切腹相聞歌 情炎に殉じて

Sakura
& Shinnosuke

 

情炎の恋に殉じて咲く花の

 手を執りて逝く旅の嬉しさ

 

三日月は山の端を昇り、古き館で忍び逢う男と女あり。

武家の女はまだ三十路に届かぬと見え、色香は夜目にもこぼれるばかり。

男はまだ若さを思わせるほど。

 

「私は不義をなし、不孝を重ね、不忠をなした人非人。

ほどなく追っ手もかかりましょう。

せめてあなた様のお側にて果てとうございます。

どうぞお見届けくださいませ。

一つにはこの世にて重ねた罪の数々を償うため、

また一つには、あなた様へのわが恋情の誠を見て頂くため、

女ながらも腹切ります。」

 

「わが思いもそなたと同じ。

そなた一人を逝かせはせぬ。

共に腹切りて逝こうぞ。

そなたへのわが思いの誠もみるがよい。」

 

男が女を抱き寄せれば、女も抱きて応える。

唇を吸い合いて重なり、獣の貪るごとくに互いに肌を求めて喘ぐ様の激しく浅まし。

 

「ああ、地獄に落ちるともいといませぬ。慎之助様・・」

「共に逝こうぞ。永劫に離しはせぬ。」

「慎みも恥じらいも、はや捨てました。この世の名残に淫ら狂いとうございます。お許し下さいませ。」

「我もまた望むところ、今生の思い出に命の限り睦みあおうぞ。」

 

 世の名残り君に愛でられ情け尽くす 解き放たれよ女春情

 わが肌を愛でられし君ありがたく 春を告げ来し土筆(つくし)逞し

 横たわる我が身のいずこ貫くや 君の刃を受ける喜び

 これほどの思いを受けて逝くならば 女本懐心遺さず。

 

今生の別れの契りが次の世を誓う儀式となる。

「さあ、杯を交わそうぞ。これが契りの杯ぞ。」

「嬉しゅうございます。このように晴れやかな・・・。」

厳かな三々九度の契りとなりし一杯の杯を飲み干して、涙で見交わす顔と顔。

「今生(こんじょう)は、はかなき縁(えにし)。

ふつつかものなれど、次の世は必ず晴れてお側にいとうございます。末長う・・。」

手をついて、涙ながらに来世を約す言葉の最後は涙に消えた。

引き寄せられて身を任せれば、帯を解く手ももどかしく、

恋に燃え至福の時を待つ女の肌は美しく輝いていた。

 

 精を受け淫らとなりて狂えるは 春を知らせし君の罪咎(つみとが)

 開かれて貫かれたるわが身なれ 永久(とわ)に結びて連れてゆかまし

 乳房立つ恥ずかし思い隠されず 慰められよ血の逆巻くを

 わが陰唇(ほと)に君の命を注がれて 嵐とならん雷(いかずち)の落つ

 放たれて思い残さず旅立たん 淫らなるかな死を賭けし恋

 

貪り合う獣となった二人は狂いまさぐりあう。

「わが生はこの時のため、あなた様だけのもの。妻と呼んでくださいませ。」

「もう離さぬ。我が物ぞ。わが妻ぞ。」

互いの肉の全てを確かめようと、唇を這わせ爪を立てる男と女。

 

 運命の鞘に納めし昂ぶりに 命の奔流(あふる)尽きることなし

 願わくば繋がりゆかんこの黄泉路 我と君との腸(わた)を結びて

 悔いるあらば己の力及ばずを 目に幻(まぼろし)の白無垢の君

 押し入ればしなやかな四肢開かるる 呼び覚ませしは昨春の破瓜

 命燃ゆままに狂いて貫くを 陰唇(ほと)より出でて腸(わた)にいたらん

 

「この腹を血に染めて死ぬるのか。愛しやな。」

「切りまする。見事に切りますゆえ。あなた様もここを・・・。」

「見事に・・・仕遂げようぞ。共に同じ道を行くのか。」

「はい、同じ痛み、同じ苦しみを越えて・・・。嬉しゅう・・・。」

愛しさは限りなく、互いに腹を撫でながら、

二人は共に同じ痛み苦しみを己の腹に受ける甘美な思いに酔った。

 

 腹を裂き乳貫きて誠見よ 姫を探りて思いをも知れ

 わが腸(わた)は君に捧げんわが陰唇(ほと)は 男子(おのこ)思いに供えまつらん

 わが下唇(ほと)を愛でてそそがる君の精 蜜をたたえる恥ずかしき性(さが)

 女ゆえ義理には死なず君のため 腹裂く事に悔いは残さず

 花散るや命の見事見届けよ 次の世までの思いを込めて

 

幾度の歓喜を味わったであろうか。男は果ててまた果てた。

女も歓喜の頂きを何度も見て叫びを上げた。

互いの肌の隅々には愛撫の跡がつけられていた。

激情はまだ体の中を波打っている。

今なら死ねる、そう女は思った。

「まずは、私の切腹を見ていただきましょう。

乱れ狂い、もはや思い遺すこともありませぬ。

女の喜びを抱いたまま、この腹割いて逝きまする。

慎みも嗜みも捨て、いかな恥ずかしい姿を晒すとも苦しゅうはございませぬ。

御覧なさいませ。」

 

 契りなば操を守るなでしこの 露わす内臓(わた)に誠見られよ

 契りたる人のありせば大和女(やまとめ)は 操に殉じわが腹を裂く

 女とて思いのあらば腹切らる 血潮赤きや君に捧ぐる

 柔肌の胎(はら)切る姿見届けて 遂げられますや男子(おのこ)切腹

 

女は秘め所を隠す布一枚も身につけていない姿で座りなおした。

下草はまだ濡れて光り、艶を浮かべた目に乱れた髪がかかっている。

女は左片手を脇におき、刃を下腹に擬し、尻浮かべて腹をせり出す。

「あなたの妻として逝きますゆえに、お見届け下さい。」

嬉しげに会釈して、自分の腹に目を落とした。

「そなた一人をやりはせぬ。」

男は股間の猛り始めるのを感じ、女の肌が輝きを放ったように見えた。

「いざ参ります」

力の限りに細腰に突き立てた刃は、一寸ばかりも喰い入る。

「ウウウウ、ウウ、アアアアア。ご覧下さいませ〜〜。」

浮かせた腰が艶めいて揺れ、ふくよかな乳房も揺れる。

苦悶、苦悶、苦悶。苦しみ悶える声が絶え間もなく続く。

悶え苦しみ体をくねらせる。

「うむむむ、うううう。慎之助様、慎・之・助・様。」

壮絶な叫び声を上げながら、己の腹を切り裂いていく女。

倒れそうになる体を支えようと、膝が開いて赤く染まった草から血が滴る。

 

 突き立てて苦しみ痛み君ゆえや 乳房のゆれて君を懐かし

 奧の奧、女の芯に刃が届く 引いて切り裂く内臓(わた)までも見よ

 心地よし切れ味見事舐めるごと 柔肌を割く刃たのもし

 苦しやな血が溢れます気は薄れ もう恍惚になりにける我

 

「ああああ、ああ、いいいい、いい〜〜〜。」

右の脇まで切り進めば、声は艶めいた叫びに変わって肉は淫らに揺れている。

「ああああ、あなた、あなた・・・慎之助・・・様・・・・・。」

男と交わる夢うつつに腰を振る。激しく全身を震わせたとみると、伸び上がったままに後ろへ倒れた。

右手は抜け落ちた刃を握り、左の手は乳房を握り締めている。

曲げた両膝の間から、蜜を吐く花びらが開いている。

切り口からは血が溢れ続けて、乳房、腰尻の震えは収まらない。

悲愴なれども淫らに美しい姿であった。

 

 淫らなる蜜が混じりて血が流る 虚ろとなりて満ちる喜び

 アア切れり腹一文字五寸程 見届けられよわが腹の内

 血が溢れ腸(わた)垂れ踊る歓喜かな 淫らなる性(さが)君のお前に

 血まみれて露わとなりしわが思い 君の誠も顕されませ

 

「おお、我も狂わん。」

血まみれの女の体を掻きいだいて、男は逞しくなっていた。

「淫らとも、我が恋情の誠をを見よ。交わりて逝かん。」

血にまみれた女陰を陽根が貫いた。女の目は閉じられたまま喜悦の表情を浮かべている。

 

 言葉無く二度と開かぬ君の目の 涙の痕を指でたどらむ

 誠とは瞳の奥にあることを 思い出させし君の細腸(ほそわた)

 骸(むくろ)なる冷たき君をかき抱きて 我もまた逝く君の待つ岸

 

肉は空しくなりながらも、女の魂はまだとどまっていた。

すでに苦痛は去ってただ恍惚の中にいた。

「ああ、わが身から流れる血潮の心地良く、花芯だけがまだあなたを求めています。

早く来て、あなた。これであなたと永遠に交わっていられるのね。

感じるわ、あなたの肉を、心を。魂の叫びがあなたに届くのでしょうか。」

冷たくなっていく体の中で、草むらの奥深くの熱い塊だけがまだ息づいていた。

 

 空しくはなりて抱かる(いだかる)君の手に 誠見らるや苦しみ報わる

 嬉しやな君も我が身に倣(なら)われて はや来られませ心地よければ

 今生は苦の多かりき山桜 散りてお側に永久(とわ)の褥(しとね)ぞ

 

「ううううっ、今一度、今一度。」

男は、冷たくなってゆく花びらと交わっている。

花の芯はまだ温かく男を受け入れ、命の陽根に喜びさえも伝わってくる。

「おお、まだ応えている。」

 

 木漏れ日に映えし白刃紅(くれない)に 染まりて見ゆる君のまぼろし

 今もなほ温もり残す柔肌の 叢(くさむら)奥に君を見つけん

 迸(ほとばし)る 今を限りに灼熱の 今際(いまわ)の契り終えて後まで

 

男は女を貫いたまま背に手を回して支えると相対する。

男の腹は女の腸がこぼれ落ちてすでに血に塗れている。

色を失ってゆく女の顔を見ると見せたくはなかった涙が今更ながらこみ上げ溢れ、

唇の端から溢れた血泡をそっと拭い最後の口付けを交わした。

 

 安らかな寝顔のごときその顔に この世の事は夢のまた夢

 

「今参る。次ぎの世にては・・・」

男は袖を引き裂くとその布で女の指と自分の指を糸で結びつけた

 

 離すまじ指に繋いだこの糸を 何時か再びこの手に抱かん

 

「あなた、もう何も見えない聞こえないのに、あなたが私の中にいることは感じるの。

あなたと繋がり、永遠に離れずにいられる喜びだけが私を満たしている。

あなたの心だけを感じています。

あなた、もう私たちを誰も引き裂けないのね。

早く来て、待っているわ・・・あなた。

一緒に、さあ参りましょう。」

 

 嬉しやな我が肉すでに空しくも 魂(こころ)は側に寄りて添いぬる

 苦しみはひと時の事安らかな 糸を頼りに渡る次ぎの世

 君の手に抱(いだ)かれ永久(とわ)に恍惚の 心地よければとく参られよ

 男子(おのこ)ゆえ見事に腹を致されて 誠示すや恋の武士(もののふ)

 

男はあらかじめまいておいた油に点火した。古い社は瞬く間に火に包まれ始めた。

「そなたと交わりしまま、腹切り裂いて共に逝こうぞ。」

力の限りに突き入れて、苦悶に耐える男の姿が美しく炎に栄えた。

 

 君が待つ大和男子(おのこ)の行く先は 今を盛りに霧島ぞ咲く

 下腹の微かな痛み思い出す 君が爪刺す夏の悪戯(いたずら)

 割るほどに昂ぶりを増す君の中 我の誠も君と混ざらん

 

十分に引き切り刀を抉り(えぐり)抜き、降りかかる火の粉から守るように折り重なりて、

女を懐(ふところ)奥に抱きしめる。

 

 燃え狂う炎よ我が身燃やせても 我らの誠燃やし尽くせじ

 

男の手から刀がこぼれるのを待っていたかのように館の天井が一気に崩れ落ちた。

 

 恋成就、血と腸(わた)混じり炎(ほむら)立つ 宙(そら)に舞い逝く添える魂

 

絡み合いやがて一つとなった二つの光は、炎に染まった天空をどこまでも昇っていった。

 

年月は過ぎて、そこは一面の野菊の原となった。

ここで睦みし恋人たちは幸多く結ばれたという。