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そこはどうにも居心地がよくて。 テーブルを挟んでソファにくつろいでいる顔を見るとそんなに落ち込んではいないのだろ うか。とはいえ非常にこいつらしくないことをしたものだ、と経緯を聞いて俺は思った。 「そりゃお前がわりぃな。つーかお前らしくねぇ」 まずは、とビールをコップ一杯で乾杯する。何に乾杯って、まあ特になんでもないけど。 強いて言うなら、振られたことに対して、か?もう一度表情を窺ったが、やっぱりさ して落ち込んでいるようには見えなかった。 真夏の日差しの中で汗をかいてきた俺たちに爽快ともいえる辛口のビール。コップ一杯で は酔いもしない。 「うーん、やっぱり俺らしくなかったよねぇ、あれ・・・」 「いや、ビンタ喰らってるあたりは相当似合ってるけどよ」 「・・・俺をなんだと思ってるのさ」 「そのまんま」 思ったことをそのままに述べると、千石はがっくり項垂れて二つのグラスにビールを注い だ。 「まあ俺が好きなのは跡部くんだしあれくらい、いーけど」 一瞬、言葉を失った。気付かれない程の間。ふとどうして俺はこいつを許容しているのか と考えた。女を抱きながら俺のことが好きだと臆面もなく言う酔狂でどうひいき目に見て も不誠実でふざけたやつを、側におくことを許しているのは俺自身なのだという事実。そ の理由に俺は目を向けないようにしているのではないかと唐突に思いながら、表面上は薄 く笑っていつも通りに、ばかと罵った。 「見られたってのが失態だよね。跡部くんは なにしてたわけ?あんなタイミングよく」 「忍足に付き合ってたんだよ。ガット貼り替えに」 答えると千石はソファにもたれて少し長めの前髪が表情を隠した。 「・・・ふぅん・・」 呟く声が低い。何を、考えているのだろう。 「なんだよ」 「別にー? あーなんかツマミが欲しくなるね。なんかある?」 「知らね。冷蔵庫あけてみろよ。・・さっぱりしたもんがいい」 暗い雰囲気はすぐに霧散し、無意識のうちにほっとして軽く言ってからここ最近の食生活 と冷蔵庫の中身を思い出して失敗した、と思った。振り向くと千石は冷蔵庫の前に立って 取っ手に手を掛けるところだ。中身を見た千石の顔つきが少し変わる。 「跡部くん最近食べてんの、ちゃんと」 「・・・」 やっぱり。意外とこうるさいんだよな、こいつ。 少し気まずくて目をそらすと溜め息が聞こえた。俺は基本的に体調管理はしっかりしている。飯だって気を遣うし、睡眠だってちゃんと取 ることにしている。 自分にとってテニスはそれだけ大きな割合を占めるからだ。 ただここの所どうしても食欲がわかなくて、俺自身持て余していた。体調管理ができてい ない自分にいらついていたから。倒れるだとか他人に頼るだとか、そんなぶざまなことが出来るわけがなくて、滋養物だけ でも摂っていたのだけれど。 「体調管理のできないテニス選手はいないと思うけど」 言われるとなおさらかちんときて。 「んなことはてめぇに言われるまでもねぇんだよ。適当には食ってる」 「生ゴミ全然ない」 いちいち気付くなよ、と呆れる。 別に俺だって好きで食べないわけではないのだけれど、千石の目が怒気を孕んでいてなん となく分が悪い。千石はまたすぐに冷蔵庫に視線を移し、かろうじてまだあった食材を取 り出していた。 「キャベツ肉炒めとアボガドとチーズのサラダ。簡単なものしか作れないのは食材がない せいだからね。ちゃんと生活してよ」 「・・・お前こそ女と遊んでねぇでテニスしろよ」 言ってから、少し驚いた。そんな風に考えたことは一度もなかったのに。 「話題を変えたね・・俺こんなに傷心なのにそこを突くなんてっ!」 「ばーか、てっきりめずらしくお前が落ち込んでると思ったらすげぇ元気じゃねーか。慰め損だぜ。」 「え、もしかして慰めてるつもりだった?」 「充分に。おら、日本酒も取ってこい」 「・・・扱き使ってるだけじゃん・・・」 文句を言いつつも千石は立ち上がる。 「これでいい?十四代 龍月」 「ふぅん・・・お前、わざわざ高いの選んだろ」 「いやぁ〜跡部くんのせいで舌が肥えるね、俺まだ若いのにー」 「じゃあ飲むな」 「いやん、言ってみただけ。はい」 「おう」 「・・・さすがに、うまい・・あー幸せ」 「お前、明日部活あんのか?」 「あ、あーあるある。9時からだっけな。うわー地獄・・・」 「フツーだろ、そんくらい。俺も9時からだけど、先行けよ。山吹のが遠いんだから」 「げっ洗濯機借りて良い?」 「まあ仕方ねぇな」 「今洗わなきゃ酔って忘れそ・・・ちょっと洗ってくる!」 「俺のもついでに洗っとけ」 「りょーかい」 酒が入ったら料理もすんなりと腹に納まった。 いつもアイツの料理はそうだ。俺が受け付けないものなんて作ったことはない。洗濯機が 回る音が静かな部屋に聞こえてくる。立ち上がると酔いを自覚した。窓を開けると温い風 がまとわりついたけれど、それが意外と気持ちが良い。 「はい、ちょっとどいてー」 「おう」 「意外と風があるね」 「そうだな」 「結構、酔ってるね」 「ああ、そうかも」 手際よく干されるジャージが風に揺れるのを見る。 全て終わってから俺の隣にやってくる。ここから見る夜景は嫌いじゃない。一人で見る と、孤独を感じさせる人の生活の中の光と遠く瞬く星の光。 「・・・今日は吸ってねーのな」 「え? ああ・・・まあね」 「吸ってもいいぜ」 「嫌いでしょ」 「好きじゃねえな。テニスには向かないだろ?」 「うん。それに今は必要ないの」 「は?」 「跡部くんがいるからね」 「意味分かんねーけど」 「そう? そろそろ寝よっか。明日も部活だし」 はぐらかされた気がしたけれど酔った頭はうまく働かず、千石に背中を押されて眠りにつ いた。 back / next |