さらさら


はねる


綺麗な、音。






[ アイノユメ ]







温もりを感じる。心地よいリズムが響く。



とくん とくん


さら さら 



軽い、音。

うるさくはなく耳に響いて目を覚ました。見ると毛布が掛けられている。ソファに座ったまま寝てしまったようだ。まだ起ききっていない思考で横を向いて驚いた。


跡部くんの横顔。


俺の心臓が、はねた。

間近で見るとますますその綺麗なつくりをしている。
整った眉 長いまつげ 通った鼻筋 少し厚めの唇 青い、瞳
どれもこれも綺麗すぎて間近で見るのは、心臓に悪い。
でも、目が離せない。


「じろじろ見てんじゃねーよ。」


視線は向けずにそう言った。俺もつられて視線を落とす。
本を、読んでいたのか。


「ごめん、寄りかかってたよね。」
「ああ。」
「・・・。」



さらさら さらさら


流れる音に、窓の外を見た。
毛布を肩に掛けたまま立ち上がって窓辺へ歩く。
外の世界は灰色に霞んで見える。
風に揺られて葉を落とす木々。
ここの空気とは対照的に冷たい、冬の雨。
窓ガラスに指先だけで触れるとひんやりとした感触を伝えた。


「残念。せっかくの誕生日なのに。」
「一緒にどっか行けると思ってたんだけどな。」
「学校まで休んだのに。」
「ねぇ、跡部くん?」


振り返って言うと跡部くんはちらりと俺を見ただけだった。
自業自得だと言われているようで苦笑する。
まあね、確かに予報でも雨だと言っていたのに駄々をこねたことは分かってる。無理を言ったことも分かってる。
でも、良かったんだ。どこに行けなくても。こうして普段よりもほんの少し、特別な日に二人で過ごせれば良かった。

温かな部屋。結構前に淹れたコーヒーの香りすらまだ漂っている。空調のせいだけじゃない、温かいのは。


「ねえ、プレゼントを貰ってもいい?」
「あ?」
「プレゼント。誕生日の。」
「何もないぜ?」
「うん、別に形のあるものが欲しいわけじゃない。」
「?」
「・・ピアノ、弾いて。」
「その理由は?」
「なんとなく。いいでしょ、プレゼントくらい。」
「・・・高くつくから、忘れんな。」


別に理由があったわけじゃない。
雨の音を聞いていてふと思いついただけ。
音楽には詳しくない。ましてピアノなんて。
この部屋に置いてあるのは年代物の黒塗りなんかじゃないアップライトピアノ。それの奏でる音を俺は聞いたことがなかった。
跡部くんが本を閉じて立ち上がる。ピアノの椅子に着くまでの身のこなしがいつもとは少し違うように見えた。
流れ出したのは知らない旋律だった。こっちの方面に暗いから、当然といえば当然なんだけど。静かで、優しい音。苦しいくらいに、優しい音。


なんていう、曲なんだろう。


ソファに戻って、置いてあった本を手に取った。見ると、英語とも違う言語で書かれている。 意味が分かるわけではないけどなんとなくぱらぱらと文字を追う。神経は散漫なようでいて、ピアノの音に集中していた。

跡部くんのピアノの音。
それはさっきの俺に心地よいリズムと同じだった。


とくん とくん


優しい鼓動。あれは跡部くんの、心音、だ――































鍵盤からそっと指を離す。
椅子から立ち上がって千石の方を見ると、眠っていた。
不思議と怒りは湧いてこなかった。自分でもめずらしいと驚く。
誰かのためにピアノを弾くなんて何年ぶりだろうか。

「俺のピアノを子守歌にするなんて、――――贅沢なヤツ・・・」

こいつが生まれたというこの日に少しは感謝してもいいか、
なんてらしくもない想いが胸の隅に甘く広がった。







穏やかに眠るお前に静かな祝福を。ささやかな、愛の夢、を――――











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