通っていた小学校には、自転車に乗る際の決まりというものがあった。
なんというか、今考えると変としか言い様がないのだが、当時は純真無垢な人間ばかりだったので誰も不思議とは思わず、皆馬鹿正直にこの決まりを守っていた。
とはいえ、小学校も高学年になってくると、自我の芽生えとも言うべき反抗期に入ってくる頃で、ごく少数の人間がこの決まりを守らなくなってくるもので、私もその1人だった。
きっかけは、クラスメートの中でも行動力もある友人の誘いだった。当時から本の虫だった私は、いつも自分が住んでいるところに本屋が無く、隣町へ行けばたくさんの-といっても、3、4件だが-本屋があり、そこへ1人で行くことの出来る道具があり、その道具を使えるにもかかわらず使うことを禁じている学校に対する不満があった。また、決まりを破るという、「悪の魅力」というものもあって、その友人の誘いに異存があるはずもなく、週末にはさっそく隣町へ本屋めぐりを行っていた。
隣町から通勤している教師もいるので、最初は一般に「裏道」と呼んでいるところを走った。誰かに見つかるのではないか、という思い出ハンドルを握る手は汗がにじんで、少し痺れていた。
最初は不安でどきどきしていた心臓は、目的地が近づいてくると未知の世界への期待でどきどきしていた。目的地に着くと、なんともいえない満足感でいっぱいになっていた。
このとき、想像していた最悪の出来事(教師との鉢合わせ)にあわなかったので、暇があれば隣町へ自転車で行き、いつしか裏道を隠れるようにして行ってたのが、無防備にも表道を通るようになっていた。
人生、こんな時にけちがつくもので、いつしか自分達のやっていることが学校側に知られることになった。仲間の裏切り(と、当時は呼んでいた)にあったのである。
その友人は、もともと仲間内でも好かれていない奴だったので、裏切られたという思いよりも、ああ、あいつならやりかねないな、仕方が無い、あいつを仲間にしていた俺達が馬鹿だったんだ、という諦めがあった。
当然のごとく、親が学校に呼ばれ、さらには学年集会なるものまで開かれ、我々の悪事がクラス中に知りわたることになった。それまで、只のおとなしい本の虫でしかなかった人間が、一瞬にして校内一の悪餓鬼に変わった。
その後、何をしても「悪」という評判は変わらないもので、小学校を卒業するまでその評価が変わることはなかった。