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イヌもオオカミも多分大差はないよ。 でも君が望むなら、まだイヌのままでいてあげる。 俺がぼんやりと目を開けると跡部は座ったままうたた寝していた。 読みかけの本のページが風にぱたりぱたりとはためいている。部室には俺と跡部しかいない。 そっか、今、授業中だ。 俺はなんとなく、だるくて。いつもは一応授業に出て眠るんだけど、ホントになんとなくサボって部室に来たら、めずらしく跡部がいたのだった。でもうたた寝してるなんてのは、俺が起きてるよりももっと遥かにめずらしいことだ。だって、こいつは 「跡部景吾」だから。よっぽど疲れているのかな。 部長の引き継ぎに新入生指導や大会に向けた編成に押し付けられた生徒会。4月も後半。疲れもでる頃だろう。 柔らかい木漏れ 日が窓越しに映って、跡部の髪が透けるように見える。 無防備な顔を覗き込む。風にさらさらと髪が揺れて影を落とすのが一層キレイに見えた。俺はそうすることが自然というように引き寄せられて、跡部にキスをした。触れて、離れるだけ。 「・・ジロー」 感触に気付いたのか気付いていないのか跡部の瞼がぴくりと震えて目を覚ました。その声は喉が渇いているのか、掠れている。俺はにっこりと、無邪気にみえる顔で笑う。 「跡部、おはよ!」 「・・・俺、寝てたのか 。」 「うたた寝なんて、めずらしーじゃん。」 そう、跡部は普段うたた寝なんかしない。どんなつまらない授業だって講演だって背筋をしゃんと伸ばして聞いてるから。人前で みっともない姿なんて絶対に見せない。その事実と理由に跡部自身気付いているのかは俺には分からないけれど。 そう、跡部の気持ちは何一つ俺には見えない。跡部が俺を甘やかしていることも、こうして無防備な姿を俺に晒していることも知ってるけれど、はっきりしているのは俺が跡部を好きだってこと、そして、俺がずるいってこと。俺の偶のキスは、今みたいに跡部が気付かない時だとか、明らかにふざけている時ぐらい。 なぁ、跡部は、気付いてんの? 「お前が起きてんのも、めずらしいじゃねぇか。」 そう 言ってから跡部はまた本のページをめくり始めた。まだ授業の終わりまでには時間がある。跡部のせいで目が覚めてしまい手持ち無沙汰な俺は跡部をじっと見てたら、ぱたん、と本を閉じた。 「・・・んなに見られたら、落ち着いて本も読めねぇよ。」 ここで喜んで跡部に構ってほしいって、まとわりつかなきゃいけないのに。俺は俯いた。跡部はこうして俺を甘やかす。多分他の奴らだったら鋭い目で睨んで 「見てんじゃねぇ」で終わり。 なぁ、期待させてんの? 考え始めれば深みに嵌るばかりで。俺は苛ついているんだ。今日は、なんかやばい。いつもみたいに無邪気でうるさいジロー、になれない。そもそも部室に来てサボったこと自体おかしかったんだ。キスしたのだって、いつもならこんなに不用意にしたりしない。今日は、 なんだか変なんだ。 「ジロー?どうかし・・・」 言葉を飲み込んだのは、俺の唇。跡部は目を見開いていた。その青い目は不議な色合いをして、いつも感情を読みとらせない。そのことで勝手に苛つくこともあった。 跡部、 跡部、 跡部 ------すきなんだ、恋愛感情で。 気付いてほしくて。分かってほしくて。苦しいキス。けれど甘いキス。逃げる舌を絡めとって上顎をなぶって。息が出来なくなるほど。この衝動と、衝動ではない確固たる気持ちが少しでも伝わってほしくて。跡部の声が唾液の音と混じって淫猥に漏れて、その声に我に返ったのか髪を引っ張られた。 「っジロー!・・・おま、え・・・」 長いキスの後。どちらの呼吸も乱れてる。跡部は唾液を手の甲でぬぐって、いつもより低い声で俺を呼んだ。その後言葉は続かなかった。跡部は俯いていて、表情は読めない。そこにあるのは疑心か困惑か。 だから、 言ったんだ。 「だいすきだよ、跡部。」 跡部はぱたん、とドアを閉めて行ってしまった。自分のしたことに後悔はしてない。だって、分かった。跡部が俺を嫌いじゃないってこと。拒絶されなかっただけでもオレには十分だ。 多分跡部は、俺のことをじゃれついてくる大きなイヌ、ぐらいにしか思ってなかったんだろう。その裏にある感情に、今気付き始めた。さっきまでぐるぐると鬱積していた感情はもう俺にはなくて、むしろ、ちょっと笑っているかもしれない。 これから跡部の機嫌を取るのは多分少し大変だけど、ほらさ、跡部は俺には甘いから。俺がただのイヌじゃないって気付いて、でも自分が相当俺のこと、気に入ってるって気付いて。多分、変わっていく。これから。 なぁ、跡部。 俺はもう少し、無邪気に懐いて、じゃれてやるよ。 だけど、このままでいる気はない。 お前の俺に対する感情が、もっと明確になるまで、俺はイヌでいよう。 back |