花 女たちの切腹

 第一部

 序章

『桜、孝、佐登、勢津。重き罪過に問われし所,願い通り侍なみに切腹賜りました。
奥方様のご意向にて、奥の女だけにて取り仕切ります。左様に心得、神妙にお受けなさいませ。』

『ありがたくお受けいたします。奥方様のお心遣い身に沁みます。よろしくお伝えくださいませ。』

桜、二十八歳。孝(たか)、二十三歳。佐登(さと)、十九歳。勢津(せつ)、十八歳。
前田家奧女中であったこの四人は、忠義の心から主筋の者を殺めて自訴いたしました。
罪を認めて切腹を願い、その願いを聞き届けられたのでございます。
目付役の手で裁けば公儀に憚りありと、私闘として奧の仕置きで処理される事になりました。

 切腹を待つ女たち

座敷に控える四人の女。髪は束ねて背中に流し、白無垢単衣の死に装束。
まもなく切腹の座に呼び出されるを待つばかりの身でございました。

『皆ようやってくれました。忠義のためとはいえ、若いそなたたちの命散らさねばならぬ。
桜、この通り詫びまする。』

『イエイエ、桜様、この太平の世に在って、忠義を貫き通すことは、なかなかにできぬ事。
武門の女に生まれ、これほどに晴れやかな死に場所、願っても無き事でございます。
孝はありがたく思っております。』

『私も後悔はございません。もしもお仲間に入れてもらえなかったなら、
私一人が取り残されていたならば、お後を追って切腹し、あの世でお恨み申しました。
勢津も私と同じ思いでございます。』

『桜様。あと一刻の後に迫った切腹、仕遂げられるか不安でございます。』

『勢津。皆初めて臨むのです。不安であるのは同じ思い。そなただけではありませぬ。』

『孝殿。さすがに落ち着いておられます事。心得あればお教えください。』

『いえいえ佐登殿。私とて恐ろしゅうございます。
ご奉公に上がった時から、すでにこの命我が物にあらずと心得ます。
忠義顕わして侍なみに切腹賜り、これほどの死に場所はありますまい。
ただこの命を差し出すだけでございましょう。
その時が来ましたなら、ただ作法の手順どおりに進めるのみ。
如何なる苦痛も耐えねばと思いますが、それとて長くは続きませぬ。
後は介錯のお方にお任せいたします。』

『ことが迫ってお恥ずかしゅうはございますが、孝様、作法のおさらいをお願い致します。』

『勢津殿、何の、難しゅうはありませぬ。しもは下帯でありましょう。腰巻布では膝元大きく割れませぬ。
腰の細帯解いて単衣の両肩袖を抜き、肌襦袢の前充分に開いて、お腹露わします。
それ、そのように恥ずかしがらずに。美しい肌ではないか。
下帯の紐緩めて下に押し下げなさい。それでのうては切り口広くは切れませぬ。
右手で切腹刀上から握り、三方を腰の下に敷きます。
膝を開いて、もっと開いて。女の秘め所は、下帯にて包んでおります。
尻に力を入れなさい。背筋を伸ばしてお腹せり出し、胸ももう少し張りなされ。そうそのように。
それでよい、立派な姿じゃ。後ろに倒れぬように気をつけて。
左手で切り込む辺りを探って、そうその辺りです。
刃先を当てて滑らせれば、肌はたやすく切り破れます。
男のように一気に突き入れるのには、よほどに力が要りますから。
浅くて良いからそのままお臍の下あたりまで引き切ります。あまりに深いと痛みも激しく無念腹になります故に。
息を止めて、そこから両手で深く突き入れながら右の脇まで引き回します。
苦痛耐えられぬところで声をかければ、介錯受けられます。
命差し出す覚悟さえあれば、すぐに終わります。』

『痛みに耐えられましょうか。』

『陣痛は腹切るより痛いと聞いた事があります。女にとっては腹切る痛さなど恐れる事もありませんよ。
ましてや介錯人従えての切腹、苦しみ長引く事もありません。堂々と潔く振舞いなされ。』

『せっかく賜った切腹ですから、私は思いの限りに切ってみたいものです。』

『刃をあてるまでに介錯の方にお願いすれば、そのようにお待ち願えますでしょう。
武門に生まれて一代の晴れ舞台、ご立派になされませ。
・・・しかし佐登殿、男のような激しい腹切りは、なまなかな覚悟では切れませぬよ。
女とて肌露わす事を恥てはなりませぬ。立ち会われるのは女ばかり。恥ずかしくはありません。
ましてそなたは武芸で鍛えた体。皆は息をのみましょう。
肌着までも両肩脱いで、腰から上を全て露わさねば、両手の自由な働き出来ませぬ。
草見えるまでも下帯押し下げて、下腹充分に露わさねばなりませんよ。  
お臍の下一寸程のところを一文字に切り、まだ十文字に切るなら、鳩尾の下あたりに両の手で刃突き入れます。
その辺りでしょうか、そこから下にまっすぐ一気に切り下げます。
体の重みを乗せねばなかなかに難しい事ですよ。一文字の傷を越えて下帯辺りまで切り下げます。
はらわたと共に内腑膝の間に現れて、苦痛激しく、身内に流れる血の全てが流れ出します。
それでもなお、気力残して体支えるのは至難のことです。
よほどの胆力と覚悟が無いとできませぬ。
しかし私も出来ればこれほどに切ってみたいものですが。』

『やはり介錯は首打ち落とされるのでございましょうね。』

『この度は奥方様のご配慮にて、女ばかりの切腹。
介錯も首打ち落とすに忍びぬとの心遣いから、とどめ刺して仕留めて頂きます。』

『それは女としてありがたいことでございます。いかに苦しくとも、死に姿は気になりますもの。 未練とお笑いくださいませ。』

桜は、話を聞きながら、これらの者を引き入れた事を後悔しておりました。
自分ひとりで事を行っていれば、三人ともに夫を持ち子を抱く未来があったであろうに。
忠義のためとはいえ、むごい事と思わずに居れませんでした。
このように素直な気持ちの良い娘達の親御様たちにも詫びねばならぬ。
この身は楽に死んではなるまい。
苦しみもがき、此の世の地獄を味わわねば申し訳も立つまい。
私は地獄に落ちねばならぬ。

 

 

 

切腹の座に呼び出される女たち

 

障子が開き、『勢津殿、おいでなさいませ。』と声がかかった。
奥方様のお声がかりにて、世話の隅々までが女の手で行われている。

『皆様お先に参ります。此の世で受けたお情け、次の世で必ずお返しいたします。
しばしのお別れ、三途の川のたもとにてお待ち申しておりまする。』

『勢津殿、ようもここまでついて来てくれました。そなたの働き忘れませぬ。
恐ろしゅうなどありませんから、先ほど孝殿に習うたようにご立派になさいませ。
私達もすぐに参ります。心丈夫においでなさい。』

しっかりとした足取りで勢津は出て行った。

皆それからは無口になった。

桜は男の顔を思い出していた。
慎之助様、まもなく御側に参ります。
あなた様のご立派な切腹姿、目に焼き付いております。
念願叶い、私も同じ痛み苦しみ味わい御側に参ります。
どうぞお見守りくださいませ。
あなたに受けた最後のお情け、この体の隅々までもが覚えております。
思い出すだけで女の芯が熱くなります。
昨夜はその時を思い出して自分を慰めました。
御側に参りましたなら、可愛がってくださいませ。
それを思うと死ぬ事など恐ろしいとは思いませぬ。いっそ楽しみでございます。
女の秘め壺潤い始めたのを感じて、思わず顔が赤らみました。

障子が開いて、『佐登殿、おいでなさいませ。』と声をかけられ慎之助の顔が消えた。

『勢津殿、お見事であったそうでございます。』案内の女は言った。
佐登が、桜と孝に向い、手をついた。

『それでは私も参ります。
勢津殿と共にお会いするのを楽しみに致しております。
桜様、このたびのお供お許しいただき有り難うございました。
父母からも、武門の誉れと御礼申すように言われております。
この上は、恥ずかしからぬ最期を遂げるのみでございます。
今生のお別れでございます。』

『佐登殿、見事なお覚悟でございます。
父母御へのお詫びは、桜の死に様でお示し致します。存分になさいませ。』

佐登は立ち上がると、深々と一礼して出て行った。

 

『孝殿、二人だけになりましたね。まもなくそなたにも迎えが来ます。
よう此処までついてきてくれました。
主従を超えて、そなたは私にとっては大切な人。
歳こそ違え、友とも姉とも思っていました。
そなたの働きがなければ、本懐遂げる事も出来ませんでした。
私の至らなさからこのような仕儀になり、そなたの命も縮めねばならぬ。
桜、このとおりに礼を言い、詫びも致します。』

涙を浮かべて手をつく桜。

『お情けないお言葉でございます。お詫びなどとはみずくそうございます。
私がお側についていながら、あなた様をお守りできなかった事が悔しゅうございます。
詫びねばならぬのは私の方でございます。どうぞお許しくださいませ。
どうぞ、次の世にても、その次の世も、お供させてくださいませ。
供を許すと、おっしゃってくださいませ。』

孝も涙を浮かべてにじり寄り、桜の手を取った。

『私ごとき者にそれほどの思い。ありがたくも嬉しゅう思います。
私は良い家来に恵まれました。次の世にてもよろしゅう頼みます。』

『次の世までもお供できるとは宿縁浅からず、これほど嬉しい事はございません。
此の世のことはひと時の夢、次の世も、その次の世もお仕え致します。
桜様、楽しい夢のひと時でございました。』

二人は、手を取り合って互いの涙を見ていた。

『次の世への渡り口にて、お待ち申し上げております。
お心安くおいでなさいませ。きっと楽しい旅になることでございましょう。
次の世にてのお約束も頂きました。
もう思い遺す事もございませぬ。心安くして参れます。
この上は、あなた様の名に恥じぬよう、この腹切って死ぬばかりでございます。』

 

主従無言のまま見詰め合ううちに、孝の迎えが参りました。
『佐登殿、介錯も受けず十文字に仕遂げられたそうにございます。』

『桜様、それでは私も参ります。
最後のお言葉、有り難うございました。喜び満ちて切腹の場に臨みます。
この身の不明、至らぬ数々、お許しくださいませ。
お詫びと償いは次の世にて必ず致します。』

『礼を言わねばならぬのはこちらのほうです。長い間よう仕えてくれました。
そなたの心、嬉しゅう頂きました故、心置きなく参られませ。
私も程なく参りますから。』

部屋を出て行く時、孝は立ち止まって桜を振り返った。

『あの世にてもあなた様と・・・・。』

歩き始めた孝の目には、もう涙は消えていた。

 

孝が去ると、桜一人が部屋に残された。
此れでもう自分の始末をすれば全てが終わる。
桜は居住まい正して目を閉じ、自分の切腹姿を思い描いていた。
最後に見苦しい姿を見せることは出来ぬ。
ただ死ぬばかりなら難しい事ではない。
浅く一文字に引き回して、介錯受ければすむ事である。
男とは違う女の切腹とはどうするべきか。
その時、思いついたのはあまりに奇抜な事であった。
確かにこんな事は女でなければできぬことと、おかしくなった。
女の秘め所を刺し貫く自分の姿を思ったのである。
浅く一文字に引き回し、刃先上に向けて立てた刃に、女の命を貫かせる。
慎之助殿の陽根飲み込むように、上から腰を落とせば・・・。
刃先は女の口、壺、子袋を貫き、はらわた内腑までも届くはず。
飲み込んだ切腹刀は淫らな男根となって桜の中で荒れ狂う。
此れこそ女の歓喜の切腹。
股間は女の蜜と血の池地獄。
思うだけで血が逆巻き、沸き立つマグマが背骨を突き抜けて脳髄を突き破った。
狂おしくも乱れた咆哮をあげながら吹き上げられた魂は、何処までも昇りつづける。
桜は歯を食いしばり、叫びあげるのをこらえる。
魂はしばらく天空を漂った後、そのままゆっくりと下降を始めた。

 

『孝殿、最後にあなた様のお名前呼ばれて介錯受けられ、作法通り見事に仕舞われました。
皆様それぞれにお見事な御最期でございました。
我らも女といえど武門の者、最期はこのように潔く終わりたいものと思っております。
皆様を切腹の場に御案内いたしましたお役目、終世誉れと忘れませぬ。』

『今この時に嬉しいお言葉。聞かせればさぞかし皆も喜ぶ事でございましょう。
あれらの者も待っておりましょう。この身の始末、済ませに参ります。
最後までご造作おかけいたしました。』

『それでは桜どの、ご案内いたします。おいでなさいませ。』

桜は女の後を歩きながら、まだ自分の腹の切り方を考えていた。

 

 

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