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どうして、こいつは俺を好きだと言うのだろう。 夏休みだというので何故だか千石は頻繁に家にやってくるようになった。第一印象としては妙に構ってくるうるさいヤツ、だったのだが意外にもこいつはうるさいだけでなく引き際は心得ているというか、俺にとって居心地の良い空気を作るのがうまかった。そのせいでついつい俺も邪険に扱えないでいて、一人で静かに過ごすのが日課だった俺の生活は、千石が来るといつもろくでもないことになってしまう。 今日なんかは夕方になって暑いーとか言ってビニール袋を片手に人の家に入り込んできて、がさがさやっていると思ったら、はい、とか言ってビールの缶を渡されたのだ。それから随分飲んで、俺もこいつもそのままうとうとしてしまったらしい。 気が付くともう23時。終電も間近な時間。 俺もまだほろ酔いで、千石は床に突っ伏して寝ている。静かな寝息に合わせてオレンジの髪がふわふわと揺れる。 千石はたぶん今日女と会ってきたんだろう。その髪からは都会特有の埃っぽさと煙草のかおり、それから女の匂い、がした。 千石が煙草を吸っていることを知ったのは知り合ってから随分たってからで、内心驚いたものだ。俺の前で吸ったことはないし、(隠していたわけではないらしいが)なによりも、テニスをやっているというのに。気付いたのは、いつだったか今日のように俺の家で飲んでいて酔った千石がふざけて抱きついてきた時。千石の髪からは今日と同じようなかおりがした。俺は驚いたが、同時にそれらが千石によく似合っていると妙に納得したのだった。 そしてその女の匂いはいつも違う。 なのに、こいつはどうして俺を好きだと言うのだろう。 今までその腕で女を抱いてきただろうに、 その口では俺を好きだと言う。 こいつの何を信用して良いのか俺にはよく分からない。 告白めいた言葉は幾度となく貰っているが、それがどういう好きなのかを俺はまだ計りかねている。そういう微妙なラインを千石が隠すから。俺がただ流すときはほんの少しちらつかせるくせに、気が向いて突っ込もうとすれば上手く煙に巻くのだ。 こいつの中身のようにふわふわと揺れるその動きに誘われるように髪に触れると思ったよりもずっと柔らかく、気持ち良い。つかんで軽く引っ張ると呻き声を上げた。 「・・ん〜・・・」 「・・おい千石。寝てんじゃねぇよ。起きろ。」 千石の手が何かを求めて床を探った。まだ寝ぼけているんだろう、その手を軽く叩いてやると、顔を上げたが、目は半分しか開いていない。 「あれぇ、あとべくん・・・」 「あれーじゃねぇだろ?おい、もう十一時だ。」 千石は頭をかいてあ、まじ?と言った。そして当然のように続く言葉。 「もう帰んのもめんどうだし、泊まるよー。」 あくびを一つ。もう疑問型ではないぐらいになっている。洗面所にはいつの間にやら歯ブラシが立ててあり、タオルまでもが置いてあるのだ。 こんなに近くにいるのに俺にはこいつの何を信用して良いのかさっぱりわからない。こんなヤツは初めてだ。俺は人を見抜く目を持っている、と思うし、他人すらそれを認めるのに。俺に居心地の良い空気を与えるこいつも嘘でなければ、鼻につく女の匂いを持ってくるこいつも本物だ。しかしどこか嘘くさい、とも俺は思う。 ぼんやりした思考の中で千石の電気消すよ、と言う声を聞きながら俺は考えるのを止めて眠りに落ちた。 back |