きれいなものがすき。

かわいいものがすき。

これって、みんな同じでしょ?






[ 曖昧な距離 ]







・・・あちぃ・・・



汗ばんだ身体が気持ち悪い。夏特有の熱気に気持ちよく寝てもいられなくなってぼんやりと目を覚ました。窓からは薄暗い光が差している。時計に目線だけを送ると4:30というデジタルな文字が緑色にひかって主張していた。
いつもならもう一度すんなり眠りに就くはずなんだけれど、どーしたもんかね。頭がすっきりして、目が開いてしまった。とりあえず身体を起こす。



シャワーでも浴びよ・・・。



立ち上がってぺたぺたとバスルームに向かい、シャワーのコックをきゅっとひねる。冷たい水が気持ちよかった。この後どうしようか、と考えた。朝早い時間。

うん、決めた。

タオルで髪を無造作にふいて、適当に着替えて、テニスバックを肩に掛けて、スニーカーを履いて。静かな時間にふさわしく俺も静かに外に出た。外はさっきより大分明るく、蝉の声だけが妙に際だって聞こえる。
今日も、暑くなりそうだ。自転車に乗り、こぎ出す前に携帯を取り出した。メールを打つ。





いつものコート。





これだけ。
まだ5時を過ぎたところだけど、眠りの深くないあの人は多分目を覚ますだろう。不機嫌そうな顔を思い浮かべて俺は一人笑った。







無人のコート。まぁ、この時間じゃあ当然か。軽く準備運動をして、壁打ちを始める。ぱん、ぱんとボールの一定のリズム。集中できる時間。

「・・・おい、千石。」

ふいに意識を引き戻された。汗が流れていて、時計に目を遣ると30分程経っている。声はこれ以上ないってくらい低くて不機嫌。ゆっくり深呼吸してから振り向くと腕組みして、声と同じように不機嫌な顔をした、彼。
よくもまぁ、そんなに全身から不穏なオーラを出せるもんだよね。

「あーあとべくーん!遅いよ〜。」

わざとへらっとした顔を作って言うと、跡部くんは眉間のしわをますます深くした。手塚くんになっちゃうってば。

「千石・・・なんのつもりだ?お前。」
「なんのつもりって?」
「・・・なめてんのか?」

あらら、切れかかってるね、これは。

「いやいや、たまたま目が覚めちゃってさ!久々に跡部くんとテニスがしたいなーなんて思ったわけ。」
「・・・てめぇのたまたまに俺様を付き合わせるな。」
「そんなこと言って、跡部くんだってちゃんとテニスしに来るカッコしてんじゃない。」
「あんなメールがくりゃあ当然だろうが。」
「そお?」
「・・・さっさとやるぞ。」

これ以上俺に付き合っていられない、とでも言うようにラケットを持って歩いていってしまった。なんだかんだ言っても付き合ってくれる。
今この人ととの間にある空気はどことなく不透明で居心地の良い、言ってみればぬるま湯のようなもので、この人も俺が突然メールを送ったりした時にそれを断ったことは、ない。それは俺も同じ。そう、逃げ場のようなものなんだ。跡部景吾、であることや千石清純の日常から抜け出す一時の夢のような。だから、断ったりしない。できない。

大概ズルイね、俺も。

跡部くんは軽く身体を伸ばしてから軽くサーブを打った。
一つ一つの動作が妙にキレイなのは、当然無意識なんだろう。
この人とテニスをするのはすごく楽しい。遊びと分かっていても互いに負けるわけにはいかなくて。気の抜けない駆け引き。本気が見え隠れして、お互いに手を抜いたりはしない。決着を付けるとか、そんなんじゃないけど。このたまの時間には思い切り集中したい。



しばらくやって、ちょっと休憩、と声を掛けた。流石にこの暑い中ぶっ続けでやるのは疲れる。太陽はとっくに顔を出して地面を熱し始めていて、俺も跡部くんも汗が身体を流れている。

「あー・・・疲れた・・・。今、何時?」

そう言って汗を拭きながらベンチに座って、跡部くんのポカリに手を伸ばした。ら、手ぇ叩かれた。けど気にせずいただく。

「もうへばってんのかよ?まだ10時だぜ?」
「えーだって跡部くん、来るの遅かったじゃん。」
「そりゃお前がわりぃんだろ。」

内心はもう10時か、と思った。うーん、楽しい時間は過ぎるのが早いもんだよね。 跡部くんも隣に座った。ポカリを渡してあげると、一口飲んだ。そのまま跡部くんの横顔を観察する。汗がこめかみをつたう。いつみても、きれーな顔。


初めて見た瞬間から、手に入れたいと願った。
俺はきれいなものやかわいいものが大好きだから。好きなものを近くで見たい、とか手にしたい、と思うのは人の常ってやつでしょ?それがただの興味本位だとしてもさ。
選抜の時、跡部くんは明らかに周りとは一線を引いていた。だけど、俺は思うよりも簡単に君の側にいることを許されて、その時からこの息抜きのような関係は続いている。でも俺は、近づいた瞬間に俺がいつかこの人を欲するってこととこの人が俺だけのものにはならないってのが見えてしまった。だから、俺も不用意なまねはしないしできないんだ。俺はその時からいつもへらへら笑ってる馬鹿なやつで居続けてるし、女の子だちにも相変わらず手を出してる。

今はね。今は、これでいい。

そう、これを恋だというつもりはまだないんだ。俺は、まだそれを認めてない。
・・・好きだけどね。



「何見てやがんだよ。」
「ん、みとれてた。」

ハートマーク付きの笑顔で答えてあげると、また心底嫌そうな顔をした。

「さ、昼までもう少し、やりますかね!」

伸びをしてコートに入る。跡部くんもコートに入った。







そう、こういうのでいいんだ。

このふざけた笑顔に騙されて。

なにしろ俺もまだ計りかねているんだからさ。

今は俺も、こういう曖昧な距離に満足しているから。










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