンドを外すと三分間だけ天才芸術家として魔法を使う。

「なあ、どうやって変身してるの?」

 冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して、昌に一本投げてやる。プルトップが開き、炭酸が抜ける小気味いい音がする。僕たちはまるで戦場のように汚いアトリエで、古くからの戦友のようにビールを飲んだ。

「変身?」

 昌はきょとんとして首を傾ける。短い髪の間から覗いた銀色のイヤリングが遅れて揺れる。リストバンドを拾って付け直す昌に、僕はウルトラマンの設定に文句をつけるみたいな口調で言う。

「昌がすげえ集中するとさ、なんか変身したみたいな迫力で絵が出来上がるじゃん。リストバンド外して、一言も口きかなくなってさ。あの状態って、やっぱり番組終盤のピンチに三分間限定でしかなれないもんなの?」

 唇の右端だけを吊り上げてニヒルな笑いを作りながら、昌はビールを一口飲む。僕は今日の差し入れのスナック菓子を学校指定の鞄から取り出して、袋の口をあけてやる。昌は無言で菓子を食べながら、言う。

「別に。気分が乗ったときはリストバンドを外す。乗らないときはつけてる。普段もつけてる。セックスするときにコンドームをつけるよーなもんで、つけてるのが普通だわな」

 抽象的な話はすべて下ネタにたとえないと進められないのは、この女の悪いところだと思う。僕は上手く合わせてやる。

「外すと中出し状態?」

 僕は元通り、入り口近くの壁に寄りかかって座り込む。

「そう、中出し状態」昌は立ち上がると、伸びをした。

 広げたままの週刊誌の上に、絵の具がびっしりとこびりついたビニールのエプロンが脱ぎ散らかされる。床の洗濯物を足でよけて、できたスペースにどっかりとあぐらをかく姿は、とても嫁入り前の娘とは思えない。

「意味わかんねーっす。僕、高校生なんで、中出しとかそういう大人の世界は」

「別に大人とか子供とか関係ないよ。アタシは変身なんかできないし、してない。絵を描くとか写真を撮るとかそういうことは、別に変身したりしなくてもできるんだ」

「そうかなあ。さっきあそこにいた昌といまここにいる昌は、たぶん別人だよ。変身前、変身後。その証拠にさ、さっき描いたのと同じ絵を、いま同じように描ける?」

 昌はビールを軽く吹いて、床にだらだらとこぼす。ものすごくだらしない姿は、さっきの三分間とは完全に別人だ。

「バカか、お前」昌は床に散らばったシャツで口を拭って言う。「同じものをたくさん作り出すとか、そういうのは産業革命以降の仕事であってだな。アタシがやってるのはそーゆーことじゃないんだよ。さっき描いた絵は、さっきのあの陽射しが、あの運河の、あの水面に、あの角度で、あの時間に、あのアングルで映りこんだときに、まさにあのアタシが描かないと描けないからこその絵なんだよ。同じ体位でヤってても同じようにイけるわけじゃねーだろ、男はどーか知らないけどさ」

 ぜんぜん下ネタにたとえる必要ないよね、それ。しかもわかりにくいし。

「だからさー、さっき絵を描いてた『あのアタシ』と、『いま現在そこで話してるアタシ』が別々の違う『アタシ』なんだったら、それって変身してるってことじゃないの?」

「そんな特殊能力みたくいうなよ。お前、ホント兄貴に似て理屈っぽくて参るなー。アタシはただビビっとズバっと気合い入れて絵を描いてるだけだっての」

「そうかなぁ。そんなもんかなあ」

 僕は昌の描いた、運河の絵に視線をやる。

「あれを描いてたときの昌は、なんか特殊能力ビンビンに出して変身してたよ。もう二度と戻れない、帰れない、届かない、まさにあの一瞬だけ存在する、特異な昌だった。あれは、変身だよ」

 なぜか酔っ払いたいような気持ちになって、僕はビールを一気に缶半分くらい飲み下した。本当は、ビールは苦手だ。缶チューハイならまだ飲めるけれど、ビールの味が僕にはわからない。

「それを言ったらな、」昌は苦いビールを飲み干して、不敵な笑顔で缶を握りつぶした。「いまこの瞬間も、アタシたち人間は変身し続けてるんだよ」

 ズビっ、と僕を指差して、ビール二缶越しに昌はにんまりと笑うのだった。

 その笑顔にはわかりやすく、「お姉さん、いいこといってやったぜ」と書いてある。

 僕には、よくわからない。

 アルコールに頭がぐらぐら揺れた。

「孝志、酒弱いよなー。飲めないから理屈こねまわすんだよ。試しに、訓練だと思って死ぬほど飲んでみな?」

 試しに死ぬほど飲んでみたのは、その日が三回目だった。ちなみに過去二回とも、この女は僕のそばにいて、酔いつぶれた僕の顔に油絵の具で落書きしてくれた。この女は「試しに」という言葉の意味を絶対わかっていない。

 それでも勧められると断らないのが僕の良いところだ。この長所は兄貴から僕に受け継がれた。もっとも、兄貴はいくら飲んでも平気な顔をしていたけれど。

「カクテル作るけど、リクエストは?」

「カシオレー」

 ありがとう、の一言も無く昌は飲み屋で注文するみたいにリクエスト。まあ、いいけど。

 流し台の下からカシスリキュールを取り出し、オレンジジュースと混ぜる。いつもより相当濃くなったけれど、まあいいや。どうせ酒なんてみんな同じ味だ。

 氷の入ったグラスに濁った赤色の液体を満たして、僕たちは水か何かのようにそれをがぶがぶ飲んだ。途中からウィスキーを取り出した昌は、真っ赤な顔をした僕の口にビンを突っ込んで、甘苦い液体を流し込む。そして、自分も腰に手を当てて、ウィスキーのラッパ飲み。結構高いシングルモルトウィスキー、きっとこの飲み方見たら、作った人泣き出すな。

 僕たちはバカみたいな量の酒を飲みながら、日がとっぷり暮れるまでくだらない会話をした。魔法がどうとか、奇蹟がどうとか。所属している劇団西方計画は、早く潰した方がいい、とか。

 その間に僕の頭はぐらぐら揺れ、頭蓋の内部から殴られるような頭痛が始まり、僕は窓を開けて運河に嘔吐。「応答せよ、嘔吐せいよ」と、死ぬほどくだらないギャグが背中に投げかけられ、湧き上がる殺意。

 深夜、昌の乱れ具合は絶頂に達した。昌は意味の分からない言葉を叫び、僕を蹴飛ばしたり部屋に散らかしたものを引っ掻き回したりした。

 いつもどおり僕が先につぶれた。胃の中の物を全部吐き出してもまだ不快感が治まらない僕は、部屋の隅に丸まってじっと良いが醒めるのを待つ。

 そうしている間に昌もつぶれる。昌はベッドに横たわり、意味不明な呪文を唱えながら手のひらを宙でゆらゆらさせた。頭のネジ、ちゃんと締まってるか、この女。

 その夏、それが僕たちの日常だった。

 昌は絵を描く。僕は後ろでそれを眺める。くだらない話をする。

 下ネタのやりとり。街について話す。川について話す。このアパートの最低の居住環境について文句を垂れる。首都高速の騒音について話す。かもめと野良猫について語る。僕が最近小説を書いていないことに言及する。ついに貯金の残高が四桁に突入したと告白する。

 どこまでもくだらない話を、僕たちはする。繰り返す。

 そして酒を飲む。僕たちは毎日酒を飲む。

 ビールから始まって、流し台の下からウィスキーでも日本酒でも好きなだけ出てくる。昌は米を買う金がなくなっても酒だけは買い続ける女だ。酒の勢いでくだらない話は勢いくだらなくなる。下ネタはきつくなり、脈絡は無くなり、呂律は回らなくなる。

 僕たちはそんな状態で、兄貴の話をする。

「悩めよ足掻けよ高校生、十八の夏は二度とねーぞ?」

 酔っ払った女がペインティングナイフをぶんぶん振り回しながら、何かを叫んでいた。僕はぐるぐると回る視界の端に赤い運河の絵をとらえながら、カンバスの脇においてあるオレンジ色の物体に目を止めた。

 洗濯物の山がペインティングナイフを振り回す女の足にぶつかって崩れ、それは顔を出した。それは最初、鮮やかなオレンジ色の巨大なタイヤに見えた。何か文字が書いてある。血の中にどれだけアルコールが溶けているのか考えたくもない酩酊を感じながら、僕はその文字を読み取る。

 ――海上保安庁。

 意味がわからない。

 昌は三分間だけ天才芸術家に変身する魔女で、アル中の上に酒乱で、下ネタがキツい。僕より四つ年上の二十二歳だけれど、三浪して上野の美大に入ったから大学の一年生。自室がアトリエを兼ねているというよりはアトリエが住処になっている。一切の家事ができないので、彼女の部屋はあらゆるゴミで埋め尽くされ、絵を描くスペースのほかはすべて何かしら汚れた物が占拠している。

 そして、そこにはオレンジ色の浮き輪が一つ、置かれている。

 野中昌が後に二科展で賞を受ける「赤の運河」を完成させた日、僕は死ぬほど酒を飲んでゲロゲロと嘔吐し、ドロドロの視界の中で「赤の運河」を眺め続けた。この街のすべてが溶け込んだあの絵から、目が離せなかった。

 オレンジの浮き輪は、なんだか浮き上がるようにして、昌の部屋の片隅に在った。

 

*   *   *

 

 日常を繰り返して、昌はその夏、十六枚の油絵を描いた。

 日常を繰り返して、僕はその夏、学校の夏期講習をすべてサボった。

 僕の通う高校は、兄貴の高校ほどではないにしろ進学校で、大学入試の合格実績が売り物の私立高校だった。

 校風はユルくて、校則はいい加減で、生徒総会の壇上で会長が突然頭を坊主にしたり、文化祭で花火を打ち上げることに命をかけた実行委員がいたり、退屈を紛らわすネタには事欠かない。まあ、良い学校の部類に入ると思う。

 もちろん、進学校だけあって、三年生のメインイベントは大学入試となる。

 修学旅行でも体育祭でもない。受験勉強が主役だ。

 親身の学習指導が生徒(の親)に大人気の古文の水持や、受験は気合と根性が合言葉の数学の田中の主張は、だいたい一点に絞られる。夏休みも学校に来て、夏期講習に参加しなさい、というのがその主張で、自由参加という建前にはなっていたけれど講習はクラス全員大集合というのが毎年の光景。

 普段の授業より熱がこもっているからやる気も出るし、実践的な問題に取り組むから入試に直結する、というのは本当のことらしい。

 だから講習に申し込みなさい、という担任の関口に、僕はうんうんとうなずいておいた。

 申し込んでおいて、サボってしまえば、後はどうにでもなる。

 僕はかったるいことは本気でヤバくなる直前まで絶対手をつけないという、合理的で省エネな人間だ。講習に参加しないことを心配する学校の友人からのメールにもほとんど返信しなかった。

 家に帰るのも週に一回くらい。

 両親は僕を心配したが、それだって後でなんとでも言い訳はつく。例えば、自分探しの旅に出ていました、とか。嘘だけど。

 僕は半ば家出するみたいに昌の部屋にいた。

 夏期講習をサボるとか、家を出るとか、そういうことは僕にとってまったく問題にならなかった。

「高校生のうちは勉強さえできれば意外と誰にも文句は言われないもんだ」

 兄貴の台詞だ。僕はその台詞を信じている。兄貴はいつだって正しい。

 成績を落さない自信があった。僕は兄貴の弟だったから、勉強くらいどうにでもなるのだ。仮に多少成績が落ちたとしても、大学に入るのに何の影響も無かった。僕は周囲に羨まれる程度には要領が良い。これは兄貴譲りだ。

「孝志、勉強するときは努力とか根性とかそういう精神論は全部捨て去れ」僕に勉強を教えてくれるとき、兄貴は言った。「こんなのはな、全部、書いて、覚える。それだけだ」

 多少、どころか、かなり嫌味な台詞に聞こえないでもないが、兄貴の言っていたことは実際正しい。兄貴は全部書いて覚えて、ゆうゆうと一番偏差値の高い国立大学に受かった。

「トップで受かったの?」と、尋ねた僕に、

「満点だったからトップだったんだろうなあ」と、ヌルい口調で答えて、在りし日のクラーク・ゲーブルみたいにシブい表情で煙草をふかした。

 そのころの僕にとって、兄貴という人間はなんというか、現実と非現実がごちゃ混ぜになったところに浮かんでいる、神様みたいな存在だった。今でも、神様は言い過ぎにしたって兄貴の言うことはかなり正しいと思っている。

 勉強は書いて覚えればそれでいい。だからわざわざクソ暑いなか自転車を漕いで学校に行くこともない。以上、証明終了。

 もっとも、書いて覚えれば良いというのは僕の場合だ。

 兄貴は書かないでも一度目にしたものは二度と忘れないという超能力みたいな芸当ができた。例えば、初めてみた漢詩を、十秒眺めただけで諳んじることができた。世に言う、写真記憶というやつらしい。

 もちろん僕にはそんな超能力は使えない。僕は英単語も数学の公式も、書かなければ覚えられない。サボればサボった分だけ成績は落ちる。兄貴と同じ大学に受かるかどうか、模擬試験の結果によれば僕はすれすれのライン上にいるようだ。

 漫画や映画の中の人物は、こういうときものすごくやる気になるか、ものすごく追い詰められるのだけれど、僕はなんだか、いたってユルかった。受かっても落ちても大差はない。受かるレベルの大学に通うだけの話だ。

 兄貴にライバル意識を燃やして死ぬほど勉強するとか、そういう行為は僕には死ぬほど似合わない。別にいいじゃん、兄貴は兄貴で、というのが本音だ。

 そんなわけで、高校三年生の夏、いわゆる受験の天王山に差し掛かっても、僕の日常は相変わらずダルかった。学校には友達もいたし、担任の関口も古文の水持も教師としてはかなり話せる人間だったけれど、なんだかノリがあわなかった。

 眼前の受験に目を血走らせている連中と、テストの問題用紙の裏側に小説のプロットを書き始めてしまうような僕と、温度差ができてしまうのは仕方がない。なんというか、視点もテンションもまったく違うのだ。

 僕は高校生活最後の夏休みをニートみたいに過ごした。

 どこかに遊びに行くような金もなく、学校には居場所がない。家でだらけた姿を見せて、お袋に心配をかけるのも申し訳ない。

 そうして学校や家からぽつんと切り離されてしまった僕にとって、昌の部屋は入り浸るのに最適だった。

 ボロいとはいえ冷房完備。一人暮らしの女性(しかも見た目だけは一応美人)の部屋となれば刺激も充分(実際、僕の前でも昌は上なら平気で脱ぎます)。加えて昌は読書家で、本を読んでばかりの僕とはびっくりするほど話が合った。

 ただ、難点がいくつか。

 転がり込んだ先に文句をつけるのもどうかと思うのだけれど、昌のアパートは酷いものだった。八畳のワンルームで家賃は月に二万。安くて広ければ何でも良いという人間の住む場所だ。居住環境に見合った値段だと思う。

 アパートといってもここは独立した建物ではない。京成曳舟線のガード下、居酒屋の並びの倉庫が何のはずみかアパートに改装された住居なのだ。不動産登記がどうなっているのか聞いたことはないが、ひょっとしたら「住宅」ではないのかもしれない。

 線路の真下だから、夜中でも平気で頭上を電車が行き交う。終電の時間が過ぎてしまえば電車は通らないかといえば、夜中も貨物線は動いているわけで、ほぼ二十四時間轟音に悩まされなければならない。ベッドに寝ている昌はまだしも、コンクリートの上に絨毯を敷いただけの床に毛布の僕は相当寝苦しい。

 そして、窓を開けるとそこは淀んだ水の流れる運河である。夏は蚊柱が立ち、一年中潮とヘドロと岸辺の苔の臭いが立ち込める。向かいの児童公園の公衆トイレは清掃しているところを見たことがない。下町の公園のトイレというのはどうしてあんなにひどい臭いがするのだろう。部屋の中では揮発性のテレピン油とペインティングオイルが有機溶剤独特のつんとする臭いをさせている。窓を開けると三つの臭いが混ざり合って、それはもう香しい空気になる。

 そんな環境に加え、家主である昌がまた輪をかけて酷い。彼女の家事に関する才能は、「皆無」を通り越して「悲惨」とか「凄惨」の領域に属する。人間の能力を形容する言葉として「惨」という文字はどうなんだろう。

 食事は三食コンビニ弁当。しかも、全部同じ種類。弁当選ぶのすら面倒くさいのか、昌。

 部屋に多数の生命反応。三角コーナーの生ゴミはおぞましく蠢き、すさまじい速さで床を這う節足動物は流しの下に王道楽土を築きつつあった。

 洗濯物を片付けるときに、「色柄物」と「白いもの」と「捨てなければならないもの」に分かれるってどういうことだ。ペインティングオイルが染み込んだワイシャツって放って置けば自然発火しますよ、お嬢さん。

 僕はまずそんな部屋と戦った。人間らしい食事を作ると、昌は子供をファミレスに連れて行ったみたいに最大限の喜びを表現しながら猛烈な勢いで食べた。

 しかる後に隣人の洗濯機を借り(昌は洗濯機を持っていなかった!)、ベッドの上から本や漫画を追放し、部屋の四隅にホウ酸団子を置いた。近所のリサイクルショップからカラーボックスを二つ買ってきたのも大きかった。

 昌の部屋の快適レベルを人間が生存できる域まで引き上げるには、丸三日かかった。

 これだけ世話を焼いても二日で元に戻ってしまうのが、悔しいところなのだが。

 ともかく、僕は昌の部屋で炊事と洗濯と掃除をした。ほとんど主夫だった。そうでもしないと、そのアパートはとても若い女が暮らせる場所ではなくなってしまう。

「どうしてこんなアパートに住んでるの?」

 僕は昌に尋ねたことがある。

「ここが一番、この街だからだよ」

 昌はあやふやな口調で答えた。

「この街はさ、あっちこっちに運河があって、町工場があって、汚いガキが路地裏で騒いでて、野良猫と野良犬とホームレスがやたら多くて、たまにびっくりするほど臭い道とかあって遠回りしたり、絶対廃屋だと思ってたら駄菓子屋だったり、ビルがビールの形してたり、道をよぎったのが子猫かと思ったらネズミだったり、まあ、そんな変な町じゃん。そういう場所に、住んでたかったのかもね」

「ふーん」

 適度に芸術家っぽい回答に、僕は適当に相槌を打つ。

「嘘。家賃が安いから」

 だと思った。

 僕たちの会話はいつも適当で、意味がなくて、おざなりだった。大切なことには決して重く触れないように、注意深いぞんざいさでなされていた。

「なあ、こんな風に暮らしてて不便感じたりしないの?」

 一度、僕は尋ねた。

「あー、生活が乱れるから、便秘になるな」

 意外にマトモな答えがかえってきた。

「ウンコでねーのはいいんだけどさー、たまに出るとき硬いウンコでケツが切れるんだよねー。あれだけなんとかなんねーかなー」

 とにかくダメなんだ、この女。絵を描くこと以外の、すべてが。

 もともと昌は、絶対一人暮らしに向いていないのだ。生活そのものにあまり興味がないのだろう。どうも生活と芸術は相性が悪いらしい。

 僕が通っている限りは部屋が清潔で飯もうまいということを覚えたらしい。昌はあの攻撃的な性格にもかかわらず、意外と僕に親切にしてくれた。もっとも、親切と言ったってケリを入れるときに手加減するくらいのものだったけれど。

 そうして僕は昌の部屋に住み着き、日がな一日彼女が絵を描くのを眺めている。

 自分が撮ってきた写真を眺めながら構想を練る昌は、僕にどうでもいい話を振る。

 僕は適当にそれにこたえる。

 カンバスの前で煙草をぷかぷかふかしながらダルいとしか言いようのない手つきで絵の具を塗りたくる昌は、僕にどうでもいい話を振る。

 僕は適当にそれにこたえる。

 スケッチブックに意味不明な幾何学模様をたくさん並べて水彩絵の具で着色した昌は、僕にどうでもいい話を振る。

 僕は適当にそれにこたえる。

 どう考えても油絵とは関係ないアーヴィングの長編小説を読む昌は、僕にどうでもいい話を振る。

 僕は適当にそれにこたえる。

 ぐだぐだと続く一日の中で三分間だけの魔法を使って絵を描き、昌は油絵を仕上げる。

 僕は夏期講習をサボる。

 その繰り返しで、僕の夏休みは回っていた。

 昌が十五枚の無題の油絵と、「赤い運河」を描き、僕が夏期講習をサボった夏は、雑多で平凡で薄汚れた下町の片隅に、なんだか青臭い色をして在った。

 

*   *   *

 

 時刻は正午近く、僕は空腹を感じる。昌は相変わらずカンバスに向かって、呆けたような目付きで絵筆を動かしている。僕たちは、いつものように会話をする。

「昼飯リクエスト受け付けます。適当に買ってくるよ」

「天丼」

「丼物しか思いつかんのか、昌は。昨日、牛丼だっただろ」

「昼は丼物だろ、なあ? こだわりがあるんだよ」

「僕はそばが良いです」

「じゃ、そばで」

「こだわりどこ行ったんだよ」

「昼飯なんかどーでもいいじゃん」

「はいはい。じゃ、間とって天そばかな」

「あ、ついでにシャンプー買ってきて。詰め替え用のヤツ」

「はいはい。行ってきますよ」

 と、まあ。

 こんな具合に平凡で善良な会話を交わした一時間後に、この会話の相手からタコ殴りにされるのって、いったいどんな理由があれば納得行くのだろうか。

 意味が分からない。

 僕は昌に殴られた。殴り倒されたあとでマウントポジションとられて顔面ボコボコ。小学生の喧嘩みたいに手加減無しだった。口の中が何箇所も切れて、顔中青痣だらけ。身長百五十センチの昌にあんな力があるとは思わなかった。

 意味が分からないから、抵抗もしなかった。

 床に座っていた昌がやおら立ち上がり、僕に詰め寄ると襟首を掴んで立ち上がらせた。僕は百七十八センチある。貧弱な方でもない。たぶん本気で抵抗したら、あんなに殴られずに済んだと思うのだけれど。

 僕は、ただ殴られた。

 何度も床に頭が叩きつけられてくらくらした。鉄の味が口の中いっぱいに広がった。

 昌は、笑っていた。笑いながら、涙を流していた。そして渾身の力を込めて、まるでカンバスに向かって変身したときのような迫力で、僕に拳を振り下ろした。繰り返し繰り返し、僕たちが繰り返した日常をなぞるかのように、反復するかのように、昌は僕を殴った。

 きっかけなんか、なかった。

 きっかけなんか、たぶん、なんでも良かった。

 昌は僕を殴った。殴りたいから殴ったのだと思う。

 僕が小説を書きたいから小説を書くように、昌が絵を描きたいから絵を描くように、昌はあのとき僕を殴りたかったのだろう。

 事の経緯はこんな感じだ。

 平穏な昼下がりだった。

 僕は買い物を終え、自転車のかごに積んだスーパーの袋を提げて昌の部屋に戻った。昌はマルボロのメンソールライトをふかしながら、小筆でカンバスの細かい部分に向き合っていた。

 鍋に湯を沸かし、冷蔵庫のめんつゆを適当に水で割ってつゆをつくる。器を取り出し、沸いた鍋にそばを突っ込み、袋に書いてある湯で時間の通りに茹でる。英語の構文を書いて覚えるように、僕は昼飯を作る。それは簡単で単純な作業だった。

 一つひとつは地味で根気が必要で決して華やかではないことを、僕は注意深くこなした。

「昌、できたよ。のびたらまずいから、昼飯にしよ」

 昌は煙草をもみ消して、オレンジ色の浮き輪を手にとった。

「孝志はさあ、兄ちゃんと同じ大学に行くの?」昌が言った。

 僕は麺の量が均等になるように注意深く丼に移し(昌は量に差があるとすぐ文句を言う)、洗濯物とゴミをかき分けて床に丼を置いた。

「ま、受かれば行くんじゃない?」

 僕は適当にこたえる。

 昌は浮き輪を床に置き、その上に腰掛ける。

「落ちたら?」

「受かった大学に行くさ」

「大学に行った後は?」

 スーパーの袋から取り出した割り箸を割り、パックに入った海老天を丼に盛りながら、僕は首をかしげる。

「さーあ。大学に入ってから考えるさ。あ、マルメラ一本もらえる?」

 昌は無言で煙草を僕に突き出す。僕は灰皿代わりのサンマ缶を引き寄せて、百円ライターで煙草に火をつける。

「アタシは大学入るのに三浪もしたからさ、言えた義理じゃないけど。お前、最近勉強してないだろ」

 東京芸大で三浪だったら、人並みだ。

「そうねえ」僕は煙を吐きだし、昌の方に出来上がった天そばを差し出してやった。「兄貴だってそんなに勉強してなかったけど、きちんと受かったしさ。なんか、ガリガリ勉強するの、性にあわないや」

「ま、そりゃ、別にいいんだけどさ」

 僕たちは床の上に座って、スーパーのてんぷらが乗ったそばをすすった。

「ガリガリ勉強しろとか、アタシゃ言わないよ。アタシだって高校のころ相当言われて相当腹立ったからな。でも、お前、勉強じゃなくても、こうさ。なんか、ガリガリやるべきことないわけ?」

 珍しくマトモな問いかけに、僕はゆっくり煙草を一服。

 市販のめんつゆとマルメンライトのハーモニーが、部屋に漂うテレピン油の香りにマッチしてなんともいえない。

「小説を書くよ」マトモな問いには、マトモに答える。「僕は、ガリガリ小説を書く。僕は五年前に小説書きになって、今でも小説書きだ。僕がやるべきことはたぶん、勉強じゃなくて小説を書くことだよ」

 そばをすする。海老をかみちぎる。咀嚼し、嚥下する。ずずーっと、昌が汁をすする音。煙草をすう。僕たちは煙草をすいながら飯を食う。

「小説、書いてないじゃないか」

 僕たちは飯を食う。飯を食いながら、くだらない会話をする。くだらない会話にときどき含まれるマトモな問いに、ときどきマトモに答えながら、僕たちは日常を繰り返す。

「書くよ。いまは、書かないだけさ」

「アタシが、」昌の目は、急に悲しげな優しさを帯びた。「アタシが絵を描いてる後ろで、お前が小説を書いてたっていいんだよ?」

「じゃあ、聞くけどさ」

 なるべく軽薄に。そう、なるべく軽く聞こえるように、僕は言葉を紡ぐ。

「昌は、どうして絵を描けるのさ?」

 昌は左耳につけた銀色のイヤリングを揺らして、心底わからないというように首をかしげた。

「この街は、一年中湿っぽい川風が吹く、低い低い淀みにあるんだ。0m地帯だよ。川のほうが高いところにある。だから汚れは溜まる一方で少しも綺麗にならないで、そこの運河みたいにヘドロと油にまみれてるんだ」

「それで?」

「そんな雑多で平凡で薄汚くてくだらない街を、どうして描くんだ?」

 日本刀のように形の整った太い眉が、二、三度ぴくりと揺れた。昌が飛び切り不機嫌になるときの合図だ。

 それでも、僕は喋り続けた。すべての言葉を軽く、聞き流してしまえるように軽くなるように、細心の注意を払いながら。

「本当は昌だってわかってるんだろ? この街に描くべき物なんか何もなくて、この川に書くべきことなんかなにもなくて、僕たちはそれでも昔にしがみついてカッコ悪くモノを創り続けるんだ。昌は絵を、僕は小説を」

「で?」

「軒先に朝顔のつるが絡みついた台風が来たら吹っ飛びそうな木造家屋とか、側溝のどぶの中でジルバを踊るドブネズミとか、そういうものを書いても、奇蹟みたいに作品が出来上がったりはしないんだなって。なんか、最近そう思うよ」

 踏んだ地雷は爆発する。

 別に、踏んだ人間が地雷の回路の機構をよくわかっていなくたって。

 僕の台詞の何が気に食わなかったのか、昌はキレる。

 確かに、その会話は地雷だった。

 猛然とつかみかかる昌の動きに、僕は強姦されるのかと思った。昌の海老天そばが床に敷いた絨毯を浸す。

 グーパンチ。

 後は承知の通り。僕はわけがわからないままにボコボコにされて、雑巾のように床に這いつくばっていた。麺とてんぷらを食べ終わって、結構美味くできたつゆを飲むことを楽しみにしていたのに、こんなに口の中がずたずたじゃきっと痛くて飲めやしない。

 昌はオレンジ色の浮き輪を手にとって、さっきまで笑っていたはずが、今度は淋しそうな表情を浮かべて、僕を見下ろしていた。涙が目じりからこぼれて頬を伝い、あごから滴り落ちている。

「だらしねえな、お前は」

 拳を握り締めて昌が言う。

 確かに僕はだらしない。でも、昌に言われたくはないぞ。

「ぐじぐじ悩んでるのか、うだうだ考えてるのか知らないけどさ、人が必死こいて絵ぇ描いてるの、物欲しげに眺めやがって! なにが変身だよバカヤロウ! アタシはただズビっと集中してドバっと絵ぇ描いてるだけじゃねえかっ!」

 浮き輪を握った昌の手首には、リストバンド。深く縦に切った傷を、傷の縫い目を、誰かから何かから隠すための、黒いリストバンド。

「なにが羨ましいんだ、お前は!」

 昌は僕のみぞおちを蹴り上げる。

「なにが妬ましいんだ、お前は!」

 もう一発。僕はそばを吐き出しそうになるのをこらえる。

「毎日部屋の掃除して三食作って、何を満ち足りた顔してるんだよっ! 夏期講習でも予備校でも行っちまえばいいじゃねえか、それを、お前、ここでぐだぐだしてるとお前がなんか救われたりとかすんのかよっ!? ウチは子供110番の家かなんかかこの野郎っ!」

 昌はオレンジ色の浮き輪を尻に敷いて座り込み、泣いた。

 昌も、あの天才芸術家も、あんな泣き方をするのか。なんだか意外だった。昌が泣いているのは、変な光景だ。

 昌はもう二度と泣いたりしないと、僕は勝手に思っていたのに。

 実際、二年前から昌は一度も泣いたことがなかったというのに。

 長い時間、昌は顔を両手で覆って涙を流していた。その泣き方は、昌という女が一番繊細な部分を晒しているような泣き方で、なんだか見てはいけないような気持ちになる。僕は目のやり場に困る。

 ぜんぜん、意味が分からない。

 僕はただなんとなくオレンジ色の浮き輪を見ていた。昌の足元に転がっている、海難救助用のセルロイド製の浮き輪。白いロープが巻きつけてあって、海に落ちた人間を助けるときに投げ込む浮き輪だ。

「とりあえず、出てけ。なんか、お前見てたら急にムカついた。出てけ」

 涙声で、昌は言った。

 家主様に言われたら出て行くけれど。昌、お前、王様かなんか?

「うっせえ」

 何も言ってねえよ。

「マジで腹立った。出てけ、コンチクショウ」

 僕はヨロヨロ起き上がり、トボトボ出て行った。ノロノロと自転車にまたがり、フラフラと漕ぎながら、タラタラと考えた。太陽はピカピカで、傷にジンジンと染みて、頭はまだクラクラしている。

 日常は、本当にくだらなかった。

 僕はいつだってそんな日常に辟易し、人生に迷い、世界を前に戸惑い続ける。

 腕時計を見ると、まだ二時前だった。学校に行けば夏期講習をやっている。

 もちろん、行く気なんてないけれど。

 どこに行っても良かったのだけれど、どこにも行くあてはなかった。僕は公園の水道で口をすすいでから二十分ほど自転車を漕いで、家に帰った。直射日光に焼けたアスファルトの照り返しで、町中が巨大な鉄板のようだ。

 クソくだらない、夏だった。

 僕はまったく冴えない高校生で、三年生で、青少年だった。

 僕の家は昌のアパートと同じ墨田区内の、比較的新しい街並みの地区にある。空襲で建物がすべて焼けてしまったので、戦後になって区画整理がされた場所に立てられた木造住宅だ。都内のあまり地価の高くないところにならどこでも見られる、何の変哲もない二階建て家屋。

 玄関をくぐると、居間にいたお袋が僕の傷を見て悲鳴を上げ、色々尋ねてきた。

 その傷はどうしたの?

 夏期講習はどうしたの?

 いったいどこに行っていたの?

「別に、」僕は適当にこたえる。「別に、なんでもないよ」

 自分にもわからないことを他人に説明するのは、とても難しい。

 別になんでもないなんて言い草は、普通、本当はなんでもあるときに使うものだけれど、僕の場合は本当になんでもなかった。僕の傷には、語るべき物語なんてない。

 心配するお袋に、悪いな、と思いながら、僕は二階に上がって自分の部屋に入ってしまった。壁面が本棚で埋め尽くされた、六畳間。

 本に埋もれるような布団に横たわると、きちんと天日に干された布の匂いがした。

 昌のアパートのあの香しい空気が、なぜだかとても懐かしかった。

 

 

 五年前。思い出すのも恥ずかしい、僕が反抗期真っ盛りだった時代のことだ。

 僕の反抗期は、それはそれはひねくれていた。たいていの子供は反抗期に親から自立するために家庭で戦う。でも、僕はそんな素直なことは出来なかった。

「親父とお袋のいうことはな、素直に聞いておいた方がエネルギー使わないで済むぜ」

 下駄箱開けるとラブレター、という古典漫画的表現を現実にしてしまうチャーミングな微笑を浮かべて、兄貴は僕に言った。

「どうしてお母さんは僕に面倒なことばっかり言うの?」と質問したときのことだった。

 僕が質問する。兄貴はそれに答える。

 僕たちの会話はいつもそうだった。

 兄貴はいつだって僕の質問に明瞭で簡潔な答えを出した。

 兄貴に答えられない質問などないのだと、僕はそのころ、本気で信じていた。

 底辺に高さをかけると四角形の面積が求められる理由も、物体が落下する速さを求める方程式の意味も、明治時代に自然主義文学が勃興した経緯も、兄貴は親父よりお袋より教師よりわかりやすく答えてくれた。

 たぶん本気で尋ねれば、時速一光年で飛ぶ宇宙船の作り方や、絶対失敗しない女の口説き方なんかも教えてくれただろう。兄貴はそういう人物だった。

 だから「親や教師はわかってくれない」、なんてロックな悩みは僕とは無縁だった。兄貴に尋ねさえすれば、いつだってうまくやっていく方法を教えてくれた。

 兄貴が反抗期の心理についてわかりやすく僕に教えてくれたので、僕は自分の心の動きが成長期のホルモンの作用であることを納得した。そしてその時、僕は反抗期の有り余るエネルギーを、兄貴に追いつくことに費やそうと心に決めた。兄貴のように、すべてを理解して説明できる知性が、僕には必要だった。

 いざ決意してみると、地元の中学校での授業は兄貴に追いつくには無駄が多すぎた。

 食塩水の濃度や三角形の面積を求めることは、僕にとってそんなに難しいことではない。いちいち教師の口から教えられないでも、僕は教科書を一度読むだけでテストの問題に答える方法を身につけることができた。

 もっとも理解に苦しんだのは国語の時間だ。国語教師は「それ」だとか「これ」という言葉に線を引き、その指示語が示している内容を答えろという。

 そもそも指示語というのは、同じ名詞を繰り返し使わずとも「それ」「これ」と指示すれば何を指し示しているのかわかる場合にだけ使われる言葉だ。指示語の内容がわからないのは指示語を使った側、つまり文章を書いたほうの責任である。それをテスト問題にするというのは理解の範疇を超えていた。もちろん僕はその問題に正解したけれど、それは当たり前のことなのだ。「それ」の内容がわからないことが、僕にはわからない。

 正解したからといって、出題の意図がつかめないものを納得することはできない。僕は職員室に行って教師に訴えた。国語教師は僕の訴えを無視して、テストから指示語の内容を抜き出す問題を削除しようとはしなかった。僕は兄貴に尋ねたが、兄貴の中学校では指示語の内容を問うようなテスト問題は作成されなかったそうだ。

 それから、体育の時間。兄貴から明治時代の教育史を聞かされていた僕は、「整列」が苦痛でならなかった。人間を背の順に並べて前へ習えと整列させることは、もともと西南戦争で徴兵した平民が兵士として隊列を組めなかったことから導入された教育方法だ。戦乱のない現代日本でそれが行われている意義がわからなかった。体育教師はみな一様に日本語を解さなかったので、僕は訴える気にもならなかった。

 休み時間に本を読んでいると同級生にからかわれることも面倒だった。

 どうやら彼らの親兄弟は、外で球技をせずに本を読んでいる人間は例外なく暗い人間なのだと子供に教え込むらしい。教えられたことを反駁もせずに飲み込む批判能力のない子供たちは、僕を「暗い」「オタク」だと罵った。

 僕は暗い人間ではないから、そういわれても痛くも痒くもないのだけれど、それにいちいち返事をしていると貴重な読書時間が削られるのが不愉快だった。極めつけには、兄貴から借りた澁澤龍彦を読んでいて、「エロ本」というあだ名をつけられた。これには、今でも納得がいっていない。

 算数の授業中に、二元連立方程式の解法を「たまたま考えついて」しまった兄貴ほどではないにしても、僕は。勉強ができた。人並みはずれてテストの点数が良かった。こうなると自意識は始末に悪い。

 考えればできることを教えられ、考えればわかることを押し付けられる学校という場所が、僕という人間と徹底的に相性が悪いことに気付くまで、時間はかからなかった。

 僕は反抗期の有り余るエネルギーを使って考えに考え、学校に行くことは無駄だという結論を下した。

 両親はそんな僕の訴えに「だったらお兄ちゃんと同じ中学を受ければよかったじゃない」と至極まっとうな意見を述べるだけだった。担任だった関井にいたっては「先生やみんなを見下したようなことを言うのは良くないですね」と涙が出ることを言ってくれた。「先生やみんな」は初めから僕の競争相手ではなかったのだ。

 酸素に火のついた線香を近付けると火花を上げて燃えるとか、be動詞の疑問文にはbe動詞で答えるとか、僕がそういう教科書を見ればわかることを教わっている間に、兄貴は国立の中高一貫校で机の下に隠したハイデガー全集を読破していると思うと、僕はもう気が気でなかった。かといって、僕が机の下で哲学書を広げても教師に没収されるだけのことで、兄貴の格好良さには程遠い。

 あの中学校一年生のときの惨めな気分を、僕は一生忘れないだろう。

 今となっては、ああ反抗期だったんだな、で済むことだって、当時の僕には大問題だ。僕は真剣に、あの場所から抜け出す方法を探していた。みんな、兄貴に追いつくためだった。

 まだ夏の来ない、じめじめした梅雨時に、ついに僕は我慢できなくなった。

 僕は兄貴に質問をした。

 競争相手に「あなたに追いつく方法を教えてください」と聞くのは、僕の沽券に関わる一大事だった。恥を忍び、屈辱に耐え、確実に答えが出る手段に、僕は頼った。

「ねえ、兄貴」僕は兄貴に尋ねた。「学校に行きたくなくなったら、どうすればいいの?」

 兄貴は驚いたような顔をしてしばらく考えた。兄貴が時間をかけて考えなければならないような難しい質問をしたのは、それが初めてだった。

「我慢できないくらい、学校に行きたくないのか?」慎重な口調で兄貴は言った。

 兄貴が僕の質問に質問で返すなんてことは今までなかったことだから、僕はとんでもないことを言ってしまったのではないかと少し慌てながらうなずいた。

「そうか」兄貴はそういって、また少し考えた。

 学校に行きたくない、という相談は不登校全盛のこの時代には当たり前のことだと思うのだけれど、我が家は徹底してそういう問題に無頓着だった。二人の子供は両方とも学校で適度に上手くやっていたから、関わる必要のない問題だったのだ。

 兄貴もこの手の話に免疫がなかったのだろう(今にして思えば必要以上に真面目なところが兄貴の唯一の欠点だったと思う)。あのとき兄貴が大口を開けて笑いながら、「馬鹿なこといってねえで我慢して学校行け」と命令したら、僕はその通りにしたに違いないのだ。

 兄貴は冷蔵庫に入れたビールが冷えるくらいの時間をかけてじっくり考えてから、どかどか音を立てて二階に上がり、勉強部屋の机から本に挟むしおりのような紙片を取り出した。

「夏の終わりに、文化祭で演劇部の公演があるから。それを観に来い。それを見てもまだ学校に行きたくなかったら、行かないで良い」

 僕の胸に押し付けるようにして手渡されたのは、一枚のチケットだった。細かい装飾の施された青地の紙に、金文字で「らくだ花火と青い空」と演目が書かれ、右下に公演の日程と兄貴の通っている高校の学校名が書かれていた。

「学校に行きたくなるような話でもやるの?」

「いや、学校なんかでてこない」兄貴は言った。「とにかく、観に来いよ」

 兄貴は僕の肩をぽんと叩いて、在りし日のアラン・ドロンのように、にかっと笑った。

 めちゃめちゃいい笑顔だった。

 兄貴がそういう表情で僕の質問に答えたとき、その答えは必ず僕にとって飛び切りのものだった。僕が心底納得して、前向きになれる種類の答えを、兄貴はいつも持っていた。

 思えば、その公演はすべてのきっかけだった。

 「らくだ花火と青い空」、間が抜けているのか洒落ているのかわからないそのタイトルを、僕は忘れることができない。

 あの芝居に関わったことは、昌にとって絵を描き続けることの始まりで、僕にとって小説を書くことの始まりだった。

 

*   *   *

 

 十八歳になって、考える。

 くだらない日常をやり過ごしながら、考える。

 人生の退屈さを少しは見通せるようになってからというもの、僕はいつも頭の片隅でぼんやりと考えている。

 この世界で、物を書くということについて。

 この世界で、芸術に携わるということについて。

 僕はそうやって、思い知らされる。

 一つの作品を作り出すということは、一つの奇蹟を起こすことに等しいのだ、と。

「作品を創るってのは世界を創るということだ。どんなにつまらねえ作品でも、世界を持ってる。俺たちが普段生きている現実世界とはまったく違う、作品の世界を創りだすことは、奇蹟を起こすように難しい」

 在りし日のクラーク・ゲーブルのようにタバコをくわえて、兄貴は僕に言った。

 その兄貴の言葉を、僕は噛み締める。

 例えば、野中昌は変身して魔法を使う。

 単に油絵の具を塗られただけの布地を、風景画という作品に変えるためには、魔法を必要とする。

 数式も法則も方法論も通用しない。世界を創り出すには、奇蹟を起こす以外にはない。それは圧倒的な難関で、極限の難問で、僕はいつだってその奇蹟を前にして立ちすくむ。

 僕は「らくだ花火と青い空」を観ることで、初めて物語を創るということに触れた。

 世界を創り出す奇蹟に、手を触れた。

 僕は今でも月に二回は芝居を見るし、自分の所属する劇団の公演にも関わる。見たい作品があれば名画座に足を運ぶし、月に二十冊以上の本を読む。

 ほとんど濫読。完全な物語中毒。自他共に認める物語の消費者だ。

 その僕が、断言する。「らくだ花火と青い空」は、それだけ見てきた作品の中でもランキングベストだ。

 もちろんそれは、辛かった中学一年生のあの時に観た芝居だからだとか、僕が唯一敬愛し認めていた兄貴が関わっていた公演だからだとか、高校の文化祭独特の熱気の中で観た舞台だからだとか、様々な思い入れも含めたランキングなのだけれど。それでも、その思い入れを差し引いたって、あれは良い芝居だった。僕だけではなく、あの舞台をあの体育館で見ていた昌も、やはり「らくだ花火と青い空」を自分内ランキングの一位に挙げている。

 兄貴はあの学校のあの舞台で、確かに一つの作品を創り上げていたのだ。

 兄貴は、あの奇蹟のような青年は、本当に目に見える形で奇蹟を起こしたのだ。

 あの高校の、あの演劇部で、兄貴は今でも伝説に名を残しているという。

 もともと、兄貴にそんな気はなかった。

 社会人の主宰する劇団(僕もそこの団員だ)に所属していた兄貴は、高校の演劇部にも籍を置くだけは置いていた。関わり方は、つかず離れず。練習には参加するけれど、活動の方針には口を出さない。なにかポリシーがあったのか、それとも面倒だっただけかは知らないけれど、兄貴にとって部活動なんてそんなものだった。

 それでも部長に推されるくらい周囲に頼られるのは兄貴の悪いところで、断らないのは兄貴の良いところだ。

 進学校と呼ばれる高校では、ほとんどの部活動が二年生の秋を引退のシーズンに定めている。もともと勉強の片手間に部活をしているヤツもいれば、三年生になったら一足先に大学のサークルに顔を出すようにヤツもいる。人それぞれだ。

 兄貴は一年生の秋に部長の座を引き継がれ、「面倒くさいなあ」とか言いながらも、その表情は結構楽しそうだった。そのときから兄貴は、もう「らくだ花火と青い空」という伝説のステージに向けて、コンピューターのように精密な脳みそを起動させていたのかもしれない。

 引退の節目となる文化祭公演に向けて、兄貴は部長として自分で自分に役割を振った。

 その役割とは、主演でも、脚本・演出でもない。

 兄貴が買って出たのは、例年、一年生が雑用係として任命される制作の仕事だ。しっかりした劇団ならともかく、中学・高校の演劇部において、制作というのは、はっきり言って余り物である。裏方どころか、単なる員数あわせの雑用係である場合が多い。

 中学校から五年間続けてきた演劇の集大成が制作の仕事で良いのか、と尋ねた顧問に、兄貴は例のごとく、にかっと笑って、「ずっと制作がやりたかったんですよ」と答えたそうだ。

 そうやって兄貴は動き出した。「らくだ花火と青い空」の公演に向かって。

 走り出した兄貴は爆走する機関車のような働き方をする。同じ家の中にいるだけで、僕にも兄貴の発散したエネルギーが伝わってくるようだった。

 兄貴は授業と劇団の練習の合間を縫ってはめちゃくちゃな勢いで方々にメールを打ち、夜になってもあちこちに電話をかけ、放課後になると校内のあらゆる場所で関係者に声をかけた。その繰り返しはどこまでも地味で根気がいる決して華やかではない作業だ。人生で一番目立ちたい年頃の十七歳でなくても、やり続けるのは困難を極める。

 あの公演で兄貴がやったことは、電話とメールと声かけ。

 本当に、それだけだった。

 五年経った今でも体育館の裏に特別のスペースをおいて残されている珠玉の出来の舞台装置は、兄貴が作ったものではない。

 音響の担当者が「らくだ花火と青い空サウンドトラック」と名づけたほどぴったりの選曲も、兄貴の仕事ではない。

 後夜祭で文化祭企画賞を受賞するときに壇上に上がったのも、主役を演じた部員であって製作担当の兄貴ではない。

 それでも、確かに「らくだ花火と青い空」は兄貴の作品だった。

 当時、兄貴の同級生だった人間と話すと、兄貴の仕事振りについていくらでも聞かせてくれる。恨み言を言うような口調で、目を輝かせながら、兄貴の昔話はいまでも語り草だ。

 兄貴は自分で何一つ作ることをせずに、一つの物語を創り上げた。

 まず兄貴は文芸部に声をかけて脚本を募る。募集がないとなると、文芸部の部誌を隅々まで読んで、使えそうな作品を書いている人間に声を掛ける。ヒット一名。上手いことに同級生だったその文芸部員を口説くこと一週間、兄貴は脚本担当を見つけてくる。

 部誌に載せていた小説の戯曲化とあって、同級生の方でも「まあ、いいか」くらいのノリで引き受けたのだろう。兄貴の思う壺にはまったことを彼は知らない。

 兄貴は、一切容赦しない。きっちり〆切を設定し、逃げられないギリギリのラインを見切ってプレッシャーを掛け続ける。朝起きたらまず筆の進み具合の確認メール。授業が終わると「次のシーン、期待してるよ」と、微笑んで肩を叩く。夜寝る前に設定の確認という口実でちゃんと筆を進めろと催促する電話。たぶん、その同級生は眠れなかったことだろう。

 多才な兄貴にはストーキングの才能もあったのだろう。ほとんど通報モノのつきまとい行為を、にこやかで晴れやかな笑顔でごり押して、兄貴は決して誰にも嫌われないし迷惑だとも思われない。

 あるときはシリアスに、あるときはクールに、あるときは道化て、兄貴は同級生に台本を書かせる。自由自在の感情表現を駆使して、決して悪印象を与えずに物事をすべて自分にとって良い方に持っていくのは兄貴の十八番だ。

 原稿ができ上がって同級生がほっとしたのも束の間。兄貴はメールを打つ。

初稿、確かに受け取りました。夜遅くまでありがとう。これから直しが大変だけど、一緒に気合入れていきましょう!」(下線、弟)(南無合掌)

 メールを送信すると一息もつかずに台本をめくる兄貴。その日は夜を徹して誤字脱字の校正と台詞の音読だ。翌朝、ホームルームが終わって差し出された真っ赤になった原稿に、発狂しそうな同級生と、在りし日のアラン・ドロンを思わせる兄貴の、にかっという笑顔。

 台本の本文そのものより多いくらいに書き込まれた、兄貴の的確で適切な感想と批評は、作品世界を大きく広げ深く掘り下げていく。意味不明な変人二人の日常会話だった「らくだ花火と青い空」は、兄貴によって人物設定に奥行きが設けられ、プロットを組みなおされ、ストーリーの曖昧な点を解消され、別物に変わっていく。

 次第に一人の青年の鮮やかな成長物語に変貌を遂げる自分の作品に、同級生は自分の作品が意思を持って動き出す瞬間を確かに感じる。文芸部で物を書いている人間がこれで興奮しなかったら、嘘だ。原稿のやりとりのペースは、否が応でも速まった。仕掛けは簡単。同級生は数Vとグラマー以外の授業を一切無視して台本を書いていたのだ。

 句読点の一つにまでこだわりながら、兄貴とその同級生は戯曲を作り上げる。同級生の執筆、兄貴の添削、同級生の加筆、兄貴の添削、同級生の再加筆、兄貴の添削、同級生の再々加筆……。

 元の小説の形がわからないほど練り上げられた台本は、鍋のジャムを火にかけるように、煮詰めれば煮詰めただけ濃密になっていく。すべての台詞が兄貴によって繰り返し音読されて響きを確認され、徹底的に分析された。あらゆる解釈と完全な検証が試みられ、これ以上は直せないと兄貴が認めるところまでその作業は続く。

 二ヵ月後、膨大な量の赤インクと、兄貴につかまった同級生の偏差値を代償に、台本は完成する。

 ほっとして仕事のペースが落ちるかと思いきや、兄貴はますますエンジンをふかす。

 完成した台本を即座にプリントアウトし、印刷し、ホッチキスで留めて部員に配る。部員全員にきちんと最後まで読むようにメール。読んで来る気のなさそうな部員に、放課後の練習時そっと声をかける。「どのキャラクターが一番好き?」という雑談を口実に、台本を読んでいるかどうか部員全員に確認の電話。

 そうして台本を読んだ部員たちは、その作品が傑作だということに気付く。「らくだ花火と青い空」は、役者をやっている人間であれば、誰でも舞台に立ちたくなるような戯曲に仕上がっていた。

 満を持してのタイミングでオーディションの日程を発表する兄貴。部員十八名に対して登場人物はわずかに五人。自発的に役作りを始める部員たち。

 部員たちが役作りに励むころ、兄貴は部費で図書券を調達。公演のポスターとビラとチケットのデザインを決めるコンペティションだ。

 兄貴は事前に美術部の部員数だけ台本をコピー。美術部全員に台本を読んでイメージを膨らませてデザインを考えてください、とメール。美術部の部室にケーキを差し入れて、「デザインよろしくお願いします」と、在りし日のアラン・ドロン。

 まだ文化祭実行委員会が文化祭の宣伝ポスターを作り始める前のことである。その年は実行委員のポスター作成に協力してくれるはずの美術部が演劇部にかかりきりで、文化祭ポスターの作成が遅れに遅れたという。南無合掌。

 コンペの優秀作品に印刷物のデザインが決まるや否や、ネットと口コミ情報を頼りに印刷所に電話の嵐。吹けば飛ぶような演劇部の部費の範囲内で最大の枚数を刷れるように、一円どころか一銭の単位で印刷所と交渉する。刷り上げたビラ、ポスターの枚数、実に例年の十倍。

 オーディションのかたわら、部員を招集。三千枚のチケットを配るのに、必要な人手を集めるミーティング。ミーティングでは自作の宣伝活動のマニュアルを作って頒布。ちなみに、宣伝活動マニュアルはオールカラー三色刷りでA4用紙十五枚に及ぶ。それを作るのに兄貴がかけた時間はわずかに一晩。

 兄貴直伝の「笑顔で悪印象を与えずに徹底的に要求を通す方法」を引っ提げて、公演の宣伝を行う部員たち。東京中にチケットがばら撒かれる。ポスターを貼る部員の姿が夏中あちこちに絶えない。商店街の一軒一軒を回って店先にポスターを貼る部員。近隣の学校を回る兄貴。笑顔で演劇部と生徒会にチケットを配布配布配布……。もちろん演劇部員の親族への宣伝も忘れない。部員の兄弟にまで公演のお知らせメールが届く。

 オーディションは全員参加の真剣勝負。安易な多数決に逃げない兄貴。部員相手に大立ち回りをする兄貴。絶対に敵を作らない立場を確保して意見を募る兄貴。部内にはみ出し者を作らないようにフォローする兄貴。役を取り合って喧嘩が起こらないように仲裁する兄貴。でも、その兄貴は絶対に舞台に立たない。矢面にも立たない。

 合宿の夜を徹して行われたオーディションに、役者志望は全員声を枯らす。そして決定するキャスト。役者全員が「自分が一番なりたい役についた」と実感。部員全員が「一番のハマり役におさまった」と納得。兄貴はにかっと笑って現場を離れ、次の仕事。

 役が決まると兄貴は裏方に仕事を割り振る。その指揮たるやまさに適材適所。顔つき合わせて話し合い、上手くいかないとなれば即座にメール攻勢。大道具も小道具も衣装も、全員が「自分からこの役を買って出た」と思って自分の仕事をする。

 照明係にプランを提出させる。そのために必要な配線処理を確認。ミスが絶対に起こらないように本番前のチェック表を用意する。自身はチェック表も予定も作らずに動いているのに、兄貴の仕事には絶対にミスも抜けも存在しない。

 体育館の裏手に空きスペースは体育教師との和やかな談判で演劇部の大道具製作場に。ビニールシートを張って雨天時にも作業可能という優れものだ。大道具担当が設計図の制作に苦労しているのを見ると、兄貴は即座に図書館から舞台装置の資料を提供。自分は設計図に指一本手を触れないまま完璧な図面を起こした。

 背景に使う書き割りは、再び美術部に協力を申し込む。その時に白羽の矢が立ったのが、部室で暇そうに油絵の具をこねくり回していた昌だ。昌は兄貴の強引かつ爽やかな笑顔で演劇部に引っ張り込まれる。舞台美術相手に、初めて三分間の変身をする昌。魔法のように舞台背景が描き出される。結局、昌はひと夏潰して大道具に絵の具を塗った。

 その大道具を見て、学校中に演劇部の公演は期待できそうだという噂が流れる。もちろん兄貴はその噂が上手く広まるように口コミ情報を流す。校内にばら撒かれるビラ、生徒の間を行き交うチケットはやがて校外にまであふれ出す。

 八面六臂の大活躍と思いきや、兄貴の仕事はどこまでも細かくて、ほとんど偏執狂的だ。兄貴は月の頭に毎日の練習や作業にきちんと部員が出席するよう、綿密なミーティングと予定の調整を行う。十八名の部員が放課後に何をしているか、兄貴は常に把握している。

 練習方法と練習中の様子について演出と舞台監督を交えて毎日ミーティング。兄貴の行うミーティングは、兄貴は一つも意見を言わないのに常にスムーズに進む。兄貴は議題を出して意見を募り、適度に知らん顔をしながら一見関係なさそうなヒントを出していく。それだけで、練習を改善する案が魔法のように続々と提示される夢のような会議だ。

 連日の練習に疲れが見えるや否や、絶妙のタイミングでジュースやアイスを差し入れる。練習場所が暑いことまで気にかけて家から扇風機を持っていった。いやでも高まる部員たちのモチベーション。

 そう、それは、高校生の夏休み。

 いくつもの行程を同時進行で進めていく兄貴は一秒たりとも無駄にしなかった。

 「らくだ花火と青い空」は、半年かけて創られた。兄貴はその半年を六つの一ヶ月に区切り、一ヶ月を三十の一日に解体し、一日を二十四の一時間に分割し、一時間を六十の一分に切り刻み、一分をさらに六十の一秒に細分し、その一分一秒に爆発のように壮烈で鋼鉄のように確然とした意思を込めて作業をした。

 B5版五十ページに及ぶ台本の中で、兄貴が書いた台詞は一つもない。たまたま会場を訪れたプロの劇団からスカウトが来たという主演の役者の演技に、兄貴は一回も意見を言っていない。伝説の大道具に、兄貴は指一本触れていない。学校の体育館という最低の設備にも関わらず絶妙と称された照明のフェーダーを、兄貴は一度も調整していない。

 演劇部の制作担当者の仕事は、電話とメールと声掛け。結局のところどこまでもそれだけだった。一つひとつは誰にでもできる、地味で根気がいる決して華やかではない仕事を、兄貴は誰にでもできることとしてこなした。

 しかし、あの夏、兄貴に関わった全員が知っている。あれは兄貴にしかできない仕事だった、と。

 兄貴はそれが神聖なものであるかのように、決して劇そのものに触れようとしなかった。兄貴は人形を使う黒子のように、舞台の影の部分をすべて一人で支えていた。

 「らくだ花火と青い空」は、徹底的な生徒会への掛け合いによって、一番人の多い時間帯に公演を迎えた。文化祭開催日の二日間、わずか二ステージの公演だ。

 ステージは二回とも超満員だった。千五百席用意したパイプ椅子の座席は満員になり、立ち見客は桟敷から二階席までを埋め尽くし、教職員までもが仕事を中断して見物にやってきた。観客動員数は二千を超えたという。会場に入れなくて泣き出した女子高生は両手の指に余るほどだった。

 以上は全部、当時兄貴と一緒にあの舞台を創っていた昌や他の知り合いから聞いたことを合わせたものだが、ここから先は僕が実際に経験したことだ。

 もう一度言う。あの舞台は、僕の作品歴の中で、ベストだった。

 僕は最終日、超満員の体育館の最前列でその芝居を観て、泣いた。

 あの舞台は高校生の部活動だった。

 キャストはプロの役者ではなく、苦労して選曲した音楽は音の割れたスピーカーから貧弱に流れていた。何もかもがほとんど予算のない状態で作られた舞台は、学校の体育館の頼りない照明設備のもとでしか観ることができなかった。

 しかし、もしもあの舞台がきちんとした劇場で、それなりの予算をかけて、素質のある役者によって演じられていても、僕はあれほど感動しなかったことだろう。

 そこには物語があった。

 これが物語なのか、と僕は始めて理解した。

 兄貴が一つひとつ創り上げた物が形をなし、世界を創っていた。

 綿密に丁重に紡がれた物語の世界は、一時間の芝居になって、僕の前を流れていった。

 それは生まれて初めて体験する濃密で秘めやかな時間だった。

 主役の青年が悩み、恋をし、過去と対峙する。

 舞台から溢れてくる感情が、二千の観客に息を飲ませた。

 僕は動くことができなかった。

 あっという間に登場人物たちの物語は見事に語りつくされ、クライマックスに走る緊張が客席を支配し、ついに舞台に幕が引かれた。

 しんと静まり返った体育館。

 あの空気を、僕は忘れない。

 静寂の中、幕の前にスポットライトが灯る。

 光の輪の中に兄貴が現れ、明瞭で簡潔な閉幕の辞を述べた。

 その瞬間に、破壊的な拍手と歓声が体育館を満たし、窓ガラスは割れんばかりにびりびりと震え、僕は涙がこぼれるのを止められなかった。再び幕が開き、演劇部員たちが総出で頭を下げる。これが二年生の引退公演であることが、兄貴の口から観客に伝わる。スタンディングオベーションに応えるべく礼をする演劇部員たちはいつまでも頭が上げられなかった。

 観客が総立ちになっている中、僕は一人座り込んで体育館の入り口で配られていたパンフレットを握り締めていた。

 制作:浅宮進一

 その文字が、誇らしくて、羨ましくて、僕は強烈にわきあがってくる感情に抗う術が無かった。いつも物静かで、声を荒げるところなど見たことのない兄貴が、どんなことを考え、どんな感情を内に秘めて生きていたのか、僕は唐突に理解した。兄貴の内部には、爆発のように壮烈で鋼鉄のように確然とした意思があった。

 十八歳になった今にして思う。

 兄貴はどうしようもないくらいに天才だったのだ、と。

 十七の歳であれだけの仕事をこなせる人間が、どこにいるというのだろうか。兄貴は僕や他の演劇部員や、あの客席で拍手を送っていた観客とは、どこまでもどこまでも違う世界に生きていたのだ。

 「らくだ花火と青い空」を観た、その日の夜、僕は兄貴と少しだけ話した。

 部員との打ち上げが終わって遅く帰って来た兄貴に、僕はむしゃぶりつくようにして感動を伝えようとした。兄貴のことが純粋に果てしなく羨ましくて、嫉妬さえもわいてこなかった。兄貴は妬ましいと思うにはあまりに遠すぎる存在だった。

 僕のありったけの賛辞を照れるようにして聞いた兄貴は、僕がすっかり忘れていた話題を口にした。

「で、学校にはまだ行きたくないのか?」

 僕はにかっと、なるべく兄貴と同じに見えるように笑顔を作って、首を振った。

「僕は、学校に行くよ。一日も休まず、あの場所に行く。勉強もほどほどにするし、クラスメイトや教師ともなんとか上手くやっていくさ。心配させて、ごめん」

「そうか。そりゃあ、なによりだ」

 兄貴は在りし日のクラーク・ゲーブルのように、タバコをすう。

「さてさて、俺は何にもしてないからこんなに元気ですが、公演で疲れたみんなにはメールしておきますかね」

 謙遜にしても過ぎる言葉を、少しの嫌味もなく言える兄貴だった。

 携帯に向かって精密機械のように親指を動かす兄貴に、僕は言う。

「兄貴、夏休み中あちこち駆け回ってたじゃん。今日だってずっと舞台裏と校内を往復してただろ? 何もしてないってこと、ないと思うんだけど」

 兄貴は心底嬉しそうに、にかっと笑って頭をかいた。

「脚本を書いたのは林だし、演じたのは演劇部の連中だし、舞台美術があんなに良くなったのは野中の活躍だ。俺はただ毎日雑用をしていただけなんだよ。あれは、俺の物語じゃないんだ」

 ほんの少しだけ煙草とアルコールの匂いをさせながら、兄貴はソファに深々と腰掛けて、また僕の頭を撫でた。反抗期真っ盛りの僕でさえ、兄貴の僕の頭に乗せられた手には反発する気が少しも起きなかった。

 そうして僕は、物語を創ることと出会った。兄貴の名言録には、こんな台詞がある。「出会いは偶然訪れるけど、出会いを自分のものにしたらそれは必然なんだよ」と。

 くさい台詞を平気で言って、苦味を残さないのが兄貴のすごいところだ。

 僕は物語との出会いを、必然にしようと思った。僕は物語を創る。そのことを考えて、その日は一晩眠れなかった。僕は寝室に行かず、兄貴と共用の勉強部屋で一夜を明かした。

 

*   *   *

 

 翌日、文化祭の代休で暇をしていた兄貴は、僕を散歩に誘った。自分のことより他人のことを気にかけるのが長所で短所の兄貴は、学校から帰った僕の顔を見るなり、僕が徹夜したことを見抜いていた。

「川のほう、言ってみるべ」

 大通りに出て、北に向かった。僕たちの散歩はいつも、向島の迷路のように入り組んだ路地の探検だった。途中、何を話したのかよく覚えていない。芝居のこと。劇団のこと。兄貴の彼女のこと。そんなことではなかったかと思う。

 僕たちは狭い路地を右に左に進んで、首都高速の下をくぐって隅田川に出た。

 潮と真水の混じり合う、幅の広い川だった。材木を曳いた船が行き交い、ウミネコやカモメが強い風に向かって静止する。首都高速の下を川沿いに走る遊歩道は、兄貴の好きな場所だった。

「ねえ、兄貴」僕は兄貴に尋ねる。「小説を書く人間になるには、どうしたら良いの?」

 僕は兄貴に質問をする。

 兄貴はそれに答える。

 それで解決しない問題など、この世にはただの一つもなかった。

「小説書きとか、絵描きとか、そういうのはな」兄貴は機嫌良く喋った。「映画監督とか、エッセイストとか、そういう肩書きとは違うんだよ」

「映画監督が肩書きなら、小説書きはなんなのさ」僕は尋ねた。

「小説書きは、生き方だよ。映画はどうやったって一人じゃ撮れないけど、小説は一人で書けるだろう。物語を一人で創るというのは、より個人的で、より孤独なんだ」

 兄貴は転落防止用の鉄柵に背をもたせて、煙草をすっていた。マルボロ・メンソールライト。兄貴の欠点に、結構なヘビースモーカーだったということが挙げられる。「教師と警官に見咎められさえしなければこんなのは合法だよ」と、いつも当たり前のようにメタリックブルーのジッポで火をつけていた。

「作家は? 作家と小説書きって一緒じゃない?」

 兄貴は深く煙草の煙を吸い込み、雲を作るみたいにして空に向かって吐き出した。

「作家か。作家は、一人じゃできないのさ。物語は一人で創れるけれど、作品は一人では出来上がらない。誰かと一緒に創り上げていかなきゃいけないんだ」

 物静かで、柔らかい声だった。兄貴の長所は数え上げたらキリがないけれど、その中で一番のものは、声だったと思う。

 兄貴の声は少し低くて、くぐもっていて、どんなに辛らつなことを口に出しても相手を拗ねさせない体温があった。自分の言葉を他人に信じさせるだけの、深みがあった。

 首都高を行き交う車の走行音と、京成線の走っていく轟音と、町中で回るエアコンの室外機の機械音。川べりの緩い風に乗ってくる街の音が兄貴の声と溶け合って、僕の耳にはまるで音楽みたいに響いた。

 小説書きは肩書きではなくて生き方だ、という言葉は、そうやって僕の心に染み付いた。

「なあ、孝志。生き方は自分で勝手に決めていいんだ。学校でそう習っただろ?」

 夏の終わり。そう、僕は兄貴と話した夏の終わりの隅田川を思い出す。

 文化祭が終わって、空が高くなり始めた下町。線香花火の残り香と、光化学スモッグ警報を報せるスピーカーの割れまくった音声と、直射日光を照り返すビル群の窓ガラス。それらが排気ガスに淀んだ空気の中に調和して、夏の終わりを僕たちに告げる。

 あの夏の終わりに、僕は川べりで兄貴と話をした。僕のとても大切な部分を決定付ける話をした。

「じゃあさ、僕は、」僕は兄貴に尋ねる。「小説書きになってもいいのかな?」

 兄貴は僕の言葉に、にかっと笑う。

「馬鹿だな。お前はもう、とっくに小説書きだろう?」

 そう言って、僕をズビっと指差した。

 そうして、僕は小説書きになった。

 その日。まさにその日から、僕は小説書きになった。

 大学ノートにシャープペンシルで、へたくそな字で僕は物語を書いた。書きたいことはいくらでもあるように思えたり、ひと欠片もないように思えたり、上手くつかめなかった。僕は自分の頭の中で膨張しては収縮する物語の断片を探す作業に、それまで味わったことのない興奮を覚えた。

 まとまった文章などほとんど書いたことのない僕が、最初の物語を書き上げるまでに二ヶ月かかった。ノートに手書きの読みにくいクセ字、誰も読みたくないようなひどい出来の作品を初めに読んでくれたのは兄貴だ。

 兄貴は丁寧に表現の誤りや文法のミスを訂正しながら、赤いボールペンで随所に感想を書き込んでくれた。今となっては見返すのが恥ずかしくて、ラックの一番目立たないところに押し込めている短編小説を、申し訳なるくらい丹念に読み込んでくれた。

「乱雑で、未完成で、未整理で、いくらでも直すところがあるな」兄貴はあの低く柔らかい声で、僕に言った。「でも、面白いよ。お前がこんな作品を書くなんて思ってなかった。最初の作品としては、申し分ない」

 人を褒めてやる気にさせるのは、兄貴の良く使うテクニックだった。兄貴はそのテクニックがテクニックであることを見抜かれていてもなお、相手をいい気分にさせる才能があった。

「面白い」兄貴はもう一度念を押すように言った。

 僕は、生まれて初めて、本気で飛び跳ねて喜んだ。ひとつの作品を作り上げた充実感に震えて、僕は飛んだ。あの狭い家の、本棚に囲まれた部屋の布団の上で。

 それは、一度味わったら麻薬のように僕をとりこにする快感だった。

 次の作品は一ヶ月で仕上げた。僕はすべての時間を小説のストーリーを考え、プロットを組み、人物を作ることに費やした。

 僕は小説を書くことにすべてを注ぎ込んだ。

 もちろん、僕は天才芸術家ではないから、魔法とも奇蹟とも縁の遠いところにいた。白紙のノートに向かって、頭を抱えたことは一度や二度ではない。

 物語の世界を創り出す奇蹟は、そう容易くは僕の前に姿を現さなかった。

 僕の書く物語はすぐに破れて綻び、意味を失ってただの文字列に還元されていった。書いても書いても、僕は自分の手で物語を創り上げることができないと悩み、眠れなくなった。僕が書いた文章はどこまでいってもバラバラな文章のままで、小説と呼べるものになるためには決定的に何かが欠けていた。

 しかし、そんな小説も兄貴の手にかかると息を吹き返し、一つの完結した物語となる。兄貴にはおぼろげな物語の輪郭をゆっくりと探り出すだけの根気があり、僕にすら見えていない登場人物の感情のひだの奥底を透徹するだけの明晰さがあった。

 兄貴は僕の小説を読むと、柔らかな声でいくつかの質問をする。例えばこんな具合だ。

「主人公が砂浜で寝転んでいたとき、彼女が彼に声をかけなかった理由はなんだろうね?」

「男が女に別れを告げようと思ったのは、部屋で一緒にビールを飲んだあのシーンで心が動いたからかな?」

 いつも的確に、兄貴は僕の物語の急所めがけて静かな質問を放った。

 それは頭の中の未整理な淀みに沈んでいた財宝を浮かび上がらせる、鮮やかな仕事だった。その質問に答えようと思いをめぐらせると、僕は自然に小説に創り上げるために欠けていた重要なピースに思い至る。

 僕がそのピースを手に入れたことを見取って、兄貴はいくつか、具体的で役に立つアドバイスをくれるのだ。「あの伏線になっている台詞は、もっと曖昧にぼかしておいたほうがあとで効くぞ」とか、そんなふうに。

 兄貴はいつも本を読んでいた。僕も本の虫といっていい程度には読んだけれど、兄貴の読書量には敵わない。兄貴が本を読むことは、そのままその本を暗記することだった。僕はよく、ある小説のある場面で主人公が誰々に言った台詞はどんなのだっけ、などと言う質問をした。兄貴は今日の朝食を聞かれたかのように、いつもこともなげにその台詞を暗誦できた。

 しかし、兄貴のもっとも優れた才能は単なる暗記能力ではない。兄貴は、その本に書かれている物語を綺麗に消化して自分の栄養にした。兄貴は惜しみなく、注射器で栄養剤を注入するように、僕の物語に重要な提案をしてくれた。僕のために参考資料を探してきてくれさえした。兄貴は、完璧な編集者だった。

 僕は中学校の三年間ずっと、兄貴に読んでもらうために小説を書いた。

 学校の勉強は片手間で充分間に合った。辛くてたまらなかった授業の時間は、ノートに小説を書くことに費やされた。テストの時間になると一秒でも早くテストを終わらせるために全力を注ぎ、回答を終えるや否や問題用紙の裏側に小説を書いた。おかげで、多少理不尽な問題や納得の行かない設問があっても、僕はそれを気にせずに済んだ。

 当時僕が書いた物語は、いま読んでみればしょせんは中学生の創った拙いものでしかない。どうしたって中学生の語彙力には限界があり、今も僕は十八歳の語彙力の限界に悩んでいる。表現力も、構成力も同じことだ。

 それでも、僕はあのとき書いた小説を大切に保管している。兄貴の赤ペンの入った原稿には、それだけの価値があるのだ。僕は小説を書き、兄は小説を読む。僕は兄と物語を創る。それが、僕のすべてだった。

 僕は三年間を幸せに過ごした。今が不幸だというのではないけれど、あのときの僕は多分、周囲に(主に兄貴に)恵まれて、まさに何不自由ない生活を送っていた。僕はあの三年間をとても大切に思っている。

 昌に殴られた理由を、僕は本当は知っている。

 あのグーパンチは意味もなく振り下ろされたものではない。昌の拳は兄貴の拳だった。

 たとえ小説を書かなくても、僕が小説書きである限り、僕は小説を書くことに正直に生きなければならない。それが、兄貴の献身に対する僕の責任で、昌という芸術家に対していっぱしの口を聞くための条件だった。

 ダルいとかなんとか言って、ヌルい視線を泳がせながら炊事洗濯掃除にかまける僕に、昌はいい加減、我慢の限界だったのだろう。だから、僕は殴られた。

 僕は小説を書かなければいけない。物語を創らなければいけない。僕自身が小説書きという生き方を選んだ以上、その生き方に卒業や退場という言葉は無いのだ。僕は死ぬまで小説書きを続けなければならない。

 僕はそのことを知っている。

 知っているけど、僕には理解まだできない。

 日常のくだらなさも、人生の複雑さも、なんとなくわかる十八歳になっても、まだわからないことがある。

 理解できないことが、一つある。

 あの奇蹟のような劇を観てから三年して、僕が高校に入学した年の秋のこと。

 何の前触れもなかった。

 僕は相変わらず小説を書き続け、兄貴は相変わらず優秀で、僕たちはとても良いコンビだと思われた。僕は小説を書く。兄貴はそれを読む。

 どこかの文芸雑誌の新人賞に応募する原稿を書こうか、という話が兄貴と僕の間にちらほら交わされていた。

 初秋の空にはいわし雲が浮かんでいて、湿っぽい下町の空気の不快さも徐々に消えつつあった十月の初め。

 兄貴は死んだ。

 隅田川の川べりにある、団地の屋上から兄貴は飛んだ。

 二人で小説を書いた勉強部屋の机の上に、あの奇蹟の公演の閉幕の辞みたいに簡潔な遺書と、前日に僕が書いて校正を頼んでおいた原稿が綺麗に並べて置かれていた。

 僕が書いていた画家と編集者が登場する恋の物語は、兄貴の丁寧で几帳面な文字で赤が入れられていて、そのあまりに的確で正確で明確な校正の作業に、僕は涙を流すことさえできなかった。

 まったく、兄貴の死は謎しか残さない。

 兄貴が死んだ理由について僕が理解することは到底できやしない。兄貴は優秀で、優秀だから人生は順風満帆で、誰にも恨まれたり憎まれたりすることもなく、人の羨む人生を歩んでいた。兄貴がどうして死んだのか、今となってはもう、本当にわからない。

 兄貴の遺書には、こんな一節があった。

「なに不自由なく生きてきたはずなのに、僕の人生に充実した時間というものはありませんでした。すべてが機械的で無機質な出来事の積み重ねで、どんなに考えても世界はくだらない日常の果てしない繰り返しです」

 僕にはわからない。

 あの奇蹟みたいな兄貴でさえ、くだらないとしか表現できなかったこの日常を、この人生を、この世界を、いったいどんな風に書けば救われるというのだろうか。

 あの兄貴が絶望するしかなかったものに、僕がどうやって向き合うというのだろうか。

 

*   *   *

 

 昌の部屋をたたき出された翌日。

 僕はぼんやりと昔書いた小説を読み返していた。僕の書いた小説は兄貴と共用していた勉強部屋のラックにまとめて突っ込まれている。大学ノートに手書きだった一番初期のものから、パソコンに打ち込んだものをプリントアウトした最近のものまで。全部あわせると片手ではちょっと持ちきれないくらいの分量になる。

 勉強部屋は、兄貴が生きていたころのままだ。

 几帳面に整頓され、生活の匂いを感じさせる程度に本の積まれた兄貴の机。兄貴おすすめの小説や漫画でいっぱいの本棚。じいちゃんが死んだとき兄貴が親父の実家から持ってきた長椅子。兄貴が古道具屋で買ってきて、自分で修理した柱時計。

 何度も片付けようと思うのだけれど、親父もお袋も、もちろん僕も、上手くその作業ができない。兄貴が水をやらなくなって枯れてしまった窓際の鉢植えでさえ、僕はまだ片付けていない。

 長椅子に腰掛けて、僕は自分で書いた小説を、自分で読んだ。

 行間に書き込まれた兄貴の感想や、誤字訂正や、表現についてのアドバイスを目の端に置いておくと、僕はなんだか安心する。それは僕の物語との悪戦苦闘のあとであり、兄貴が物語を自在に操った奇蹟の記録であり、僕たち兄弟の絆だった。僕たちは物語の世界を共有し、それを作品という形に創り上げることでつながっていた。

 僕が兄貴に質問する。兄貴がそれに答える。

 同じことだ。僕が小説を書く。兄貴がそれを編集する。

 暇さえあれば小説のストーリーやプロットを考えて、兄貴に聞かせていたことを思い出す。僕と兄貴は、自分たちが創り上げる傑作のことを考えて、胸を躍らせていた。

 僕が思いついたストーリーは、兄貴のアイディアによってどこまででも膨らんでいく。僕が書き出したプロットを兄貴が直すと、平坦な物語の筋が生き物のように脈を打ち始める。僕だけでは到底たどり着けない物語の深遠な部分を、兄貴は知っていた。兄貴は僕にとって、小説を書くための道しるべだった。

 僕は確固とした道しるべに導かれて物語の世界に分け入っていった。小説の原稿は、まるで冒険記か探検記だ。僕は物語の世界の中心に向かってひた走っていた。

 しかし、道しるべは突然、無くなった。

 僕と兄貴が創った物語の一つひとつが、僕の書いた黒文字と兄貴の書いた赤文字の一文字一文字が、僕につきつける。僕は二年前のあの秋から、一歩も進んでいない。

「兄貴はさ、どうして自分で小説を書かなかったんだい?」

 そっと、僕の文章の横に書かれた、兄貴の赤い筆跡に向かって尋ねてみる。

「兄貴だったらどんな物語でも創れただろう? 兄貴だったらどんな小説でも書けただろう? どうして、僕のこんな出来の悪い小説に、いつまでもかかずらっていたのさ」

 望めばどんなことでもできた兄貴だった。

 望めばどんなものにもなれる兄貴だった。

 兄貴は物語という奇蹟を思いのままに操る天才なのだと、僕は信じていた。

 僕に句読点の打ち方やプロットの組み方を叩き込み、人物造詣を深くする方法や洒脱な台詞を書くための秘密を明かし、ある文字列が物語を形成するための要素を説明し、小説と詩と戯曲と映像作品と舞台作品の違いについて明快に語り、そしてなにより、物語を創ることは本当に楽しいことだと教えてくれた、兄貴。

 本当にどんなことでも思いのままになったはずの兄貴が、どうして死んだのか、僕にはわからない。昌に殴られた傷の痛みなど、物のうちに入らない。僕が兄貴を失った痛みは、せっかく手に入れた物語の世界を失う痛みに等しかった。

 痛みとともに残されたのは、膨大な量の謎。もう、僕の質問に答えてくれる人はいなくなった。時速一光年で飛ぶ船の作り方も、絶対失敗しない女の口説き方も、僕は誰にも尋ねることはできない。

 僕は誰にも尋ねられない。

「兄貴は、どうして死んだんだろう?」

 僕の問いに、にかっと笑って答えてくれる人間はいない。

 僕は兄貴に質問する。兄貴はそれに答える。

 僕たち兄弟はいつだってそういう風にやりとりをしてきたのだ。

 そのやりとりで手に入れたもののすべては、廃村になった山間の集落のように跡形もなく崩れ去ってしまった。兄貴だけが知っていた秘めやかで密やかな物語の世界の内奥に、僕はきっとたどり着くことができない。

「なあ兄貴。兄貴にとって人生ってなんだったのさ?」

 僕は死んでしまった兄貴に尋ねる。

 二十一歳の若さで死ぬことを選んだ、兄貴に向かって問いかける。

「人生ね」兄貴はにかっと笑う。「死んじまう以外に解決法のない、くだらない日常の繰り返しだよ」

 低く柔らかい兄貴の声は、いつだってどんな難問にもたちどころに答えを出してしまう。

 兄貴は人生の謎を解きつくし、窮めつくし、あの秋に、そう、たぶん兄貴が二十一歳になった秋に悟ってしまったのだ。「人生はくだらない日常の繰り返しでしかない」と。

 奇蹟みたいに物語の世界を創り出した兄貴は、くだらない現実世界に別れを告げた。

 隅田川の川べり、見上げただけで震えが来るくらい高くそびえる防災団地の最上階から、兄貴は飛んだ。

 安食堂の油の匂いに引かれて畳職人がトンカツ定食を食べに出かけ、材木屋の軒先で雨ざらしになった板に子供が落書きをし、駄菓子屋の店先に止めた自転車にスクーターに乗ったおばさんが突っ込む下町が、あの団地の下に広がっていた。雑多で平凡で薄汚れた街に、兄貴は落ちて行った。

 兄貴はずっと昔から、物体が落下していく速度を求める方程式の意味を、正確に明確に理解していた。それを僕に簡単に説明できるくらい完全な理解だった。兄貴は自分が落ちていくことを、世界中の誰よりも納得して宙に身を投げたに違いないのだ。

 そうして、兄貴はどこまでも完全に死を遂げた。頭から落ちた兄貴の顔面は、遺族である僕でさえ見せてもらえない有様だった。どう考えても取り返しがつかなくて、どう計算してもやり直しようのない、明瞭で簡潔な死だった。

 布のかぶさった遺体に向かって半狂乱で「どうしてなのよ」と繰り返すお袋に、兄貴は答えない。日ごろから口数の少ない親父は、僕に見せたことのない涙を一筋頬に伝わせ、立ち尽くすようにしてうつむいていた。兄貴の彼女の陽子さんは、霊安室の入り口で張り裂けんばかりの大声で泣いていた。

 僕は、そんな家族や友人の様を、どこか醒めた頭で観察していた。現実感がわかなかった。兄貴の仕掛けたドッキリだろうと、頭のどこかで思っていた。

 兄貴の遺体が葬儀場に運ばれ、親父が面倒な手続きをし、僕は葬儀の準備を手伝った。それでも実感は湧いてこなかった。

 顔の広い兄貴の友人全員に兄貴の死を報せるのも、伝言ゲームのようだった。

「私は浅宮進一の弟で孝志といいます。進一が死にました。死因は自殺です。できればお知り合い同士で声を掛け合って、葬儀の日程を伝えていただけますか」

 僕は事務的に何本も電話をかけた。電話線の向こう側で上がる驚きと戸惑いの声は一様に映画の台詞みたいで、僕は余計に泣けなかった。

 通夜の日、僕は高校の制服を着て、記帳の受付に座った。次々に香典が積まれ、お悔やみの言葉が投げかけられ、それでもまだ、兄貴の死はフィクションみたいだった。黒い喪服の人たちの群れが、次々に押し寄せてくるのを、ただぼんやりと眺めていた。

「このたびはご愁傷様でした、でいいんだっけ?」

 参列者の一人が、聞き覚えのある声で僕に声をかけた。

 目を上げると、ぼんやりした瞳で、少し笑うような表情で、昌は受付の前に立っていた。香典袋を差し出しながら、当時はまだ長かった髪をかきあげて、小さなため息をつく。昌の身体からは、うっすらとテレピン油の匂いがした。

 昌はあの公演で舞台美術をやって以来、兄貴と仲の良い友人になっていた。美大を目指して浪人していたそのころ、僕と昌と兄貴はしょっちゅう家で酒盛りをしていた。

「なんだか、映画や漫画みたいには泣けないね」

 つまらないギャグに、笑えないね、というような口調だった。

「兄貴が喜ぶよ。昌が髪を振り乱して泣いたりしてたら、似合わないもん」

 化粧品や装飾品にまったく興味がない、なんとも女らしくない昌のさっぱりした性癖を、兄貴は心配しながらも面白がっていた。女性らしい精微な感情表現をする陽子さんと付き合っていたから、余計に珍しかったのだろう。

 兄貴は昌の誕生日に、シルバーの耳飾りをプレゼントした。アクセサリなんてつけることのない昌に、シンプルな三日月の形をかたどったその耳飾りはとてもよく似合った。たぶん、昌はそのとき、本当に泣けなかったのだと思う。不人情なのでも無感動なのでもなく、昌はそういう女だった。

「ねえ、このあとちょっと話そう」昌はクセのある字で記帳しながら言った。「駅前のドトールで時間つぶしてるから。来られなかったらメールしてくれる?」

「わかった。明日の告別式の準備が終わったら、行くよ」

 昌は喪服の裾を翻して、焼香に行った。

 僕は会話をやめて機械のように記帳受付の仕事をこなした。本当なら遺族は通夜の席にいるべきだったのだろうけれど、僕は受付に座っているほうが良かった。

 しくしく泣くお袋を慰めるよりも、歯を食いしばるようにして悲しみに耐える親父に寄り添うよりも、じっと頭を垂れて瞑目する祖母ちゃんのそばにいるよりも、僕は一人で裏方の作業をやっているほうが良かった。その方が、兄貴の弟らしいと思えた。

 だいたい、冗談みたいな葬儀だった。在りし日のアラン・ドロンを思わせる、にかっと笑った兄貴の遺影が辛気臭い菊の花に囲まれていて、それはまるでコントの一幕。若すぎる遺影というのは、見る人間をどうしようもなく暗い気分にする。僕は枯れ木と見紛うぐらいヨボヨボになって死のうと、そのとき思った。

 大人数の参列者が詰め掛け、悲痛な面持ちで嘆く姿があちこちにあった。劇団の役者として舞台に立っていた兄貴のファンもちらほら見られた。劇団ホームページに載せられた訃報を見て来てくれたのだろう。

 なかには、兄貴は舞台に立たなかったはずの「らくだ花火と青い空」のパンフレットを握り締めてきている参列者までいた。兄貴が起こした奇蹟は、兄貴が死んでも決して消えることはなかった。

 葬儀は死んだ人間のためではなく、死んだ人間の遺族のためにするのだ。遺族は面倒な葬儀の準備と参列者たちのへ挨拶に忙しく動き回ることで、近しい人を亡くした悲しみをしばらく忘れることができる。

 どこかで聞いたその言葉の通り、ダウナーなお祭りのような狂騒のなかで、兄貴の葬儀はあっという間に終わった。あのとき見た光景ははっきりと覚えているのに、あのときの悲しみをよく覚えていない。それは不幸中の幸いというべきことなのかもしれない。

 通夜が終わって、僕は昌の待つドトールに向かった。

 昌は喪服のまま喫煙席に座り、灰皿を満杯にしていた。

「結構早かったね」昌は煙草をもみ消した。「片付けとか、色々忙しかったでしょう?」

「葬儀屋の人がほとんど全部やってくれたから。僕は香典の額を確かめて、椅子を運んで机を畳んだだけさ」

「座りなよ。すうでしょ?」昌は赤い煙草の箱を僕に差し出した。

「すいたいけど、僕いま高校の制服着てるからさ。あんまり時間もないし、お袋がまだ泣いてるから親父に任せきりにもしておけないよ」

 昌はくすりと笑った。

「そっか、アンタまだ高校入ったばっかりだっけ。なんだかなあ、進一さんの周りにいるとみんな大人みたいに見えちゃうから不思議だよね」昌はそう言って、長い髪をかきあげた。銀色のイヤリングが昌の左耳で微かにきらめいた。「出よう。川沿いの遊歩道から帰ろうよ。あそこならそんなに遠回りでもないし、煙草もすえるでしょ?」

 僕たちは店を出て、向島のゴミゴミした道を歩いた。

 細く入り組んだ古い路地を、僕たちは歩いた。

 よく兄貴と酒を飲みながらふらふら歩いたことを思い出しながら、僕と昌は右に折れ、左に曲がり、迷路のような街を歩いた。

 僕は煙草の自販機の前で立ち止まり、コインを入れてボタンを押す。いままですったこともない、軽い銘柄。白地に緑と銀の装飾、マルボロ・メンソールライト。

「やっぱりね」昌が言った。「それ、買うと思ってた」

 昌はそう言いながら、自分もやはりマルメンライトを一箱買って、ビニールのパッケージを破った。

 いつもラークをすっていた昌はマルメンライトをすいながら隅田川に向かった。

 いつもセブンスターをすっていた僕はマルメンライトをすいながら後に続いた。

 初秋とはいえ夜の風は冷たくて、夏の間にバカみたいな温度になったコンクリートの街がだんだん熱を失って冷えていくのが肌で感じられた。ぼんやりとした街灯の明かりが道沿いに点々と続き、遠くにビルの屋上で明滅する赤いライトと、夜空に浮かび上がる巨大な広告塔がみえた。

 隅田川に着くと、僕たちはほとんど言葉を交わさなかった。僕と昌は、それぞれ兄貴のすっていた煙草をふかしながら、鉄柵に寄りかかって川面を見つめていた。

 夜の川は驚くほど暗い。完全な黒のカンバスだ。カンバスの上に、ビルの灯りや街灯や広告塔の電飾が映り込み、川風が立てた細波に乱反射して、星のように瞬く。東京の星座は、空の上ではなくて川にあるのだ。

 僕たちのくわえた煙草の橙色の光点も、小さく、ほんの小さくだけれど川面に映りこむ。兄貴のすっていた銘柄の煙草が、都会の夜空に瞬くほんの小さな星になって、僕たちの目に映る。蛍の光よりも淡く、二等星よりも小さく、水面に光点が揺れる。僕たちは百円ライターで灯したちっぽけな火を絶やさないように、味のしない煙草をすい続けた。

「進一がいなかったら、絵を描くの、やめてたかもしれない」

 昌が言った。

「兄貴がいなかったら、僕は小説を書き始めてもいないよ」

 僕は言った。

 ぽつりと呟くと、まるで雨季が来たみたいに涙が流れだした。

 僕たちの嗚咽は夜風に乗って流れる街の音にかき消されて、川風の中に紛れて消えた。僕と昌はマルメンライトの箱が空になるまで、そこで泣きながら煙草をすい続けた。何度もむせて、咳をして、それでも僕たちは川面に星を灯し、低い声を立てて泣いた。

 そうして、僕は小説を書かない小説書きになった。

 いまでも僕は暇さえあれば小説の筋を考えている。それをパソコンのワープロソフトを使って文章にすることだってする。僕はやたらと文章を書く。

 それでも、僕の文章は小説にならない。僕の小説は作品にならない。

 僕は昌のような魔法も、兄貴のような奇蹟も使えない。僕の文章はどこまでいっても単なる文字列に過ぎず、一つの世界を創り出す深遠な奇蹟はどこにも顕れる兆しを見せなかった。

 小説を書かない僕は、きっと大学に行く。入試に受かったら兄貴と同じ大学に行く。落ちたら別の大学に行く。

 そこで適度にキャンパスライフを楽しんで、小説を書いていたことなど忘れて生きていくのだろうか。あのとき、あの公演で兄貴が僕に示してくれた奇蹟のような物語の世界を、僕は忘れるのだろうか。

 僕は昌の部屋に入り浸り、炊事をして洗濯をして掃除をする。

 僕は、くだらない日常を果てしなく繰り返していく。

 兄貴に追いつくために必死になっていた昔の自分に、言ってやりたい。兄貴に追いついても、結局そこにはくだらない日常の繰り返しの果てにある、死しかないのだと。

 兄貴がくだらないといった世界を、僕は文章に書いている。くだらない世界を書くから、くだらない文章しか、僕には書けない。僕の文章は小説にならない。僕の文章は物語の形を成さない。

 僕は、くだらない日常を果てしなく繰り返していく。

 

*   *   *

 

 昌に殴られて、彼女の部屋に顔を出さなくなってから、僕は家にこもっていた。

 二日間かけて、僕は自分で書いた小説のすべてを読み終えた。兄貴が僕に書いて寄越してくれたアドバイスのすべてを、もう一度胸に刻んだ。それは実質的で具体的で、文句のつけようのない大切なアドバイスだった。僕が小説を書くために必要なすべては、そこにあるように思えた。

 それでも、僕は小説を書かなかった。

 相変わらず夏期講習はサボり続け、お袋が作ってくれる食事を食べながら、大学受験の参考書を横目で見る。なんとも冴えない、くだらない日常の繰り返しだった。

 勉強部屋の窓から見える街並みは、この町のどこもそうであるように、雑多で平凡で薄汚れて埃っぽかった。表通りをトラックが通るたびに、震度〇・五くらいで揺れる古い木造の一戸建ての群れ。遠くの広告塔の電飾。薄暮の中に沈んでいく街は、兄貴が落ちて行った街だ。

 僕は長椅子に腰掛けて、兄貴の好きだったポール・オースターの短編を読んでいた。お袋は僕が勉強部屋にいる限りは、勉強しているものと思ってくれているようで、何も言わない。

「孝志、入るぞ」

 ノックの音ともに、親父が勉強部屋のドアを開けて、顔を覗かせる。

 兄貴が死んでから少しやつれたのか、憔悴という言葉を想起させる顔だった。

「煙草、ほどほどにしておけよ」

 部屋にこもった煙草の煙に、ノンスモーカーの親父は顔をしかめた。

「なんか用?」

「ああ。その、な。頼みごとがあるんだ」

 親父は部屋に足を踏み入れ、僕の机の椅子を引き出して腰掛けた。

 仕事から帰って来たばかりで背広も脱いでいない。

「珍しいね」

 親父が僕に頼み事をするのは、本当に珍しかった。親父が子供を頼らなければいけないような要件は、すべて兄貴が上手く取り計らっていたからだろう。

「進一の遺品、な。少しずつ整理しようと思うんだ。形見分けじゃないが、お前が欲しいものがあったら、部屋に持って行きなさい」

「兄貴の部屋、なんかに使うの?」

「いや」親父は兄貴の机に視線をやる。「そういうわけじゃない。この勉強部屋も、進一の部屋も、そのままでも良いんだ。ただ、こういうのは気持ちの問題だからな。もう二年も経つんだから、進一だって片付けて欲しがっているだろう」

 僕はうなずいた。親父の言うことはよくわかった。

 兄貴が生活していた形跡を少しずつ片付けて、整理して、消していく。それは確かに、僕たち家族に必要な行為だ。

 いまだに買い物の分量を間違えて、四人分の食材を買ってきてしまったりするお袋のためにも、あの優秀な息子はどこに就職したのかと事情を知らない上司に尋ねられる親父のためにも、小説が書けない僕のためにも、兄貴の死を整理することを、いつかはしなければならない。

「わかった。僕が勝手に整理して、欲しい物取って行っていいんだね?」

「ああ。進一の本とか、参考書とか、使うとしたらお前だけだろう。進一の友達でまだお前が付き合っている人がいるなら、その人にあげてもいい。野中さん、っていったか。あの子が欲しがるものもあるだろう」

 その野中さんにボコボコにされた傷跡はまだ痛むのだったが、僕は了解した。

「あとは、陽子さんかな。今度のミーティングのときにでも聞いてみるよ」

 陽子さんは劇団の役者で、兄貴の彼女だった人だ。葬儀の席でもずっとすすり泣いていたあの人にとって、兄貴の思い出の品は邪魔にはならないだろう。

「ま、よろしく頼んだ。お母さんにはちょっと、まだ無理だろうからな」

 お袋は毎朝仏壇に供え物をして手を合わせる。取り乱したり泣き叫んだりはもちろんしないけれど、合掌して目を閉じているその横顔を見れば、まだお袋の悲しみが癒えるのに時間がかかることは誰にでもわかった。

 親父は立ち上がり、ドアを開けて部屋を出て行く。

「あ、そうだ」半歩部屋から踏み出しながら、親父は言う。「受験勉強も、少しはしなさい。干渉はしないけれど、心配はしているからな」

 親父らしい言い方だった。干渉はしないけれど、心配はする。兄貴と僕はそうやって育てられた。

「その顔の傷のこともだ」

 兄貴みたいな笑顔を浮かべて、親父はドアを閉めた。僕は親父に、本当に感謝した。たぶん、親父は誰よりも僕のことを心配してくれている。僕は親に心配をかけている。

 オースターの短編に再び目を落とす。文字を追うと、文字列は読点で区切られて文になり、文は段落に連なって文章を成す。文章は一つの奇蹟に支えられて、物語となる。僕はオースターの起こした奇蹟を手の中に置いて、大きく息をついた。

 煙草に火をつける。

「ニコチン中毒のいいところはな、ニコチンを摂取すると快感が味わえるところだ」

 兄貴はそう言って、勉強部屋で煙草をふかしていた。

 最初はやめさせようとした両親も、次第に文句を言わなくなった。他のすべてを完璧にこなしている兄貴が、一つくらい悪いことをしても多めに見てやろう、といったところか。おかげで僕の喫煙も、こうしてお目こぼしに預かっているわけだ。

 僕は兄貴と使っていた部屋で、兄貴がしていたように煙草をすいながら、一度も兄貴の机に向かおうとはしなかった。それは僕にとって、思いもよらないことだったのだ。

 何冊か本を読んだほか、兄貴の遺品に僕は一度も手を触れていない。あの日から、勉強部屋の兄貴の机と、兄貴の部屋は、結界が張られたみたいに立ち入れない場所だった。

 僕はマルメンライトをもみ消した。大きく、息をつく。

 それは、いつかやらなければいけない作業だった。

 兄貴の机に向かった。兄貴の座っていた椅子に、腰掛けてみる。大学の時間割が正面に貼られている。机上に積み上げられた本は、漫画もあれば専門書もあり、洋書もずいぶんあった。兄貴が勉強机に座ってみていたものを、僕は見ている。

 兄貴が大学で何の勉強をしていたのか、時間割を見ても、蔵書を見ても僕にはわからない。兄貴は僕にもまして濫読家だった。昨日は教育社会学の英論を読んでいたかと思えば、今日はハリー・ポッターを読んでいるという具合で、統一性も整合性も感じられない知識のフィールドを持っていた。

 兄貴の机の引き出しを開けてみる。僕が兄貴の机の引き出しを開けるのは生まれて初めてのことだった。

 一番上の引き出しの中には、兄貴の知識のようにバラバラで、しかし美しいものたちが入れられていた。一見して高級品とわかる万年筆、二種類の金属を合わせて作られたスペインの硬貨、くぐもった赤色の石がはめられたカフスボタン、深緑色のガラスの猫、しっとりした木目の味わいがある用途不明の器具、ダークルージュの小箱――兄貴の引き出しは宝箱のようだった。

 一つひとつの品物が、きっと兄貴にだけ読み解ける秘密や思い出を孕んで、ここに納められたのだろう。それらの品物はそれぞれに静かで控えめな感情を持ってそこにあった。僕はその中から、一つの物を見つけ出した。

 メタリックブルーのジッポ。

 感動的な再会だった。

 兄貴がいつもポケットに入れていたそのライターは、この引き出しに入っていた。僕はてっきり、兄貴が飛び降りたときにも持っていたものだと思っていた。二度と見ることができないどこかへ押しやられた友人が、ひょっこり顔を見せたような気分だった。

「お前の小説が新人賞を獲ったら」ある日、兄貴は言った。「このライター、お前にやるよ」

 僕たちは二年前、二人で小説を創っていた。自分たちの創った小説が雑誌の新人賞を獲ることが、僕と兄貴の目標だった。

 僕は青く光るジッポを手にとって、それをしげしげと眺めた。大切に使い込まれたそれは、薄く汚れこそついていたが大きな傷は一つもなかった。蓋を開けて石を擦ると、二年ぶりに着火されたにも関わらず見事な橙色の炎が灯った。

 箱から一本煙草を取り出し、そのジッポで火をつけようとする。兄貴の言葉が頭をよぎる。僕は、火をつけられない。まだ、小説の新人賞を獲っていない僕は、このジッポを使うことができない。

 僕はメタリックブルーのジッポを丁重に元の場所に戻して、一番上の引き出しを閉じた。これらの美しいものをポケットに入れてしまうのは、まだ恐ろしかった。

 二番目の引き出しを開けると、上の引き出しとはうってかわって几帳面に整頓されていた。この引き出しは、実用の引き出しだ。

 家の鍵と、CDウォークマン、筆記用具。あちこちの劇団関係者や出版社の編集者からもらったらしい名刺の束は、きちんと五十音順に並べて積まれていた。皮製の二つ折りの財布もそこにしまわれていた。

 兄貴の財布を手にとって、悪いとは思いながら中を開けてみる。最近では見なくなった旧札の千円札と一万円札に、僕は時間の流れを感じた。兄貴が死んでからの二年は、夏目漱石が野口英世に変貌を遂げてしまうような二年間だったのだ。

 僕はただ兄貴を懐かしむ気持ちで、兄貴の遺品に触れた。それは本当に軽い気持ちで、故人のプライバシーのことなんか、欠片ほども気にかけてはいなかった。

 カラオケボックスの会員カードとキャッシュカードに挟まれて、それはあった。

 僕は診察券を見つけた。

 坂城メンタルクリニックと書かれたグレーの診察券は、僕の肌をぞっと粟立たせた。

 精神科・心療内科という文字が、漢文の試験に出てくる意味不明な漢詩の一節に見えた。

 兄貴は読書家だったが、同時に社交家だった。名刺の束の厚さが、それを証明している。活動的で、真面目だったが堅物ではなく、誰にでも好かれたし誰とでも付き合った。人に話をするのが上手で、それ以上に人の話を聞くのが上手だった。

 在りし日のアラン・ドロンを思わせるにかっという笑いには一片の影も窺うことができず、在りし日のクラーク・ゲーブルみたいに煙草をふかして口にする言葉はいつも洒脱で陽気だった。

 だからこそ兄貴が自殺をした理由が、僕にはわからなかった。

 僕にはわからなかった。

 兄貴は、どんな思いで精神科のドアを叩いたのだろう。

 いったいなにが、兄貴に心の病を与えたのだろう。

 僕は逡巡し、頭を振って長椅子に腰掛けた。マルメンライトをすう。薄い煙が喉に染みて、軽い痛みとともに僕はニコチンを摂取する。

「くだらない日常の繰り返しって、そんなにひどいもんだったのかよ、兄貴」

 薄暗い部屋で、呟いた。

 

 

 電車で三駅の学生街に、その診療所はあった。兄貴の診察券に書かれていた名前でネット検索をかけると、場所はすぐ知れた。雑居ビルの七階、目立たない看板に気付かず、僕は何度かビルの前を往復した。

 エレベーターに乗り、七階で降りる。雑居ビルの中、会計士事務所の向かいに坂城メンタルクリニックはあった。ドアの前まで行っても、つつましく診療所の名前が書かれた白いプレートがかかっているだけの、本当に小さな医院だった。

 ドアを開けた僕は、精巧な玩具のようなカウンターの奥にいるセクレタリーに視線を向ける。保険証を差し出すと、セクレタリーは温和な口調で「ご予約いただいた方ですね?」と、言った。僕はうなずく。

「御掛けになってお待ちください」

 セクレタリーは、にっこり笑った。

 うながされて、誰もいない待合室のソファに座る。ブルーグレイのクッションを敷いた柔らかいソファ。座ると身体がクッションの中に沈みこみ、それだけで気分が落ち着いた。間接照明が壁紙の白を暖かく照らし、ブラインドの掛けられた窓から夏の午後の陽射しが差し込んでいた。

 そこは僕の知らない空間だった。二年前に兄貴が存在し、僕が存在しなかった場所に、いま座っている。

 僕は目を閉じてじっと耳をすませる。どこからかピアノクラシックが聞こえるか聞こえないかの音量で流れ、観葉植物の陰では除湿機が低い音を立てながら穏やかに稼動していた。表の大通りを走る車の音は冬の雷のようにくぐもって、はるか遠く聞こえてくるようだった。

「浅宮さん」

 診察室から顔を覗かせて僕を呼んだのは、白衣を着た小さな老婦人だった。老婦人、僕はどうしても彼女を精神科医と呼ぶ気になれなかった。

 老婦人は細いフレームの金縁眼鏡をかけ、細い金の鎖をつけている。白衣の下に着ているベージュのサマーカーディガンとブラウスは若者向けのデザインだったけれど、老婦人の職業的な微笑と不思議に調和していた。

「どうぞ」

 診察室に入った僕に、老婦人は椅子をすすめる。落ち着いたブラウンの絨毯が敷かれた小さな部屋には、同じ型の革張りの椅子が二脚すえられ、老婦人はその片方に腰掛けていた。その佇まいは森の奥の一軒家でつつましく生活している童話の中の人物のようだった。彼女を見ると、この小さなクリニックが都心から切り離されて、東欧かどこかの田舎町に属しているような気がする。

「初診扱いになってしまったのは申し訳ないわね。でも、精神科医がタダで相談に乗り始めたらキリがないでしょう? 電話ではごめんなさいね」

「いえ。こちらのほうこそ、昔の患者のことを尋ねたいなんて、妙なお願いをして……」

「肉親の方なら自然なことね。そういう人は他にもいるわ」

 葛藤がなかったわけではない。

 兄貴が病院に通っていたことは、親父もお袋も知らなかった。診察券を前にして、親父は「お母さんにはこれ、見せるなよ」と僕に念を押した。兄貴は家族の誰にも、精神科への通院を知られたくなかったということだ。

 その、兄貴のプライバシーに立ち入って、いったい何になるというのだろうか。兄貴が生き返るわけでもない。

 それでも、僕は知りたかった。どんな絶望が兄貴に自殺を決意させたのか。なにが兄貴を死に追いやったのか。僕は坂城メンタルクリニックに電話をかけて事情を話し、兄貴の主治医に診察という扱いで面会する機会を得た。

「浅宮進一のことを、覚えてますか?」

 まるで刑事か探偵のような台詞だと思いながら、僕は言った。

「ええ。彼はとても特別な子だったわ。私は仕事柄色々な人を診るけれど、その中でも彼はスペシャルだった」

 老婦人が口にしたスペシャルという単語は、決して良い発音ではないのだけれど、どこか詩的な言葉を呟くような趣きがあった。老婦人の言葉を通して、僕は兄貴が本当に特別な存在だったのだと、再確認する。

「私はもうお婆ちゃんだけど、患者さんのことを忘れるほどはボケていないわ。それにね、医師は診察するとき必ずカルテを作るの。彼のカルテはきちんと、ここにある。残念ながら、お渡ししたりコピーしたりすることは、法律上許されていないけどね」

 老婦人は机の上に置かれたファイルを指差した。

「そしていまも、こうして話しながら私はあなたの診察の記録をとっている。これが、あなたのカルテ」

 机の上には、何の変哲もない便箋が一枚置かれていた。老婦人は、実に細やかで精緻な動きで、淀みなく文字を書き入れていった。カルテの紙面を走るモンブランの万年筆が、秘密を湛えた音楽のような微かな筆音を立てていた。

 几帳面に形を整えられたアルファベットの文字列が生み出されるさまは、細工物作りの職人の指のようだ。アルファベットはきれいに形の整った筆記体で、流れるように生み出される文字列を僕は読むことができないけれど、眺めているだけでも工芸品を見るかのようなひそかな感動を僕に与えてくれる。

「さあ、なにを話そうかしら。私は、本当はあなたみたいな存在を待っていたのかもしれないわ。あの奇蹟みたいな青年の話を聞かせてくれる、私の知らない進一君の姿を教えてくれる、あなたみたいな人を。彼は、今どうしているの?」

 浅い夢の中にいるかのような、穏やか口調だった。老婦人の言葉は、聞くものにかすかな眠気にも似た安息をもたらす。僕はとても落ち着いた気持ちで話をすることができた。

「兄貴は、死にました。自殺です。二年前、白髭防災団地の最上階から飛び降りました」

「まあ」老婦人は一瞬だけ、驚いたように口元に手を当てた。しかしすぐに小さく息を吐き、カルテに何かを書き込む。アルファベットを紡ぎだすその仕草は、すでに一瞬前の驚きを忘れた職業人のものだった。

「残念だけど、そういうことも初めてじゃないわ。そう、彼は亡くなったのね」

 僕のカルテを横に置き、兄貴のカルテに、老婦人は付け加える。たった一単語、僕には読めないけれど、内容はわかる。それは、アルファベットにして数文字の、たった一単語。

「僕が知りたいのは」僕は尋ねる。「兄貴が、どうして死んだのかということです」

 僕は質問をする。

 答えてくれる兄貴がいないのに、僕は質問をする。

「難しい問い掛けね。人の自殺の理由を解き明かせた精神科医はいないわ。自殺する生き物ってとても珍しいの。あなた、レミングって御存知?」

「ネズミの一種ですか? 個体数が増えすぎると集団で海に飛び込んで自殺するって、どこかで聞いたことがあります」

「進一君の弟さんだけあって博識ね。高校ではこんなこと教えてくれないでしょう?」

「人間の自殺はレミングとは違うでしょう」

 兄貴はレミングのように生態系に従属する集団ではなかった。爆発のように壮烈で鋼鉄のように確然とした意思を持った、一人の人間だったのだ。

「例えば、保険金で借金を返済するために入水するとか、イジメにあった少年が世を儚んで首を吊るとか、そういう事例なら僕はなぜ人が死んだのか考えることはしません。僕が知りたいのは、あの兄貴がロープなしでバンジージャンプをするなんていうおかしな行動をとった、その直接的な理由なんです」

 老婦人は金縁眼鏡のフレームに指をやって、職業的な微笑は絶やさないまま目だけを輝かせた。とても満足気な視線だった。

「あなたは聡明ね」老婦人は言った。「聡明なあなただから、きっと納得ができないと思うけれど、精神科医として言うなら進一君の自殺の原因は鬱病、ということになるわ」

 先回りして言われても、やはり僕は納得が行かない。鬱病、と老婦人は詩的な言葉を呟くかのように、繰り返した。

「鬱病による自殺は決して少なくないわ。日本で年間に自殺する人間の数を御存知? 約三万人よ。交通事故の三倍。本来、ミスのない処方と的確な病気知識で防げるはずの精神疾患による自殺は増える一方」

 老婦人は、僕に鬱病とはどんな病気なのか説明してくれた。脳内の神経信号を伝達する分泌物と、その分泌に関する機質的な異常。鬱病とはつまるところそういう病気で、誰でもかかるし誰がかかってもおかしくない病気なのだという。実際に現代の日本では五人に一人が鬱病を経験するそうだ。

 兄貴の頭の中で、さまざまな化学物質が異常をきたし、前向きな考えが一つひとつ消えていく。物事の悪い側面だけが意識に浮かぶようになり、夜眠れず、朝目を覚ますのが苦痛になる。そういった症状を改善するために、兄貴は何種類もの抗鬱剤と抗不安剤と入眠剤を常用しなければならなかった。

 老婦人の説明は、兄貴ほどではないにしても明瞭で、簡潔で、わかりやすかった。

 しかしそれらの説明は、まったく兄貴の死を説明してはいない。

 兄貴があの日、団地の最上階から飛ばなければならない理由にはならない。

「やっぱりあなたは納得できないでしょう?」

 鬱病に関するレクチャーを終えて、老婦人は僕に尋ねた。僕はうなずく。

「この仕事をしていると、そういうことの積み重ねよ。私はミスのない処方と的確な病気知識によって治療に当たっているはずなのに、何人もの患者さんを死なせてしまった。結局、生きている私たちに死んでしまう彼らの気持ちはわからないんだって、そう考えることが良くある。この仕事をしていたら、絶対言ってはいけないことなのだけれどね」

「特に自殺者の遺族には?」

「そう、特に自殺者の遺族には」

 僕と老婦人は、不謹慎にも顔を見合わせて笑った。

「兄貴は、どんな患者でしたか? 僕たち家族は、兄貴が精神科に通っていたことなんて少しも知らなかったんです。ここでの兄貴は、どんなふうに振舞っていたんですか?」

「そうねえ、浅宮君の診察にはいつも一時間かかったわ」老婦人は少し楽しげに言った。「彼が特別手のかかる患者だったわけじゃないのよ。鬱病は、きちんとした処方と生活習慣の改善でコントロールできるはずの病気なの。あの子と私が話していたのは、いつもフロイトのことよ」

「フロイト?」

「シグムント=フロイト」

 老婦人は詩的な言葉を呟くような調子で言った。

「進一君はフロイト全集を全部暗誦してたの。他にも、心理学や精神医学の英論を原文で諳んじてたわ。本当に特別な子だった。フロイトに限らず、普通は名前も知らないような精神医学者の重要論文を、全部よ。私もずいぶん勉強はしたけど、彼には教えられることのほうが多かったわね。自分の病気の療養のためというより、自分の中にあらゆる分野の知識を集積していくことが趣味みたいだった。私は臨床的な例を挙げて彼の知識を補ったけれど、おそらく精神科医としても彼のほうが上よ。まるでもう一回研修医になったみたいな気分。進一くんの弟さんなら知っているでしょうけど、彼、そういう難しい話を分かりやすく、楽しく話すの、とても得意だったでしょう?」

 僕は兄貴がここで老婦人と精神医学について離している姿が目に浮かんだ。脳の中の電気信号を司る、百分の一ミリグラムの脳内分泌物と、夢を司る無意識の抑圧について。

 学問的なことについて話すとき、兄貴の言葉はいつも明瞭で、簡潔で、ジャズの名曲を聴くような心地よさを伴っていた。物事のややこしい部分や難解な部分に踏み入れば踏み入るほど、兄貴の言葉はいよいよ音楽のように聞くものに染み渡るのだ。

「残念なことに、進一君にはセロトニンとノルアドレナリンという二つの物質を作り出す機能が足りなかったようね」昨日は巨人が負けて残念だったというような調子で、老婦人は言った。「その機能がもともとなかったのか、人生の中でだんだんと擦り減ってしまったのか、ある日突然壊れてしまったのか、それは現代の医学ではどうしてもわからないわ。ただ、進一君は自分にどうしても足りない脳内分泌物を補うために大量の薬を必要としたの。わかるわね?」

「兄貴に、足りないもの」

 僕は重いものを持つような感覚で、その言葉を吐き出した。それはとても重くて、僕一人では支えきれないような圧力を持った言葉に思えた。

 名刺サイズのグレーの診察券を財布の中に見つけるまで、僕は兄貴に足りないもののことなど考えもしなかった。

 兄貴は自由自在に奇蹟を操った。

 兄貴は望めばどんなものにもなれた。

 僕はそう信じて疑わなかった。

「誰にでも足りないものはあるわ。仮に完全な人間がいたとしたら、その人間は『不完全』というファクターを持っていないことになるでしょう? 私たち人間はそういう言葉遊びみたいな理屈の中で、屁理屈みたいな理論をもてあそびながら生きているの。精神医学にできることは、脳の中の化学物質を作り出す手助けだけ。心理学にできるのは抑圧された思いを解放してあげる手助けだけ。残念ながら、高い高いところから落下していく人が地面にぶつかるのを留める力は、どんな理屈も理論も持っていないの」

 残念なような、面白がるような、不思議な調子で老婦人は言った。

 兄貴でさえ、足りないものを抱えていた。そう、弟に比べてあまりに出来の良い兄貴でさえ。

「ねえ孝志君、あなたに足りないものは、このカルテにはきっと書かれていないわね」

 僕は老婦人の机の上にある、兄貴のカルテにもう一度目をやった。そして、便箋の表半分がアルファベットで埋められた僕自身のカルテと見比べた。たおやかで上品な筆跡。音楽を奏でるように描かれる、秘密のアルファベット。

 兄貴に足りないものは、アルファベットになって書き出されることはついになかった。

 だからこそ、ミスのない処方と的確な病気知識によるケアにもかかわらず、兄貴はあの日、はるか下方の街に向かって飛んだのだ。

「僕に、兄貴に足りなかったものを見つけることはできるでしょうか?」僕は尋ねた。「あの兄貴でさえ持ち得なかったものを、僕が手に入れることって、あるんでしょうか?」

 老婦人は蕾が綻ぶような微笑を浮かべて、金縁眼鏡のフレームに指で触れた。

「あなた次第ね。あなたはきっと、答えに近いところまでたどり着いているわ。ただ、進一君は、そうね、お兄さんとしては少し眩しすぎるかもしれないわね」

 すべてを悟ってような、職業的な微笑だった。待合室には誰もいなかったけれど、きっと彼女の処方にはミスがないだろうし、病気知識は的確なものなのだろう。

 兄貴に、足りないもの。僕は、その言葉を胸のうちにしまえるだろうか。

 兄貴が爆発のように壮烈で鋼鉄のように確然とした意思を抱えていたように、僕は兄貴に足りなかったものを抱えて生きられるだろうか。この、くだらない日常を繰り返しながら。この複雑な人生を、この残酷な世界を、僕は小説に書くことができるだろうか。

「患者さんに絶対言ってはいけない言葉なんだけれどね、これは私みたいな年齢の人間から、あなたくらいの年の人に言いたくてたまらない言葉よ」老婦人は眼鏡の奥の瞳にいたずらな光を浮かべる。「頑張って、孝志君」

 僕は、ゆっくりと、うなずく。

「ありがとうございました。僕は兄貴ほど出来の良い人間じゃなかったけど、こう見えて結構優秀なんです。また、なにかあったらここに来ても良いですか?」

「もちろんよ。受付であなたの名前の診察券をくれるから、なにか悩み事があったら来てちょうだい。ミスのない処方と的確な病気知識だけは、いつでも提供するわ」

 僕は老婦人に丁寧に頭を下げて、席を立った。

「ああ、最後に一つだけ教えてくれる?」老婦人は僕を呼びとめた。「純粋な好奇心から聞くんだけれど、進一君、将来いったいなんになりたかったのかしら?」

「さあ……」僕は肩をすくめて両手を上に向けた。「まったく心当たりがないです」

「そう」

 僕はもう一度礼をして、診察室を後にした。

 夏の日差しが先刻より少し傾いた角度で待合室に差し込んでいた。相変わらず無人の室内で、僕は一瞬、人影を見たような気がする。

 この薄暗い待合室のソファに腰掛けて、兄貴はじっとうつむいて雑誌に目を落としていた。兄貴はたった一人、誰もたどり着けない場所で佇んでいた。表情の無い横顔は、ブラインドの隙間から差し込む西陽に照らされて、はっきりとした孤独の影が読み取れた。

 それは、甘やかなほどに切ない、僕の見た幻影。

 僕は小さな精神科の診療所で、兄貴と二年ぶりの再会を果たした。

 

*   *   *

 

 野中昌が天才芸術家でないことを、世界で一番よく知っているのは、きっと僕だ。

 東京芸大の入試に落ち、滑り止めの私立の美大にも一つも引っかからなかった春のことを、僕は思い出す。僕が励ますと逆上して手当たり次第に物を投げつけ、とりなす兄貴にボクサーになったほうが良いのではないかと思うくらい見事な右ストレートを決めた。その翌年も、まったく同じ光景が繰り返された。

 昌は兄貴の部屋を訪れて酒を飲み、試験官にいかに芸術を見る目が無いかを原稿用紙百枚分くらい語り、見事なまでに乱れ果てて騒いだ。火気厳禁の油絵アトリエで煙草をすって美術予備校を退学になった。

 現在の姿からは想像もつかないけれど、当時の昌はデッサンが苦手だった。昌が人物を描くとかなりの確率で鼻がもげたし、雪山を写生した絵は泥みたいな色に濁っていた。

 結局、昌が持っていたたった一つの美術的な才能とは、絵を描く以外の才能をまったく持たない才能だったといえるだろう。

 昌は他人が炊事や洗濯や掃除にまわすほんのわずかな才能もかき集めて、ありったけの力で絵画と格闘していた。昌はあらゆる楽しみを絵画に捧げ、すべての存在理由を絵画に託し、カンバスに縛り付けられたように絵を描き続けた。

「ウチの親はさ、お前んとこみたいによくできてないから」

 兄貴の部屋で酒盛りをしながら、酔っ払うと昌の話はいつもそこにたどり着いた。

「干渉はしないけど心配はする、だっけ? まったくその逆だよ。心配はしないけど干渉はする、だもん。やってらんねーよ」

 進学校に通う昌が美術の道に進むことに、昌の両親は猛烈に反対した。昌の十代後半は、家庭内で両親と繰り広げられる飽くなき戦いに費やされた。昌の両親は娘に似て頑固で、人の意見を聞かず、自分の考えを曲げようとしなかった。丸の内で働くOLになって東大卒の人間と結婚しなさい、とまで言い放ったそうだ。あの、昌に。

 二浪を決めたとき、昌は実の親と絶縁した。

「今日からアタシのことアキラって呼んだら殺すからね」昌は言った。

「なんて呼べばいいのさ」僕と兄貴は思い切り困惑した。

「ショウよ。アタシは絵を描く。絵を描いて人に見せる。わかる? Show、だからね。間違えんじゃないわよ」

 アホらしいほど単純なネーミングセンスに苦笑しながら、僕と兄貴は昌の両親に手を合わせた。昌の親御さんの気持ちだって、僕には少しわかる。芸術の道に進んで成功する人間というのは、全体の何パーセントだろう。割合や確率の話をはじめたら、芸術はいつだって分が悪い。まして、生徒の半分近くが東大に合格するのが売りの進学校で、美大志望というのはさぞかし珍獣扱いだっただろう。

 それでも、昌は絵を描いた。

 絵を描いて、絵を描いて、絵を描いて、絵を描いた。

 見かねた兄貴が家庭教師の真似事をしなかったら、留年していたに違いない。昌は同級生が勉強に注ぎ込む才知で構図を取り、同級生が化粧品を買うお金で油絵の具を買い、同級生がカラオケに行っている時間でカンバスに向かい、同級生が恋愛に費やすエネルギーで絵筆を振るった。

 それははたで見ていると痛々しいくらいの努力だった。

 たいていの人間は、望むと望まざるとに関わらず自分の歩きやすい道を歩いていく。障害を乗り越えるために努力したとしても、それは障害の向こうには平坦な道が待っていると信じるからだ。障害しかない道、道そのものが障害でしかないような道に、望んで足を踏み入れる人間は滅多にいない。

 昌にとって美術の道は険しかった。努力という言葉が薄っぺらく風に吹き飛ぶくらい、その道は苛烈だった。

 一日中パレットの中で絵の具をかき回しても、目の前にある色を再現することはできなかった。一ヶ月かけて彫像に向き合っても、像の形を紙に写しとるには程遠かった。しかし昌は、自分が挫折することすら許せなかった。昌自身が自分に対して挫折を許せない限り、その道にはドロップアウトという救いさえも残ってはいなかったのだ。

 想像してみるがいい。

 十五とか十六の歳で、自分が生きていく道が一本しかないことに気付かされる、その絶望を。

 昌は絵描きになることしかできなかった。絵描き以外の何かになることを、昌はどうしても望めなかった。

 望めばどんなものにでもなれた兄貴と、絵描き以外のどんなものにもなることを望めなかった昌は、鏡に映したように正反対で、鏡に映したようにそっくりだった。

 だから、二人は気が合った。どこまでも似ていながら、どこまでも違う。昌が使う魔法と、兄貴が起こす奇蹟は、だからこそ僕を震えさせた。

 昌と兄貴は魅かれあった。在りし日のアラン・ドロンみたいににかっと笑い、低く柔らかい口調で世界の真理を語る兄貴は、昌にとって、恋愛の対象とか唯一無二の友人とか、そういう関係を超えた存在だったのだろう。昌と兄貴は僕に見えない深いところで通じ合って、僕の知らない高いところで手を取り合っていたのだと思う。

 弟である僕にわからなかった兄貴の自殺の理由を、この世でたった一人理解できる人間がいるとしたら、それは野中昌をおいて他に考えられなかった。親父でも、お袋でも、陽子さんでもなく、兄貴を理解できたのは昌だけだったのだ。

 隅田川の川面に、橙色の星を灯した通夜の夜。

 僕と別れたすぐ後。

 あの川べりの遊歩道、首都高速の真下、京成線の鉄橋が見える、あの場所でのことだった。

 昌は手首を切った。

 深く深く、手首を切った。

 皮膚を切っても、人は死なない。血管を断っても、手当てが良ければ人は死なない。ミスのない処置と的確な外科知識があれば人は救える。しかし、右手首の神経を裂いた右利きの絵描きは死ぬ。どんな処置もどんな知識も、それを救うことは出来ない。命を取り留めたとしても、絵描きとしての命はそこで終わる。

 昌はそう信じて、ナイフを突き立てた。深く、深く。縦に、まっすぐ。

 兄貴の通夜からの帰り道、昌と別れてとぼとぼ歩く僕の背中で鳴り響いていたサイレンの意味に、僕はそのとき気付けなかった。

 兄貴の死という冗談みたいな事件の後に起こった、目の前を光速で通り過ぎていく狂騒の一幕。昌の自殺未遂を知っても、僕はなんとなく、後出しの予感みたいなものを感じるだけだった。あの完全な兄貴でさえ死んだのだから、このうえ誰が死のうとしても驚かなかった。

 僕は兄貴の告別式の日を除いて休まずに学校に通い、食事をとり、夜は眠った。

 昌の面会謝絶が解けるまでの一週間、僕は兄貴がくだらない日常と名づけた日々を淡々と過ごした。

 もう一度言おう。昌は天才芸術家ではない。

 持って生まれた才能の無さに絶望して、一度は死ぬことさえ考えたのだ。

「結局、いろいろ限界だったんだ。別に進一さんのせいじゃない」

 病室を見舞った僕に、昌はなんだか晴れやかな顔で言った。

「親に逆らって浪人し続けることとか、自分の絵が少しも上手にならないこととか、日本で油絵で食っていける画家の人数のこととか、自分がパブロ=ピカソでもヴィンセント=ヴァン=ゴッホでもないこととか、いろいろな。それで、うっかりやっちゃった」

 うっかりお皿割っちゃった、くらいの軽い口調だった。

 昌が担ぎこまれたのは、川のすぐ近くにあるホテルのように大きな病院だった。小児科と外科が有名で、東京中から患者が集まる大病院。たぶん、医師の腕も確かだったのだろう。昌は手首の血管をつながれ、神経を縫合され、その上から何重にも包帯を巻かれた上で膨大な量の輸血をされ、一命を取り留めた。本意を遂げることなく、くだらない日常に再び帰ってきた。

 自殺未遂の患者は、大部屋には入りにくい。生きようとして病院に来た人間と、死のうとして来た人間とが同じ部屋に起居するのはどう考えてもミスマッチだ。昌は個室病棟の二階の角部屋で、一人きりの時間を過ごしていた。時々、母親が着替えを持ってくるだけで、僕以外の誰も昌を見舞おうとはしなかった。

 死んでしまった兄貴と、死に損なった昌。そのどちらに対しても、周囲の人間は、かける言葉を持たなかった。本当は僕だって、かける言葉など無かったのだ。

 窓から見える首都高速の向こうでは、一日中、遊覧船や材木船が隅田川を往来していた。病院の窓ガラスは二重になっていて、昌のいた個室は車の走行音も岸壁に打ち寄せる川波の水音も走り回る子供たちの歓声も、すべての音と切り離されていた。

「手、動くようになるのか?」僕は尋ねた。

「医者の話じゃ、指先の感覚が戻るかどうかは五分五分だってさ。車のハンドルを握るくらいのことはできるようになるだろうって」

「車のハンドルなんか握れたって、意味ねえだろ」

 吐き捨てるような口調に、つい、なった。身近な人間が次々に死のうとすることに、僕はかなり腹を立てていた。自殺はいけないなんていう倫理的な怒りではなくて、勝手に死んで僕を混乱させるな、というかなり個人的な怒りだった。

「お前は、絵筆を握らなきゃダメなんだろ? そう言ってたじゃんか。それともなんだよ、左手で鉛筆持って僕と受験勉強するのか? 僕は、兄貴ほどじゃないけど、頭良いぞ。僕に負けるのって、きっとすげえ悔しいぜ」

 あはは、と、心底楽しそうに昌は笑った。病室に笑い声が響いた。

「確かに、そりゃあ悔しいだろーなぁ。そうだな、五分五分、か」

 昌は元の形がわからないほど包帯を巻かれた右手に目をやって、五分五分、という言葉をとても愛しい言葉であるかのように呟いた。

「アタシは、絶対無敵の天才芸術家になりたかったよ」昌は言う。「なんか、思いもよらないところから天啓みたいにインスピレーションが降ってきて、誰にも真似できない超越的なテクニックでカンバスにそれをぶちまけて、伝説的な芸術家として美術史に名を残すみたいな、そういう存在になりたかった」

 自嘲するように、昌は笑い続ける。僕も、不謹慎なことに、釣られて笑う。静かで、密やかな時間だった。音のない病室で、昌と向き合っていた。

 本当は、僕も昌も知っていた。

 人に感動を与えるような作品というのは、天啓みたいなインスピレーションや誰にも負けない超越的なテクニックで創り出されるのではない。一つひとつは誰にでもできる地味で根気のいる決して華やかでない作業の積み重ねだけが、世界を創るという奇蹟を起こすのだ。「らくだ花火と青い空」は、兄貴の電話とメールと声かけだけでできあがった。僕たちはそのことを知っていた。

 笑うのをやめて、昌は窓の外を見た。隅田川は、今日も暗褐色の水を海へ、海へと押し流している。それでも上げ潮のたびに水は逆流して、昨日海に流れて行ったゴミがまた帰ってきたりして、そうやってあの川は毎日同じことを繰り返している。

「あの日さ、進一さんのお通夜の夜」

 昌は、語りだす。自分が手首を切ったことを、まるで他人事みたいに。

「アタシ、思いっきり突き刺したつもりなんだけどさ。いやー、医者に聞いたら、動脈ブチきるのってすっげー力いるんだってな。映画みたくいかねーよ。死ぬほど血ぃ出たと思ったけど、左手で切ったせいで血管なんか二針でつながったってよ。神経も、本気でやベー状態の一歩手前だったって。

 でも、マジで痛かったんだ。人生で一番痛かった。足元に血だまりができて、立ってられなくなって倒れこんでさ、なんでかしらないけど、アタシ、川のほうに這って行ったんだよな。

 そしたらさ、なんか対岸の岸壁に張り付いてるんだよ。オレンジ色の輪っか。あれ、浮き輪だったんだな。海上保安庁がさ、万が一隅田川に落ちるバカがいたときのために、救助用の浮き輪を設置してんの。

 川面が、キラキラ光ってさ。でも、あの川はこの街の汚れが全部流れ込む場所じゃねえか。雑多で平凡で薄汚くてくだらないこの街のあらゆる汚れと穢れが溶け込んだ川の川べりで、なんか、川に沈んでくみたいな気がしてさ。死ぬ気で手首切ったくせに、こんなところに沈みたくないって、急に、本気でそんなふうに思ってな。

 間が抜けたオレンジ色の浮き輪がぼーっと目の前に浮かんでてさ。アタシ、手ぇ伸ばしたんだよ。届くわけねーのにな。

 そんとき伸ばした手が、助けを求めてるみたいに見えたらしくてさ。向こう岸でいちゃついてたアベックが、通報してくれたんだ。そうやって、アタシは助かったんだって。

 いやーあ、今回ばかりはアベックに感謝だなー。いちゃついてるの見たら殺すけど。嘘。呪うけど」

 すごく恥ずかしいことを告白するみたいに、照れくさそうな口調で冗談めかして、昌は語った。

「兄貴もさ」

 僕は思い出す。告別式の翌日、兄貴が飛んだあの団地に、僕は実際に足を運んだ。

「兄貴の飛んだあの場所からも、隅田川が見えたんだよ。もしも、兄貴がオレンジ色の浮き輪に気付いてたら。……もしも、だよ。もしもは、もう、ないんだよね」

 いつも僕や昌のそばにいた兄貴は、もういなかった。火葬場で焼かれて煙になって、雲になって、雨になって、運河を流れて隅田川に流れ込んでしまった。あの川に沈んでしまった。僕の涙が、あの川に流れ込んだみたいに。

「もし、指が動いたら」

 昌は右腕を持ち上げ、痛みに顔をしかめながら、じっと包帯の下の傷口を見据えた。

「アタシは、絵を描くよ。すっげー馬鹿みてえ。こんなに絵ぇ描きたくなるなら、切らなきゃよかった」

 僕は、昌の目を見た。

 あの清潔で静かな病室で、僕たちは確かに向き合い、視線を交わした。

 昌の目には、爆発のように壮烈で鋼鉄のように確然とした意思が宿っていた。

 

 

「おう、どうした、その青痣」

 てめーがやったんだろ、と思わずボケにツッコミそうになりながら、僕は昌の部屋の敷居をまたいだ。僕は優しくないので、本当にツッコんでやったりはしない。

「お前こそ、どうしたんだよ、この部屋」

 なんというのだろうか。部屋の汚さを表現するのに「破壊的」とか「終末的」という形容は正直どうなのだろうか。

 あえて克明に描写すると、インドのカルカッタにあるスラム街を中国は南京でもっとも酷い公衆トイレと結合させて芸術家のアトリエにしたような、筆舌に尽しがたい八畳のスペースがそこにあった。うん、ぜんぜん言い足りねえ。

「いやー、お前が掃除するからと思って遠慮せずに散らかす癖が付いちまったみたいでさー。そこに実家から服とか米とか送ってきたから、物が増えるだろ、で、こーなった」

 その程度のことではこの汚れ方はぜんぜん説明がつかない。街一つ破壊した犯罪に対して凶器がナイフ一本では理屈が通らないではないか。

 僕が唖然としている間にも、昌は紙パレットを丸めてゴミ箱の方に放る。昌がゴミを投げるのはあくまでゴミ箱の「方」にであって、ゴミがゴミ箱の「中」に入ったことは一度もない。

 それ以前に、この部屋のゴミ箱はとっくの昔に、溢れたゴミに埋もれ、そのゴミの上からガラクタや画材や生活用品が置かれている。洗濯物とちり紙で出来上がった山の上で、傾いたジャーに米が炊けているのを見たときは、前衛アートかと思った。

 ベッドの上以外は安全に歩行できるスペースがない。ゴミだと思って安心して踏ん付けたりすると、その下に割れたブランデーグラスが隠れていたりしてとても危険だ。

「とりあえず、片付ける。今からゴミはゴミ箱な」

「えー」

 そこ、ブーイングするところじゃない。

 僕は部屋の掃除を始めた。

 部屋をだいたい三つのスペースに分割し、衣類とゴミとそれ以外に分けていく。衣類はまとめて洗濯だ。たぶん、洗って畳んでそのままになっているものもあるのだろうけれど、いちいちより分けていくのが面倒くさい。ゴミの分別はそのあと。画材やガラクタは下手に触ると怒られたりするので、邪魔にならないところに積んでおくだけにする。

「なあ、昌」僕は部屋を片付けながら、話しかける。「炊事して、洗濯して、掃除してさ。それって一つひとつは誰にでもできる地味で根気のいる決して華やかじゃないことだけど、」

 僕の言葉に、昌は一瞬ふっと緩んだように微笑した。

 弟を見守る、姉のような微笑だった。

「こんな風にお前の世話し続けて、お前の作品ができあがるのを後ろで見ていることができるのは、きっと僕だけなんだよ」

 僕は洗濯物を色物と白いものに分け、空き缶をゆすいでつぶし、煙草の灰を雑巾でふき取る。

「僕がこうやってアトリエを掃除しなかったら、この部屋、一週間くらいで人間が生存できなくなっちゃうんだからな。良い絵が出来上がったら、裏側にスペシャルサンクス浅宮孝志、くらい書いといてくれよ」

 ベッドのシーツと枕カバーを外し、洗濯物の山に投げる。地球儀に絡みついたブラを外す。っつーか、僕にブラとか洗われて嫌じゃないのか、昌は。

 僕は部屋を片付ける。とてつもなく汚れた部屋を、人間が生存できる領域に変えていく。

 最後に部屋を片付けてから、たった三日だった。三日前、僕は昌に殴られ、部屋をたたき出され、情けない表情で家に帰った。どうしようもないぐだぐだの中で小説を読み直し、兄貴の遺品を整理した。それから、坂城メンタルクリニックに行った。受付で初診料と診察費を払って、代わりにもらった浅宮孝志と書かれたグレーの診察券は、僕の手帳に挟んである。

 僕がいつものように家を出るとき、親父が玄関に立って見送ってくれた。「あまり怪我はするなよ」と、干渉はしないけど心配はしている口調で、送り出してくれた。

 僕はまた、昌の家でくだらない日常を繰り返す。

 炊事をし、洗濯をし、掃除をし、本を読んだり昌と会話をしたりしながら、昌の絵が出来上がっていく魔法の三分間を目にする。

「さっきからツッコミ待ちなのかもしれないんだけどさ」昌は楽しげに言う。「どうした、そのノートパソコン」

 ベッドの上に避難させておいた僕の荷物を、昌はズビっと指差す。

「兄貴が使ってたやつ、勝手に持って来ちった。あ、あれか? 絵ぇ描いてる後ろでタイプ音がすると気になる?」

「気にしねーよ、バーカ。屁にもならねー。アタシの絵はそんなコトじゃ崩れねぇんだ。こちとら一日中頭の上を電車が行き交う環境だぜ。パソコンでもオナホールでも好きに使えよ」

 オナホールは僕のほうで丁重に断る。何のプレイだ、それ。

 僕と昌は、しょうもない下ネタでゲラゲラ笑った。

 その日は、真夏日。

 運河から立ち上る臭気はいよいよ凄まじく、窓を閉めていても薄く潮の匂いがする。空き地の雑草は天を突くように勢いよく茂り、野良猫に餌をやるバカでかいサングラスをかけたオバサンが街角を歩く。猫よけのペットボトルと、「花を取らないでください」という命令とも懇願ともつかない看板。そして、学校のプールの塩素の匂い。この夏三度目の、光化学スモッグ警報。雑多で平凡で薄汚い、一つひとつは地味でどうしようもなくて決して華やかではない街。

 その街を昌は描く。

 両親との関係はいまだ冷戦中の和平協定と同じくらい危うくて、収入は奨学金と絵のバイトだけが頼りの極貧生活なのだけれど、それでも昌は絵を描く。まだリハビリに通わなければならないのだけれど費用が払えないので何のケアもしていない右手は、小指が上手く動かなくて不便なのだけれど、それでも昌は絵を描く。本当は天才芸術家ではないのだけれど、魔法など使えないのだけれど、それでも昌は絵を描く。

 そして、僕は小説を書く。

 読んだ本を丸暗記するという超能力みたいな芸当もできない。どんな人間にも絶対好かれて嫌われないという人格もない。どれだけ他人より優れていても決して驕らない性質も持っていない。フロイト全集を暗誦もしていなければ英論なんか欠片も読めない。そうだ、僕には奇蹟なんて起こせはしない。それでも、僕は自分の筆で小説を書く。

 そこは最低のアパート。床はコンクリートの打ちっぱなし。隣室の音は丸聞こえ。ベッドの上以外は片付けないとマトモに歩くことさえできない。ドアを開けた真ん前にある児童公園の公衆トイレは掃除しているところを見たことがない。隣の居酒屋で酔っ払いが叫ぶ声と、京成線の貨物電車と、劇団の練習場の発声練習が決して住人を寝付かせない。

 それでも、昌は絵を描く。昌は絵描きだ。

 その後ろで、僕は小説を書く。僕は小説書きだ。

 僕たちは、他の何かになることを望めない。

 どんなものにもなれる人間の気持ちなんてわからない。

 ざまあみろ、クソ兄貴! 僕は窓から運河に向かって、右手の中指を立ててやる。

 人生は複雑で、世界は残酷で、誰もが望めばどんなものにもなれるというわけではない。

 望めばどんなものにでもなれる才覚があっても、たった一つ欠けてしまった自分の中の空白に耐え切れずに、あたら若い命を散らすヤツだっている。

 それでも、僕は炊事をして、洗濯をして、掃除をしながら、物語を創る。

 僕は望めばどんなものでも書けるのだ。死んでしまったあいつには決して書けない物語を、僕は創ることができるのだ。

 大学に入ったら、このアパートに越してこよう。

 頭上を京成曳舟線の八両編成の轟音が行き交い、運河と居酒屋と児童公園と劇団の練習場に囲まれた、異臭と騒音に満ちたこのアパートで暮らそう。

 白衣を着て三角フラスコを持ったマッドサイエンティストがウヒウヒ笑いながら爆発音を響かせ、筋肉質の男がどう見ても本物としか思えないトカレフを握って腹からだらだら血を流し、髪の長いジャズピアノ弾きの姉と左耳の無い市役所職員の妹が共同生活を送り、生活能力皆無で美貌世界一(自称)の絵描きが暮らす、この最低のアパートで、僕は小説を書こう。

 そしていつの日か、あのメタリックブルーのジッポで死ぬほどうまい煙草をふかして、東京の空に煙を吐きかけてやるのだ。

 兄貴のいる場所まで、その煙が届くように。

 

(了)

 

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