俺たちの間には一切の約束もなく

いつまでこうして会えるのだろうか。






[ fear ]







こいつ、千石清純が俺の部屋に頻繁に訪れるようになったのは3ヶ月くらい前だったか。一人暮らしのこのマンションに、千石は気ままにやってくる。一度、来る時は何かしら連絡しろと言外に含めて俺がいないときはどうしてるのか尋ねたことがあったが、俺ってラッキーだから、の一言で片づけられた。

二人でいても特に何をしているわけではない。俺は一人で本やら雑誌やらを眺め、こいつはこいつで勝手なことをしているだけ。あまり気にしないから、何をやっているのかは知らない。ただそこにはひたすら居心地の良い空気があって、俺の迷惑そうな顔は今では単なるポーズとなっている。


こんなはずじゃなかった。



「コーヒー。」



ふと千石の声が聞こえた。



「何だよ?」



「コーヒー飲む?跡部くん。」



これももうすっかり当たり前となったこと。我が物顔でコーヒー豆とコーヒーミルを取り出している。俺も便利なヤツ、と思うだけ。



「ああ。」



言ってすぐにコーヒーの香りが充ちた。なんとなく雑誌を閉じてテーブルについた。どうにも寝不足で、頭に霧が掛かったようにぼんやりしている。俺らしくもない。早くコーヒーが飲みたかった。



「はい。」



カップを俺の目の前に置いて、自分のは片手で持って向かいに座った。一口飲む。俺が淹れ方を教えただけあって、うまかった。



「・・・お疲れだねぇ。」



なんてしみじみと言う。原因がお前だと知ったらどんな顔をするだろうか。



「きれいな顔が台無しだよ、クマもできちゃって。ま、一層色っぽいともいえるけどね。」



乗り出して俺の顔に手を伸ばした。目元を軽くなぞられて、びくり、としてしまい俺は舌打ちした。そのまま千石の顔が迫ってきて、俺の唇をなめる。苦い、と呟いた。その顔は獲物を追いつめる獣のようで、俺はもう少しコーヒーが飲みたかったけれど、こうなってしまえば千石は止まらない。止めても無駄なことぐらいは分かっている。



俺が不安だ、と言えば驚くだろうか。こんな関係になったのはこいつが家に来るようになって1ヶ月くらいしたころか?千石は、何も言わなかった。好きだとかアイシテルとか、そんなアイの言葉はなかった。その目は怖いくらいだったのに。

言ったのは、



「いい?」



―――ただそれだけ。

俺にどう答えろって言うんだ?
お前は何が欲しかった?お前が良く好きだと、綺麗だと言う俺のこの顔?別に、自分の顔が人並み以上だってことぐらい良く分かっている。でも、じゃあ、いつまで続くんだ?俺が醜く変わっていけば、それで終わりなのか?



お前は気ままに訪ねてくる。次の約束なんてないままに別れて。
俺たちの間には約束できることなど何一つなくて。
俺はいつお前が来るかと心待ちにしている。
そしていつこの訪れがなくなるか、と考えをめぐらせている。



こんなはずじゃなかった。 これがあの跡部景吾、か?笑っちまうぜ。

こんなはずじゃなかった。

お前に対する想いが本気だと気付かれたならば、お前は離れていってしまうのだろうか。お前が何も言わないのと同じように俺も何も言わない、それはある種プライドのようなものかもしれない。

体を重ねれば重ねるほど離れ難くなる。そんな感情を初めて知って、でもお前は俺のことをそこらへんの石と同じくらいに考えているのかもしれない。お前が何を思うのか、俺には全然分からない。

こわい、とそんなことはきっと一生口にはしない。
ただ、おびえている。


願うことはひとつ、だ。




この想いをお前に悟らせたくない、ただそれだけ。










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