今日の某テレビ番組で、ピアスとタトゥーのことが取り上げられていた。
  番組では、ボディピアスを数多くつけている人と、
  タトゥーをいれる女性が取り上げられていた。

  5年ほど前から、ピアスをしている人を特別とは見なくなり、
  今では、ピアスは自分の妹、さらには母親も、ピアスをしている。
  タトゥーは新宿や渋谷のような繁華街以外でも、
  郊外の商店街や、住宅街でも見るようになっている。
  どちらも、東京ではもう、誰でもよくやっていること、になった。

  番組で、特に取り上げられた人たちを挙げると、
  中学時代にいじめられ、強くなりたいとの思いで、
  ピアスをつけ始めた、20代の女性。
  子供の時、親にいい子を演じ続け、大学でそれを発散。
  大学時代に知り合った男性に、自分にないものを感じ、そこに惹かれ結婚。
  しかし今はその夫と別居中。自分を変える為、タトゥーをいれるという主婦。
  某歌手の熱烈なファンで、部屋にはそのポスターがびっしり。
  ある日から原因不明のパニック障害になり、部屋から出ることができなくなった。
  左腕にその歌手の名前を彫り、
  それをお守りに、少しずつ外へ出れるように努力する女性。

  他にもタトゥーのイベントや、ピアス専門ショップ、
  逆にタトゥーを消す人など、いろんなことが取り上げられていた。

  番組は最後に、ピアスやタトゥーには、自己主張・ファッションの他に、
  現代人の不安や孤独が隠されているのではないか、とまとめた。

  ここからは自分の意見。

  ピアスやタトゥーを、不安や孤独の表れ、と見るのはどうか。
  確かに、上記のパニック障害の女性はそうなのだろう。
  が、夫と別居中の主婦は、そうではない。
  自分を変える為、ではなく、現状に踏ん切りをつける為、ではないか。
  何かを決意するため、タトゥーを入れるようにしか見えない。
  それはまるで、物忘れをしないように、手にメモをする子供のよう。
  いじめにあった女性もそうだろう。
  ピアスをつけて、表面を強く見せただけ。
  中は大して変わっていない。

  過剰なピアスやタトゥーは、結局は単なる自己主張やファッションなのだ。
  他にストレス発散や、さらには、転機の標として、決意の印として。
  それらは、一生残る傷をつけなくてもいいことばかり。
  それらすべて、他で事足りるはず。

  自己主張・ファッション・ストレス発散は、趣味と言っていいだろう。
  だから、人の趣味、を禁止することはしたくない。
  が、傷つけるのはやめてほしい。
  体に傷がない人は、傷は治るもの、と思っているかもしれないが、
  傷はついたら残るもの、なのだ。
  色はなくとも、見ればすぐに分かる。
  だから、傷がないこと、は逆に珍しいことだ。

  傷がない人は、その体を大事にして欲しい。
  傷ついてしまった人は、それを望んでも叶わないのだから。
2005/3/14