最近、駅の立ち食い蕎麦屋がなくなっていく。最近利用している駅で言えばJR府中本町駅の立ち食い蕎麦がなくなった。それなりに美味いところだったので大変ショックだった。もっとも、あそこは最近競馬場口なる改札口を新たに設置していたのでその関係もあるのかもしれないが、それはそれで腹が立つ。その改札口を私は利用しないだろうからだ。別に競馬をやらないわけではないが、私は立川をホームグラウンドとしているため競馬と言う目的では利用することはないのだ。
その反面激マズのくせになくならない蕎麦屋もある。JR八王子駅横浜線のホームにある蕎麦屋だ。ここでは1度しか食べたことがないが、それだけも十分だ。金をもらったら食べてやると言うくらいひどすぎる蕎麦だった。
八王子駅はホームではなく改札口付近(というには少し遠すぎるが)にも蕎麦屋があるのだが、ここはまだまともである。市販の蕎麦を使っている駅の立ち食い蕎麦屋よりは美味い。それゆえ、横浜線ホームの蕎麦屋の蕎麦の不味さには腹が立つ。うどんは食べていないので分らないが蕎麦があれだけまずいのにうどんが美味いと思えないのは人間の心理としては当然のことだろう。
いやな予感がしたのは食券を提出したときだった。知らない人もいるかもしれないが普通、駅の蕎麦屋には「返却口」なるものが存在する。食べ終わった食器、コップを返す場所だ。駅の立ち食い蕎麦はセルフサービスが基本だ。品物を持ってきてくれる人もいなければ片付けてくれる人もいない。そのくせ、天玉蕎麦に平均420円も取るのはどうかとも思うがどこもそれくらいなのでそんなもんかとも思う。たまに380円位のところを見つけたりすると得した気になるが、それはどうでもいいことで、八王子の蕎麦屋である。
返却口には私より先に利用した人々の食器群がおかれていた。どんぶりが幾つかおかれていたのだがそのすべてに蕎麦が残されていたのである。そしていわゆる常連、という感じの人々は皆カレーを食べていた。不思議な光景だった。普通こういう店では蕎麦とカレーを食べている人は3:1の割合くらいなのである。別に統計を取ったわけではないが長年の経験と勘でそんなものとはじき出した数字である。まあ、それはともかくその店ではそれが逆転していたのである。カレーを食べいる人が多いのだ。そして憐れみの目でちら、と蕎麦を手にした私を見た後そそくさと出て行くのだ。少しいやな空気の中で私は一口目の蕎麦をすすった。そして、最初の咀嚼をした。
にちゃ、という感じがした。そして、なんとも言えない香りが鼻腔を刺激した。その食感と香りから私の脳(のどの部分かはわからないが)は私を不快な気分にした。不味いのだ。私の拙い食物に対する形容詞では表せないほど不味いのだ。これは、どうしたことだろう?そういえば、ここ最近私の体調はすぐれない。この前の休みの日には起きたら眩暈がして1日中寝込んでいたくらいだ。そのせいで、味覚が変わったのだろうか?それにしては昨日食べた立ち食い蕎麦は普通だったが、これはまた眩暈がすると言う前兆なのだろうか?等と考えていたとき私の後に入ってきた50代とみられる男性が一口目の蕎麦をすするところだった。すると、なんとも言えない表情をしたあとハンカチを口元に持っていった。不味いのだ。そして、どうしようという表情で自分が注文したそのブツを見つめた。やはり、ここの蕎麦は不味いのだ。自分だけが不味いと感じたのではないのだ。それで、すべてが納得いった。返却口のどんぶりに残されていた大量の蕎麦、カレーを食べている人の割合の多さ、憐れみの目、そのすべてに納得がいった私はなぜか幸せに包まれたような気がした。
そして、自分の味覚の正しさを確信した私はその後一気に蕎麦を食べ終えた。蕎麦は不味いがてんぷらと卵に罪はない。てんぷらと卵だけは胃の中に納めてやろう。ちなみに、私は卵はつぶさずに蕎麦を食べ終えた後最後に汁と一緒に飲みこむのが好きなのである。あの、醤油の汁と卵を口に含んで混ぜ合わせた瞬間が朝の至福の一時なのである。この一時を味わうために私は2本も早い電車に乗るため7時に起きているのである。それを味わわなければ何のために眠い目をこすって起きているのか。何のために夜は12時前に寝ているのか。すべてが無駄だったことになってしまうではないか。無駄な時間を過ごすなど残り少ない人生にあってはならないことなのである。
とはいえ、その蕎麦を食べきるのは大変な勇気と努力を要した。1日の活力となるはずの朝食がその日1日の体力をすべて奪っていくようだった。それでも、食べ終えた私は「自分で自分を褒めてあげたいです」といったマラソンランナー(ちなみに私はマラソンランナーは谷口真理と高橋直子しかしらない)の言葉を心の中でつぶやきながらその店を後にした。その右手はほんの一瞬だけ強く握られた。
その日、仕事に集中できなかったのはきっと蕎麦のせいではないと思うのだが真相は闇の中である。