なんでも見えているのはどちらなのか。
はらはら 舞う 桜の中。









[ 桜 色 ]











「きれーでしょ。」
「へぇ・・・こんな場所があるのか。」


着いた途端、桜の木の下で寝転がってジローは笑う。
概して学校には桜の木が植えてあるものでそれはここ氷帝学園も例外ではないのだが、今居る場所は正門の辺りから植わっている桜並木の下ではなく裏手の他に木々に混じって一本だけある桜の木の下だった。通常ならば通らないであろう場所。こんな所を知っているのは寝ることがおそらく一番に優先される、ジローだからだ。彼は動物のような嗅覚で「寝心地の良い場所」をいつも自然と探し当てる。
ここのところ春の知らせはとても早くて卒業式にはもう咲いている。卒業といっても持ち上がりなのでなんの感慨もない、と跡部は思う。

今日は風が強い。春の嵐。
木々がざわざわと心地の良い音を立てて落ちる影もちらちら揺れた。
春の木漏れ日が心地よくて跡部は目を細め、少し躊躇ったが結局ジローの隣に足を投げ出して座った。草の上。


「三年は早かったなー」
「そうだな」
「氷帝が六年制でよかった」
「テニス?」

ちょっとジローらしくない発想に首を傾ける。

「うん、それもあるし」
「なんだよ?」
「簡単なことだよ」
「?」
「教えねー」
「あー?なんだよ、それ」
「べっつにー」
「お前は会ったときからそうだな」
「そうって?」


跡部はジローの疑問を無視するではなく、口の端をあげて笑った。
強い風が木々を揺らし、その度に桜の花びらを降らせる。
はらはら 舞う、花びら。
強い風に目をきゅっと閉じて、開くと視界が染まった。



「わっすげー!」
「ぷっお前の髪もすげぇことになってるぞ」
「え、直して直して」
「ばーか、自分でやれよそれくらい」
「跡部のケチー!そういや、今年の桜ってちゃんと桜色してる」
「・・・言ってること変だぞジロー」
「なんか去年とか白くなかった?なに、水分の関係?」
「あーまぁ、桜の種類によって色は違うし、まあでも、雨だとか空気の具合でも変わるな。気候の影響がでかい。けど・・・ピンクって言わねぇか、あれ。」
「んー?ピンクって言うとなんかどぎつい感じ。もっと、独特じゃん。なんつーか、・・・」
「・・・桜の木の下には、ってあったよな、なんか」
「?」
「桜の木の下には死体が埋まっている」
「あー・・・なんかあった、かも。現国?あ、跡部、髪、花びら」
「いいよ、後で」

少し硬い響きが混じった声にジローは手を伸ばすのをやめた。

「なんつーか、跡部みたいかも。・・・桜、色。」
「意味わかんねー」
「分かんなくていいよ」
「桜は、死を思い起こさせる一つのファクターなんだよ」

同意を求めている感じの言葉ではなくて、分かってほしくて話しているわけでもない、とジローは判断して、おとなしく耳を傾けることにする。たまに、跡部の思考は散文的に跳んでいくことがあって、それは跡部の頭の中でいろいろなことを完結して断片的に口にするからだと思う。それはジロー自身にもよくあることだ。跳び方が、違うだけで。どちらかというと跡部は左脳で考えているし、ジローは右脳で考えているから。思考回路が違うのだ。


「昔から繋がってる。その短い開花と潔い散華が生と死を同時に表現する。」

「でも、俺は、桜が特別な花だとは思わないし儚いなんて思わない」

「俺はそう思うけれど、それでも、人が桜を愛でるのは、この時期だけだ」


ふわりとジローの手が伸びたのは跡部が顔をあげていて表情が分からなかったからだ。
苦しい、と思った。そんな風に桜を自分と重ねてしまうのは。跡部の考えていることを分かるなんてことはできないけれど、でもその苦しい思考を無理にでも止めさせたかった。起き上がってそおっと跡部の頬に触れた。

「・・・跡部はさー、頭良いから」

「眼も、良すぎるから」

「見えすぎたりするし」

「独り善がりになれない」

「別にお前の能力だけにみんなが従順なんじゃない」



いつもは言わないようなことを言ってしまうのは幻惑されるような空間にいるからだ。
敷き詰められたような花びら、柔らかい光、鮮やかな緑、それに映える、桜の木。


「ほら、花びら」

そう言うジローの髪にだって花びらが付いていた。


目が合う。


時間が 止まるような 錯覚。


桜の花びらさえ止まっている。




二人の顔が近づいたときチャイムの音がしてお互いはっと我に返る。

「・・・戻るか、教室」
「えー!良い雰囲気だったのにー!」
「は、オレとジローに雰囲気も何もあるかよ」
「・・・素直じゃねー」
「勘違いだ」

す、と立ち上がって制服をはたき、跡部はさっさと歩き出す。
まあ後三年あるし、とジローは独り言ちてその背中を追いかけた。





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