ここはショートショートのページだよ。(^_^)y-゚゚゚゚゚

詩ではないですが、ショートショートです。
内容はあまり無いけど、テンポはあるつもりです。(なんのこっちゃ)
『幸福な怪物』 灰法蔵書
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俺は、俺の精神の分裂を恐れていた。俺は自分の頭がいつも他人の声で満た
されるのを、いらだたしい不安で感じてきた。
俺は、いつも自分の頭の中で騒々しくわめき散らす、この「声」を罵倒しな
がら、貴様とかお前とか、およそ敬愛とはかけ離れた言葉で呼ばわり、愚弄す
るのだ。
俺は町を歩いている最中も、あいつが俺の頭の中で呟き始めると、激しい焦
燥と憤怒で突然叫び出すのだ。
「おい、お前! 話すの、やめろ!!」
通りの連中が驚いたように振り向く。
俺の前を歩いていた2人連れは吃驚した目をこちらへ向けている。
他の連中と来たら、何か喧嘩でもやっているのかと、首を回してあらぬ方を
捜している。俺はたちまち愉快になって、くすくすと笑い出すのだ。
ある日、起き抜けに、なぜか頭が重く、特に顔の右半分が痺れたように動か
ないのに、朦朧とした気分の中で訝った。
少しくチリチリと痺れる右腕を折り曲げて、その手を右頬に当ててみたが、
嫌に実際の頬と距離感がある。それに頬に手が触っている感じがまるでせぬの
だ。つまり手は頬に触っているが、頬は手を認めなかったという訳だ。
どっこいしょと体を起こしてみて、初めて俺が今や双頭の怪物であることを
発見したのだ。
−−右目の視野のはずれに、いやに黒々とした塊があると思っていたら、そ
いつが何か唸り出し、無闇に動き回るに連れて猛烈に俺の頬と片耳を、ぐりぐ
りと引っ張り回し始めると、俺は痛みで飛び上がった。−−後で知ったのだが、
俺とあいつとは、頬と片耳の一部を共有していたのだ。−−その痛さといった
ら、俺は初め、何か大きな化け物に食いつかれ、頬を食いちぎられようとして
いるのかと思った程だ。反射的に俺は身震いしながら左手でその塊を強く押し
のけんとしたのだ。
ところが、この時、この手のひらに感じたのは−−毛むくじゃらの怪物でも、
無闇にふにゃけている海牛みたいなものでもなく、まして巨大なハサミを持つ
甲殻類の如き生き物では勿論なくて−−人間の目鼻であったのだ。
それで、なおさらに俺はカッとしたのだ。きっと弟のヤツが、あの虫歯だら
けの歯をたてて、俺の顔に食らいついたに違いない、と、てっきりそう思いこ
んだので、俺はこの弟とおぼしき男の首めがけて思いっきり、左手で、鉄拳を
くらわせてやったのだ。
すぐさまお返しが来るかと思って、俺は痺れる手を股間に強く押し当てて、
次の出方を待っていたら、−−今になって考えてみると、こいつはまだ「生ま
れたばかり」で、体の使い方もよく知らぬと見えて−−、ギャーギャー泣きじ
ゃくりながらわめき散らし、さんざん俺とままならぬ手足の悪態をつき始めた。
−−この男の声を聞き、ここで初めて、この「男」が弟ではなく、もっと別
の、俺にとって既知の人間であることを知ったのだ。
この「男」が何ら報復手段に訴えようともせず、ひたすら泣きわめくその言
葉の端々を聞き、この「男」の顔を見ようと首を回そうとするが、回せず、そ
れに先ほどからいやに右肩が重く感ぜられ、もしやと俺はこの状況の具体的な
像を得てくるに従って、俺自身もこの「男」の興奮が乗り移るのか、次第次第
に激してくるのだった。俺はこの「男」のわめき散らす声の響きがビリビリ頭
に振動するので、こいつのお喋りを黙らせようと、発作的に髪の毛をひっつか
んで、ぐるぐる振り回してやった。
この騒ぎを聞きつけて部屋にやってきた母親は、そのでっぷりとした乳房を
上下に吃驚させて、そのまま口から泡を吹いて昏倒してしまった。
父親も朝の食卓からやってくる。来るなり口をあんぐり開けて、突然ブッと
きたならしい咀嚼物を床にまき散らしてこの騒ぎを見つめている。
鼻の頭のそっくり返っている姉も、こましゃくれた弟も、みんなビックリし
ていた。しかし本当に驚いたのはこの俺だ。
それからだ。他人は僕らの奇形をあわれんでくれる。なにせ中途半端な奇形
ではないのだ。中にはあわれみを飛び越えて、あからさまな羨望のまなざしで
ながめてゆく人もいる。僕らのあの小憎らしい弟も、母に、夜店のお面をねだ
るように、「僕ももう一つ頭がほしいィ。」と言い出す始末。僕らはなるべく
他人の目に触れぬよう家の中に籠もっているが、僕らは今、奇妙な幸福感に酔
っている。それはなぜだか僕らにもわからない。
---------------------------------------------(おしまい)---------------
